第5話 断らざるもの断るべからず
真剣を持ったことはあるだろうか?ちなみに僕はある。昔、本当に本当に昔の話だけどおじいちゃんの補助を受けながらも真剣を上からがっしりと。その時軽く、ほんの軽く振った真剣が畳を綺麗に切ったとき、子どもながらにもああこれは武器なんだと実感した。そんな記憶が蘇る。
「おまえ、渚のこと好きだろ?」
そう、例えるのであればその真剣を向けられながら睨まれているような……そんな感じの雰囲気だ。まな板の魚、武器もまともに持たず戦うようなそんな気持ち。体中から冷や汗が溢れ、悴むように震える。
一体どこで気づかれた?いくら高一のとき知られているとはいえそこまであからさまに好意を向けていなかったはず。だとして、高二の今気づかれたのか?確かに班の入れ方は強引だったけど……
色々な疑問、色々な考えが浮かんでは沈みを繰り返す。
「はい」
ただ、結局は取り繕わず素の自分を見せることに決めた。僕には嘘をついても突き通せる自信なんてないし。
「(コンコン)失礼します、こちら――」
「好きです」
時が止まった。今まで生きてきた人生は一体何だったんだと言えるほどの長い長い時間が流れたようにも感じた。
先陣を切ったのはやはり彼女だった。
「あ、すいません、ありがとうございます」
「……あ、いえいえ、こちらは揚げたてですので――」
気まずそうな表情を浮かべながらも仕事をやりきった店員はそそくさとドアを開けそのまま小走りで消えていく。
この異様な空気感の中、僕はただぽかんとしているだけだった。誰かに今までそんな勘違いをされたことはない。アイツとアイツが付き合ったとか何だとかそんな話は聞いても、僕はそんなものとは無縁だった。
僕と渚は学校で一切かかわらなかったし。もちろん渚のそういう話は聞いたことない、僕が知らないだけかもしれないけど……
「めんどいことになったかもなぁ〜……」
「……あ、どうしたんですか?」
「お前よくぼーっとしてられるなぁ、今入ってきた店員学校のヤツだぞ」
「……それは一体どういう意味で」
「どういう意味もクソもあるか、アイツは確か他クラスの……」
「西岡の彼女だ」
目に見えて頭を抱える彼女とたった今運ばれてきた料理の湯気が重なる。遺書でも書こうかそんな言葉が脳裏に浮かび上がり他の思案を塗り替えていく。彼女もそのようなことを考えていることは明白だ。
「まぁ悩んでいてもしょうがないか」
「今は食おうぜ?な?」
一人で悩み一人で吹っ切れた彼女は山盛りに積まれたポテトフライへと手を進める。それはそれは綺麗に。
「あ、ハイ」
まぁいい、明日は明日の風が吹く、なんかあったらその時はその時だ。正直言って未だに現実味を感じられないし、彼女の見間違いの可能性もある。
「……あ、そういえばあなたの名前なんですか?」
「ああ、そうかお前覚えてないのか……ったく、こんな言葉初めて言ったわ」
「あたしの名前は白崎明、覚えとけよ?」
「あーあの頭が良い……」
「お?そういうのは知ってるのか、というか何でその印象があるのに顔を覚えていないんだよ……」
「……今まで渚……彼女以外とはあまり話さなかったので」
「え?そういう意味なの?」
「なわけないじゃないですか、ただの三人称ですよ」
笑い合い、ただただ話す。その瞬間がほんの少し、ほんの少し楽しく感じた。数日前の僕では到底会話できないほどの美人を相手に至って普通……ではないのかもしれないが会話できている、その一歩進めたような感じが心地よかった。
要は自分が成長した気になっていたのだ。
「あーそうそう」
「なんですか?」
「私他にも行きたい所あるんだよね」
※
「ねぇ、好き」
「今言うのかよ……俺もだよ」
「ありがとう、バイバイ」
一体何を見せられてんだろう。隣で涙ぐむ明を横目に僕はポップコーンを貪る。その直後銃声が響く。
エンドロールが流れ、薄暗かった明かりがパッと明るくなり人が立ち上がっていく。突如なった爆音に心臓を鳴らしながらも明の方を見る。
「いや〜良かったねぇ……ジュリア、良かったねぇ……」
感傷に浸っている。あの謎の映画のどこで一体何が琴線に触れたのか。とは言っても真面目に見たら面白いのかもしれない。
「いや、泣くか感想言うかポップコーン食うかどれかにしなよ」
「そんなの選べねぇよ!だってマルキアは死んじまったけど二人の愛はホンモノだったんだぞ!?」
立ちながらも目で訴えてくる明。ソレに対し持っていた空の箱を受け取る僕。
「ごめん、あんまり映画の内容覚えてない……です、コレ捨てときますね」
「はぁ〜?見とけよ!あとアリガト」
軽く突かれながらも2人分の空箱をゴミ箱に入れる。そういえば友達?といっしょに映画を見たのなんて久しぶりだ。基本的に渚としかいかなかったし、それも低学年のころだし……こう考えてみるとそもそも誰かと日曜をともにするのは小学生以来なのかもしれない。
さっきの意味不明映画を思い出してふと笑ってみる。あんなものでも前編ギャグシーンと考えればそれはそれで面白いのかもしれない、そんなことを考えながら外で待っているであろう明の下へと歩いていく。
「……なんか、結構楽しいな」
ポツリ、ポツリ、と言葉が出ていく。
「そ、そうだよね!うん!あの映画見てきた!」
映画館を出ようとした時、明の声が僕の耳に入ってくる。まだ中にいるのか?そんなことを考えながら声の方へ振り返った。
そこにあったのは長身で細身の男性と話す明の姿。……突然話されたのかあからさまにうろたえている、どう考えても好意を持っている人のキョドり方をしている。あぁ、なるほど。
瞬間的に状況を理解し、物陰へと隠れ聞き耳を立てる。
「こんなところで明さんに出会うなんて思わなかったから、思わず声かけちゃったんだ、急にごめんね」
「あぁ……うん、大丈夫、大丈夫だよ〜……」
りんごのように赤く、まるで自分に言い聞かせるかのように明はうなづく。こう……ブンブンと。
先ほどまでのガサツでかっこいい感じの明はどこいったんだろう。
「というか、今更なんだけど……誰かと見に来てたの?その、服装が可愛くて……」
「あー、うん、そうなんだよね、うん、女ともだち?と……」
嘘を付くな、喉元まででかかった言葉を急いで押し戻す。というか、よくあれで向こうも気づいてないな。どう考えてもおかしいだろ、話しかけるまで凛としていた明が話しかけた途端、懐いた猫みたいになるなんて。
――――――嫌な予感がする。
「そうなんだ!ごめんね、じゃあもう僕行くね!また学校で!」
「あ、うん!が、学校でね!」
そう言いながら離れていく男性が消えるまで手を振る明、そろそろ潮時だろうか。
「終わりました?」
「……ッ!」
振り返りざまに顔面めがけて明の拳が飛んでくる。既のところで止まった拳がゆっくりと崩れていく。
「み、見てたのか……」
「え?あ、はい」
流石に予想できない。また別の意味でバクバクとなる心臓を抑えた。
「……だえよ」
嫌な予感がする、こう、より一層めんどくさくなる感じだ。
「見たんだから……」
その発言で確信をする。おそらくこれは……「手伝えよ、告白」となるのだろう。
「手伝えよ……両思いになるのを……」
降りた前髪でも隠せないほどの赤さと蒸気が現れ始め、夕焼けと重なる。
「手伝えよ……」
怒り、恥ずかしさ、色々な感情のこもった一言だった。無言の間がまた僕を襲う。こんな経験したことないから、どうしたらいいかわからない。
「いや、でも、渚にもそんなことを……」
「いや、そんなのカンケーねぇから……」
プルプルと震えている。これが怒りなのか、それとも恥ずかしさによるものなのか僕にはわからない、でも一つ言えることとしたら
「あ!そうだ、そうだな!渚とお前の関係を皆バラしてやろう!それがいい!」
「やめてください!渚には……」
「「好きな人がいる」んだろ?」
「んなもん知っててお前に話しかけたに決まってるだろ、まぁそれが誰かは知らんが」
「さぁ、どうする?」
実質答えは一つだ。というかそれ以外を答えた際の被害があまりにも大きすぎる。強く拳を握る。
結果これがどういうものにつながるのか、はたまた僕に別のなにかがからんでくるのか、見当がつかない。
「……手伝いますよ」
赤く、涙目になった明の目をしっかりと見て僕はそう答えた。
もう、戻ることなどできないと知っていながら。