第24話 朝霧渚は春馬壮亮を思う
爛々と輝くゲームセンター、駅から徒歩五分もしない場所にそれはあった。冬の夜の寒さが制服に染みる。いやいやそんなことより……
手持ちにある百円玉をひいふうみと数えている少女に声を掛ける。
「……遊びに行くってここだったんだな。今六時だぞ?」
「うん!春馬あんまりこんなとここないと思ってね!」
純真無垢の塊でできたような笑顔をこちらにむけるとまた百円玉を数え始める。一人時そばをしているところ申し訳ないが流石に来たことはあるぞ。むしろ一年の頃の一人で何回も来たことあるし……何か自分で言ってて悲しくなってきた。
「うん!大丈夫そう!お金結構あったし!」
「ああ、うん、そっか」
先ほどから財布を取り出しては百円玉を数えるという作業をしていたのだがどうやら終わったらしい。
「どうする?どれ行く?」
「……別に、どれでもいいし」
またぶっきらぼうに返事をしてしまう。もう引くに引けなくなっているのが自分でもわかる。ただ一体どうすればいいのかわからない。今更謝ってこの関係を修復なんて甘い妄想が叶うなんて到底思えない。
渚は少しあたりを見回すと指を指す。
「えー、じゃあ私UFOキャッチャーやるー!」
一目散にもふもふとした人形のクレーンゲームへと足を運ぶ渚。気に入ったものが見つかったのか一人目を輝かせながらこちらを向いた。
「僕、あんまりクレーンゲーム得意じゃないんだけど」
「私も!でもそれがまたいいんじゃん」
いつの間にか百円を入れたのかクレーンを動かしながら唸っている。
「それもう少し右じゃ……」
「黙ってて!今前の調整してるから!」
横に行ったり、正面に戻ったりを繰り返すこと数分、やっと決まったのか満面の笑みでボタンを押した。
見事にそのアームは空を舞う。
「何でー!?」
またコインをいれ、黙々とやり続けるその背中を見て少し穏やかになっていく自分がいた。途端に僕の頭の中を蒼井と渚の笑顔が埋め尽くす。
「やっぱり僕はここに……」
……今はいいや、渚とのこの最後の時間を楽しもう。もう僕はこれで何が何でも終わりにする。この気持ちと。
足を渚の隣へと向かわせる。
「お?春馬はそっちやるの?」
「ああ、流石に一人だけやらせるのも申し訳ないし」
「制服着てるし、学生ってこんな時間にゲームセンターいいんだっけ〜?」
「誘った張本人が何いってんだ。しかも渚もだろ」
「どっちが早く取れるか勝負だ!」
「おう!」
威勢のいい声とともにゆっくりと時間が流れていく。ただそんなことも気にせず、クレーンゲームからメダルゲームと移動していき、ついには財布が軽くなったのを感じ始めた頃。それが来た。
※
暗い場所に、男女がベンチに腰掛けている。傍から見ればそんなふうな感想が来るだろう。ぼうっと照らされた自販機の明かりは冷たく感じる。
「いや〜……まさかだよね」
「なんとなくは想像してたけど」
「まさか警備員さんの目があんなに厳しいなんてね」
「仕事だし当たり前じゃない?」
見事に警備員にこってり絞られた僕らは公園に来ていた。あの待ち合わせで来る公園だ。あたりはすっかり暗くなり、寂しく揺れるブランコと砂場が街頭に照らされている。
「もー、せっかくこの人形取ったのに!」
「それ僕が取ったんだけど」
大事そうに羊の人形を抱きしめる渚。その姿からは可愛いしか感じ取れない。美少女が羊の人形を抱えて笑顔を浮かべる姿なんて想像しただけでも……実際に起こっているのだからその破壊力たるや。
大体六百円くらいで取れたしまぁいいかと思ってあげたけどこんな形の幸せが返ってくるんだったら儲けものだろう。
「でも今は私のだもん!それに……私もあげたでしょ?」
「このお菓子セットだろ?」
「それでチャラに……」
「値段考えて。別にその分返せとは言わないけどさ。そもそもあげたんだし」
渚の笑い声が薄暗い僕の顔を照らす。思わず顔を伏せる。これでもう終わりなんだと実感するたびに現実が僕の頬を叩く。目を覚ませ、と。
「うう、思ってた以上に寒くなるねー夜」
「……そうだね」
そっと上着を渚にかけるとパッと笑顔になる。それに微笑み返す僕。
ただ、こんな時間にも終わりを告げさせる。いい加減渚から離れないと。僕はもう関わりたくないんだ。
勢いよく立ち上がったはいいもののガタガタと膝が震える。
「だ、大丈夫?どうしたのいきなり立ってさ!」
「もう、帰らないと」
「いや、でも……」
渚は止めようと発言を考えている。その姿を残したまま振り切ろうとしたその瞬間。僕の腕を暖かいものが掴む。
「嫌なの……」
後ろからポツリ、そう聞こえた。薄暗い明かりに照らされ、暗闇の中の顔はよく見えないが、僕の手を掴んでいる渚。
「ごめんね、多分だけど私がなにかしちゃったんだと思う」
すすり泣く声が聞こえる。それに思わずたじろいだ、今まで泣いた姿なんて見たこと無い。保育園のときも小学校のときも中学校の時も僕は笑顔しか見たこと無い。誰かに怒られても、誰かを振っても、転んでも泣かずずっと笑顔だったあの渚が。
今、僕の目の前で。
「あ、いや!、え?あ、いやいや!」
「ごめんね、ごめんね。私ってずっと春馬に無理させてたんだって思ってね」
「いや、違――――」
「違くない!!!」
暗闇の中を幼気な少女の声が響く。近所迷惑になるかも、なんて考える暇もない。
「だって春馬、毎回私に会う時疲れた表情してるもん!」
「それなのに私が困ってる時は助けてくれるし、しょうがないなぁって言ってくれるし!」
「それはだって……」
好きだかr――――
「幼馴染だからでしょ!?そんなこと関係ないのに毎回そういって助けてくれるじゃん!」
……過去の自分をぶんなぐってやりたい。なんで口癖のようにあんなこと言っちゃったかな……
「そうやって、私は春馬に甘えちゃってた!!」
「春馬が無理してるのもわかってたのに色々なことを押し付けて我慢させちゃってた!」
「土曜日のことはそれの積み重なりで起きたことなんでしょ!?」
こちらを涙目で見る渚の顔はひどく崩れている。冬の寒さからなのか頬は赤く紅潮し、スカートからは艶めかしい足が見える。
「ごめんなさい!!」
「私は」
「どんなときにも春馬がいてほしい!!」
ああ、駄目だ。駄目なんだ、その言葉は……渚、そんなことは言っちゃいけない。この一瞬で覚悟がゆれた僕にその言葉は、
――――響く――――
嗚咽をしながら泣く彼女の背中を擦り、ゆっくりと座らせるとまた隣に座った。
「……ごめん」
「な、何で春馬が、謝る、の?」
「蒼井と付き合うことになるんだったら僕はもういらないって思ってさ」
「そ、そんな訳無いじゃん!!わ、私はずっと……春馬がいたからここまでこれたんだよ!?」
「そんな大げさな」
「そんなこと無い!ぜ、絶対にそう!どんなときも春馬が、いてくれたから私は……」
そう言うと顔を伏せる渚。なんだか複雑な気持ちだ。片思いの相手にこうも意識されてないと言われているのに、気分がいい。それどころか僕は今渚の背中を擦りながら微笑んでいる。
渚からは変わってないなんて言われたのに、自分では変わったことがわかるなんて。
……なんだか大人の階段を登れた気がする。
「渚」
「な、何?」
「……もう一回さ」
「幼馴染やり直して……くれるか?」
ニッコリと笑ってそれを返す渚。
今さら僕は思いを伝えられるかなんて考えるの……やめよう。いいじゃないか。幼馴染で、精いっぱいできることをして渚の隣を第三者として歩いていこう。この思いを伝えるかはあやふやなまま……
そう胸に秘める。
「あ、」
「どうしたの?」
とはいってもまだまだこの後始末は長くなりそうだ。元はといえば僕が蒔いた種なのだからしょうがないのだが。
「――――なんでもない」
謝ろう。今度は僕が白崎明に。
そして伝えよう、友達で居てくれたことの感謝を。渚が僕にしてくれたように。




