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第52話 挫く

 修学旅行三日目、三泊四日ともなれば流石に部屋にも少し慣れる。

 その結果布団をグシャグシャにして寝返りを打ったりもする。


 そう、僕はほとんど動いていないのに周りには目を背けたくなるほどの惨状が。

 薄々感じてはいたけどこの人たち死ぬほど寝相悪いんだ……


 玄関前に積まれた布団の山。敷布団は押し入れの戸によりかかっていて、さながら死屍累々。

 ……これをあとで片付ける未来を考えるだけで頭が痛い。


 どうやったらこんな惨状が。ううん、こっちはまだマシだ。問題はこの三人。

 何をどうしたのか跳び箱のように重なっている。一体どういう寝相をしたらそんな段々に三段重ねられるんだろう。


 その跳び箱の中に僕がいなくてよかった。多分死んでるよ。


 ほら、一番下の岡西が見たことない顔の色してる。


「うう…………」


 踏み潰されたカエルのようなもはや行き場のないうめき声を上げた。もう限界だな。

 しょうがない。


 ……とは言ったけどどう動けばいいものか。こんな寝相の状態から助けた経験なんて無いものでね。


「朝ですよ、そろそろ起きてください皆さん」


 まぁ、まずはオーソドックスの呼びかけだ。


 佐田が声に反応したのかほんのかすかに指を動かす。

 ただまだ睡魔のほうが強いらしく、むにゃふにゃと喃語のような声を発した。

 一番上に乗っている佐田を揺らす。


 まぁ、昨日は昨日で色々はしゃいでたからな。


 何やら肝試しで本物が出たとか。

 大方野生動物とかだろう。特にここらはたぬきとかよく見るらしいし。


 それのせいなのか佐田は確か部屋の隅で部屋全体を見て唸っていた。「どうか神様ー」って。

 どこから持ってきたのか藁人形と釘を持ってた。丑の刻参りじゃなく身代わりだ、なんていってたっけ。今更ながらにどうやって藁人形で身代わりを?と思う。




 ――――起きる気配が一向にない。

 そんな眠りが深いことあるのか?こんなよくわからない形を成しているのに?ずっと揺らしているのに?


 ま、まぁそういうこともあるか。とりあえず起きなくてもいいからどかそう。岡西もそろそろ限界だろうし。

「よし」



 ……どこを持てばいいんだろう。

 わ、脇腹か?いやでも持ちづらいしくすぐったい。足だけ持って――――そしたら下ろすとき頭をぶつけるな。

 こういうとき筋肉があれば無理やりお姫様抱っこで運べるんだろうけど僕には到底無理だ。


 さ、先に足を下ろすか。下ろしてから上半身を持って下ろせばいいのか。


 足首あたりを持つと引きずり下ろす。

 まるでマネキンのように力の抜けた体が床で大の字をしている。


 まずは1人。続いて林を……


 下ろした体から目を話したその時、僕の足首が掴まれた。


「とわッ!?」

「……足だ」


 飛び上がりそうになる体を抑える。見ると右手でしっかりと僕の足を掴む佐田がいた。

 それも真顔で。

 どんな状態だよ。


「あ、足だよ……?」

「うん、足だった」


 一体なんだと思ったんだろう。

 佐田は欠伸をすると体を起こす。


「なんか、変な夢見てた」

「とりあえずその、手を離してもらっても?」

「体操の授業でのけぞらされる夢」

「わかった、わかったからとりあえず手を離して……」


「……ごめんな」


 こちらを見ないまま佐田は手を離す。どこか哀愁が漂っているようなそんな気がした。

 佐田はそのまま窓の外を見る。


「どうかしたの」

「いや、別になんでもない」


 つられて見た外の景色、木々の間に映る快晴。気持ちの良いくらいの朝だ。

 ズルズルと今度は林を下ろす。

 その間も佐田は外を見たままだった。

 考えてみれば、佐田とこんな感じで二人きりで話すのは初めてかもしれない。


「……先に歯を磨こうぜ、ソイツらは後で起こそう」

「それもそうですね」


 岡西の顔の色も徐々に戻っていってるし。

 部屋から出て左の戸を開けると佐田はそのまま洗面所に向かっていく。


 なんかテンションがあまりにも低かったような気がするな。

 あんな感じだったっけ?

 疑問を持ちながらスマホを手に取り、時間を確認する。


 7時、いつも起きている時間と同じくらいだから僕はそこまできつくないが、この二人は家が学校に近いからキツイだろう。

 ここ2日間ずっと寝坊しかけてるし。


 まだ時間はあるけど、できることなら早く起きてほしいものだね。


 佐田の後ろを追うようにゆっくりと洗面所を覗き込むとしっとりとした雰囲気が僕を出迎えた。

 ボサボサの髪を触りながら小気味よい歯磨きの音が聞こえた。


 洗面所は思ってるより広く、二人くらいなら同時に使えそうだ。


 


「……なんか、さ。本当、言い訳を聞いてほしいんだが」

「何ですか?」


 隣で歯磨き粉を出したまま、僕は尋ねる。

 するとバツが悪そうに佐田は鏡の中で僕を見た。


「昔からの性格なのかわからないんだが、俺は欲に忠実すぎるんだ」

「お前とその、渚が一緒にいた水族館でのあれもそういうことなんだ」

「自分が弱いんだ」

「……どうしようもないくらいに」

「だからさ、俺と一緒にいて、辛くないか?」

「辛いんだったら俺は……」


 そう言うと佐田は俺を横目で見る。

 暫しの間シャコシャコと歯磨きの音が二人を隔てた。

 まるでソレは回想しているかのように、ゆっくりと流れる。


「別に大丈夫ですよ。それに謝るんだったら渚に言ってあげてください」

「僕はもうあなたのことをそこまで嫌いになれないっぽいので」


 警戒はしている。常に。

 でもなぜだか彼の屈託のない笑みが安心するのだ。

 噂だけで判断するのではなく一度触れてみるということは重要だと聞くけれど、まさにその通りのように感じた。

 そこまで悪いようには見えない。

 なんとも変な人だ。不思議な魅力がある。


「ごめん」

「いえいえ」

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