第35話 先輩は渚さんが好きらしい②
もうそろそろ帰ろうか、そんなことを考えていた矢先、鳴海さんがとあるアトラクションを指さした。
遊園地デートの定番、観覧車である。確かに最初の方に乗ったアトラクションよりずっと激しくないし、何なら今日できた思い出を思い出すのにいい時間になるかもしれない。
というのは建前だ。もちろん期待してしまっている。確かにあの時は渚の顔が浮かんで見えてしまったが別に僕は鳴海さんのことが嫌いなわけでもない。むしろ、ずっと好きなのだとすら思う。ただそれが、ラブなのかライクなのか、わからない。
なんとも優柔不断な男だ。つくづくそんな自分に嫌気が差す。
ずっと、いつも、そうだった。どちらか一方に割り切ることができなかった。だから渚から離れられなかった。だから人が離れていった。だから優しくなろうと思った。でもそれもうまくいかなかった。その結果僕は一人になった。
渚に恩はある。ありがたさも感じてる。ただここ最近のことを鑑みて、僕はどちらかに割り切ることも大切なのだと改めて強く感じた。
そんな状態だった僕は迷わず彼女に同意した。断る理由がむしろ見つからない。
ただどこか、どこか
(何も起きませんように)
期待はしないと言いながら、どうしても期待してしまっている自分がそこにいるのだった。
※
無言だった。乗る前までは観覧車楽しみだねだとか、明日の修学旅行は楽しみだなーとか、雑談に花咲かせていたというのに。
向かい合わせに座った鳴海さんは顔を赤らめたまま下を向き続けている。一方僕はそんな彼女に大丈夫かなんて言葉も言えずに外の景色を眺めていた。
(そりゃそうだよ。緊張するよ、こんなのまるで)
――カップルみたいだもん――
彼女にとって僕は到底釣り合わない、それは僕が一番感じている。渚に対してもそうだ。渚にとって僕はあくまでその他大勢の括りの一人でしかなくて……どうしようもないことだって理解ってはいるんだ。
それでいて恋愛経験はゼロどころかマイナスなんだ。
そんな人間に好意を抱いてくれてる、そんなわけが無い。それは鳴海さんもきっとそうだ。
だからこんな思いもどうせなら吐き出してなかったことにしてしまいたい。
……ただどうしても説明がつかないんだ。
ふと顔を鳴海さんに向けると勢いよく下を向き、耳まで真っ赤になったのが見える。
僕だって馬鹿ではない。鈍感という訳でもない、と思っている。だからこそこの鳴海さんの反応がどういうものなのか、なんとなくでもわかってしまっている。
きっと、どんな人もわかってしまう。だけど今の今までは見ないふりができていたんだ。
でも。
……この先は言えない、というよりかは言ってはいけない気がする。
理解っている。絶対にそうだということも、それ以上は断らなければいけないということも。将来の彼女の隣を僕なんかが歩いていいわけ無いんだ。僕はダサくて醜くて、友情というものを歪な関係でしか確立させることのできない人間だから。
よく、渚にも言われる。「春馬はもっと堂々としたほうがいい」って。ただそんなことができるほど僕は強くない。
今日、彼女の隣を歩いていて何度思ったことか。この時間が早く終わってしまえばいいと。
ドキドキもした。楽しかった。でも、周りから見た時に僕が、鳴海さんの彼氏だなんて思われることが嫌だった。苦しかった。
彼女が今よりも笑えばきっと視線が集まって、僕を見て、驚いた顔をして、コソコソと話し出して。
そんな未来で僕は堂々と彼女の隣を歩けるかわからない。
どうしても、僕自身が周りを気にしてしまっている。
「……綺麗ですね」
「んん!あ、そ、そうだね。」
唐突に聞こえた鳴海さんの声に思わず現実に引き戻される。危ない危ない、危うく独白を言うところだった。
彼女の顔を見る。
何も言わずに息を飲み、口を開く。
「――……綺麗だ」
鳴海は外を見て微笑んでいた。今日何度か笑うシーンはあった。ただその中でも自然な笑いを見れたのは船のアトラクションの時だけだ。
まるで好きなアート作品を眺めるような、小さな子供を見るような、彼女本来の微笑みのようなもの。
目を細め、口角がほんの少し上がり、夕焼けに照らされたその顔はなんとも。
(なんで……今……)
バクバクと心臓が鳴っていた。心の底から彼女のことを綺麗だと評して漏れた言葉はどう考えてもそういうことなのだと僕に感じさせた。
瞬間的に否定の思考へとシフトする。
きっと違うはずだと、何かがおかしいんだと。
ただそれすらも徐々に彼女に吸い込まれていく。
それまで彼女の好意ににも似たなにかに気づかなかったわけではなかった。
(違う、違うはずなんだ)
その時、彼女の美貌に惑わされることもなかった。
(違ってほしいんだ。僕には渚が――――)
しかし。報われない恋というものほどつまらないものはなかった。
(渚が――――)
もしここで彼女と両思いだったことを確認できたとして、または一方的な思い込みだったとして、渚を追うのか。
彼女を追うのか。
まだ、わからない。まだわからないが。僕の中で唯一小さい頃から変わっていなかった指標がゆっくりと崩れていくのを感じた。
(……どちらも選びたくない)
苦痛だなんだといいながら、僕の心はどうしたって男だった。本当に彼女だったらいいのになんて何度考えたかわからない。ただそれを遥かに凌駕するほどの情けなさだけが僕の中ではいつも優勢だった。
彼女が僕に優しくするたびに、嬉しさとともに負の感情が渦巻いて。支配して。
「あ、先輩、見てください。最初に乗ったアトラクションがありますよ」
そう言うと鳴海さんは元の顔に戻って外を張り付くように見ている。
それに応答はしたものの体が動かなかった。
今までそんなことはなかったのに。体がまるで凍ったかのように動かなかった。それに加え、膝からゆっくりと震え始めた。
「ど、どうしました?」
「あ、いや。だい、じょうぶ……」
歯切れ悪く、言ってしまったのが自分でもわかった。こんな言い方をしてしまったら誰だってわかるだろう。大丈夫じゃないことは。
やはりそれを察知したのか鳴海さんは
「……先輩。隣いいですか?」
有無を言わさず、鳴海さんはゆっくりと僕の隣りに座る。
触れた肩からは彼女の体が僕より小さいことを感じさせた。
そしてその流れのまま僕の体に寄りかかってくる。
「え?あ、え?」
無言で。
「……」
バクバクとドキドキと心臓はひっきりなしに脈を打つ。秒針のように、時間一つ一つを刻んでいく。
それとともにどす黒い感情がゆっくりと僕の視界を覆っていく。
(近寄らないでよ。僕はそんな好かれるような……)
「先輩」
「一つ、思い出話といきませんか?」
高調した頬、動かない表情筋。高鳴る心臓。なんともシュールな光景に思わず笑いが込み上げる。
「な、どうして笑うんですか?」
「いや、そんな真っ赤な顔して真顔なのが少し……」
「か……」
「か?」
やめろ。僕。それ以上は何があろうとも。
体中で危険信号だと騒ぎだし、体のこわばりがより一層強くなる。
「……何でもない。いいよ。昔話だったっけ?」
目で疑問符を訴えてくる彼女の顔から僕はゆっくりと目を背ける。
これでいい。僕にとって彼女は後輩。それ以上でもそれ以下でもない。
可愛いだなんて言葉、僕以外が言うことだ。僕以外のもっとかっこいい人に。
「……まぁいいです」
見るからに不機嫌そうになり、口をとがらせると僕から体を離した。大体拳一つ分。それに伴い、僕の脈も少しずつ落ちつていく。
「先輩。覚えていますか?私が初めて出会ったときのこと」
そしてまるで記憶のアルバムを一ページずつ開いていくように、ゆっくりと回想する。
ああ、僕
「その日は」
――暑い日でした。
腹をくくれ




