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第7話 喧嘩ではない喧嘩

「浅霧さんと一緒に登校してなかった?」


まさに青天の霹靂である。


「えっと……どういうこと……?」

「そのまんまの意味だよ。浅霧さんが同じ車両に乗ってて君の方を向いて走り去っていくのも見えた」

「だから、もしかして付き合ってんのかな?って思って……」


 表情は変わらない。そしてどこか清々しさも感じる。普通、クラス一の美女とクラスで一番地味な男が一緒だったらもっと興奮して話すべきじゃないか?……いや今はそんなことどうでもいい、問題はどうやってこの状況を打開するかだ。


 一度、周りを横目で確認、特に人もいない。強いて言えばさっきのあくびをしながら入っていった生徒が気になるがこの距離だ、大丈夫だろう。少なくとも今の言葉は聞こえてない。


「いや、ただのクラスメイトだよ」


 精一杯の真顔だ。蒼井をまっすぐと見つめ、口を結んだこれ以上ないほどの真面目な顔だ。面食らったような顔をする蒼井。


「え、本当に?なんかそんな感じに見えなかったんだけどな……まぁいいか」


 首をかしげながら、頭をポリポリと掻いている。


「教室向かおうよ」

「あ、ハイ」


 ブレない、蒼井はブレないくせに勘がいい。





 入ってすぐ蒼井とは別れた……とは違うか、友達の方へ行った。こんなHRの三十分前でも意外と人がいる。それもこれも渚がいるからだろう。


「よ、元気?まぁその顔を見るに元気じゃないようだけど」


 椅子にドカッと座っている林が顔を一度見てからそう質問する。そしてそれにため息混じりに返答する。


「そのとおりです、ちょっと朝から色々あって疲れて……」

「まだ一時間目も始まってないけど、それで今日耐えれるの?二時間目テストだよ?」


 自分の机まで歩き、バッグを置きながら彼の方へ振り返った。


「いやはや一体どうなることやら回目見当もつかないです」

「なんだよその感じ。あと席変わったろ?春馬の席そこじゃないぞ」


 自分の隣の窓側の席を指差す。確かによく見てみるとこの机、カバンがぶら下がっている。慌てて、その机からバッグを離した。


「……いつやりましたか?」

「ちょうど昨日だけど」


 すっかり忘れていた。そういえば、昨日クラスメイトの皆がワイワイ騒いでいたような気もする。新たな席に座り、林の話を聞きながら机の中に教科書を入れていく。


「そういや、明日はもう校外学習だけど。大丈夫?確か岡西と渚さんのとこだったよね?」

「まぁ、そこはお構いなく。空気に成りきるんで」


 日陰者の空気になりきる能力をなめちゃいけない。なんなら今すぐにでも消えることさえできる。


「忍者かよ」

「実質忍者です」


 やっとまともに話せるようになってきたと思う。相変わらず他のクラスメイト達には無理だがこんな風に冗談を言える仲になってきたのはだいぶ良い兆候じゃないか?


 やっと教科書を机に詰め込むと、鉛筆などを上においていく。このときに筆箱を出して机に置くやつがいるが、それはあまりにも悪手だ。何故なら教科書にパソコンを置くともう筆箱を置くところがないからだ。だからここは鉛筆、消しゴムのみを置くのが正解だ。


「あの……春馬、さん?貴方を呼んでる方がいるのですが」


 丸渕眼鏡をかけた、短めの髪をした女子が話しかけてくる。制服のボタンをピッチリとかけたいかにも真面目そうな女子……といった印象を受ける。


「え?あ、ハイ。わっかりました、その御方はどちらへ……?」

「こちらです、とりあえずついてきてもらえませんか?」

「いってらー、なんか困ったらLIMEして」


 交換していないはずのLIMEを頼りにしなくちゃいけないのか……困ったな。


 僕の少し上ずった声をスルーするとその女子はそのまま教室を出ていく。一度、林に目配せをしてからそれの後を追う形で僕も教室を出た。なにかあった時用にと買っていたメモ帳とペンを握りしめて。




 誰かに呼ばれるというのは初めての経験だ。高鳴る胸を抑えながらもただひたすらにその女子についていく。


 六組、五組、飛んで一組、科学準備室……普段あまり来ない教室の前を通り校庭を横切り、そして学校と分離している体育館の裏側へと入る。割と草がなく、比較的冷えていることから人気の高いスポットである。ただ今は人がいないようだ、HRの時間の前だからだろう。


「えっと……どこにその呼んでいる人が……?」


 少し、不安げに聞いてみるも返事はない。それどころか何かをブツブツと呟いている


 普通の男子高校生であれば名前も知らない同じクラスの女子がわざわざ誰かが呼んでいる(てい)で僕を連れてきたことから告白なんじゃないか?と考えても仕方がない。だがあの渚との話があってのこれだ。警戒心は高い。


 そんなことを考えながらついていくとちょうど行き止まりが現れ、足を止める。学校の端、ここまで来ると昼休みでも人は来ない。ジメジメとした湿気がひどいからだ。


「ここでいいか……おい!」

「は、ハイ!?」


 突然の大きな声が僕の耳を貫いた。見てみると、女子はこちらを向いており、荒々しくメガネと制服のボタンを外す。頭からなにか冷たいものをかけられたような感じがした。


「あ、きらさん……?」


 そこに経っていたのは紛れもなく数日前に会った白崎明その人だった。先程の聡明そうな女子ではない、眼鏡と制服だけでここまで変わるのか。もはや一種のマジックだな。


 イマイチどういう状況下を理解できていない僕のもとへと近づいてくるとそのまま胸ぐらを掴まれる。身長は僕より少ししか大きくないのにこれだけ筋力が違うのはきっとなにかの間違いだと思う。しかも女子だし。


「お前、明日私と四季くんをどうにかして二人ボッチにしろよ!」


 薄暗くてよくわからないがおそらく真っ赤になってる顔を見せないように目線を外しながら吐き捨てる。おいおい、そんなことができるくらい気が利くんだったら明とこんな変な関係性になっていないよ。もっとうまく、あの場を収められただろうしなんなら渚との関係性もバラさなかっただろう。


「二人ボッチ……?どういう意味ですか。二人なのにボッチって、というかそれよりも首がしまってます」

「うるせえ、とにかく明日の班行動を二人だけにさせてくれ!」

「首がしまってます」

「私はもっとアイツとの関係性を発展させたいんだよ!」

「首が……」


 あと少し三途の川を渡ろうかというところでやっと掴んでいた服を離した。こんな状況で何故か冷静になっている自分が怖い。


「とにかくそういうことだから、やれよ?!」

「は、はい!?」


 ……咳き込みながらも半ば強制的に返事をさせられた。満足そうな顔をしながら明は校舎へと戻っていく。嵐が去ったこの場には静寂が訪れる。この場ジメジメとした場であることを忘れ、その場で思わずへたり込んだ。


「何でこんな、めんどくさいことばかりさせられなきゃ……」


 泣き言をはけど誰も返事はしてくれない。ただでさえ人がいないところで会話していたんだ、返事など返ってくるわけない。


「なーにやってると思ったら……何?告白?」


 返ってきてしまった。それも幼馴染の声で。


「しかもあのおとなしめな……明さんだとはねぇ……」


 思わず後ろを振りかえるも姿はない。ただあれが幻聴だとも考えられない。


「なかなか周りに馴染んできてるんだねぇ、いい兆候だ」


 こんどはあたりを見回す。そして体育館のガラス式のドアの前で立ち尽くす渚の姿を捉えた。気がつくと立っていた足からへんなしびれを感じる。


「なんだか寂しいもんなんだね、唯一の幼馴染が旅立っていくのって」


 なんとも言えない表情と必死に口角をあげる表情が交差する。ただそれを言いたいのはこちらも同じこと。


 まっすぐ渚の目を見つめた。正直怖い顔をしていただろう、軽く眉間にシワを寄せ、口をキュッと結ぶ……渚を好きだという気持ちを抱かなければあの告白もなんとも思わなかったんだろうか。


「いや、これは……なんというか……」


(キーンコーンカーンコーン)


 全く……ちょうど良いタイミングで予鈴のチャイムが鳴る。拳を強く握りしめ思わず俯いた、渚も同様に戸惑いながらそっぽを向く。今度は嫌な空気を漂いながら静寂が訪れる。ジメジメもあって、より一層陰鬱とした空気が漂う。


 しばらくそのままだった。お互い何を言えばいいかわからなかったのだ。すぐに否定できない自分となにか考えながらもずっと口を閉ざす渚。

そもそも明と僕の関係性上、クラスメイト(ひと)にバレたら渚に迷惑がかかるものだ。それが本人となれば尚更……こんな陰気臭いやつに好かれていても嫌なだけだろう。


 どういう風に弁解すればいいかわからない。



「――渚ちゃーん!体育倉庫点検の当番ありがとーね!もう予鈴鳴ってるし急ご!」

「……あ、うん!じゃあ春馬……」


「またね」


 泣きそうなほど優しく、暖かく、希望にも満ちた声が聞こえた。

 その言葉に返事ができなかった。


本鈴のチャイムが鳴る。

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