第6話 無言の連続
校外学習が目の前に迫った水曜日、あの明との出来事を経てからしばらくたった。九月も終わりを迎えそうだ。
そんな朝六時。
「朝は寒いなぁ……」
近年、地球温暖化がどうのこうの言われていて、九月でも暖かいなんて言われてるが寒がりの僕にとっては正直変わっていない。
澄んだ空を眺めながら、クシャクシャになったどこかの店の会員カードの入ったポケットに手をいれる。
「あ!はーるま!珍しく早起きだねぇ!」
さて、一番の悩みのタネが姿を現した。後ろからの元気な声、ゆっくりと振り返ってみるも、想像した通りの人物である。
「渚、おはよう」
「おっはよー!」
十日以上前、蒼井への好意を打ち明けられて以降、外でまともに会話していなかった。というか、好きな人が自分ではなくて全く違う人物でしたーの状態で話しかけろという方が無理がある。窓際でのやつも良く話したと我ながら思う。
ただ、それにしても
「寒くないの?そんなに足出して」
「ふっふっふ、オシャレは忍耐っていうでしょ?そういうことだよ!」
それを言うなら我慢ではないだろうか。まぁでも意味自体は間違っていない、ほっとこう。
「……またまた質問なんだけど、僕と一緒でいいの?変な風に見られない?」
「変な風にって?別に幼馴染と仲いいことなんて変なことじゃないでしょ?」
「いや、ほら、蒼井……くんに見られたらさ」
「まぁ、なんとかなるでしょー!」
彼女はものすごく短絡的である。英文の和訳のような言葉よぎる。
渚はクラスでも人気者だ。持ち前の顔の良さと裏表のないその性格、大きな胸、ツヤツヤとした髪……この世の男子の夢を一人背負って生まれてきたのだとさえ思えるほどの圧倒的美少女。そんな人の隣を歩いているのが僕でいいはずがない。しかし、今となりを歩いているのは僕だ、多分この世界唯一のバグは僕なんだろう。
駅まで数分、しばし談笑の時間。誰々がテストで何点だ、とか、最近身長が伸びない、とか。本当にただただそれだけ。
※
「じゃあ、友達と待ち合わせしてるからー!またね~!!」
電車を降りて、渚はいの一番に改札前まで走っていく。嵐が去ったような、それでいて大事なものもなくなった感じが、する。
それに比例するかのように体の芯からジワジワと暖かいものが広がっていく。外に出ても寒くないくらいには、もう暖かくなっていた。
「またね、か」
その言葉が一生言えればいいのに。そのままの渚でいてくれればいいのに。人混みに飲み込まれた渚を見ながらそんなことを思った。思うことしかできなかった。
うちの高校は駅から大体二十分ほど歩く、つまりその間友達のいない僕は暇になるのだ。はてさて一体どうしたものか……
とりあえず、スマホで曲でも聞くか、イヤホンは常備しているし。人の迷惑にならなそうな、円柱の柱のようなものに寄りかかる。意外とこんな早くの時間帯からでも人はいる。ちなみに、HRの時間は七時四十五分だ。
「春馬くん?何してんの?」
「うわぁ!!」
唐突な自分を呼ぶ声に思わず叫び声を上げる。駅前であるから人の多いことこの上なし。そんな中でのコレ、人の目線が自分に集まっていくのを肌で感じた。
「い、いきなり声をかけないでください……」
心臓がバクバクと鳴っている。完全に不意を疲れた僕はガクガクとなる足を抑えながら声の主へと向く。
「ご、ごめん……初めてこの時間で目にしたから……」
蒼井優作、渚の片思い相手であり僕にとって恋敵的存在である。至って普通の男子高校生なのだが、何故か渚のハートを射止めている。
唐突な恋敵の登場、完全に油断していたときに話しかけてきたことで僕の頭はパニックだ。
「な、なんですか?なにか用があって……?」
「ああ、いやいや!珍しいなーって思って話しかけちゃっただけだから、気にしないで!」
手を眼の前で扇ぐように振る。そして、そのまま会話は終了した。こういうときにパッと話題が出せればいいのだが生憎、話せそうな話題がない。せいぜい最近見た漫画だとかで場をつなぐことくらいしかできないだろう。そしてそれも数分で終る。
「えーっと、どうしようか?」
そう言われて一体どうしろと。一般人である貴方がなにかできなかったら悪い意味で一般人ではない僕は何もできないよ。
「とりあえず……学校向かおうか?」
「あっはい」
※
駅を出てから、大体二十分が経とうとしていた。一向に話は進まず、話しては無言話しては無言を繰り返している。傍から見たら変な二人組だと思われるだろう。
「こんなことを言うのは、変かもしれないんだけどさ」
「……俺達って友達だよね?」
「一応、そのはずですが……?」
「あぁ、うんそっか。あまりにも話が続かなくて、なんか悲しい」
おいおい、どうしたらいいんだよホント。そもそも僕のキャパは渚と明だけで十分オーバーしているんだ。それなのに更に蒼井のデータなんか入ってきたら……
「爆発するな、うん」
「え?爆発?どうしたの急に」
……こういうところが変なやつというレッテルが貼られる原因になっているんだろう。正直、自分でもこの独り言を話すクセは引く。
「いえ、何でもないです」
「そっか……あーもうめんどくさい!聞きたいこと聞いていいかな?」
ついに彼の堪忍袋の緒が切れた。鼻息を荒くし、目がバキバキになったまま僕の方を睨むように見つめる。こういうところはどこか渚に似ている気もする。
「あ、ハイ、どうぞ」
「それじゃあ単刀直入に言わせていただきます!」
少し声のトーンが下がる。そしてヒソヒソとしながらもどこか力強い感じのはっきりとした声でその言葉は告げられた。
「浅霧さんと一緒に登校してなかった?」
ヒナミ高校の正門、何故か座ったままの二宮金次郎、あくびをしながらも登校する生徒、すべてが真っ白に覆われ散っていった。