第25話 くだらないこと
プルルルプルルル
「……やっぱりダメか」
自分の勉強机にボンと置いてあるスマホ、それとしばらく格闘すること十分超。一向に未読のままのメールと不在着信の文字が画面を覆っていた。
あの日、僕が明に対して言ったことそれは少なくとも彼女を傷つけるのに十分すぎるものだったのだろう。
……悔やんでも悔やみきれない。その場の勢いと逃げたいという気持ちが重なって出たものがこんなにも響いているとは思わなかった。
「……今度は元に戻れるのかな」
渚への拒絶は僕が渚の隣を恋人としてではなく幼馴染というアドバンテージがありながら他人として歩くという意思決定によってなんとか元に戻ったような状態にまでなったが明とはそもそも短い時間しかともにしていない。その時点で大分厳しい。
カップルが喧嘩してそのまま別れることがあるように友達という関係も喧嘩しただけ崩壊することは全然あるだろうし、そのまま一生戻らないことが無いわけない。
そう考えたときふと出てしまった言葉がそれだった。
今さらどうなったって仕方がない。自分でしたことには責任を持たないといけない。しかもそれがしっかりとした悪意のある言動なのだからその責任は一生背負ってでも苦しみ続けないといけない。
「とにかく明とコンタクトを取らないと」
くどくどと御託を並べているが結局のところ僕は明がどんな選択をとっても僕はそれを尊重したい、という腹である。
つけていた勉強机の電気を消すとその流れのままゆっくりと窓を見る。ポツポツと雨が降っている。窓を叩く雨粒の音が妙に心地良い。
「……僕は何をしたらいいんだろう」
何度も何度も頭の中をよぎった言葉がふと口に出る。一向にそれがわからない。考えても考えてもいい方法が思いつかない。今のところお手上げ状態、なのだ。
明は四季のメールですらあまり返答していないらしいし、通話をしても一向に出る気配がない。渚も中原もそれは同じらしい。
立ち上がった僕はそのまま窓を開けると雨を眺める。特に深い意味はない。そこまで強い雨じゃないから部屋に入ってくる心配もそこまでしなくていい。
雨の独特な匂いと冷気が僕を包んだのが分かる。そういえばこの匂いのことをペトリコールと言うらしい。別に好きな匂いではないがなぜだか落ち着く。
「……散歩でもしてくるか」
一度頭を冷やして冷静になろう。もしかしたらいい案がでてくるかもしれない。そうと決まれば――――
……なんてこと思わなければよかった。今更言ってもしょうがないことを何度も吐いては憂鬱になる。何でこんな面倒くさい状況を僕は毎度作り出してしまうのだか、つくづく今年の僕はついていない。買い物カゴ片手にゆっくりと目の前の少女の背中を追う。
肩ほどまでの髪がサラサラと揺れ、黄色の頭が人混みをかき分けるかのように突き進んでいくのが見える。イノシシのようにも見えるその少女の名は岡西成海、あの公園であったギャルであり、岡西晃汰の実妹だ。
特徴として相変わらず顔が怖い。何を考えているかわからないポーカーフェイスに薄めの化粧、中々の美少女ぶり。それに加え守りたくなるくらいの低めの身長に細い足を見せつけるかのようなスカート。
瞬きをする間に会計を済ませ、外に出るとまたもや二つ重めのビニール袋を持たされ、歩かされる。辺りはすでに暗くなり、帰りに立ち寄ったであろう人がわらわらと集まっている。そんな中ですらもイノシシのように突進で切り分けていく彼女。
……今更ながら女子をイノシシ呼ばわりとはいかがなものなのだろうか。
「遅いです、春馬さん」
ふてぶてしい態度取りながら……じゃなかった、ジト目でこちらを見ながらスーパー近くの公園の休憩所まで歩くとその一言を放つ。
「君が速すぎるだけだよ」
「そんなこと無いです、普通です」
属性陽キャの隣など到底歩けるわけがない。だからこその遅歩きだ。
そもそも何でこんな状況になっているか、あまり理解していない。理解したくない。
誰が、財布を落として拾ったお礼に買い物に付き合わされる話を理解したがるんだ。
いや、感謝していないわけではない、むしろ財布がなかったら僕の場合、生徒証も電車の定期も生徒手帳もお金も何もかもが終わりなのだから猛烈に、爆裂に感謝はしている。
ただそれのお礼として渡そうとした三万(全財産)を拒否してわざわざ僕をショッピングのかご持ちとして起用するのだけは違うと思う。
どこをどう考えても体育の評定で3以上を取ったことのない人間にやらせることではない。無論そんなことを成海さんは知らないのだが。
「あんまり見てなかったけど何を基準に買っていってるの?」
「いえ、特に決めてはいませんが安い食材と」
「こちらです」
ガサゴソとビニール袋を漁り、僕の眼の前を突き刺すかのように渡してくる。アイスだ……冬に……?
うけとってみたはいいもののどうすればいいのかわからない。こういうのはさっさと食べきるのが良いのだろうか。でも財布を拾ってくれた人のおごりで食べるというのもなんだか……
「いらないんだったらもらいますよ」
「あ、いや。もらう、もらうよ」
少しの葛藤と目の前のアイスに揺れる感情がせめぎあい、アイスへの欲求が奇しくも勝利を収めた。冷たい感触、ソーダ味の至って普通のアイスだ。そうそうこんな感じであたりがついてる……当たり?
「あ、先輩当たってるじゃないですか。ラッキーですね」
「あ、ああ……」
こんなとこで運は使いたくないもっと大事なとこで使いたい、という感情と素直に喜んだほうがいいのかという感情と……後輩の手前子供らしい行動を取りたくないという感情の三つ巴の戦が繰り広げられた。
「それ、どういう表情ですか?」
「いや、なんというかいろんな感情が戦ってる」
「……そうですか」
あからさまにめんどくさそうだから話し掛けないでおこうという意志が見える。まぁ自分でもそう思うからその行動は否定しないが。
いや、というかずっと聞きたいことがあったんだ。何でそもそも買い物に突き合わせたのかとか。
「何で買い物――――」
「今日と明日のご飯のためです」
「……まだ言ってないんだけど……」
「そういう顔をしていたので」
怖い。
真顔でこちらを見ずに言うのがそれを加速させる。そもそも僕の話を食い気味に遮ってしかも質問の回答になってるとかどんなマジックだよ。
「さっきは何で相合――――」
「特に深い意味はないです。決して……!」
「……だからまだ……」
「そういう顔をしていたので」
「……傘――――」
「あと数分で晴れるらしいので大丈夫です」
そんなに僕はわかりやすいのだろうか。確かに自分でもわかりやすい性質であることはなんとなくわかっていたがここまでのことか?
無駄に地面を打つ雨の音、本当に晴れるのだろうか。雫が落ちるように腕時計の秒針は時間を進める。その間僕達は無言で雨に打たれる比較的最近に作られたであろう遊具を眺めた。
「……春馬先輩」
ふと呼ばれた先輩という単語と空気の冷たさ、雨の中二人きりというシチュエーションに思わずドキリとする。アニメの見すぎだ、対して深い意味はない。こんな――まるで両片思いしてる先輩後輩のような距離感は、あくまでたまたまだ。思い上がるな、僕。勘違いするな。考えるな。
「明先輩と喧嘩したらしいですね」
「……は、へ、ほ?」
……何で知ってるんでしょうか。
こちらを向いたその顔はあいも変わらず真顔だ。ただ迫力がいつもの二倍増し。
「な――――」
「明先輩本人が言ってました。明先輩、生徒会の書紀なので関わりがあるんですよ」
「その、話を全部聞き終わる前に回答するのやめてくれないかな……?」
「おっと、これは失礼しました」
表情は変わらず眉毛だけ驚いたように上がるとまた目の前の雨に目を落とした。なんだろう、不思議ちゃんとでも言おうか。
無駄に独特なテンポで会話をしているのと石像を思わす表情のない顔、ギャルのような格好。
もしかして陰キャ……?いや、それはないか。だってギャルだし。
「……先ほどの明先輩との話で私から提案があります」
「交換条件ではあるのですが……」
そして神妙な顔をした彼女と奇天烈な体験ばかりの僕との会談が始まる。




