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第34話 諦めたこと

 夏の学校、外から入る光にうっすらと廊下が照らされ、セミの合唱が聞こえる。

 それは、ゴングが鳴ったとほとんど同時だった。


「ち」

「ち?」

「違うよ!!!」


 顔から火が出そうな勢いのまま先輩は大声で叫んだ。

 思わずその声量に押される。先輩ってこんなに声出るんだ。


「あ!ご……ごめん。急に声荒げちゃって……」

「そんなに強く否定するほうがそれっぽいですよ」

「……意地悪しないで……」


 へニャリと体が曲がりそのまま倒れ込む先輩。

 ……貴方本当に年上ですか。どうやったら年下にそんな可哀想な子犬の目ができるんですか?

 嗜虐心にくすぐられながらも私は先輩の手を取る。


「まぁ、いいですよ。そういうことにしておきます」

「……君本当に僕より年下なの?」

「ほら、女子のほうが精神の成熟が早いって言うじゃないですか」

「だとしてもなんか納得いかないくらい年齢差がない?」

「単純に先輩の精神が――――」

「毒舌!毒舌だってそれは!」


 なんとも言えぬ年下感による可愛がりに少し釈然としない態度のまま先輩はスタスタと歩いていく。

 そういうところも子供っぽいなぁ、そんな言葉を喉元まで押し込めると私は先輩の背中を軽く叩く。


「だから!そういうとこ!やめて!」


 またもや顔を赤くしながら先輩は顔を見られまいと前を行く。


「ハイハイ。わかりましたよーっと」

「絶対わかってないでしょ!?」


 なんだろう、この気持ち。

 好意ではないなにか。ただなんか、楽しい。


「あーあー、何だよその顔!怖いよ!君結構真面目そうなのになんでこんなにドS何だよ!」

「いやー案外Sだけかもですよ?」

「S、否定しろよ!」


 家庭科室という文字が視界に入る。先輩は見るからに安堵すると私の方を見て歩く足を早める。


「はい、じゃあ取り敢えず家庭科室の説明行くよ!」






「……なんで扉の前にいるのかな?」

「先輩が渚さんの話をするまで退きません」

「うん。もう、直接的な嫌がらせにはいってきたね?」

「嫌がらせではありません。調教です」

「何が?どういうこと?なんで僕年下の女の子に調教されてるの?」


 私はどうしても先輩をいじりたかったんですよ。家庭科室も理科室も体育準備室も特に渚さんのことを何も言わないのでもう堪忍袋の緒が切れました。ここ、視聴覚室で決着をつけてやります。

 先輩が渚さんのことを話して顔を真赤にしながらキレるところを私は見たいんです。お願いします。


「明らかに惚れてるのにそれを隠そうとする先輩に吐き気がして。本音を聞きたくなりました」

「口悪い!口悪いよ!」

「そんなボディビルダーへの掛け声みたいなのをしてもここから退きませんから」


 ちらりと後ろのドアを見る先輩、一目散に駆け出し扉に手をかける。しかしなにかが引っかかってるのかドアは少ししか開かない。それを知ってトボトボ戻って来る先輩。

 なんだろうこの即落ち二コマ感。


「……さっき色々見て回ってこのドアからしか出れないことを確認しています。諦めて渚さんとの馴れ初めを……」

「別に付き合ってないから!!その……ただの幼馴染だから!」

「ほほう?」

「そんな意地悪そうな顔をしないで!普通に、何の変哲もない幼馴染なの!」

「だとしたらなーんで先輩はそんな激しく否定するんですかねぇ?」

「あーもう!!」


 その一言が言われる瞬間は妙に静かだった。嵐の前の静けさ、とでも言おうか。辺り一帯何もいなくなって日本人しか感じることのできないと言われている無音がこの場を支配する。ジリジリと先輩の言葉が喉を通り過ぎる。ゆっくりと。スローモーションのようにその言葉は私を唐突に現実に戻した。


「は、初恋なんだよ……うう……」


 先輩の紅潮した顔、生気の少ないながらも純真さを感じさせる瞳。


 なんて人は不平等で不公平で歪なんだと思った。最初はほんとにただただ先輩をからかいたかっただけだった。多分私は昨今の夏によって頭がおかしくなってしまったのだ。でなければ説明がつかない。

 この胸の高鳴りを。



「そ、そうなんですね!!!」

「急に大きな声出さないで……恥ずかしいから……」


 もじもじとした空間が一瞬のうちに出来上がる。


 説明できるなにかがほしい。自分が先輩にドキドキしてしまっているというこの不可思議をどうにか説明できるなにか。というよりも一目惚れなんて自分はしない、恋だとか愛だとかはわからないと先程まで熱弁していた自分がこうなってしまったなんて考えたくない。

 彼の性格も知らない。想像はつくけども関わったこともほとんど無い。


 ……認めたくない、負けたくない。

 そんな、まるで、こんな、恋愛モノのような……


 でも一目惚れ以外、こんな意味のわからない現象、納得できるわけ。


「ん?どうしたの?」

「あ、いえ!大丈夫です!もう、結構です!さ、行きましょう!な、渚さんのとこまで……」


 唐突にキョドりにキョドりまくる私、ぽかんとする先輩。


 なんだこの空間。


「え?あ、わ、わかった。じゃあ最初の場所に戻ろうか」

「はい!先輩!」


 ……先輩のことを知るのはこれからなのかな。こういう恋の始まり方もあるのかな。

 どうしたって私はまだ経験が足りない。恋なんてしたこともない。この感情が、気持ちが、高鳴りが、恋なのかどうなんてわからない。もしかしたらなにかの病気の症状なのかも。


――そんなわけないのに――


 心の奥で何処かそんなことを思い、隠している自分がいた。






「え?好きな果物?」


 と、取り敢えずは先輩の情報を知っていこう。今はただ渚先輩のことが好き…………なだけの人って印象だ。


「んーーなんだろう。柿?とか?」


 そう言うと頭を軽く掻きながらへニャリと砕けた笑い方をする。

 私の心臓が激しく脈動する。


「……ご趣味は?」

「……本を読むこと、急にどうしたの?」


 疑問ありげにこちらを見つめると、私と目がしっかりあった。

 私の心臓が激しく(以下略)


「す、好きなタイプとか……」

「え?え?好きなタイプ?」


 瞬間真っ赤になり、途端にしどろもどろになる。ただそれでも質問してくれた気持ちに応えようとしているのか唸る。

 私の(以下略)



 ……ここまでの統計でわかった。

 私はどうやらこの人に恋してしまったらしい。

 なんで、なんで、まだクラスメイトーとかだったら納得できたのになんで数回顔を見ただけの先輩のこと……


「明るくて、周りに元気を与えてくれる人……かな……」


 ボっと湯気が出ると先輩は私から目をそらす。人にタイプを話すということがやはり恥ずかしいらしい。ただ渚さんと合流しようとする足は歩みを止めない。


「明るくて……周りに、元気を……」


 言われた言葉の一部を反芻しては今の自分と比べてみる。

 言わなくてもわかるだろうが明るいというのは性格がポジティブ、だとかそういう意味だ。私の性格は、卑屈でどこか人を見下している、それを理解しつつも変えようとしない。

 周りに元気を与えられるか、到底無理だろう。誰がこんな偏屈王を見て元気を受け取るんだ。私と同じくらいの偏屈しか喜ばないだろう。


 では明るい、周りを元気にする人とはどんな人だろうか。どんな人を目指せばいいのだろうか。


「あ!はーるまー!!」


 ドタドタと走り込んでくる音とともに快活な少女の声が響く。

 直後パチンと乾いた音がなる。


「はーい!たっち!」

「これ今日、何回もやるね」

「えへへ、なんか春馬がしてくれるのが嬉しくて」


 私の目の前に朝霧渚(ラスボス)が現れた。

 つくづく春馬先輩は渚さんのことが好きなんだなぁと感じる。たった一言、たったそこに現れただけで場が暖かくなる。ただそこにいるだけで、私じゃ到底できないことを成し遂げてしまう。


 どこか遠くを見つめながらも渚さんの顔をしっかりと見続ける先輩。それに対し他の場所を見たり、私を見たり親子を見たりしても最終的に春馬先輩に戻ってくる渚先輩。



 ……卑屈でへそ曲がりで、外見も普通の私じゃ到底敵わない。






 朝起きて真っ先にぼやいたのはその言葉だった。


「会えたらいいな、あの先輩が入学式に来るわけ無いけど」


 チュンチュンと鳥が鳴き、一歩ずつ重たい足をあげながら少しずつ定刻が近づいてくる。



 よく、こういう話を聞く。

 自分の気持ちにけじめを付けるために髪を自ら切って決心するという。

 よくわからない。

 先輩への思いも、今自分が何をしているのかも。

 ただ私の気持ちはなんとなく決まっていた。


 鏡に映る、金髪でショートカットの女子。

 顔はまだ幼く。到底あんなふうに誰かを笑顔にさせることなんてできないだろう。

 ただこれはこれでいいんだ。


 あの時、先輩の照れながらもぎこちなく笑ってみせたあの顔に一目惚れしてから、私はずっと





「先輩」


「好きです」


 観覧車の中。

 照らされた夕焼けとともに、最後の時間が回る。

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