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第15話 誰も見ていない

 上に広がる無駄に青い空と体育館裏、そこにいるのは未だ青春真っ只中であろう女子とクラスの背景真っしぐらの男子のみである。通常であれば少しは恋愛ものの匂いがするもののこの場所のみ無臭である。

 ただ、第三者が見ればあからさまにそういうものと見られるだろう。



「で結局なんで呼んだんですか?」

「は?キーホルダー渡すためだよ、むしろそれ以外あるか?」


 物理的にジメジメとした空気感の中、彼女はそう言ってのけた。なんというか、自分がもっと女であることを理解してほしい。もちろんそういう意図はないにしてもなにかあるのか期待してしまうのが男というものだ。しかも僕みたいな普段空気の人間にそんなことをしてみろ、飛び跳ねながら喜ぶぞ。

 悶々とした思いを抱えながら下唇を噛んだ。


「じゃあ、バイバイ」

「あ、えっあっハイ、さよならです……」

「何だそれ、相変わらず変なやつ!」


 ケタケタと笑いながら遠くなっていく背中を見送る。考えてみれば僕と彼女の関係はいわば一方的な主従関係のようなものに近い。僕が従者であいつが主人、利害関係などではなくあくまで主人が得をするための関係だ。その関係のもととなる告白を成就させるという目的が達成されたのだからおそらくもう関わることはないのだろう。


「嵐のような人だったな」


 ポツリと呟いてみる。今度こそ返答はない。周りに誰もいない。なんだか久しぶりな気がする。


「ま、いいか。早く弁当食べよ……」


 永遠と続くであろう喪失感と乾いた唇、鉄の味を感じながら足早にその場を去るのだった。





「ちょっと良いですか?」


 彼と別れてからまず真っ先に向かったのはあの女の元だ。


「いきなりどうしたの?白崎さん!」


 彼の想い人であり、未だよくわからない行動を取り続ける人。容姿は端麗で身長も低く胸も大きい、そして数々の男を破壊した殺戮兵器……朝霧渚だ。

 相も変わらず仲よさげにクラスの陽キャ女子と話している。別にそれに疑問を抱くところはないが、何故か毎回笑顔がぎこちない。ずっとそこが気になっていたからこそ本当に本当に、わずか数秒レベルの時間話しただけで普通の笑顔を引き出した春馬壮亮という人物に興味が出たのだ。


「久しぶりだね!そういえば聞いたよ〜?ついに四季くんと付き合うことになったんだって?もークラス中で話題に――――」

「いえ、大丈夫です。少しお時間いただけますか?」


 張り付いていた笑顔をベリベリと剥がしたような気がした。困惑した表情になった後コクリと頷いた。


「皆さん、すいませんね。少し話したいことがありまして……すぐに終わりますので」


 にこやかな笑顔を話していた女子にむけると、そのまま彼女の手を引く。

 ここからが私と彼女の戦いだ。




 そのまま廊下を出て、と数個のクラス、科学室、と通り屋上へ続く階段へと連れ出す。

 屋上といえば様々な物語に出てくるが私達の学校ではそもそも行けない。だからこそそこに続く階段にも人は寄らない。さらに掃除も行き届いていないからホコリ臭い。完璧だ。


「ねぇ、一体何?私別にあなたに悪いことも何も……」


 階段の眼の前に着くとまず真っ先に声を上げたのは彼女だった。


「いや、してるんですよ」

「……え、?何、私何されるの?」

「何も危害は加えません、ただ質問をさせてほしいだけです」


 こちらは何も持ってないアピールとして両手を軽く上げてみる。それにホッとしたのか強張っていた表情が少し崩れた。ただ相変わらず警戒度は高いようだ。


「春馬壮亮、この言葉になにか思い当たることは?」


 軽く目が開いたのが見える。あからさまにまばたきの回数が多くなり、不安げにこちらを見つめた。


「……知ってるの?」

「半ば無理やりでしたけど」


 その言葉になにやら嫌な妄想をされてるような気がして身震いをする。別にカラオケ連れてって話しただけなんだけどな……いやその前に一回拉致ったな。じゃあ割と正解か。


「単刀直入に言わせてもらいます」

「は、はい……」

()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は少し微笑んだ。ただその微笑みからは何も感じない。ものすごく不気味だ。先の見えない森の中を歩くような気持ち。

 ただ彼女が微笑んだのは本当のことだ。別に悪く思ってn――――


「好きだよ」


 時間が止まるとはまさしくこのことを指すんだろう。もしこの瞬間を切り取れるのなら持って帰ってあいつに見せたい。


「家族として!」


 前言撤回、やっぱキャンセルで。その言葉の直後今度はまばゆいほどの笑顔をこちらにむけるとのろけ始める。正直うざい。つまりアイツ(春馬)も私の惚気を聞いてる時こんな感じだったんだな、何かごめん。


「好きなんだよ!本当に!なんというかさ、もうできないとこも全部かわいいの!女の店員に物怖じしてなれない敬語とカタコトで喋るところとか、人に話しかけられて必死に会話しようとするけど全部から回るところとか、何だかんだ話せばモテそうなのに話せないからモテないところとか、それからそれから――――」

「あーあーもう大丈夫」

「――――そんな感じで思ってたから、つい最近のハグでよくわかんなくなっちゃって……」

「あーハイ、そうですか……へ?」


 最後から大体十文字ほど手前の言葉に引っかかりがあった。その言葉を反芻して理解するうちに帰り道の頬を赤らめた渚の反応といなかった春馬という状況と合致する。そしてとある言葉がにじみ出た。


 あの野郎やりやがったな。


 まともに女子と話せない人間が勝手にハグなんかしてんじゃねぇよ、シャバ僧が。というかこれクラスメイトにバレたら公開処刑じゃ済まないぞ。よかったなここに人がいなくて。


「あれ?聞いてないの?てっきり全部知ってるもんだと思ってた」

「いやいや、幼馴染ーという関係性くらしか知らないですよ、あと好きな人がいるーっていうことくらいですかね」

「な、なんかごめんね!?先走っちゃって」

「いえ、大丈夫です、あのや……春馬くんが悪いだけなんで」


 気まずそうな表情のまま固まる場についに私の中で何かが切れた。

 思わず頭を抱えたまましゃがみ込む。いきなりのことにあたふたする彼女と痛くなってくる頭。

 後出しがあまりにも多い、それと情報一つ一つのカロリーが高い。そろそろ辛い、というかもう辛い。


「あ、え、これどうしたらいい?」

「そのままでいてください、頭の中整理します」


 だいたい数分立った頃、もはや最初のもじもじとしていた感じがなくなりただあたふたするようになった渚を前にメガネをクイッと上げた。


「おっけーです、理解しました」

「そ、そう、良かった……」

「とりあえず帰っていいかな……?」

「あ、え、はい。何かすいません」


 私、一体何がしたかったんだ。結果的に手に入った情報といえば渚は家族として春馬のことが好き、という情報のみだ。


「あ、そういえば聞いておきたかった!」

「白崎さんと春馬ってどんな関係なの?」


 ……言わないと駄目かな?





 思い切りくしゃみをしながら帰路につく今日このごろ。外の寒さはあいも変わらず適温である、朝がなぜあんなに寒く感じるのか甚だ疑問だ。


「それにしても、また帰りたいって何なのさ」


 そんな僕のとなりにいるのが蒼井である。


「ちょ、ちょっと言いたいことがあって……いや、別に変な、ことではない、んだけど……」

「何よ?近いうち何かあったけ?行事とか」

「そ、そういうことではないです。もう、いきなり、聞いていいですか?」

「お、おう……」


「好きな人っていますか……?」

「え?オレにそういう趣味は……」

「いえ、そんな意味ではなく」


 各々自分の家へ歩きながらもしばし靴の音だけが流れた。ちらりと蒼井の方を見てみると腕を組み眉間にシワを寄せいかにも悩んでいる。その姿からも陽の空気がでるあたり、さすがといったところ。


「まぁ、いるっちゃいるかな」

「だ、誰!?」

「ど、どうした?急に……」

「あ、いや、ごめん」


 蒼井は軽く伸びをし、一呼吸置いてから口を開く。


「朝霧渚さんだよ」





 自室

 親がいないから実質僕のテリトリーはこの家そのものとなっているのだが、やっぱり自室というものは良い。ひたすら歩いてクタクタになった足をふらふらと出しながら、スクールバッグを投げた。

 そしてその流れのままベッドへとダイブ。無駄に軋むベッドの音とともに過去を回想する。

 蒼井の想い人が渚だと知った時、まず真っ先に思ったことはどうして、だった。何の接点もない、これから先関わることもあまり無い。そんな人間がなぜ恋に落ちるのか。


「覚悟はしていたはずだ。そもそも僕から帰らないかと誘ったんだし」


 フガフガと枕に顔を埋めながらブツブツ喋る。

 ハグをしてしまったお詫びとしてせめて何か渚に向けてできることがあるか、と考えた時二人をくっつけることが頭をよぎった。もちろんよぎった直後は嫌なふうにも感じたがせめてもの贖罪のように何かをしてあげたかった。


「問題はいつ打ち明けるかだよな」


 頭の中で考えていることとは裏腹に口から出る言葉は先を行く。自分でも分かるほど覇気はない。

 もしかしたら蒼井は渚のことをなんとも思っていなくて、渚も蒼井を諦めて、全部僕の思い通りになってくれるような。そんな願いがずっとあった。

 こんなもの甘えだ。渚の思い、蒼井の思い、ソレを取り巻く人達の思い、全部無視して。結果的に自己中心的に何かが起きるのではと思っているなんて。

 あのハグだって、それが形をなして現れてきてしまったものだ。


 物思いにふける中、コンコンと窓を叩く音が聞こえる。乗り気ではない。だがその窓を開けた。地獄に続くと分かっていながら、


「あ、春馬!」


「ちょっと話さない?」


 ……開けたのだからここからは自己責任だ。

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