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第42話 短絡

 晩御飯、どこぞのホールで皆で食べるというのが修学旅行での醍醐味であるが、僕はそう思わない。

 食事の際というのが人間の中で一番性格が出るからだ。

 もしその時出てしまった性格を想い人に見られたら、友達から引かれたら、そう危惧しながら恐る恐る食べることが面倒くさいのだ。

 無論、多くの人はそんなことを気にもとめない。特に男同士であれば気にせずバクバクとたらふく食べて腹を満たすのだろう。


 だというのに、僕はそれを気にしてしまうのだ。

 ああ、なんと自分は面倒くさいんだろう。

 まぁでも仕方がない。恐る恐る食べますか。



 鹿威しのある中庭を横目に薄暗い廊下を女将さんが先に行く。

 雨のせいなのか鹿威しはひっきりなしにその音を響かせている。


 思っていた以上に激しいまま続いてるな。

 何度も思うがやっぱり先に帰ってきて正解だった。

 うん、そう思わないとやってられない。


 座敷の、いわゆる宴会場のような大広間に僕達は案内された。

 手前から大きな長机が五個ほどあり、それが三列ある。

 その前には小さな舞台のようなものがあり、本当に宴会場のようだ。


 一番奥の方から座っていくらしく、正面から見て右奥の席にはすでに何人かいる。

 ……なんでこういう時に小さい机にして話して食事させないかなぁ……


 まぁ先生たちの考えることはわかる。

 生徒同士の親交を深める、的なことで隣の人とも話しましょう、ってことだろう。

 今更親交を深めようたってハードルが高いっての。

 すでにグループができてる中に入りに行くのって結構難しいからね。


 そんなことを考えながら僕は先に座った林の隣に座った。

 向かいには岡西、斜向かいには佐田が座る。

 布陣としては申し分ない。


 まだ信用できない佐田を斜向にそれでいて信用できる林は隣に、お義兄さんは正面。

 完璧、完璧だ!


「ご飯って、何でんの?」

「知らないけど和食じゃない?」

「まぁ、日本家屋の内装、外装で和食じゃないほうが変か」


 ちらりと隣の班の人達を見る。

 もう話すことがなくなったのかスマホをいじり始めている。

 いずれ、僕達もそうなるだろう。


 先生たちがぞろぞろと他の班を入れるのが見えた。

 つまり僕の隣に誰か来る。

 怖い。


 ……極力隣を見ないようにしよ。


 ただでさえ林ですらドキドキしているというのに。

 もちろん、そういう意味ではないが。




 トサっと何者かが座る音がした。

 おそらく男ではないだろう。

 男だったらもっと勢いよく座る、偏見がすぎる気もするがそういうイメージだ。


 というか、隣に座ったやつ女子かぁ……

 嫌だなぁ……


「ツンツン」


 僕の左肩をつつく人がいた。

 右は林、左は女子、これってなーんだ。じゃなくて。


「ツンツン」


 な、だ、誰だ。

 こ、怖い。


「はーるま……」


 耳元で甘い声が響いた。

 思わず耳をふさぐ。


「あー、やっとこっち見たね?」


 そこにはお風呂上がりのような色っぽい明がいた。

 いい匂いがした。ピンクの頬でより色気があった。


「あ、明か……」

「何だよその私でよかったみたいな感じは」


 そういうといじめっこのように笑う。


「渚かと思った……」

「ハイハイ、渚さんじゃなくて悪ぅござんした」


 コショコショと二人だけで会話をする。

 なんだか秘密の関係みたいだ。

 恋人の関係を隠しているような……


 鳴海さんとこういうこともしてみたりするのかなぁ……

 隠す意味ないからやらないだろうけど。


「たまたま私の班が春馬たちの次に来たみたいでさ、春馬がいたから思わず話しかけちゃった」

「てへ、じゃないですから」

「耳元弱いんで」

「へぇ〜?」


 またまた意地悪そうに笑う。

 何やるつもりだ。


 先に耳をふさいでおこう。


「あー、やりやがったな」

「そりゃそうです。僕だって馬鹿じゃないんで」

「へぇ……」


 そう言うと明はゆっくりと体を僕に預けた。

 体温が感じられるような、暖かい、生きている感覚が僕の肩に触れる。


「どう?私とハグしたの思い出す?」

「はぁ……良い性格してますね」

「結構、結構」


 声音が軽い、こいつコレを楽しんでるな。

 ふざけんな、こちとら鳴海さんに操を立てる腹づもりなんだ。


「……変わりましたね」

「何が?」

「性格ですよ」

「ああ、まぁね」


 出会った時、彼女はお世辞にも丁寧な言葉づかいとは言えなかった。

 もちろん他の人が見ている時は気をつけていたようだが、僕の前だとオラオラとした部分が出ていた。

 それが今や、陽キャのような言葉遣い。


 もともと四季に向かっていた思いが平等に他の人にも渡るようになった……とかなのだろうか。

 だから皆に愛嬌を振りまけるように……?


「――――心配です」


 無理をしているんではないか?

 我慢しているだけではないのか?


 思った言葉をそのまま述べた。

 明はその言葉を噛みしめるかのように間を置くと、口を開く。


「……大丈夫だよ、私はもうだいぶ救われたから」

「すく……誰にですか?」

「はぁ?春馬以外に誰が居るんだよ」


 ぐいっと僕の制服を引っ張り、顔を寄せると僕が素っ頓狂なことを言ったかのように睨む。

 やめて、やめて……結構前の感じが抜けてないぞ。

 前言撤回だ、明は変わってない。


 気が済んだのか、ゆっくりと手を話すと眉が上がる。そしてそのままへにゃりと柔らかく笑ってみせた。


「私をその気にさせたんだから、責任取ってよね?」

「……ほんっと良い性格してますね」

「知ってる〜」


 明は僕から離れると時間を確認するようにスマホを開いた。



 昨日、明に言われたことはいまだ渚に言うことはできていない。

 多分怖いんだろう。

 幼馴染から変わってしまう自分が。

 他人へと成ってしまう自分が。

 チャンスは今日もいくらでもあったのに何もしなかった。


 自分の行動でなにかが変わる、それを知りながら冷静でいられるほど僕は大人びていない。


 四季と明のように、割り切れるような未来が想像できない。

 自分の足でちゃんと地面を立てる人になれているかわからない。


 鳴海さんに支えてもらうようなことは駄目だ。

 絶対に。

 ちゃんと自分で立たないと駄目なんだ。

 でも僕は立てるかわからない。


 告白するわけじゃないのに、怖いなんて知らなかったな。


「明さん」

「何?」

「……渚に言うために喝を、ください」


「……あれさ、冗談、みたいな……感じでさ」

「分かってます。それでも大切な人だから伝えたいんです」

「あれです。親に報告するみたいな感じですよ」


 明は、ため息を付くと、無言で、頷いた。

 そして慣れた手つきで指切りを作った。


「え?喝、じゃ?」

「これも喝みたいなもんだよ」


 そう言うと、僕の指と絡めてニコニコしながら歌う。


「ゆーびきーりげーんまん……」


 二人の間にしばし歌が響く。

 カラオケの時ではそういえば歌ってなかったな。

 こんなにきれいな声をしているのか。


「ゆーび切った」


 ……四季、惜しいことしたな。

 明は今、めちゃめちゃかわいいぞ。

 僕も鳴海さんがいなかったらころっと落ちてそうなほどに、キラキラと輝いて見えるぞ。


 その姿を見て、僕は素直に良かったと思った。

 まだ気にしているのかも知れない、それでも少しは気が紛れていそうな感じがして。


 ただただ眩しく輝いていて。

 嬉しかった。



「そういえばなんでお風呂入って来てるんですか?」

「ちょっと前に風呂入れって連絡きてたよ?」


 マジですかい……





 むむむむむ……


 指でカメラのポーズを取り、仲良さそうに喋っている二人をその中に入れた。

 ひかえめに言っても彼女と春馬はお似合いだった。

 ところどころ垢抜けつつもどこかおとなしい文学少女のような雰囲気を感じさせる白崎明ちゃん。

 ずっと抜けててでもひたむきで真面目なおとなしい少年春馬。


 なんなら昨日の女の子よりも、お似合いだとも思う。


 ああ肩なんてくっつけちゃってさ。


「――でさ!渚はどう思う?」

「むむむむ……」

「なーに?」

「この光景を撮っておかないとと思ってね」

「だったらスマホ使えばいいじゃーん!」


 そう言うと途端に爆笑しだす周り。


 基本的に私達の会話はその場のノリと勢いだ。

 だからどんなに面白くないことでも笑えてしまう。

 周りが笑っているから笑えてしまう。

 実際はつまらない会話だというのに、雰囲気というのは相変わらず怖いものだ。


 昨日の春馬のことと今日の春馬のこと、考えては私の中の悪い気持ちがグルグルと回る。

 いつかそれが喉元まで迫ってきて、吐いてしまうのではないか。

 しかもそれを春馬の前で。


 変わりたくない。


 輝いて見えるんだ。春馬が。



 ゆっくりと私は席をたった。


「ん?どったの?」

「ちょっと、お花摘みにね」

「あいよー」


 女子友達がぐっと指を立てたのを見て私も親指を立てた。


 歩き出した私の後ろではまた爆笑が聞こえた。


 春馬に意識を持っていかれすぎて友達との会話が弾まなかった。

 春馬のことを見ていられなかった。

 それは痛々しかったからとかではない、ただ見ていて苦しかったからだ。

 これは恋情じゃない。

 わかってる。

 あくまで私の独占欲だ。


 わかっている。自分がクズなのも。クズに侵されていることも。


 すーっと広間の襖を開けると廊下に出る。

 雨は、まだ降っている。

 今日の二十二時ごろに止むらしい。


 トイレは確か……中庭の向こう側にある。

 別に行きたかった訳では無いが一応行っておくか。



 トイレは思っていた以上に古かった。

 ぼっとんということではなく床が木で昔ながらの感じを出している、というだけだが、それにしたって昔のような雰囲気を感じれた。

 個室は二個ほどあった、ただ鍵も壊れているのか閉まらないし、防犯に関しては中々難がありそうだな。


 私は入りもせず、眼の前にある小さな窓から外を眺めていた。


 街頭の光が窓についた水滴に反射してキラキラと私の目に映る。

 綺麗だ。

 誰も通らないからこそなんとも言えない不思議な魅力がある。


「春馬……」


 彼の名が気がついたら漏れていた。



 それに後悔したのはわずか数秒経った後。


「え?」


 後ろから女子の声が聞こえた時、直感的にやってしまったと思った。

 私と春馬の関係性を春馬は秘密にしたいと思っていたからだ。


「今、春馬って、いいましたか……?」


 最悪だ。

 最低最悪だ。


 こういう時になんで私は運がないんだ。


「明、ちゃん……」



 雷がなった、まるで開戦を告げるかのように。

 ぱっとトイレの中が明るくなり、彼女の顔を照らした。


 驚いた表情をしていた。小柄な少女のような体型と顔、ぱっちりとした大きな目をさらに大きく見開かせて。

 こうしてみると中々の美人だ。

 春馬は好意を持っていないのだろうか。やっぱりあの女子のことを――――


「で、電気もつけずにな、何してるんですか?」

「あ、い、いや……」


 息を吸う。

 空気を変えないと。


「――――外の雨どんなかなーって思ってねー!」

「回答になってないですって……」

「あはは!ごめんごめん!特に意味はないよー!」



「……ではもう一つ、なんで春馬さんのことを?」



 …………………わからないよ



「――――さ、最近喋ってないから、ちょっと寂しくてね!」

「そう、ですか……」


 そう言うと明ちゃんは納得したかのような表情を浮かべた。

 数歩私が彼女に近づく。


「そ、そうなんだよー!」


 もう一歩近づく。


「もう一つ聞いてもいいですか?」


 ――――逃げたい。

 もう一歩。


「いいよ〜!何でも聞いて!」


 明ちゃんの空気を吸う音が聞こえた。

 雨の音とともに。

 言葉が出てくる。

 出てくる言葉は分かっていた。

 だが体は石にように固くなる。


「春馬さんのこと、好きですか?」


 ポツリと告げた言葉は私に重たくのしかかってくる。

 石の私の体に大きな重りを何個も取り付けたかのように、息が苦しくなってジワジワと私の気分を悪くさせる。


 その質問にそういう意味で答える、ということはそれすなわち私と彼の関係を一から変えてしまうことになるのだ。

 私と彼はあくまで幼馴染、そこに他意はない……はず。


 だから私はすぐに口を開こうとした。

 『幼馴染は好きにならないよー』

 その言葉は私の口の中でモゴモゴと悶え苦しみ、泡と成って消える。


 言葉が、でなかったのだ。


「……」


 深呼吸をする。

 目を閉じて、徐々に体の重りが取れていく気がした。


「前にも、言ったよね……」


「はい、ですが気持ちが変わったりすることもあるじゃないですか」




「……変わんないよ。全然」


 そう言うと私は笑顔を作る。

 皆に振りまくような愛嬌のあるあの顔を想像して、精一杯の笑顔を。


「……そうですか。わかりました。お時間頂いてすいません」


 私は彼女の脇を無言で抜ける。

 その時一瞬トイレの鏡に私の顔が映った。

 ひどい顔だった。強張った、どこか自信のなさそうな私だった。


 ……広間に戻ろう。

 雨はまだ降っている。

 振り続けている。


 かき乱された私の心のように。

 雫で波紋が生まれる水たまりのように。

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