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第31話 知らない

 憂鬱である。修学旅行という一大イベントを翌日に控えていながらも憂鬱である。何度でも言おう、憂鬱である。


 あの日、明との包容を重ねてから妙に体が反応する。女性をただ見てるだけで体が熱くなる。正直言って自分で引いてる。こんな無害そうな感じなのに中身がとんでもないなんて気持ち悪さの権化とも言えよう。本当に。


 学校では大変だった。渚と顔を合わせるたびに笑顔や一つ一つの行動が輝いて見えてしまう。前から輝いて見えてはいたが数倍増しだ。直視できない。

 中原もそう見えるし、明に至っては吹っ切れたのかボディータッチが多くなった気がする。本当やめてほしい。今の僕にはきつい。


 そんな中迎えてしまった今日。


 そう、鳴海さんとのデートの日なのである。



 朝からもう憂鬱だった。

 こうも世界が輝きすぎて辛いことなどあるのか。おかしい。本当にどうなってしまったんだ、僕。


 胸が高鳴りっぱなしで破裂しそうだ。



「……辛い」


 十時を過ぎてから少し、あいも変わらず黒一色の安いシャツとズボンに身を包んだ僕はいつかの駅前にいた。

 もちろん体勢も逆渚ゾーンと、あの時と全く変わっていない。

 休日効果なのか、人は少なく前よりかは幾分見つけやすいだろう。前は狙ったかのように人が混んでいて正直うんざりしてた。


 ただ!()()

 ……何でこんなに周りが眩しい!?


 おしゃれな雰囲気を持った女性とOL?みたいな感じの人、薄い化粧ながらもその美しさが分かる美女に……


「あ、春馬先輩」


 人の往来に流れながら僕の元へ駆け寄ってくる美少女とか……



 おい、ちょっと待って僕。あ、駄目だ。間に合わない。

 まぶ――――


「遅れてしまってすいません。春馬先輩」

「少々、楽しみで寝不足でして。服とか結構こだわったんですがどうですか?」


「――先輩?」


 ベージュとグレーの中間のような色をしたパーカー(オーバーサイズ)にまるで細い足を見せつけるかのような黒のタイツ?そして圧倒的な破壊力の顔。


 元が良いからなのか、多少の化粧でも十分クラスの女子が仲良く裸足で逃げそうなほどの顔面偏差値を持っている。ただし真顔。


「……あ、あぁ……な、何でしょうか……?」


 だいぶ怯んでからの返事、声が裏返る。

 神々しい……じゃなかった、取り敢えず落ち着こう。


「大丈夫ですか?」


 心配げにコテンと首をかしげる。


「――――あ、ああ、大丈夫。大丈夫のはず」


 一瞬召されてた。駄目だ、何でこんな、本当におかしい。何でどうして……

 今までこんなことを感じることなんてなかったのに。


「そうですか、じゃあ、取り敢えずいきますか。目的地に」


 先陣を切るかのように僕の手を引いて歩き出す。

 突然握られた手に驚き、じわっと手汗をかき始めた。

 手を離したい。流石に女性にそういう状態の手を触らせるのは嫌だ。というか一度病院に行きたい。

 こんなの発情期みたいじゃないか。


 引かれるままに僕は彼女の後ろについていく。





「どうですか?先輩。こういうところあまり来たことないですよね?」

「ま、まぁね……本当にここでいいの?というか僕でいいの?」

「何言ってるんですか。先輩と一緒だから行きたいんですよ」


 なんとも、カップルしか来ないっぽい雰囲気の場所にきてしまった。

 体が震える、興奮、というよりかは恐れだ。


 クラスでも何人かの陽キャ軍団が行った、行ってないの話をしているのを聞いたことがある程度の認識だったが……まさか。


 デート場所が()()()とは。

 確かにデートといえば、といったような感じはある。ただそれはあくまでカップルで、の話ではないのか?こんな後輩先輩が来ていい場所なのだろうか?そもそも僕ごときが来ていい場所なのか?


 空を見上げると観覧車の一つ一つの部屋が見える。高低差の激しそうなジェットコースターからは今にも叫び声が聞こえてきそうだ。


 まさか、乗らないよな……あんまりそういうの僕が得意なイメージがわかないのだが。


 休日ということも会ってチケット売り場は混んでいる。見るからに幸せそうなカップルや家族。

 そんな中に交じるあからさまに異質な人間(ぼく)

 ……捕まったりしないといいな。


 そんなことを思いながら僕達はチケットを購入した。

 何故かカップル割りで。


 カップルの証明でハグかキスしてくださいと言われた時は死ぬかと思った。

 そして鳴海さんはもっと自分の価値を理解してほしい。受付の人の顔を見たか、「え?何でコイツと?」って顔だったぞ。

 気がついたらハグ終わってたし。


 今の僕にとってはありがたいことではあるのだが……堪能……いや、やめておこう。これ以上は自分が気持ち悪く感じるだけだ。

 いざ行かん、カップルの巣窟遊園地。

 半ば強引に自分を鼓舞しながら、ゆっくりとゴテゴテした門をくぐり抜けた。





「よしっ」


 鏡に映る綺麗に整えられた顔を見ながら私は一言呟いた。


 昨日はあまりにも緊張しすぎて寝るのが遅かったですし、起きられるかどうか不安でしたが特に何もなく、無事今日という日を迎えられました。

 念願の先輩とのデートです。気合を入れないと。


 ……そもそも先輩の方こそ大丈夫なのでしょうか。あの人あまり朝が強い人ではなさそうですし。


 先輩の顔を思い出しては少し笑ってみる。

 鏡に映った、朗らかな笑顔に思わず照れた。

 こんなふうに笑えれば先輩だってきっと――――

 そんなことを考えてはまた笑う。


 普段の私はこんな感じで当たり前のように笑えていますが、先輩の前や人の前だと緊張するのかやっぱり真顔になってしまいます。

 だからこそ、笑顔を作りたいのですが……


 もやもやとした気持ちを心に押し込め、スマホで時間を確認する。


「まだ時間はありそうですね」


 待ち合わせ時間はちょうど十時、現在は八時五分、ここから待ち合わせ場所までだいたい三十分程なので出るのはまだまだ先です。


 軽く息を吹き、また鏡に映った自分を眺める。


 高校に入ってから変えた髪色、長い睫毛(まつげ)、二重まぶたに大きな目(カラコン付き)、高校では流石にカラコンは控えていますが、諸々校則が緩いからこそできるおしゃれです。


 そのおしゃれに文句を言われないよう勉強には力を入れています。それのおかげで今、二年生との交流も増え、生徒会にも入り、やっと先輩までたどり着くことができました。さらに助けることもできました。


 そして今、密かに目標であったあの天真爛漫な人、先輩の想い人にもしかしたら勝てるかもしれないという場所まで来ているのではないでしょうか。一歩ずつ、着実に、亀の歩幅で歩き続けてようやくそのチャンスが巡ってきていると思うのです。


 逃してはいけない――――このチャンスを、運命を。


 鏡の前でガッツポーズを取り、私はゆっくりと口を開いた。


「好きです。春馬先輩」


 途端に顔が真っ赤になったのが自分でも分かった。

 やっぱり、


「言葉に出すのは恥ずかしいものなんですね、先輩」


 このデートで一体何が起ころうと、一体どうなろうと、私の運命はもう決まっています。

 あの日、貴方に会って話してからずっと想い、慕い続けてきました。


 たとえそれが先輩にとって記憶に残らないほど薄い記憶だったとしても――――ずっと覚えています。


 


 私は今日、春馬壮亮先輩に告白します。

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