第9話 そうだ忍者になろう
まず真っ先に思った言葉はやってしまった、だった。校外学習という大きなイベント目前にして、待ち合わせ場所で泣くという失態。しかも女子の前で割としっかりと……恥ずかしい。
大体約束時間の三分前、本当にあの人らは来るのが遅い。それのお陰で泣いててもどうにかなるだろうという考えではあるものの、いかんせん泣きすぎた。周りからの視線が痛くてしょうがない。それにいつまで撫でているつもりだ明。
「……ありがとうございます。もう結構です」
「あ、そう?まぁ色々有ると思うけどコレだけは言っておくわ」
軽く手を払い除けながら明の方を向く。正直、良い顔はしてなかっただろう。明は明でなんとも言えない表情のまま僕を見据えている。
「別に渚、お前のこと嫌いじゃないと思うし、もしかしたら好きなのかもよ?」
止めてくれ、もう誰のことが好きなのか知っている僕にその慰め方は効く。というか明も渚が告白を急ぐようになった一つの要員なんだよ。
「いや、残念ながらそれはないんですよ……だって好きな人別にいるって話してましたもん」
「は!?お前もう告ってたのかよ!?っていうかだったら何で今更泣いてんだよ!」
「違います……話すと長くなるんで省きますが、諸々あって貴方と関わる数日前に好きな人の件について話されたんです。ただそこではまだ完全に理解が追いついていなかったといういうか」
「ちょっと待ってこんがらがってきた。じゃあ結局最初から誰が好きか知ってたのか?」
「まぁ、はい」
ものすごく申し訳無さそうに俯き頭を抱える明、まだ涙の痕が消えない僕。あまりよろしくない現場だ。周りが見たら何があったか想像つかないだろうし変な別れ方をしたカップルのようにも見える。
電車が駅についたのか、続々人が増えてくる。大体はカバンを持った大人だが、何人かはうちの高校の制服の人がいる。おそらく待ち合わせ場所を僕達の班と同じところにしているのであろう、今現在僕達が座っているベンチを一度見てがっかりした表情で去っていくのが見える。なんとなく某有名アニメの金持ちと同じ言葉を思った。
――残念だけどこのベンチ二人乗りナンダ!――
「気を落とすなよ、お前にはもっと良い人がいるかもしれねぇじゃん!」
先程までうなだれていた明がなんか言っている、そして相変わらず傷を抉るな。失恋を完全に理解した僕に慰めはむしろ厳禁だ。
「……それにしても皆さん遅いですね、もう待ち合わせ時間は過ぎましたけど」
「何いってんだ、ここからだよ……陽キャは時間を過ぎてからが本番だ。さーて何時間遅れかなぁ!」
どんだけ信用されていないんだあの人ら。そしてその言い方だと僕らがまるで僕らが陰キャみたいじゃないか、いやそのとおりなんだけど。もっと言い方あるだろ。
「ちなみに渚が遅いのはちょっとめずらしいっぽい。私もあまり関わったことないけど周りに話を聞いても遅れた系の話は一つもなかった」
「何で聞いてんですか……」
「誰が遅れそうかくらいはある程度予想してないとその後が諸々めんどくさいのよ、ちなみにお前のことを知ってるやつは一人もいなかった…………もっと周りに絡んだら?」
うるさい余計なお世話だ、あとそれ言う必要あるかな。ただ僕が傷つくだけじゃないか。
「……泣いていいですか」
「おう泣け泣け、そう言ってる間にも愛しの渚ちゃんが来ますぜぇい」
なんというか、この人は一体どんなキャラの人なんだ。真面目系かと思ったらヤンキーのような発言に行動、ヤンキーかと思ったら失恋直後の僕を慰める優しさを見せる……コレがギャップ萌えする女ってか。
もしこれを意図してやってるんだったらなかなか大物になりそうだ。
「ごめん、遅れた!ってあれ?皆は?」
こんな異様な空気感の中を陽の光が射す。雲の間をぬって出たような暖かな雰囲気を醸し出しながら現れたのは……
「し、四季くん……!」
……らしい。ガバっと立ち上がり、急におどおどし始める明を横目で見ながら改めて四季という人物に焦点を当てる。
見た感じは優男っという印象を受ける、それに高身長でスタイルも良いことから女子人気は高そうだ。明は中々めんどくさい男に行くなと思いながら軽く会釈。一度映画館で見かけたとはいえ面と向かってコミュニケーションをとるのは初めてだ。
「明さんそれと……えーっと春馬壮亮くんだっけ?よろしくね」
「え、あ、ハイ。よろしくお願いします……」
にこやかな表情から溢れ出るいい男感。ここまで顔と雰囲気だけでいい印象しか受けないともはや詐欺師なのではないかと不安になる。しかも本来似合いづらい制服をちゃんと着ているにもかかわらず、ここまでオシャレに見えるのは……もはや天性の才能だろう。
「し、四季くんバッグ開きっぱなしですよ」
「うわ!ホントだ!ありがとう、急いで来たもんだから完全に抜けてた……いつもありがとね明さん」
「い、いえいえ普通のことですよ」
照れている、わかりやすく照れている。そんな下半身だけくねくね動くな。お前本当に才女なのか。色々な言葉が喉元まで出かかるもゆっくりとそれを飲み込んだ。明らかに目がハートになっている明をほっといてなんとなくスマホの画面を確認し、時間を把握。話していた人が別の人と話始めたらスマホをいじってしまう、あるあるだな。そんなことを考えていた僕は知ってしまった。
「……これ、間に合いますかね」
「どうしたの春馬……くん?なにかあったの?」
「今、予定している電車の十分前です」
「…………本気で?」
未だ人が来る気配のないうちの班、一体どうなるんだこれ。コツコツと歩く人達の靴の音と時刻が近づいてくる音が重なる。
「あ、そうだ!グルチャの方になにか来てるかも」
え、そんなのあったのか。明の方を見てみるも明も明できょとんとしている。もしかして僕達は誘われてない……?こういう時伝えられていないのは陰キャの性である。つまり明もやっぱりこちら側の人間だったのだ。
一度お互いの顔を見合わせ、苦笑いをしてみる。そのまま明も困った表情で四季のスマホへと目を移した。
「あぁ、こりゃ無理だね……岡西と渚さんが合流したらしいけどあと十分以上は遅れそうだ」
ということはまさか……
「仕方ない、僕達だけでも先に行って後で合流しよう」
そうなるか、やっぱりだ。四季は少し額に汗が滲んだまま僕達を見るとそのまま駅構内へ向かう旨を伝える。どうやら、もうなるようになれの精神らしくやれやれといった表情を浮かべた。
四季さん、僕も同情します。流石にこれは想定してなかった。というか、あいつらも時間くらい守れよ。
こんなことを考えていた僕はまだ気づいていなかった。すべて分かっちゃいなかった。忘れていた、明の四季への好意を。
※
日がまだまだ登りきる前の電車に揺れること大体数十分、朝のピークの間隙を縫えたのか人はあまりいない。だから別に誰かとこそこそ話す程度では迷惑にはならないだろう。各駅停車で乗ったからか人の移動も少なく席も空いている…………それのせいで時間はかかるが。それでも小学生の頃あった遠足のような雰囲気は嫌いじゃない。結果としてメリットだけが残ったのだ。
ただしそれが好意を持った人間、持たれた人間、僕というトリオでなければの話だ。
「四季くん四季くん!今日行く水族館、イルカのショー有名なんだって!」
「へぇー!あんまり水族館いかないから見たいかも」
「えへへ……一緒に見ようね」
「うん、皆も来たら聞いてみよっか」
おい、四季その反応は違うだろ。そんなことを思いながら僕は向かいの席に座るラブラブカップルを眺めていた。仕方のないことではあるのだが……
相変わらずグイグイ行く明とそれをひらりひらりと交わすマタドールのような四季、見ているだけでも中々楽しめる。ただいかんせんボッチ感が強いのは否めない。
本日二度目、またイヤホンを取りだした。ゆっくりとゆっくりと誰に話しかけられても対応ができるようにゆっくりとつける。さぁいつでも来い僕はどうせこういうタイミングで話しかけられるんだろ?
そう思っていた。結果は当たり前だが誰にも話しかけられなかった。なんならそのまま目的地の駅まで着いてしまった。改めて僕は思う。
ああそうだった僕、今日忍者だった。