第32話 敗戦者
私こと岡西鳴海は今、目いっぱいにお洒落をして好きな人とデートをしています。
している……はずなのですが……
横目で先輩を確認すると思わず逸らす。
(は、恥ずかしい……)
さっきからずっと先輩を見ては辺りを見ているフリをしての繰り返し。自分でもなかなかに変なことをしているというのは理解しているものの、先輩がかっこいいんですもん。仕方ないですよ、見ちゃいますよ。
むしろ見るなという方が変な話ですよ、好きな人の隣なんですよ?
どうしたって気になっちゃいます。
今どんな顔してるのかなとか、汗をかいていないかなとか、このあとこの人と一緒に観覧車に乗れるかなとか。
そんなことを考えているうちに私、一つ気づいてしまったんです。
デート時のお約束であるイチャつきが全く無いんです。
もちろん、先輩が奥手だということも知っていますし、そのためにも色々な本を読んできたのですが、
私があまりにも緊張しすぎて無言の時間が続いています。
そんな私を察したのか話しかけるべきか葛藤しているような表情を浮かべる先輩。
あー……もう本当に眩しいです。
その私のために色々考えてくれるところも大好きです。
「な、長いねぇ……」
しみじみと呟くように先輩は言います。
ああ先輩、そういうときの会話デッキが少ないんですよね、わかります。気持ち、わかります。
私も今そう言おうと思っていたので。
「そうですね」
今した、する反応は変ではないかそんなことを気にしながらゆっくりと相槌を打つ。
「こういうとこ鳴海さん来たことあるの?」
そんな私の雰囲気を察したのか話を別のものにし、続けようとするその姿。
可愛い。
って違う違う。男の人はかっこいいという言葉のほうが好きでしたよね、本で学びました。
「まぁ、何度かは」
「そ、そうなんだ……好きなアトラクションとかは?」
「基本的にどんなものでも楽しめます」
「そ、そうなんだ……」
……会話が続きません。どうしたらいいのでしょう。こういう時本にはなんて書いてあったでしょうか。
読みたい、先輩に嫌われたくない。
どうしたら……
キョロキョロと辺りを見回してなにか話題を探してみるも一向に何もでてこない。
そうだ、ジェットコースターとかどうでしょう?遊園地デートの定番といっても過言ではないほどの、人気と実績のあのジェットコースターに乗れれば少しは話題が――――
「ジェットコースター……乗りたいの?」
「あ、いや……その……」
確かに乗りたいというのはそうなのですが、なんというか自分からこの話題を出したかったです。
そ、そうだ。あまり遊園地に来たこともないですし、ここから話を広げていけばいいのでは!
「……私こういうところ初めてで……」
「なーんだ、入口では見栄張って濁したけど僕もなんだ」
「あ、そうなんですね。アハハ」
なんと、先輩は初めてだったんですね。道理でソワソワしているわけです。
何気なくクスリと微笑む。
途端に先輩の大きな目がより大きくなり、そしてそのまま固まりました。
なにかしてしまったのでしょうか。なにか粗相を?そんな焦りが私の体中を駆け巡り端のほうからゆっくりと冷たくなっていくのを感じました。
しかしそんな私の気持ちは次の言葉にかき消されました。
「は、初めて見た」
「?な、何をですか?」
想定していなかった回答に少し声が震えます。
「その、真顔以外の表情……」
驚きの表情のまま変わらず私を見る先輩。
よかった、別に私が変なことをしたわけではなかったんだ。本当に良かったです。
「え?変わってました?」
そういいながら首を傾げてみる。
あまり自分では変わったという実感はありませんでしたがどうやら変わっていたらしいです。なんとも珍しい。
人前で表情が変わることなんて高校に入ってから一度もなかったというのに。
「私、あまり表情が変わらないんですけど、先輩の前だったら変えれるのかもしれません」
「それは良かった」
「ありがとうございます」
「いやいや、そんなお礼なんて」
先輩はそう言うと照れながらもぎこちない笑みを向けてくる。
どうしてこんなにもこの人は愛おしいのでしょうか。
中学の頃とは変わってギャルを目指し始めた私にはたくさんの男性が告白成功というイベントを起こそうとしました。時にはイケメンと呼ばれる人にもされました。
ただその人達には何もなかった感情が先輩には渦巻いて、くすぐられて仕方ないんです。
ああ、好きです先輩。
朝日が登るように、時間が進むように、重ねれば重ねるほどに先輩への思いはあふれるばかりです。
――――いけないいけない。少しの時間もこのデートに集中しましょう。もしかしたら先輩との関係もこれで終わってしまうかもしれませんし。告白なんて一体何が起きるのかわからないですし。
興奮と不安を腹に据えつつぐるぐると回り続ける船のアトラクションをゆっくりと見上げた。
「怖そうですね」
ありきたりな感想ですが、特にこれと言って言うものはないです。
私がどれだけ絶叫系に強いのかわからないのもあまり感想がでない要因なのでしょう。
家族で行った遊園地では絶叫系には乗りませんでしたし、年齢もだいぶ低かったですしね。
「そうだね、ちょっと……怖いかも……」
なんとも言えないような微妙な顔をしながら先輩は頷き返した。
係員の促されるまま船のアトラクションに乗り込み、動き出すのを待つ。
先輩はビクビクした見るからに怖がりながらも私の隣に座る。
へニャリと笑ったその顔、ドキドキと高鳴る心臓。
数秒後私の体中がこわばるのを感じた。
乗り終えてから途端に体調が悪くなった私は先輩の誘導のもと近くにあったベンチに座っていた。
世の中やってみないほうがいいこともある。
なんだあの乗り物……思っていた以上に怖く、恐ろしい。あれほどまでに怖いものがあるなんて……拷問されてるようだった。
縦横無尽に回り続けて……未だに少し気持ちが悪い……
それに比べて先輩はイキイキしていてすごく悔しい。先輩の楽しがってるものを楽しめないなんて。
「うう……」
「大丈夫?」
うう……すぐに心配してくれる、優しいぃ……
体がずっと浮いてる感じがして気持ち悪い……
色々な感情が集まって、一方に占領されてはもう一方に占領されを繰り返す。
そういう感じも気持ち悪い。
「はい……いや、やっぱり駄目です」
「ずっと……ふわふわ……」
「ずっと、ふわふわ……?」
「……えーと……なにか飲む?目の前に自販機あるし買ってくるよ」
「お水を……お願いします」
「了解」
ああー、先輩優しいよぉ……本当に申し訳ないです。まだまだ遊ぶつもりなのにたった一つ乗っただけでダウンだなんて……
最悪だ、私。こんなままじゃ先輩にも嫌われて……
嫌な感情が頭に浮かぶ。ちらりと先輩の方を見ると財布から小銭を数えて入れている。
……ああやって迷惑をかけちゃってるし。
ごめんなさい、そう言いたい。
「うう……」
「買ってきたよ……大丈夫?」
「すいません……」
「はい、水」
「……ありがとうございます」
ひんやりとした感触が手に当たる。ゆっくりとキャップを開け少量水を含んでは目をつぶった。
少し……落ち着いてきたかな。
「……ごめんなさい」
途端に口をついてその言葉が出る。
「え?」
「私自身こうなるとは思ってなくて……本当だったらもっと乗るつもりだったんですけど……」
――せっかくのデートだったのに――
いつも私は、周りに迷惑をかけてしまう。小中高と変わらず、今も。
なんでこうなっちゃうんだろう。
なんで私は――――
「――別にいいよ。そこまで気にしないで」
「ごめんなさい。もっと楽しいことをしたかったのに」
「全然大丈夫だよ、時間もまだまだあるし。なんならさ」
「また――――僕を誘ってよ。どうせいつでも暇だしさ」
そこに映ったのは優しい微笑みを浮かべる先輩だった。
どうしてその時その言葉を思ったのかわからない。でも確かに私はその時、その瞬間、思ってしまった。
(見てるのは私じゃない)
なにかもっと別の人を見ているような、誰かに重ねているような、そんな微笑みだった。
そんなふうに先輩が重ねるような人物なんて一人しかいない。
(やっぱり私じゃ、駄目なんですね……先輩)
まだまだこのデートは終わらない。だけど一瞬で終わるわけでも長く続くわけでもない、たった数時間なのだから。
その数時間、私に残された先輩との時間、もし未来というものがあるとして、それを変えることができるのなら恐らく……この時間でしょう。
「はい、誘いますね。春馬壮亮先輩」
まだ、私は諦めるつもりはないですよ。渚さん。




