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第16話 忘れた

 思いが伝わるなんて思っちゃいない。ましてや思いを伝えられるとも思っちゃいない。

 どんな話の主人公でも自分から行動して結果的にそれが好転している。でも僕はそもそもその行動をしない。負け戦に見を投じるつもりはないからだ。だから一人で傷をついて、一人で苦しんで、おそらく一人で死んでいくのだろう。

 夜風が冷たく感じる。相対するは想い人。

 今日も月が綺麗だ、僕の心とは違って。


「ちょっと話さない?」


 腹を据えたかのような目で僕を見る彼女、渚。それを陰鬱とした表情でお出迎え。

 もこもことした白いパジャマを着ながらも、頭にはリボンのような髪留めがついておりちょっと化粧もしているように見えた。毎度のことながらこの姿を知っているのは僕だけなのだと思うと少しドキドキする。まぁそれもすぐに引っ込ませたけど。


「……何?」

「つい最近色々あったじゃん?」


 その切り出し方でなんとなくでも察した僕が真っ先に思ったのは話したくないだ。ただそんなこと言えるわけがない。少し震えたまま笑顔の渚に向かって僕はゆっくり頷いた。


「じゃあ、いきなり本題に入るけど」

「ぜーんぶ忘れて勉強会しない?」


 まるでその言葉が当然であるかのように笑みを浮かべている。しかし、僕の頭の中にはハテナが浮遊していた。一体何をどうしたら今の流れから勉強会へと話がスライドするんだ。絶対にあのハグの件の話以外ないだろ。え?これって僕のほうがマイノリティなのか?案外あの流れからでも変じゃないのか?


「え?そ、それはどういう……?」

「色々あったけどとりあえず全部忘れてさ、勉強会したいなぁ〜って」


 その言葉の直後、渚は満面の笑みをくっつけたままこちらの窓に手をかけた。


「え?ちょっと、渚さん?」

「えい!」


 ゆっくりと小窓から出てくると、そのまま僕の部屋へと降り立った。じりじりと後ずさりながらその様子を眺めていた僕を見据えると両手をぱちんと合わせる。


「明日から……いや今日から春馬のウチで勉強会したいな!」

「いや、え?は?」

「えー?駄目なの?」

「え、いや、良い、けど……え?」

「わかった!ついでに泊まってって良い?」


 僕の部屋に太陽が現れた。寝られるかわからない。そもそも言っている意味の理解がいまいち追いつかない。

 そんなことを考える僕をお構いなしに別室の押し入れから布団を取り出す渚。流石に何十回泊まっているからか布団の場所も完璧だ。そしてちゃっかりスクールバッグを持ってきていることから僕の家から学校へ向かうつもりらしい。

 唖然、呆然、そんな言葉が頭をよぎる暇すら無い。とにかく僕が頭で理解する前に布団が敷かれ、そのまま就寝の合図とともに消灯した。


「いやいやいや!!ちょっと待て!」


 慌てて電気をつけ直すと、布団に籠もったままの渚を無理やり引っ剥がす。中から出てきたのはダンゴムシのように背中を丸めた状態の渚。


「フッフッフ、これで追い出せまい!」

「いや、布団剥がされた時点で大分そっち劣勢だからね?というか諸々いきなりすぎるだろ」

「話の流れ的にも、絶対勉強会ではないだろ。しかも寝ようとしてるし……」


 とりあえず敷かれた布団の上に座らせるとベッドに投げ捨てたスマホからメモ帳アプリを立ち上げる。


「……とりあえずどういう経緯でなったの?最近というか中学上がってから泊まりなんてほぼやってないだろ?」

「いや……まぁ、なんとなくなんだけど久しぶりにしたいなーって……」

「それにテストもちょうど一週間後だし、春馬頭良いから……」

「泊まりこみでどうにかしようと?」

「うん……」


 この時僕は(それって結局たかりに来たのと一緒じゃない?)と思ったが渚の布団をいじくる姿を見てそっと心にしまっておいた。

 だがしかし、問題は山積みだ。あくまで幼馴染だから許されるお泊り、且つ勉強会、なのにそれを同時にやるなんて相手方の親からしたら許可なんてできないだろう。こんなヘボヘボなやつでも男だ。さらにはこっち側の両親もいない。


「そもそも、渚の両親が許可を出すわけないだろ?」

「さっき聞いたらOKだって」

「……だとしても、ウチの両親が」

「春馬の両親からの許可もLIMEでとったよ」

「……学校は」

「春馬のうちから行こうと思ってるよ〜」


 なんだろう、この圧倒的敗北感は。なんで全部の回答の先回りをされているのか。そしていくら幼馴染とはいえ男のいる家に泊まらせることに一切躊躇のない両家の両親に苛立ちを覚える。こうなったらもう折れる以外の道はない。どっちにしろこうなったときの渚に敵う気もしないし。


「わかった、わかった、もういいよ何でも」

「わーい」


 見るからに嬉しそうな表情の渚、なんだか、なるようになるのではないかと思う。意外とこうやって人生というのは続いていくのだろうか。まぁ大分僕にとってラッキーが重なっているが。


(ピリリピリリ)


 無駄に小気味の良い電子音がスマホから流れ始める。


「えぇ、春馬未だに初期の着信音なの……?」

「別にこだわりもないし」


 電話の相手の名前を見ながら一度部屋から出る旨を伝えるとリビングへと向かいながら赤い電話ボタンを押した。


(ピッ)


 渚の前ではああいったが、おしゃれだと思っていやっていたのだ。ただこれはおしゃれとは言わないらしい。流行りはぶり返すものでは無いのか?おしゃれとは一体何を言うのか?それがわからないのは僕だけではないはずだ。





「チッ、こっちだって別にやりたくててめぇに電話してるわけじゃねぇんだよ!」


 思わず声を荒げた。がすぐに壁から鈍い音とともに罵声が飛んでくる。クソ、しくった。というかいくら壁うるさいからっていちいち叩かなくてもいいだろ。確かに、


「……こっちが悪いけどさぁ!」


 彼女の視線の先にはスマホの中心にある黒電話のようなマークの上にバツ印の入ったものが映っている。それにまた憤りを覚えたのか乱暴に勉強机にそれを置くと一呼吸。渚さんに話を聞いてから急いで春馬のLIMEをゲットして今日あった出来事について説明してるのに、一向に既読にならない。だからこその電話だ。そしたら、キャンセルだぁ?


「あの野郎、◯す……」


 静かなる殺意が漏れ出ている。こういう時の人間を見て禍々しいと評するのだろう、自分でも飼い猫がビクビクし始めたのを見て肩の力を抜いた。

 ……客観的に見てくれる人がいるというのは嬉しいことだな。


「ねぇひまわりさん」


 ぐでんと腹を出したままの猫を抱きかかえるともふもふと顔を(うず)める。ウチの猫、ひまわりさんはとにかく優しい。


「どう思いますかーあのクソ野郎のことー」

「んなあ……」


 まるで相槌のように鳴く。


「そうですよね、嫌なやつですよね」

「んなあ」

「もっかい電話かけてやる。今度こそ……」





「……もしもし」


 出るまで数回ほど電話を繰り返し、やっと出た彼はあからさまになにかに疲れているかのような声だった。


「……色々と聞きたいことはあるけどまず真っ先に聞くわ、なんで疲れてんの?」

「ええ?ああ?よくわかったね……ちょっと渚が……」


 電話越しから甲高い女性の悲鳴が聞こえた。それにうんざりするかのように唸る春馬。


「え?渚さん?家にいるの?」

「ああ……うん、何か一週間うちに泊まるって」

「は?」

「今、料理してるんだけど……ちょっと、ひどくて」

「いやいやいやいやいや……何まるで当たり前〜みたいな感じで進めてんのよ!?」

「……これが当たり前ではないことくらいわかってるさ」

「でも、現実なんだよ……ああ、渚、ちょっとそれはいれな……夢であってほしいよ」

「え?は?何?何してんの?何を入れてんの?」

「みかんの缶詰……」


 嫌な予感がした。今までの話から渚と料理をしていることはわかった、経緯は後で聞くとしてとにかくそれは理解した。通常楽しい、うれしい共同作業、というイメージのものだが、春馬がここまで疲れているというのなら……まさか……


「〇〇◯ー◯ーに、◯◯◯と〇〇と桃の缶詰を混ぜたものに……みかんの缶詰を……」


 ほぼよくわからないなにかだった。おそらくどこかの国の民族料理、とかなのだろう。春馬の反応からよほ合わない組み合わせらしい。


「……何か、ごめんね」

「ああ、もう良いんだ。諦めたから、渚にキッチンは使わせないことにした」

「で、一体何用ですか」

「ああ、そうだった。忘れてたわ」

「LIMEでも言ったんだけど、」




――中原に勉強教えるよ、私とあんたで――




 彼からの返答はたったの一文字もなく静かに電話が切れる。おそらく、これが春馬としっかり関わる最後のイベントになるだろう。

 先程までの怒りはとうに消えていて、雲中をぼうっと光る月を見ていた。

 あ、そういえばアイツの家に今渚さんいるのか。まぁなんとかなるでしょ。

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