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第33話 先輩は渚さんが好きらしい①

 あの頃の私は先輩のことは、多分ですが変人とでも思っていたのだと思います。

 当時は何故か目が惹かれる人ってだけでしたし。学校でもなにか関わりがあったわけでもありません。ただただ廊下であった時になぜだか無意識に目で追ってしまう。そんな人でした。


 きっかけは……その、決して、そういうわけではなく本当にたまたまだったのですが、先輩がいる高校と偏差値が同じくくらいだったので見学に行くことになったんです。

その日は……


 暑い日でした。





 青い空、大きな入道雲、寒さすら感じる電車の中。

 想像する暇すらいらないほどの夏だ。

 そんな中、端の方に縮こまりながら私は窓の外を流れる景色を眺めていた。初めて――とはいってもどういう高校かは事前情報があるし不安はないのだけれど、なんとも言い表せないなにかだけが胸の中にある。


 確かに今日は厄日なのかというほどついていなかった。制服という暑くなる服装だというのに外はガンガンに照りつけられているし、家にでた瞬間セミが突っ込んでくるし、兄にはからかわれるし、長髪のせいで頭が蒸し蒸しするし。


「はぁ……」


 しかもジメジメしている。電車の中はさほどきつくないが外は本当にひどい、それにより暑さも一層強く感じた。


「なんでこんなに色々と嫌なことが重なるんだろう、高校に行くなという神様の啓示とか?そんなわけ……」


 ブツブツと誰にも聞こえない独り言を呟き、スマホからマップを開くと高校の位置を確認する。

 今見たところで意味はないのだけれど得も言えぬ不安による焦燥感のようなもので無意識に何度も確認していた。これで確か三回目。


(高校見学という名の説明会なんだろうなぁ……)


 なんとも面倒くさい。確かに自分の将来を決めるために大事なものではある、どこに進学するかでまさしく人生が変わるだろう、だとしても私はそれに価値を見いだせなかった。熱意がなかった。

 どこへいっても、何を学んでも自分のやりたいことというものがわからなかったからだ。

 ただひたすらに本を読んだり、数学の公式を学んでいるだけで私は幸せだった。それなのに、わざわざ夢を決めろというのだからそんなもの……簡単に決められるわけがないのだ。


(ん……?)


 ふと視線を挙げると身に覚えのある顔がいた。

 春馬壮亮、小中と私と同じ学校の先輩だった人だ。それ以上でもそれ以下でもない。……そのはずだ。決して気になる先輩とかではない。断じてない。

 その先輩は黒の制服に兄が持っているスクールバッグにボサボサの髪、読んでいる小説には買った際にもらえるカバーが……と見るからに影の薄そうな人だった。


(なんで学校に用が?そもそもあの高校の生徒なんだ)


 別に今まで話したことはない。せいぜい頭がいいのだろう、ってくらいの認識でしかない。ただその瞬間の私は先輩のことで頭がいっぱいになった。顔がかっこいいだとか、雰囲気がとか、優しい性格だとか、そんなものすら知らない私が、なぜだか先輩のことを考えていたのだ。


(いやいや……たまたまだろう。流石に、私の気にしすぎだ。夏休みなんだし部活とかだろう)


 がらんどうの電車内、ふと顔をあげた先輩と目があった。


 思わず持っていた本で顔を隠す先輩。その顔はなぜだか赤く染まったように見えた。


 その瞬間私の中でなんとも言えぬ衝撃が走った。ピリッとするような……静電気のようなレベルのものだった。


 なんでそんな衝撃を受けたのか、それはわからないが、今まで頭の良い人というふうにしか知らなかったものが、人と関わることが苦手という一面を見たことによって本の虫であった私は親近感が湧いたのかもしれない。


 ただそれにしたって先輩のことはなにも知らない。たとえ気になる人だったとしてもギャップ萌えだけで落とされるほど私は甘くない。それに彼氏だっていたことのない私は男性や恋愛の類に疎い。そんな中で一人の人間との恋に手を出そうだなんて到底思えなかった。


 ……他人だ。まだ他人なんだ。


 少しだけ、ほんのちょびっとだけ、高鳴る胸をゆっくりと抑える。どうせ私の人生に関わることのない人物だ。わすれよう、今すぐにでも。

 そう思うと視線をまたスマホに移した。






 校舎の外に広がる青い青い空、ほんの少し薄暗い廊下、そこに映るのは私と見学に参加していた親子、春馬先輩そして、女子生徒。


「はい!では高校見学、しゅっぱーつ!」


 元気な声ではしゃぐ女子高生、それにオロオロする先輩、微笑ましく見ている親子……ゆっくりとため息を三つつくと私は今の事象についての文句を垂れる。


「なんとも厄介なことに……」


 もし神様が実在するとしてもし何か一言だけ伝えられるのなら何を伝えるかなんて質問をどこかで見たことがある。そこで見たものの回答だと、ありがとうだとか、感謝を伝えるものが多かったけど、私だったらこう言いたい。


「なんで、こんなに今日はついてないんだよ!」


「え?ど、どうしました?」

「あ、いえ、すいません。先輩」


 高校見学というイベントには三つの工程がある。

 一つ、高校の特徴などを伝える説明会。

 二つ、実際に高校を調べる探検会

 三つ、色々な情報を交換する会

 大きく分けるとこんな感じだ、そして私は今二つ目の工程に入っている。

 説明会で話していたいろんな設備や教室などを見て行くだけの時間。別にこれは良かった。

 ただ、ただし


(春馬先輩がそれの案内する人になっているとは……)


 私の前をボサボサの髪がゆく。別に人前に出ることが苦手というわけではないらしい。先程の影の薄さのまま私ともう一人の親子を引き連れている。


「こーら、春馬!もっと背筋をのばーす!」

「ご、ごめん。気をつけるよ。」


 学校案内人のもう一人、朝霧渚さん。見るからに美少女だ。オーラからして違う。整った顔立ちに大きな目、そして同性でも思わず見てしまうほどの圧倒的胸。すごいな、制服はち切れるんじゃないか?もはや下品に感じる。


 彼女は意地悪そうに笑うと春馬先輩の背中をぽんと叩く。それにビクンと反応した後に恥ずかしがりながらも笑顔を向ける。どう見たってそういうことなのだろう。あの雰囲気から推測するにあまり前に出ることが得意ではないだろう先輩がなぜこんなことをしているのか、どう考えても朝霧渚さん目的だろう。


 ……なんというか、可哀想な人だな。

 どう見たって釣り合わないのに。分不相応な夢を抱いて、いつか誰にも気づかれないままその青春を終えるのだろうか。

 そう考えると哀れみと同じくらい可愛くも思える。


(やっぱりさっきの変な感じは気のせいか)


 朝霧さんのマシンガンのようなトークを左から右へ受け流しながら先輩をまた眺める。あ、親子がマシンガンの犠牲に……まぁ、いっか。

 先輩はガイドブックのようなものを小脇に挟みながら親子を見ている。朝霧さんのコミュ力があまりにも高く、こういう説明時に先輩の出る幕が一切ないのが可哀想だった。

 一つ一つの教室や、設備を説明するときもほとんど朝霧さんが話し、質問があったら春馬先輩が一言二言話して終了。


(不憫だ。なんか本当に可愛いかも)


 世の中にはこういう言葉がある。可哀想は可愛い。今まさしく私はその言葉の真意を体感している。


「――――ってことで春馬!こっからは二手に分かれて案内しよ!」

「え?あ、うん。わ、ワカッタ……!」


 そう、例えばこんなふうに

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 一番可哀想なのが先輩本人は好きな人からの頼み事ってことで喜んでしまっている点。

 顔を見れば一発でわかる。ほら見てみろ、この無様にもとろけきった顔。すぐ元の顔に戻したからまだ良いものの普通の人ならドン引きだ。


 私が今日だけで一生分のため息をつこうかという頃、先輩は私の方を見て思わずうなだれる。

 その顔は真っ赤だ。


「えーっと……大丈夫ですか?春馬先輩?」

「ごめん、変な顔してたよね。さっきの……」

「あー……」


 震え声なのがより一層影の薄さを激しくする。もはやセミの鳴き声にかき消されていた。


「まぁ、いいですよ。別に気にしないので」

「はぁ……本当ごめんね……はぁ……」


 取り繕うように笑顔を浮かべてまた恥ずかしくなったのか顔を背ける。


「……コホン。取り敢えず、学校案内するね。と言ってももう紹介するのは教科ごとに使う教室くらいしかないんだけどね」


 ゆっくりと歩みを進める先輩の背中を、私は早歩きで追い抜く。そんな説明よりも今は聞きたいことがある。

 クルリと先輩の方を向き直す。驚いた表情のまま固まる先輩。


「先輩。渚さんのこと好きなんですね」


 開戦を告げるかのように(ゴング)が鳴った。

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