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第18話 馬鹿野郎

 五限目、今週はテスト期間と言って少しだけ授業が短くなる、しかも授業時間自体も十分ほど短縮されているのだ。そのため、今日はもうこの五限目を乗り切れば学校は終わり且つ部活もない。

 ただしその五限目が()()、なのだ。この集会というものは極めて面倒であり、ただ聞いているだけで時間を終わる楽な授業というふうに解釈するものもいるが、体育座りでわざわざ座らせるだけのただの寝る時間、そう捉えるものもいる。無論、僕もその内の一人である。

 何が言いたいか、要はこの時間はいらないだろ、だ。


「では続いて生徒会からのお知らせです」


 今日も一人でブツブツ呟くという異常者しかやらないであろうことをやっている僕。発表内容に興味はないので死んだ魚の眼で生徒会のメンバーを見ていた。

 生徒会長、副生徒会長、書紀……


「では会計の――――」


 ……今朝の女子がそこにいる。制服はぴしっと決め、きりりとした表情からは今朝のギャル味は感じない。ただ顔はあからさまにあのギャルである。眠気が吹っ飛んだ。


(一年生だったのか)


 しかし、ここで疑問が生まれた。

 なぜ彼女は僕の名前を知っているのだろうか。少なくとも接点など覚えている限りない。あったとしても廊下ですれ違っただとかのものだろう。僕がよほどヤンチャであれば話は別だが、どこからどう見ても日陰者だ。わざわざ名前を覚える必要などない。

 生徒会の発表などもはや僕には聞こえておらずただひたすら考えに没頭する。

 ただ残念ながら答えはすぐ出た。


(駄目だ、わからない)


 生徒会長が何かを発言したのを皮切りに周りからまばらな拍手が広がっていく。それに慌てて合わせる僕。流石に聞いていないことが先生にバレたら面倒だ。ただでさえ影が薄い自分を見る先生なんてそうとうなもの好きではあるがいない訳じゃない。

 いや、もう面倒だ。どうせ関わりがあるなら向こうから来るだろう。

 そんな楽観的な考えで僕の思考は幕を閉じる。少なくとも意気地のない(ダサい)自分になにかできるなんてもう思わない。





 図書室、中原と明立ちあいのもと渚と僕を含めた勉強会が密かに開催されていた。残念なことに周りに人はおらず、渚は委員会、中原は飲み物を買いに外へ出た。

 どう考えても地獄だ。

 唯一良かった点があるなら図書室が閉まるのがあと二時間というところだ。黙々と勉強していればあっという間だろう。


「あのさ、何があったの?」


 明はカチカチとシャーペンの芯を出しながら無愛想なまま尋ねてくる。


「え?何が……?」

「今日、渚さんに勉強会の旨を伝えに言ったら何かしょんぼりしてんだもん。何かあったんでしょ?というか聞いた」

「え?」

「びっくりしたよ。渚さんが目に写った瞬間隣にいた女子おいて逃げ出したらしいじゃん」

「いや、あの、流石にそれは語弊が……」


 大分曲解されている。しかも悪い方向に。


「いや、それは色々とあって……」


 ……説明することがこんなにも嫌なのは初めてだ。





「――――今朝、そんなことがねぇ……」

「……うん」


 彼女は一つため息を吐き、そのまま空を見つめる。その視線からは仕方ない、といったような諦めも含まれているように感じる。


「どうりでさっきから中原と話しづらい感じだと思った」


 額あたりを掻きながら、シャーペンをノートに打ち付ける。


「……何がしたいの?別に責めてるわけじゃないけどさ」

「それは……悪いと思ってる……」

「春馬は多分だけど、小林が怖いんだろ?」


 無言で首を縦にふる。

 明はまたこれみよがしにため息を吐くと即座に言い放つ。


「多分、もう関わること無いと思うよ。あんなヤツ」

「そ、それまたなんで?」

「アイツ、渚に今朝振られたらしいし」

「え?」

「わざわざ校外学習で振られたのにもう一回やりにいったんだってさ」


 淡々と数学のテキストとノートを取り出しながらそう告げる。その後僕の表情を見ると吹き出す。


「何だその変な顔!安心した?」

「それに、アイツ自体そもそも好かれてないからね。ただでさえ好かれてない人間がいくら悪いことをしようとしたって手伝う人間もそうそういないし、簡単にあんたが考えている事件は起きないよ。ん?」

「ただいまー、どうしたの?なにか……あったの?」


 一度僕を見てから目を逸らしつついそいそと明の隣、向かい側の椅子に腰を落とした。


「あー……まぁなんでもないよ。とりあえずほっといてやって。最初は私が教えるからさ」


 なんとも言えない感覚だ。別に泣くほどでもないが、だからといって緊張が溶けるわけではない。ゆっくりと息を吐く。

 今朝から感情がぐちゃぐちゃだ。ただ、話してよかった。


「……ありがとう」

「はい、どうも」

「え、どうしたの二人共」

「なんでもない、なんでもない。(ふみ)はさっさと課題を進めるよ」


 そしてまたいつもと変わらない日常が過ぎていく。多分、こうやって一歩ずつ僕は前を進むんだろう。ワンテンポ遅れながらでも、はいつくばってでも。


「ごめーん!遅れた!」


 唐突に図書室の戸を開けたと同時に中に渚が入ってくる。あ、司書さんに怒られてる。

 ペコペコ周りに謝りながらも重役出勤してきた渚は流れるかのような足取りで隣へ座ると軽く息を吸った。


「いや〜、ごめんね!まさか学級委員があるとは思わなくて」


 その声の大きいこと、またもや司書に怒られる渚と何故か連帯責任で怒られる僕。

 どうやら第三者目線でも勉強会をしていることは分かるらしく、言葉の端々からはまだ子どもなんだから、だとか保健体育を学ぶにはまだ早いだとか、さんざん変な妄想を働かしつつも応援してくれている。

 ただし、渚の声のボリュームを下げることが条件だった。

 だいたいそれを数回繰り返した


「―――!―――。―――」


 その結果、渚はついに声が聞こえなくなった。





 軽くうめきながら伸びをすると、呼吸を整える。そして改めて今の自分を整理し始めた。

 あの後、仕方なしに場所を何度か移動した僕達には渚の声、という障壁があった。

 それをなんとかしようとしているうちにあれよあれよと言う間に僕の家で勉強会が始まることとなったのだ。


「えー!文ちゃんって同じ中学校なの!?」

「そうだよ、だから一応渚さんを見かけたこともあるし、何なら同じクラス……はなかったか」

「……あの、勉強は?」


 僕の家に来た直後こそはまともに勉強していたのに、気がつくと各々が好きなことをし始めた。渚は中原とのおしゃべりに、明はおしゃべりが始まった時までは勉強を進めていたのだが、教えることに疲れたのか黙々とよくわからない難しそうな本を読んでいる。


「……何?」

「いや、何を読んでんのかなって」

「カール・マルクスの資本論」


 授業でやったやつだ。先生の小話でクズが書いただとかひどい紹介をされていたからか鮮明に覚えている。


「これまた何で急に、というかみんな親に連絡は大丈夫なの?もう五時になるけど……」

「私は大丈夫、家近いし」


 渚もそれに同意するかのように笑顔で手を挙げる。……渚はとんでもない地雷を踏み抜く可能性があるから喋らせるのは得策じゃないな。


「中原さんは?」

「ここから十分ほどかな、そろそろお暇させてもらうよ」

「じゃあ送ってくよ」


 その発言に真っ先に反応したのは渚だ。ほほう、といった表情を浮かべている。おそらく変な誤解をされた挙げ句、妄想の材料にでもされているのだろう。


「明さんはどうする?残る?渚……さんと二人きりになっちゃうけど」

「じゃあついでに帰るわ。バイバイ、また明日」


 おそらく早く帰りたかったんだろう。目にも止まらぬ速さで消えていく。それに思わずため息をつく。一応、掃除とかは常日頃してるから汚くて気分が悪くなったとかではないだろうけど、それにしてもまるで嫌な場所から離れるような対応をされたら心に来るな……

 まぁいい。


「じゃ、行ってくるね渚……あ、さん!」

「はーい!いってらっしゃい!」


 ……なんというか





「夫婦みたいだね、二人って。同棲してるみたいだったよ」


 時刻は五時を周り、空が青みを帯び始める。十月の終わりに近づけば近づく程時間が早くなっていくように感じる。実際早くなっているのだが。

 街頭がポツポツとつき始め、辺りには人影も減ってなんとも形容しがたい雰囲気を作り出しっている。


「そんなこと無いよ、渚には好きな人がいるし」


 一度呼吸を吸うと、言葉と一緒に一気に吐き出す。

 

「……付き合ってないんだ、あれで」

「うん。別に意識もされてないようだしね……もう気にしてないけど」


 中原はどうにもスクールバッグを掛ける場所が見つからないのか、何度も何度も試しているのが見えた。


「好きなんだね」


 一瞬目を逸らした時、その言葉が耳に入ってくる。それに思わず身構える僕。

 最近は渚の思わせぶりな態度が多く、恋だとか愛だとかそんな話は聞きたくないのだ。そう捉えてしまう自分がいるから。


「……諦めたんだよ」

「別に僕は良いけど……春馬はそれで良いの?」


 それで良いのか、その問は答えて良いのか。そんな言葉が頭をよぎる。いや、良いんだもう気にしないことに……

 そんな僕のうじうじとした気持ちを盛り上げるように虚勢をはって中原は話し始めた。


「ハハ、笑顔じゃないと幸せは逃げてくよ!もっと肩の力抜いて!僕なんか今回のテストで点数取れなかったら……」

「取れなかったら……」


 あ、コイツもしかして……忘れてたな。みるみるうちに青く紫に染まっていく顔。


「……ごめん、勉強、頑張るね……」


 その姿に思わず噴き出した。あからさまに何も考えてなかったやつの反応すぎるだろう。


「ああ、頑張ってこい。応援してる」


 しょんぼりとしながらも数歩前を歩く中原。その背中からも馬鹿さ加減が伝わってくる。それにもクスっとしてしまう自分がいた。

 そして、こうも思ってしまった。この時間が続けばいいと。

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