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鎮静のリング (三人称ver)  作者: 天野鉄心
2/6

雇傭兵

 パッシュとライルが村に戻った頃合いは、ちょうど工房や細工職人が仕事を始めた時間帯で、二人は平静を装って自宅へと帰った。

 まだ村は平和だ。

 パッシュの母ミリアも村長への報告を終え、「領主様へは村長が伝えてくださるそうです」と報告し、夕刻には訪れられるだろうと付け加えた。

 ライルもミリアも落ち着いていて、パッシュは自身の内に渦巻く不安から何をすべきかを見失いそうで、『未熟者である』と痛感し辟易(へきえき)としてしまう。

 宝具が盗まれるなど前代未聞で、祖父や父から教わったミッダ神教の歴史の中で未曾有の出来事のはず。そう考えてしまうと、不安を抱くなというのは無理な話だ。

 ましてパッシュの首には『鎮静の鎖輪』が掛けられているのだ。


(護らなければいけない。僕が)


 ※


 日が沈みきった頃。パッシュらの元に、村長と、三人の男女がやってきた。

 風貌は、金属鎧を身に着け帯剣した青年と、不思議な形の長い杖をついたフードの老人。そして戦士風の軽装で、この地方では珍しい金髪の女性。

 三人の装備に、王の軍章・貴族の家紋・領主の印章などがないことから、雇傭兵(こようへい)だとわかる。傭兵でもあり、金しだいで官民問わず一時雇いで働く、俗に言う『何でも屋』だ。

 青年はグレイグ、老人はボロアー、女性はルーシアと紹介された。

 ライルはため息混じりに村長に問うた。


「どういうことかな?」

「それは……」

「領主殿の判断だ」


 言い淀んだ村長に代わって、グレイグが断じて続ける。


「領主殿の私兵をへんぴな村の要請で動かすことはできん。自警団や治安兵を集める理由もない。国から与えられている官軍を動かすには、許可を取らにゃならんし、それこそ時間がかかる。

 だから俺たちが雇われた。

 ま、俺たちも『何かが起こったら対処してくれ』としか聞いてないがな。

 不服か?」

「……不服はない。しかし、不足はいなめない」

「その理由は?」


 グレイグの説明に、ライルがあやふやに答えると、ボロアーが問いを重ねた。その老いて張りのない声から、フードの中身は年老いた男性だと分かる。おまけに理屈っぽいことも。


「コヨーテにやすやすと話せない類の話だ――と言えば納得してもらえるかね」

(わし)は元王朝魔術師じゃ。雇われ者と同じにされては、ここまで足を運んだ無駄も含め、司教殿の無礼は看過できんな」


 コヨーテとは、雇傭兵の蔑称だ。『金しだいで犯罪も請け負う』という一部の無法者への揶揄(やゆ)が定着したものだ。その他にも『草でも死骸でも腹に入れて食いつなぐ』という侮蔑と嫌悪も含まれる。

 ライルはグレイグらを怒らせるために意図的に蔑称を使い、雇傭兵の介入を破談させ、官軍の動員を早めさせようと狙ったようだ。

 しかしボロアーは『元王朝魔術師』と明かし、グレイグやルーシアとは違い『何が起こるか察している』ことを匂わせてきた。

 王朝とは、現王政権が建つ以前に広範囲を治めていた政権で、三十年前に滅んでいる。が、その歴史は長く、軍事や魔法・産業・学問・制度などを著しく発展させたと認知されており、現王政権が引き継いでいるものも沢山ある。

 王朝に仕えていた魔術師であったなら、ミッダ神教とその伝承にも明るいだろう。

 ライルは素直に腰を折り非礼を詫びて言う。


「失礼した。

 ア・ミッダの伝承をご存じならば、隠し立てすることは適うまい。

 ミッダ神像に安置されていた宝具が盗まれた――失われたということは、伝承にある七種七頭の巨獣の解放、または復活を予感させる。

 これに対処するには、相応の人手と能力を要すると想像できる。

 伝承ではミッダ様のお力で巨獣を封じたとされておる。

 失礼ながら、御三方だけでそこまでの重荷を跳ね除けられるかは明白。

 先ほどの態度を詫びるとともに、重ねて、命を粗末になさるべきではないと、申し添えさせていただく」


 ライルの明確な拒絶に村長は慌て、雇傭兵の三人はそれぞれ違った反応を表した。

 グレイグは怒りと反発をあらわにし、ルーシアはつまらなそうな顔で腕組みしている。

 そしてボロアーは、小さく鼻で笑って反論した。


「ならば、伝説級の魔物退治の依頼をしてみるかね? 司教殿の眼鏡に適う能力者は、いくらで雇えるだろうか。

 その理屈であれば、領主殿がミッダの神を連れてこなければならない。

 儂らを追い返すということは、そうした意味となるが、構わないか?」


 パッシュは、ライルとボロアーのやり取りをハラハラしながら見守っていたが、(これはじいちゃんの負けだ)と納得してしまった。

 今後起こり得る事態が『七種七頭の巨獣の復活』であるならば、それらを屈服させ封じることが可能なのは、ボロアーの言う通り『ミッダ様しかいない』ことになる。領主が雇った雇傭兵の三人が有能で強靭であったとしても、伝承で知る巨獣の所業を阻むことは不可能だろう。

『人には人なりの能力しかない』

 そのことはパッシュでなくとも、誰もが当たり前に理解している『限界』だろう。


 ライルは細く、しかし深いため息をつき、わずかに頭を下げた。


「失礼を重ねたことを謝罪しよう。まだ何も起こっておらぬのだしな」


 顔を上げてライルが続ける。


「しかし、何かが起こったならば、事の大きさと被害の大きさを見極め、手に余るならば引き下がり、領主様への報告を優先してもらいたい。

 これに応じていただけねば、やはりお帰りいただくことを願う。

 何が起こっても命を守ること。これを怠ってはならない」


 いつにもまして真剣で厳しいライルの表情に、パッシュは身が引き締まる思いがした。ア・ミッダの実物が現存しているということは、巨獣の所業も実話であると、改めて覚悟しなければならないと思ったからだ。


 しかし、雇傭兵の三人は、そこまで危機感はない様子。

 グレイグが「そうでなくちゃ食い扶持にありつけねぇ」と息巻いている。

「くれぐれも大事に」という、ライルの二度目のため息混じりの言葉は聞こえなかったようだ。


 ともあれ、領主から差し向けられた雇傭兵三人は、グレイグとボロアーが村長の家に寝床を借り、ルーシアはパッシュらの家に泊まることになった。


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