第56話 当たらずとも遠からず
〈春馬壮亮視点〉
空気の流れが変わったのがわかる。いったい今から何が始まるのか、そんな風に周りも感じているのがわかった。どうやら誰も知らないらしい。
少しの間が経ち、辺りがざわざわし始めた頃。
その時は雨が振り始めるときのように来た。
一人の生徒が通路で立っている。
黒髪の地味めな女子だ。
メガネを掛けているが、その顔の暗さからはまるで戦場にでも行くかのように見える。
ゆったりとした足取りで壇上まで上がると、ピンと張ったような冷たい空気の中、女子は静かに語りだす。
今までのこと、してくれて嬉しかったこと、どこを好きになったのか。自分の恋を諦めようとしたことも。
そのどれもがじわじわと場の緊張をほどいていく。
あまり喋ることが得意ではないのか、下を向いたまま自信なさげにこれまでを辿る。
ただ、彼女の顔は徐々に場の緊張がほどけていくと同時に明るく変わっていった。
その様はまさしく物語の最後のような迫力があった。きっと彼女にとってこの告白は忘れられないものになるだろう。
周りもその空気を察したのか次の言葉を待つ。
ザワザワとした空気が静かになり、熱を帯びたその空気に当てられた彼女は口を開いた。
「――――付き合ってください!」
凛とした声が響いた。
まるで風鈴のように、透き通ったその声は最後尾までよく届いたに違いない。
時間にしてはほんの一瞬だろうが、まさしくその声は時を止めたように感じた。
その言葉が過ぎ去ると同時にまるで唸り声を上げるかのように低い声が周りから聞こえ始めた。
この前の題目では有志が踊ったり歌ったり漫才をしたりと非常に盛り上がったからなのかその予熱が未だに残っているのだろう。
それに加えて色恋沙汰ときたら、もう手のつけようがない。
盛り上がらないわけがないのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
耳が痛くなるほどの咆哮。
中には告白された相手の名を叫んでるものもいる。
「ほら答えてやれよぉ!!」
そして何人かはそう言って煽るのだ。
徐々に熱暴走を起こし始めている。
怖い。空気感が本能的に受け付けないのか背筋がゾクリとした。
あり得ない、あり得ない話だが、もし僕があの場所にいたら……
ギラギラと光る生徒の目、大きな声、決めねばならない選択。
とてもじゃないが耐えられる気がしない。
僕がその状況になっているわけではないのに気絶しそうだ。
「僕も好きです!!」
肩で息をしながら、マイクを手に持った彼はそう叫んだ。
途端に沸き立つ観衆、響く指笛。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして咆哮。
隣の人が叫ぶもんだから耳が痛くてしょうがない。
ちらりと反対側の林を見ると、耳が痛いのか笑顔ながらも少し顔が曇っている。
まぁそりゃそうだよな。
林や僕は別に場のノリに合わせてテンションを上げるようなタイプじゃないし。
もっと静かに過ごしたいよな。
舞台に視線を戻すと、先程の男女が抱きしめ合っている。
なんというか……その、素敵だとは思った。
散々こき下ろしたような発言はしたもののどうやら僕もこういうのは好きらしい。
なんとも言えない息を付くと、僕はより一層深く椅子に持たれる。
どっちつかずな自分はこれまで何度も見てきた、今更だ。
ただ、そういう青春ももしかしたらあったのかもしれない。
可能性を諦めたことが僕の未来になにか影響を与えたのかもしれない。
後悔なんてものは今は無いが、もし僕にあの三人、渚、明、中原がいなかった僕は壇上の彼女らを恨めしく思っていたのかもしれない。
つくづく感謝だな。
お、そろそろ終わりかな?
「では次、閉会の言葉、白崎明さんお願いします」
これまた凛とした声が僕らに降りかかるのだった。




