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第43話 転べば良い

 食事を食べた場所から少し歩いたところ、また別の、更に大きな宴会場に案内された。

 机も椅子もなく、畳が何畳も敷き詰められている。

 そこに僕達は足を踏み入れるのだ。なんだかワクワクする……なんてことはなかった。

 僕にとっては今から起こるレクはただの拷問だ。楽しめる気がしない。


「はーいじゃあお待ちかねのレクやりますかぁ!!」


 合計八クラスの担任が集まり、宴会場の中央に集まっている。

 僕達はそれの前にクラスごと何列かに並ぶ形で座っている。

 もちろん体の痛くなる体育座りだ。

 ……この体育座りというものを作って学校に広めたやつは僕の元へ来てほしい。

 大丈夫だ、痛くはしない。痛いのはほんの一瞬だけ。


 女子は、というか僕ら以外はちゃんと(備え付けてあるらしい)シャワーを浴びたのかいい香りがする。

 なんとも落ち着かない。汗はかいていないから臭うことはないにしてもなんとも変な気分だ。


 そんなことを考えていると担任の中でひときわ小柄な先生、そう我らが呉担任が前に出てくる。

 そしてそのまま息を吸って


「皆さんねぇ、いろいろ何やるのか想像したと思いますがまず!まずですよ!」


 と元気よく喋りだした。


 その言葉の終わりに続けてゴクリと周りの人達が唾を飲むのが見えた。

 仲良しだなぁ。なんで僕だけこんな感じなんだろう。


「……異性と二人組みを組んでください……」


 地獄の始まりである。

 しかし、そう考えているのは僕だけだった。


 周りの熱気が瞬時に増したのが分かったのだ。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 途端に他クラス含め陽キャどもが雄叫びを上げ始める。

 何だこの動物の発情期みたいな絶叫は。


 どうやら女子と組めるということは僕以外は割と嬉しいこと、らしい。

 まぁそりゃそうだろう。ただでさえ男子は女子に飢えている。

 口を開けば彼女が欲しいだ、童貞を捨てたいだ、色々言っているやつは結構多い。


 そして、それは女子にも通ずるらしい。


 叫んだやつのうち、何人かは女子がいる。割合で言えば大体男子7の女子3、といったところだろう。

 見るからに遊んでそうなやつだ。


「あ!ちなみにですが明日もそのペアでレクをやってもらいますのでよーく考えてくださいね〜!」


 おい、ふざけんな。

 せめて女子が得意じゃないやつにも救済をくれよ。

 女性恐怖症を持っているやつがいたらどうするんだよ。



「じゃあ、始め!」


 戦の火蓋が切って落とされた。




「……本当に合戦みたいだ」


 男子は好きな女子に一目散に走っていき、土下座の勢いのままペアのお願いをしている。

 また逆も然り。

 女子の中でも特に遊んでそうなやつほど真っ先にイケメンの元に行き、交渉している。


 これってナンパ大会じゃないよね?


 無論、僕の元には人っ子ひとりいない。


 意図せず逆渚ゾーンを使ったかのようにそこだけポッカリと穴が空いている。

 ざっとあたりを見るだけでも大体の人が男女でちゃんとペアに成っている、だというのに僕のもとには女子どころか男子もこない。

 いや、男子が来るのはルール的に無いのか。でもこういう時一緒に俯瞰して見る仲間はずれタイプの人物が来たりするじゃないか。

 あ、僕がそれなのか。


 なんか自分で言ってて泣けてきた。



 一人でブツブツとつぶやきながら、ふとその言葉が聞こえた。


「あれー?渚さんは?」


「わっかんない。そっちは?」


「向こうにもいない!もしかしてここにいないんじゃね?トイレとかさ」



 声の方を見ると数人の男子がキョロキョロと誰かを探すような仕草をしている。

 先程の会話から、どうやら渚を探しているらしい。


 あいつは人気なんだなぁ、僕と違って。


「そうなのかなぁ……」


 なんとも怪しそうなグループの中で誰かがそんなことを呟いた、蒼井だった。


 ……そういえば渚って蒼井に修学旅行で告白するんだっけ?

 だったら、渚は蒼井と組まないと。

 せっかく告白できるチャンスがあるんだから。


 もやもやはするけど、渚とくっつけるか。


 そう思い、僕もあたりをゆっくりと見る。

 確かに渚の姿は無かった。瞬間的になにか、感じた。



 ――――嫌な予感がする。



 渚は別にこういうイベントが嫌いなわけじゃない。

 苦手だというふうにも思っていないはず、なんなら率先してやるようなイメージすらある。

 じゃあ何で今いない?


 トンっと肩を誰かが叩く。


「な――ぶっ!」


 振り返ると僕の頬に指の感触があった。

 見事僕はこの野郎の罠にハマったのだ。なんとも腹立たしい。


「引っかかってやんの!アハハ!」


 そこには広間であったときと変わらずの意地悪そうな微笑みを浮かべて、明が立っていた。


 この野郎、やりやがったな。覚えとけよ。

 そんなこといったら何されるかわからないので喉へと押し戻しますけど。


「……明か。ちょっと聞きたいことあるんだけど――――」

「反応薄っ!」

「それは、ごめん。でも今は聞きたいことが」

「――――渚なら部屋に忘れ物取りに行ったよ」


 僕の言葉に被せるように明はそういった。

 その姿はゆらゆらと揺らめいて見えた。


「忘れ、物?」


 レクには何も持ってくる必要は無い。

 せいぜいペンくらいだ。それにしたってなくても困らない。

 それだというのにわざわざ忘れたと言って部屋に戻った、ということはだ。


「……そういうこと?」

「そういうことなんだろうね」


 渚は、逃げたのだ。

 この場所(ホール)から。


 気がつくと僕の足はすでに走り出そうとしていた。

 直感的にこれはなにかあった、と理解したのだ。


「ま、待って」


 足を一歩踏み出し、続けざまにもう一歩といったところで手首に人の温もりを感じた。

 掴まれている。しかもわりと強めに。


「行かないで」


 小さな声で僕をそう呼び止める。

 真剣な目で僕を見据えて、無理をしているのか顔が真っ赤になりながらも。


「……それは何で?」


 明は一瞬下を見るとまた僕を見る。それを何度か繰り返す。

 明の口がもぞもぞと動き、とにかく行かないほうが良いと言えるなにかがある、ということだけはわかった。


 ただそれを言っていいのか、駄目なのか、上手く言葉が出ていかないというのもわかった。 


「……とにかく、後悔するの、春馬が!」


 そう言うと明はまたモゴモゴと言葉にならないものを口の中で溶かす。

 いつもの明であればもっと具体的に伝えてくれる、だというのに今回は何も言えないようだった。


 シュルシュルと握っていた手の力が抜けていくのを感じる。


「……春馬……」


 明は悩んでいる?


 何かを必死に考え続けている。

 わからない、何もわからないんだ。

 明は僕をどうにかして行かせたくないのはわかる、でもそれが何でなのか一向にわからない。


 何で行っちゃ駄目なんだ、何で僕が後悔するんだ。

 明は顔がより一層真っ赤になるほど長考している。


 わかるんだ、明がなにか大事なことを伝えようとしているのは。

 意味もなく行動するようなやつじゃないから。


「……多分、僕は後悔するんだろうね」

「う、うん。絶対に後悔する……」


「明は大切な人だし、その考えも尊重したい」

「あ、ありがとう。じゃあ!」

「――でも、僕は今の渚の隣にいたい」

「渚の隣を支えたい」

「たとえそれが後悔することだとしても僕は渚の力になりたい」

「渚も大切な人だから」


 面食らったような顔を明はした。


 力の抜けきったその手を僕は優しく払った。

 ただ明はそれでも手を僕の方へと伸ばしていた。


「春馬……!」


 本当に小さな、声が僕を呼んだ。


「ごめん。明」


 僕は走り出した。

 誰も気が付けない影の薄さのまま、襖を開けて、その光景をその場に残して。


「……馬鹿やろー、私が振られたみたいじゃん」






「渚、渚……」


 どこに居るのか正直わからない。

 部屋、部屋に戻るって言ったんだよな。

 女子の部屋は男子の部屋の前を通って渡り廊下を渡ったらすぐのとこだ。


 晩御飯を食べた部屋の前を通る。


 すると奥の方から旅館の人が姿を表した。


 僕、無断で逃亡。

 こちらまで来る理由も特に思いつかない。


 バレたら、死。


 咄嗟にもと来た道を引き返し角に身を隠す。

 ギリギリバレてない……?


 ほんの少し気持ちを整える時間分待ち、影から顔を出した。

 いない、よし!勝った……


 油断は禁物!

 こういう時基本的にハプニングが起こるのが常だ。

 しかもそれが連続する。


「あら〜?何してらっしゃるの〜?」

「ちょっと人を探してまして」

「人ぉ〜?どんな〜?」

「大切な人です」


 いちいち説明させないでくれよ、こういう時に見つかるかもしれないんだ、か、ら……――


「え?」


 真後ろに、年配の方が立っていた。

 年は60くらい?佇まいから貫禄がある女性の方だった。

 ほんの少しのシワを見せつけるかのように僕の方を見てにっこりと笑って見せる。


「――――あ、あのー……見逃してもらえたり」

「しないですよ〜」

「で、す、よ、ね〜……」


 非常にまずい。この流れは本当にまずい。

 何よりまだ出てからそんな歩いたとこじゃないってのがよりまずい。

 学生服だし、絶対元いたところに戻されるオチが見える。


()()はね?」



「……通常は?じゃあ、今はもしかして?」

青春(アオハル)の邪魔しちゃ悪いもの、行ってきなさい」

「あ、ありがとうございます!」


 あ、アオハル……?まあいいか。


 渡り廊下を僕は一目散に走り抜ける。

 その時、年配の女性が誰かと話しているように見えた。


 あの人はだれなんだろう。

 そう言えばこの旅館の女将的な人があんな感じだったような?

 まぁ、いい。今は渚だ。



 男子の部屋の前をすぐさま通り抜け、ロビーのようなところまで来る。

 ここから向こうが女子の部屋だ。


 今は……人がいない。行くなら今しかない。


「渚……渚……」


 会ったらまずなんて言おう。

 おまたせ、はなんか違うし、助けに来たよ、も違う。

 今、会いに◯きます?いや、それはそれでアウトだし、違うな。

 まぁ、その時の僕が頑張るだろう、なんくるないさー。 


 女子の部屋エリア、緊張が一気に増す。

 なんか雰囲気から匂いから何もかも男子と違う。


 よく話の中で女の子はいい匂いがする、というのを聞くが、部屋もそうなのか?

 なんということだ、女子の力は恐ろしい。

 良い匂いをここまで吸着させるなんて。


「……ここか」


 そんなこんなで僕は渚たちが今日泊まる部屋へとやってきた。

 もちろん中に入るつもりはないから扉を叩いてみたりするだけ。


 部屋の前に渚はいなかった。

 居るとしたら、中か?




 ふと、扉をたたこうとして、怖くなった。

 此処から先は正直言って想像がつかない。

 渚が何を考えているかがわからないから、どう転ぶかわからない。

 もしかしたら渚と絶縁、なんてこともあるかもしれない。


「……明はこういうことを言ってたのか?」


 その問いかけに答えるものはいない。

 わかってはいた。今、僕は一人だ。


 臆するな。


 深く息を吸う。

 そして扉を叩いた。

 コンコンと木の板が音を鳴らす。


「渚、いるか?」


 ……返事はなかった。

 そもそも中にいるのかもわからないが。


 何度かコンコンとノックをしてみる。

 一向に応答はない。

 メールが来てるかもと淡い期待を持ちながらスマホを見るもそこに移されたのは僕の顔だけだ。


 少しため息をつくと、あたりを見回す。

 人目につくかもしれないというのに、ここに居続けるのは悪手だな。

 仕方ない。渚にメールでもして、戻るか。


 一瞬、僕の頭の中にドアを叩き続ける僕を妄想した。

 渚にストーカーみたいに思われて逮捕される未来が見える。


 ……やっぱり、僕は何もできないんだろうな。

 くるりと踵を返し、トボトボと歩きながら先程走り抜けたエントランスまで戻った。


 遠くから見たら僕は相当みじめに見えるだろう。

 もともと陰の空気はあったと思うが、磨きがかかっている、自分でもわかる。


 ぐだんと首をだらしなく上げる。

 特に意味はない。特に意味もなく、僕は旅館の入口を見た。


 見たことのある影がそこにはあった。


 長髪、それでいてまるで絵本のお姫様をそのまま出したかのような綺麗な顔で、涙目の彼女だ。

 僕の視線に気づいたのかゆっくりと視線が合うのを感じた。


「なぎっ――!」


 言葉を吐く瞬間、渚は途端に方向を変え、雨の中を走り出す。

 体がまた動いた。

 追いつけ、追いつけと。


 入口を抜け、あたりを見回す。

 流石に森の方には行ってないだろう。

 ――見つけた、街灯の方向!


 何で僕は追いかけているんだろう。

 ふと、そう思った。

 たしかにそうだ。渚を追う理由なんて……





 ああ、もう考えるな!

 渚は泣いてた、それだけでいい。あいつは人に辛いとこを見せたことがない。見たことがない。

 だったら、幼馴染として、僕は。



 ひらりと揺れる髪、届かない手。

 クソ……こうなるんだったら運動でもしておくんだった。


 不意に体が軽くなった。

 重りが取れた?違う。

 マリ◯のダッシュ板に乗った?違う。

 転んでいるのだ。


 現在進行系で。



ズシャァァァァ



 つんのめる感じで僕は転んだ。

 それはそれは派手に。

 痛みよりも音の驚きが勝るくらいの。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肺が痛い。

 走ったのなんて50メートルも無いのに。

 体が痛い。


「…………」


 遠くに見えたはずの渚が、気がつくと僕の頭上にいた。


 同情かな。クソ、ホント惨めだ。


「……ん!」


 手を差し出している。

 雨でビショビショになりながら。

 なんとも言えない笑みを浮かべながら手を……


 僕は深く考えずゆっくりとその手を取る。


「……大丈夫?」

「はぁ、はぁ、に、見える?はぁ、はぁ……」

「……そっか」


 雨の勢いが徐々に止んでいく。

 顔に当たる雫が、優しくなる。


 冷たかった。


 でも手は、暖かった。

 

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