第48話 寝てればいいのに
目を擦り、欠伸をする。見上げた空には太陽があって眩しい。どうにも冬であるということを信じられない今日このごろ。
見た目はまんま夏だと言うのに……
耳に触れる冷気を帯びた風に思わず身震いをする。
昨日の今日で雨は止んだもののどうにも寒さだけが抜けないらしい。
「あー……帰りてぇー」
「修学旅行にあるまじき発言だよソレ」
「だーれが禅に興味あんだよ……」
「いいじゃん禅。心が安らぐよ?」
「もっとこう興奮できるのがいい」
「派手ジャンキーめ」
修学旅行二日目。
通常僕らの高校では禅体験、精進料理を作る、色々な寺を廻る、の中から一つ選んで行動するのだが、半ば強制的に禅体験に入れられたのだ。
おかしいじゃないか、なんで全員パーなんだ。いいじゃないかグーを出したって。
お察しの通りだが半ば強制的、というのはあくまで僕らの言い分だ。傍から見れば公正公平な判決で決まったことなのだ。
はぁと吐いた息にやるせない気持ちで握りしめた拳。なんともローテンションだ、自分でもわかるほどに。
「どれもこれも、じゃんけんで決めようなんていい出したお前が悪い」
「だーってよぉ……そうしたら早く終わるかと思って」
先ほどから文句をたれている佐田が口を尖らせつつ息を吹く。
それに対しまるで保護者かのように頭を抱える岡西。
傍観している春馬と林はとりあえず行き先の寺を調べている。
なんというかいわゆる和を感じる物件だった。
こういうものに対して物件という言い方はどうかと思うが、まぁいいだろう。
仏様からしたら物件だ。
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。奇跡的に僕らでまた同じ班になれたんだから……」
「そうですよ。それに部屋でもそんな感じだと困ります」
「つってもさー。禅だぞ?禅!」
「さとーはなんでそんな嫌がんだよ」
「地味だから!」
「派手ジャンキーが」
おおっと危ない危ない、僕もいいかけた。
派手にこだわること自体は別に悪くないけどそれを常に求めるのは違うしな。
特にこんな日本の古都と呼ばれる場所でそれを求めだすのは駄目だろう。それを楽しむ場なのだし。
こういうことを面と向かっていえるわけないけどね。
そんなことを考えながら足を進めていると奥から五重塔のようなものと見るからにそういう雰囲気の建造物が目に入った。
どうもこういうものは目に付く。良い意味で。
東京にもこういうの置いたら人気出るかもな。
……もうすでにありそうだ。
「そろそろ着くっぽいし。さとーもいい加減腹をくくりな」
「わーってるって!」
こんな感じだとさとーはあの棒で叩かれまくりそうだ。
何ていうんだっけ。確か事前授業で調べたはず……
ポケットからいそいそとメモを取り出すと禅をまとめた辺りをパラパラとめくる。
紙は意外と保温性がない。外気に触れていないのにこうも冷たいとは。
あーあったあった。警策ってやつだ。
お坊さんからしたら青タンができるまで叩くから中々トラウマものの道具って話だったけど……
流石に学生にそこまでしないよな?ポコっと叩くようなもんだよな?
腫れた肩を想像し、思わず身震いをする。ああ、恐ろしや。
……外の冷気のせいでより震えるなぁ。
そんなことを考えながら僕はゆっくりとその寺の敷地を跨いだ。
草木が生い茂り、今にも生き物の声が聞こえそうな外見から僕に廃墟のような印象をもたせた。
あ、インターホンはあるんだ。
なんというか昔ながらの町だというのに様々なところで現代を感じさせるな。それもまたいいところなのだろうが。
※
ポコン、といった軽い音とともに肩に衝撃が走った。
あの棒、警策でやられたのだ。
痛くはない。むしろ肩叩きのような強さで何なら気持ちよく感じる。
ただ、思っていた以上に衝撃が体に伝わり、芯まで震えるような何かがあった。
「雑念」
見るからに人の良さそうなお坊さんがポツリと言葉を放るとまた肩に衝撃を感じた。
何度も言うが、痛くはない。ただなんというか気持ち的なもので少し残念だ。ああっとこういうことを考え続けるのが駄目なんだっけ。
背筋をピント伸ばすと心を無にして、胡座をかいて、目を閉じる。
「雑念」
別のところでコンっと高い音がなる。どこ叩かれてんだろう。肩だったら同じ音がなるんじゃないの?
「雑念」
コン
……隣は何回やられてんだ。雑念ありすぎだろ。これで六回目だぞ。
頭の中ぐちゃぐちゃじゃないか。
というか、今のところ叩かれるの僕と隣だけなのはなぜだ。他のみんなはそんなすぐに慣れたのか?坐禅だぞ?いくら色々な場所を簡単にしてやりやすくしたって一応は修行に使われるものだぞ?
「雑念」
ポコン
……お坊さん、すいません。
しかし、こうもぼーっとしてろと言われると特に何も考えることがなくて。何を考えたらいいかわからないんですよ。
お坊さんは確か、なんでもいいから自分のことを――――なんて言ってましたが。
難しいですよ、唐突に考えろなんて。
あ、背中に殺気が。これ以上文句を言ってたら叩かれるなこれ。
心を無に……ドードー……
ゆっくりと黒に染まっていた頭の中をペンキで真っ白にしていく。
次第に周りの音が聞こえにくくなる。
集中、集中だ。こうやって頭の中を真っ白にしたら……
ここからが自分のことを考える時間、だって言ってたな。
軽く息を吸う。呼吸を整える。
――――――――
遠くから鹿威しが時を刻むようにカタンと音を立てる。
そういえば、僕は一体いつからこんなに女子と関わるようになったのだろう。
僕は確かに会話が得意ではないクラスの中でも下位層に位置していたはずの人物だった。
自分でも思う。とんでもないひねくれ者で元気な、青春している人たちを軽蔑して笑っているようなそんな人間だったはずだと。
だから一部の人としか関わらないし。クラスの行事でも影の薄い人物のままで居続けた。
1人でいて覚える意味もなかった文化祭、体育祭、他にも色々あったはずの行事も、すべて記憶になかった。
それだと言うのに。
僕の中ではここ数ヶ月の出来事が色濃く残りすぎている。
もちろん、記憶喪失のようにすべて覚えてない訳では無い。
ただ今までの行事は何一つ記憶にない。
自分でも不思議な感覚だった。
ポッカリと空いていた穴に今やっと気づいたような。
まだ気づいていないような。
記憶の棚を手探りで引き出していく。
昔のこと、今のこと、今までのこと。
……きっかけは間違いなく、渚の恋に触れたからだ。
だとして、当初の僕は何もする気はなかった。行動はしたがそれもいずれ風化する出来事のように、楽観視していた。
そんな僕に発破をかけたのは確か明だったな。
明が僕に関わってくれたから――――――
思わず目を開く。
明なのかもしれない。今更だが、僕を変わらせた……いや違うな。僕の環境をガラリと変わらせたのは明だ。
明に振り回されたから、少しだけ学校に行く気になったんじゃないのか?
明が僕に関わろうとしてくれたから、渚に会うためというあってないような理由をつけて、いつやめるかわからない学校に行くのが楽しくなったんじゃないのか?
そんな明に、感謝は、伝えたっけ?
脳裏に顔が思い浮かび、徐々に心臓が脈打つのを感じた。
しばらく空いていた目を瞑る。
水分が戻っていくのを感じた。
言ってない。僕は明に感謝はしてもそれを口に出していない。
言わなければいけない。瞬間的にその意味を理解した。
何もしないで黙っていたら心は離れていくとつい最近学んだから。
「雑……」
あ、今禅やってたんだ。雑念まみれじゃないか。
肩に今度は柔らかな感覚が伝わった。
背中を押されたかのような、暖かな衝撃だった。
今日、確かレクがあったはず。
内容は……肝試し……
あれ、これ近い内に言えなくないか?明日はだって昼は個人行動で夜は生徒主体のレク……きょ、今日どうにかしないといけないか?
いや、まぁ別に感謝を伝えるのは後でもいいか……いや、良くないな。こういうのは思ったときに言うのがベストだ。
じゃないと、僕はそれを伝えられない気がする。
だから、伝えるなら今日だ。
詰んでないか……?
トクトクと脈が早くなる。
一瞬嫌な予感が頭の中をかすめる。どうか恋ではありませんように。なんてね。




