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第41話 泣けば

「ちーかれた、ちーかれた」


 ぷらぷらと履いていた靴下を窓際に干しながら、淀んだ雲を大きく眺める。

 入道雲のような、いや、でも冬だから入道雲なわけないし……


 とにかく大きく、真っ黒な雲が僕らに今にも飛びかからん勢いのまま接近していた。

 興福寺の見学が終わったあと、真っ黒な雲を見た僕達は急遽予定を変更、宿まで戻ってきたのだ。


 正直、もっと色々見て回りたかった、というのが本音ではあるが、ゲリラ豪雨のようなものが降ってきたら折り畳みしかない僕達には到底対処できない。

 だから、あくまで仕方なく、である。


 しかし、ここにそんな僕らの気持ちとは真反対の気持ちを持っているやつがいた。


「いや〜本当に残念だわぁ!」

「顔ほころんでる」


 佐田、である。

 確かにずっと寺社に興味がないとは言っていたもののなんだかんだ楽しんでいたものだとばかり思っていた。

 実際は違ったらしい。

 少し残念である。


「いや〜、ほんと!もっと見たかったんだけどねぇ!」

「溶けてる」


「でもこんな雨になりそうなんだったらしょうがない!」

「活き活きしてる」


 こいつ一体何個の言葉を消費させる気だ。


 僕達は密かに佐田の言葉の後に適当な言葉を当てはめるというゲームをしている。

 僕、岡西、林の番で一言呟いていた、次は僕の番だが……何も思いつかないぞ。


 なんとなく横になっていた僕はスマホで辞書アプリをインストールする。

 これでまぁ、僕の負けはないだろう。


「絶対降るってコレ!」


 おい、インストール中の攻撃はアウトだろ。

 こういうのって、『ヒーローが変身している』みたいな時って攻撃入れるのは駄目でしょ。


 どう思いますか、お二人。


 林と岡西に御慈悲を貰おうと目を合わせる。が、その攻撃は有効だと言わんばかりに頷いている。


 ちぇっじゃあ僕が負けか。


「はぁ……」

「お?何だ何だ?そんな彼女に振られたみたいなため息出しちゃって!」

「潤いが増した」


 途端に岡西が続けてゲームを再開する。


 え?まだ続けるの?


 混乱する僕を他所に二人はまだ熾烈な戦いを繰り広げている。

 あそこまで行くともはやゲームというよりデスマッチだな。





 ポツポツと窓の外を雫が叩く。

 音を立てるように風が吹き、木の葉がひらりひらりと舞う。


「降ってきたね」

「やっぱ早めに帰ってきておいて良かった……」

「ほらな!しかたないよなー!」


 各々が思ったことをそのまま述べる。僕もほとんど同じ意見だ。

 窓の外は今激しい雨に襲われている、他の班が傘を持っているのかどうかは知らないが少なくとも僕達がまだ外にいたとしたら風邪を引いていただろう。

 それに、学校側もこれを危険視したのかメッセージが来ている。


 『雨が強くなってきたので宿に戻ってきてください』


 そんな感じの文言だった。

 僕達がついたときにはまだまだ人はいなかったからおそらく結構な数の班が待ちぼうけ状態になっているだろう。


 ふうと軽く息をついた。


 僕達は今、やることがないのだ。

 修学旅行というのは基本的に外で、見学するなりご飯を食べるなりして楽しむものだと言うのにそれができなくなってしまったのだからしょうがない。

 ただそれにしたってやることがないのだ。


 岡西と林にいたっては辞書アプリでただひたすらに言葉を調べているし、佐田はいつの間にか布団の入った押し入れに入って一向に出てこない。


 皆で遊べるものといえばウノだが……先程聞いてみた回答が、『飽きた』だった。

 『飽きた』って、何だよ!

 せっかく友達と遊べるものがそれだけしかないのに、飽きたって何だよ!


 せっかくの修学旅行、せっかくのグループ、このままで終わらしたくない。

 その気持だけがある。

 行動は伴わない。


 何も思いつかない。


 ただ僕は窓の外に映る雨を見ていた。


 思っている以上に外は激しいのか木々が大きく揺れていて、石に弾かれる雫のしぶきがなんとも美しく思えた。

 多分、僕は日本家屋が好きなんだろう。



 ……そういえば、僕の夢というのはなんだろう。

 進路を書く紙を結局提出期限の最後まで書くことができなかった、でもなんというか腹の奥では色々なものが渦巻いて決まっているのだろうか。

 先生は何度も言ってくれていた。決まらないのであればとりあえず進学でいいと。

 ただ僕はここ最近で色々な初めてを経験した。


 初めての友達との旅行も、ウノも、そして初めて好意を伝えられるということも。


 ……そういえば鳴海さん、今何をしているのだろうか。

 あの時の服装、可愛かったなぁ……


 って違う違う。

 僕は今夢について考えているんだ。



 ……ちょっとメールしてみるか……?



 男というのはなんとも単純なもので、一度気になった物事を考えてしまったらそれ以外は考えられないという特性がある。

 だから出だしがどう始まろうが結局は自分の考えたいことを考え始めるのだ。


 そう、まるで今の僕のように……




――――今日――――


春馬

〈今、何をしていますか?〉

-13:57


――――――――――


 送ってから気づく、あれ、今日平日だ、と。

 じゃあ連絡できるわけ無いな。

 むしろなんかそういう遊んでますアピールみたいじゃないか。

 嫌な予感が僕の脳裏をかすめる。


 ふ、振られる……?


 いや、いやいやいや……


 思わず首をブンブンと振る。


 そ、そんなことないよな?だって毎日連絡はくれって言ってたし――

 ――でもカップルとかはすれ違いで破局したりって聞くなぁ……

 で、でも鳴海さんは僕のこと長年好きだったからそんな簡単に嫌いになんか――

 ――意外とこういうところで千年の恋も冷めるのかも……?


 あー駄目だ、まただ。一度考えたら悪いことしか考えられない。

 メッセージ消すか。

 いやでも消したら消したで変な感じに見えるなぁ。

 あっちが立てばこっちが立つ。


「どうした?」


 そんな僕の異変に気づいたのか、岡西が話しかけながら僕の向かいの椅子に座った。

 椅子の背もたれを使うこともなく、しっかりと僕の目を見ている。


「あ、いえ、ちょっと知り合いにメールを送ったんですが」

「迷惑じゃないか心配で」


 少し悩んだような表情をすると、瞬時に理解を示した。


「あー……まぁ、なんだ。大丈夫だよ。多分」


 そういいながら僕のスマホをちらりと見ると、なんとも言えない笑顔を見せた。


「……僕もさ、そういうの疎いから。たまに文に怒られたりするんだ」


 おう、何だ。惚気か。


「でも、文は言うんだ。『そんなんで嫌いにならない』ってさ」


 はいはい、惚気ですか……


 その一言があまりにもあっさりとしていて、驚いた。


 淡々と事象を述べていたのだ。

 それが自分の出来事で惚気であるのにもかかわらずただ起きたことだけを述べていた。

 感情が乗っていなかったのだ。


 ただ僕を安心させるためだけに、この話をしていた。


 そう思うと岡西、という人物がなんだか大きく見えた。


 『そんなんで嫌いにならない』


 そうなんだろうか。

 鳴海さんと中原、お互い似て非なる者ではあるが考え方は似通ってたりするのだろうか。

 女性全般がそういう考えなのだろうか。


 そんなことはない、分かってはいるけどそんな風に考えてしまう。

 岡西はそんな僕の顔をまじまじと見つめ、まるで言い聞かせるように言葉を放った。


「大丈夫、鳴海はそんなんでお前を嫌いになんてならないよ」


 篠突く雨の音が、ゆっくりと遠くになっていく感覚があった。


 何かが腑に落ちる感覚。

 雨のように何度も落ちるわけではなく、その瞬間たった一つのものだけがポツリと落ちる感覚。

 体の中が寒くなるような感覚。


 恐怖や不安などといった感情によって起こされているわけではない。


 この感情に名前はない気がする。


 岡西の顔はやけに大人びて見えた。

 もともと利発そうな感じの顔だったがそれが更に強化されたようにも……


 そして僕はその顔を見て、なぜだか渚と似ていると思った。

 鳴海さんの兄で鳴海さんに顔も似ているというのにだ。



 ――――僕が渚を好きだから……?



 僕はまだ、渚が好きだ。

 うん、それに関しては理解しているつもりだ。

 だって初恋だったから。その初恋も終わりを迎えたけれど。

 でもじゃあなんで僕は渚の次に鳴海さんが浮かんだんだ?


 まさか、まだ恋愛対象として……?


 いや、ないな。

 これっぽっちもない。

 自分の息子も体も反応は特にない。だったら僕は渚を性の対象で見ていないということだ。

 じゃあ、なんでだ?


 岡西が僕の表情を伺う。

 まるでなにか言いにくそうなことがあるように。


「あとさ」


「今日学校休みだぞ」


 はい、そういえば今日創立記念日でした。





 ふかふかの布団に身を置く。


 部屋にはいつの間にか布団が敷かれていた。

 おそらく宿の方が僕達が集会に行っていた間にやってくれていたのだろう。


 僕が一番玄関近くの布団、その次に林、岡西、佐田、と続くように寝転んでる。


「いやー、つまらなかった!何だよ緊急集会って!」


 佐田が言う前に岡西がついにその言葉を言った。

 本人的にも思うことはあったのだろう。

 まぁ僕もその意見に賛成だ。


 緊急集会と銘打っていながら其の実『明日は気をつけてね』ですむ内容だったのだから。

 できるならばもっと充実した修学旅行を送れるよう皆で楽しめるレクリエーションをより充実させてほしかった。


 まぁそれにしたってまだまだ寝る用意をしただけだ。

 時間はある、飯もある、数少ないがレクもある。ここは甘んじて受け入れましょう。



「つまらなかった、には同感だけど。まだまだ夜は長いよ?」


 林がまるで岡西たちをなだめるかのように言う。

 確かにまだ六時だ、寝る時間なんてまだ先も先。


「確か、次に部屋を出るのは……七時だったよね?」

「うん、そこから晩御飯食べて、簡単なレクをやって……帰って来るのが十時だったかな」


 わーお、三時間。普通に疲れそう。


 ここの宿は毎年色々な修学旅行先の宿として選ばれているからなのか、大きな広間のようなものがある。

 ご飯を食べ終わった後そこに行き、レクをして部屋に戻る、という運びらしい。


「肝心のレクってなにやるんだろう……」

「あー……聞く?」


 僕の疑問にビクッと反応すると微妙な顔の岡西。


「え?何?その感じ……」


 岡西は慣れた手つきでスマホを開くと、あるトーク画面を出した。

 もちろん皆に見えるように床に置いて。


――――昨日――――


にしにし

〈そういえば、修学旅行のレクって何したんですか?〉

-14:22


千石だぞ!

〈二人一組のやつ、名前忘れたけどクソだるかったわ〉

-14:23


千石だぞ!

〈対して仲良く無い他クラスか、同じクラスの女子のどっちかと絶対に組まされる〉

-14:23


にしにし

〈先輩はどっちと組んだんですか?〉

-14:23


千石だぞ!

〈地味めな女〉

-14:24


――――――――――



「というわけだ」

「うん、ちょっと先輩の名前と物の言い方がすごく気になるんだけど」

「まぁ、結構ガサツな人だったからさ」


 よく言った林。僕もそう思う。

 というか絶対ガサツですましていい人じゃない気がする。

 中々よ、女子のこと女って言うの。しかも地味めって言う必要あるか。


「千石だぞ……あー、卒業した人?」

「そうそう、さとーは関わりあったっけ?」

「いや、真面目だけどガサツって言うので俺の中学で有名だった人」


 真面目でガサツとは?相反するものじゃない?


 佐田はうげっといった表情をする。なんだ、こいつにも苦手なやつというのはいるのか。ちょっと意外だ。

 まぁ僕はずっと佐田が苦手だけどな。


「ってかレク、女子とペアになるんですか……」

「同感、僕も苦手だ」


 そういえばなぜだかこういう修学旅行のレクリエーションはフォークダンスが入っているイメージがある。

 もっとも、僕達はフォークダンスなんて踊れない。

 昔……先生たちが子供の頃はよく踊っていたのだろうが、今時の若者にフォークダンスを踊る機会なんてのものは無いのだ。


 まぁ待て、まだフォークダンスと決まったわけではないし、そもそも二人で踊るタイプのダンスは練習が必要と聞いたこともある。


「やっぱフォークダンス的な?マイムマイムみたいな……」

「そう、それそれ!」


 頭の中にマイムマイムの音楽が流れる。

 マーイムマーイムマーイムマーイム……ふふふ、ふふふ♬


 うろ覚えだった。


「というか、そのダンスを女子の前で……?」

「なんなら女子と一緒に踊ることになるんじゃない?」

「「「無理」」ですね」


 見事ぴったり岡西以外の三人の息があった。


 そりゃ無理な話だ。

 そもそも僕は女子で仲良い人が明と渚と中原しかいない。

 渚は絶対蒼井と踊るだろうし、中原は岡西と明は四季が……いや、なんでもない。


 あ、じゃあ明と踊ればいいのか……?

 でも鳴海さんに対しても申し訳ない。


 あれ?っていうか岡西は中原が居るじゃないか、なぜそんな顔を?


「いやいや、落ち着けって。そもそも二人で組むだけの別の遊びの可能性もあるだろう?」

「それはそうだけどありそうじゃん」

「いや、あくまで例だから」

「っていうかフォークダンスって聞いてなんで岡西はそんな顔を?そっちのほうが今気になる」

「いや、それは……」


「……ボクダンスオドレナイ、カノジョノマエハズカシイ、フラレタクナイ」


 ロボットのように感情のない声で言葉を綴る。

 なんと幸せな悩みだろう。

 僕らは今いかに踊らないで、もしくは踊ったとして他者からの評価を下げない方法を模索しているというのに。


「惚気かよ……」

「どこが惚気だよ」

「幸せな悩みしやがって……」

「いや、それは……なんかごめん」


 佐田が岡西を軽く蹴り、林が小突く。


 本当、幸せなやつだ。

 中原がお前のことをダンスが下手なだけで嫌うわけ無いのに。


 テストの時を思い出し、ゆっくりと僕は立つと時計を見る。

 六時三〇分、あたりはもうすっかり暗くなっていて、窓の外には闇が広がっていた。


 確か中原と電話したときは零時とかだったかな。

 なんだか懐かしい。


 カップルを見て泣いていた中原はもういないんだろうか。

 失恋を糧に成長したのだろうか。



「そろそろ、ご飯食べに行こうか」


 岡西、


「お前が助け舟を出すのかよ!ほら、にっしー!」


 絶対に中原を泣かせるなよ?


「ハハ、ありがとね。春馬」


 もう、二度とね。



 ……あれ、これ僕達ダンス踊るのか?

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