第57話 そんなこと
通常、閉会の言葉なんて誰も興味がない。
「この会を閉会します」なんてことを言って終えるだけだからだ。
そこにはなんの面白みも、意識を向ける理由もない。
コツコツと壇上の真ん中へと歩む音がこだまする。
辺りが静かな訳では無い、おそらく私に余裕がないのだろう。
時間にしてわずか数秒、まだ誰も私の存在に意識を向けない中、ふと気づくけば私の体はマイクの目の前にあった。
未だどんちゃん騒ぎ真っ只中な雰囲気を肌で感じる。
ビリビリと、それでいて冷たい空気。
「あ」
一言声を出してみる。我ながら情けないくらいに震えたか細い声がスピーカーから漏れた。
今から自分がやろうとしていることにふと疑問がよぎる。
別にここでやらなくても良いのではないか、と。
……覚悟していたつもりだったんだけどな。
あくまで今からやるのは告白なんかじゃない。そういう名目じゃない。
言葉に詰まりつつも、私は頭の中にある言葉をゆっくり吐き出した。
「……先程の告白を経て、私もある人に感謝を伝えたいと思います」
これは私なりの決意だ。
縮こまりたくなる体を抑えると、一呼吸置いた。
「大好きな人がいたんです」
観覧席全体を見ると誰かと目があった気がして安心する。
大丈夫、私。
見てて。
「その人はどうしようもないくらいに眩しくて、私が視界に入ることすら無さそうな、そんな人でした」
「私は一人が怖いです、だけど弱いところを人に見せたくなかったから」
「強がっていたんです」
「ただ彼は、多分、そんな私に気づいてくれてて」
じわりと額に嫌な汗が滲んだ。
強がれ、私。
「そんな彼に惹かれた私は思いを伝えて」
「付き合うことができました」
「ですが」
嫌な思い出が頭の中を染めて、一瞬口ごもる。
忌まわしくも愛おしいあの思い出が。
忘れたくても忘れられない過去が。
「……やはり彼は私ではない人を見ていたらしいです」
「まさしく一瞬で別れは来ました」
観覧席の何人かが舞台上に立ち続ける人影を見て、不思議そうな顔をしているのが見えた。
やはりみんな閉会式に興味がないらしい。
「やっぱり私と彼はまだまだ子供だったんです」
「多分、彼もうんざりしていたんだと思います」
「私は別に面白くもない人ですし」
徐々に私の声が通るようになる。
場の雰囲気が徐々に私の言葉で塗り替えられていく。
視線が私の体に突き刺さり、私を照らすスポットライトがまるでカメラのようにチカチカと光って見えた。
「それでいて愛想もそこまでよく――――」
キーンとしたハウリングに思わず耳を塞ぐ。
いつの間にか私はマイクを見ていた。
いけないいけない。
「――すいません。続けます」
今のハウリングで完全に注目が私一人に集まっただろう。
意図したものではない。
「私が感謝を伝えたいのは、その時に手を差し伸べてくれた人です」
「何がなんだかわからなくて、どうしようもないことはあるのだと無理に現実を飲み込もうとしていた私に」
「泣いてほしい、と言ってくれたんです」
ドクンと私の心臓は音を立てる。冷たかったはずの手足の熱が戻ってきている。
(僕くらいは貴方を支える存在でいたい)
そう過去の声が聞こえた気がした。
「うまい言い回しが思いつきませんが」
「私は嬉しかったんだと思います」
生徒の視線はどこか、困惑したものであったり、緊張のようなものが含まれていたと思う。
「だから今日この場で、ここで伝えさせてください」
「私はあなたに救われました」
「好きです」
自分がいった言葉があまりにもストレートで驚いた。
な、なんというか……何なんだろうこの言ってしまった感は……
静かすぎるわけでもなく、かといって騒ぐのが正解かもわからない、みたいな顔をして生徒たちは固まっている。
恐る恐る声を出してみる生徒もいたが大多数は未だ無言のまま。
ですよね。
閉会式の言葉〜なんておまけみたいなところでこんなことする人間なんていないですもんね。
はぁ。
ん?ヘイカイシキ?
額に汗が滲む。まずい、忘れてた。
「あ!……これで生徒たちの発表を終わります!」
そう言うとペコリとお辞儀をする。
顔が熱い。
何をしてんのやら。
そんなことを考えるよりも先に足早に舞台袖へと逃げ込む。
パタパタと靴の音がなった。
まるでその舞台の終わりを告げるように。
大慌ての司会、騒然となる観客。
場を混沌へと突き落とした私が視界から消えることでじわじわと実感するだろう。
今、何が起きたのかを。
「よくやってくれたねぇ!」
袖に入った直後、小さな声である人が話しかけてくる。
「呉先生……」
満面の笑みだ。あまりにも怪しい。
普段はあまり目立たない感じの先生だというのに色恋を挟むと豹変するんだよなこの人。
「明さん」
その一言を聞いて瞬間的に嫌な予感がした。
豹変するとはいっても、あくまでそれは常識の範囲での行動の場合だ。
下手したら閉会式を、生徒たちの発表をぶち壊しかねない行動をしている自分は、もしかしたら……
しかしそんな心配はすぐに杞憂へと変わる。
笑みを浮かべたままの呉先生は親指を立てて私にぐいっと押し付けたのだ。
「本当によくやってくれたねぇ」
途端にハテナが浮かぶ私。
「いや、あの、その」
すると肩にポンと手をおいて私を見つめた。
「彼でしょ?」
まるでこちらを見透かしたような先生。
バクバクと心臓が鳴り、うるさい。
「名前は確か――――」
「春馬くんだっけ?」
額の汗が一つ流れる。
バレていたのか?
「抱き合ってたもんねぇ」
「――――――――」
そういえば。そんなことも、ありましたね。




