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第37話 事情

 私には幼馴染がいる。家が近くて、小中高とずっと同じで、毎日顔を見合わせるそんな関係で。ある時は幼馴染側の家に遊びに行ったり、私の家にその幼馴染がきたりなんてこともしたこともある。

 とてもとても親密で、大事な人だ。




 ……おっけーおっけー、私は変じゃない。

 春馬のことをしっかりと覚えているし、記憶もある。何なら今すぐにでも春馬との日々が昨日のことかのように目に浮かぶ。そうだそうだ、大丈夫だ。何も変なところの無い私だ。

 ではその私よ。今、この状況は何だ?



 私の視線の先、大体十メートル前後の辺りに二つの影がある。一つは見慣れた私より少し高いくらいの身長の男子。もう一方は全く見慣れない小柄な女子。

 そう、もう分かる通り、春馬の隣に知らない女子がいるのだ。いくらバイト終わりで疲れているとはいえ、あの優しそうな顔、ゴールデンレトリバーのような雰囲気……春馬歴十年の私が見間違えるわけが無い。


(これは特大スクープだぞ!春馬がついにそういうこともする年齢に……)


 いそいそとバッグの中からペンとメモ帳を取り出すと電柱の影に隠れる。

 ふっふっふ……からかい放題じゃないか!こんな面白そうなこと見逃せないぞ!春馬!


 よく見てみると二人の距離は拳一つ分くらいしか無い。ちょっと待てよ?もしかして私が知らないだけで昔からこういう関係だった?ううむ、でも感の鋭い(私調べ)私がそれに気づかないとは到底思えない……


 というか、今日もしかしてデートだったのか?女子の方はいかにもデートって感じだし、春馬がそれをどう捉えているのかわからないけど。

 春馬のことだし、ただ遊びに行ったと考えていてもおかしくない。結構鈍感だからね。


 ただそれにしては距離が……


 同じところをぐるぐると周り続けるも取り敢えず目の前の状況をメモしていく。サラサラと風が流れたのを頬で感じゆっくりと後ろに下がった。


 一瞬自分でも意味がわからなかった。

 いや、考えてもそれはわからないものだった。

 首をかしげ、また私は春馬を見る。


「……変なの」


 春馬たちに音を聞かれないよう、ゆっくりと尾行しよう。大丈夫、家はまだまだ遠いのだしどんな関係かはわかるだろう。流石にカップルだったら何かしらそれっぽい行動をするだろうし。


――――……一応、帰りの連絡だけお母さんに送っとこう――――





「うーん……何も……無いな……」


 大体後ろを付けてから十分ほどだろうか、特に代わり映えのない情景と聞こえない話の内容に私は食傷気味になっていた。

 今のこの距離が一番怪しまれず気づかれないくらいの位置なのだ。もしこれ以上行けば彼らは何らかの疑問を抱くだろう。道には特に人も居ないし。もし怪しまれたら……


 思わず身震いをする。


 それだけは避けたい。春馬に嫌われるようなことはしたくない。


 歩みのペースをほんの少し上げる。


「……あ…………ま先輩」


 途切れ途切れに聞こえるその言葉から喋っているのはあの女子だ。

 あ、今手が触れた。


 驚いた、というよりは瞬間的に取り乱した春馬が触れた手を跳ねるように離す。それを女子は真顔で見つめている。

 ……?なんで真顔なんだ?

 ほら。春馬は暗いとこでもわかるくらいに真っ赤だよ?今にも蒸気が出そうなほどだよ?それなのになんであの子はあんなに真顔なの?

 春馬なんか多分謝りまくってるよ?なんでそれにワンアクションも……?

 疑問を浮かべながら私は二人が曲がった辺りまで音を立てずに走る。





 ……彼女を一言で表すとしたら私は人形、と答えると思う。


 感情がわからない。それでいて顔は私から見ても美人だ。おそらく今日がデートだったことを踏まえると春馬が疲れすぎていないか心配になるほどに。あんな子が町中にいたら声をかけてみたくなる。パッと見の印象ですら惹かれる要素が多い。


 もし私のクラスにいたらまず真っ先に仲良くなりに行くと思う。表情は無なのに感情がところどころ伝わってくるところとか、綺麗に整えられたまつげや金髪にギャルみたいな服装に……

 話したいことは色々ある。


「……なんて名前なんだろう」


 ぼそっと呟いた一言に一瞬ハッとする。現在の時間的に声がよく響いてしまう。これで聞こえてしまったら私の存在がバレる。そうなってしまっては私が十分以上をかけて追跡していた意味がない。

 瞬間的に今きた道を戻り、角に身を隠す。


「……?……だ?……」

「……ん……だ……い」


 ボソボソと所々言葉が聞こえてくる。顔の上半分だけをニュっと出すと春馬たちがそのままあるき続けているのが見えた。どうやら私には気づいていないようだ。


 ……あと少しで春馬の家なのにどこまで一緒に帰るつもりなんだ?


「じゃあ、先輩。私ここが家なので」


 片方の足を出しかけたとき、その声が聞こえた。


 女性にしては少し低めだが、なんとも綺麗な声をしている。

 またもニュッと顔を出し、声のしたほうを見る。


 そこには軽く手をふるあの子と照れくさそうにしながらも振り返す春馬の姿があった。


 あらら、頬赤くしちゃって。


 もしこの場に他の誰かがいたとしても、春馬たちが好きあっていると思うだろう。

 見ているだけでお互いがお互いを大事にしようとしているのがわかるし、意識し合っているのも見ていてよくわかる。



 ……春馬?



「……観覧車でのお返事、決まったら聞かせてくださいね」

「うん、できる限り早くに」


 言葉の節々から溢れ出る恥ずかしいオーラ、好意、ゆっくりと地面を伝って。

 じゃあやっぱり春馬は……

 それを断っていない春馬は……


――告白したんだろうな――


 その言葉が頭に浮かび上がる直前一歩、後ろに下がった自分がいた。



 それは喜ぶべきことだった。

 今までそういった浮いた話は聞かなかったし春馬についにそんな人ができたということは嬉しいことのはずだった。


 無論、私自身とても嬉しく感じている。ただ心の隅で何かが引っかかている。

 喜ぶべきことだ。

 頭の中でも心でもそれを理解しているつもりだ。

 でも、納得できない何かが私の中にある。


「じゃあ、先輩。また……」

「修学旅行明けに」

「そうだね。じゃあ、またね。鳴海さん」


 薄っすらと微笑みを浮かべながらゆっくりとその場から動き出した春馬。


「……好きだなぁ……」


 ポツリとその子……鳴海さんは言葉を置くとドアを閉めた。


 ずるい、ずるいよ。




 好き……好きか……好き……好きなんだなぁ……好き、同士……なんだろなぁ……



 何も言えないまま、ゆっくりと春馬の後ろ姿を見た。あんなに遠くにいるというのに、私と同じくらいの大きさなのに、私よりも大きく見えた。


 思えば私は春馬に対して恋愛の話を振ったことがなかった。


 私自身ももともとそんなに恋愛などに興味があるわけでもなかったし、今まではただ漠然と周りの男子から好意を持たれて、告白されて、女子たちから恨まれたり、時々その女子からも好意を持たれて告白されて……そんなふうに繰り返して一日が過ぎていくだけだった。

 だから私自身恋する側にはいなくて、恋愛の話を持ってくること自体がまずなかった。


 だからあの日、春馬にあの話をしたのが……多分初めてだっただろう。


 今でもあの日の春馬の顔が思い出せる。呆けたような、でもどこか悲しそうな。


「……春馬」


 ポツリと私も呟いてみる。


「……好きだなぁ……」


 同じように呟いてみる。


「…………」


 乾いた風が吹く。街頭に照らされた私の影が揺れる。


 彼女ほど、思いが無い。感情が乗ってない。言ってしまえばただの棒読みだった。


 驚きもしなかった。想像どおりだった。むしろそこに安心感すらある。


「……明日……」


「行きたくないなぁ」





 何かのピースがゆっくりと落ちていく。

 それはまるで……ストラップの紐がちぎれるかのように。


「あ、うわ……」

「……渚からもらったのに」


 コロンと道路に寝そべる犬のストラップは

 真っすぐと空を見ていた。


 なにかに気づかないように、足元を見ないように。


 空を見上げ続けた。


「直せるかなぁ……」

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