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第14話 ありがとうございます

 なぜ後先も考えず行動してしまうのだろう。現在校外学習から三日後、月曜の朝である。もぞもぞと布団の中で動きながら枕元で充電しているスマホを探す。まず真っ先に確認するのは何時なのか、というとこだ。スマホの電源を一度入れ、確認するとため息をついた。


「……もう月曜か」


 一言と同時に窓に目をやり、カーテンの元へと近寄ると一気に開ける。

 そこには通常閉まっていないはずの小窓があった。

 大抵少しでも空いているというのに今日に限って……いや、三日前から完全に閉まっている。


「……死にたい」


 一度窓を開けると軽く身を乗り出し空を見上げ、明るい青色を眺めた。こんな陰鬱とした一日の始まりでも空は青いんだから本当にやってられない。

 散々人に後々悔やむタイプだと煽っていたのに現在の自分が思い切りそのタイプに当てはまってしまっている。あのハグの後、恥ずかしくなって謝ってから一目散に逃げ出してきちゃったし、絶対嫌われただろう。これで僕の(人生)はおしまいだ。もしこれがラブコメだとか、漫画だったらまだ救いはあったのかもしれない。でもあくまでそれはフィクションだから許されている。リアルだと……


「実質これは犯罪だよなぁ……」


 クラスでも冴えない男が学年一どころか学校一の美少女を抱きしめましたなんて、殺害予告が届いてもおかしくない。少なくとも学校へ行って生きては帰れないだろう。それくらいとんでもないことをしてしまった。

 しかも僕が渚のことを好きなのが絶対バレた。何年も隠していたものがこんなあっけなくバレるなんて思わなかったな。

 なんだかどうしようもなく笑えてくる。窓を締めて、すでにヨレヨレになったスクールバッグへと目をやる。


「はぁ」


 ゆっくりとため息をついた。今の短時間だけでも二回だ、どう考えても今年だけでギネス狙えるぞ。校外学習を終えて初めての登校、そして待ち受けるは明と四季カップル、結局何も言わずに帰っちゃったから絶対なにか言われる。いやもしかしたら、案外バレてないかもしれない。そうだ、そうだ、僕は空気だったし……あ、でも中原さんが来た時しっかり驚いてたから印象残ってるかもしれない。だとしたら絶対聞かれるか。


「……とりあえず、ご飯でも食うか」


 スクールバッグを手に取り、そのままリビングへと持っていく。親は二人共出張でいない。それが寂しく感じるときも有ったけど、流石に高校生になると感じなくなる。質素な机の上に置くと、続けてキッチンへと向かう。

 スマホ片手に日課のニュース番組を見ながら昨日炊いた米を器に乗せ、実質一人暮らしの僕には無駄に大きいであろう冷蔵庫から卵を取り出すとそれを米の上で割る。そして麺つゆを少量いれるとかき混ぜる。個人的にだが卵かけご飯は麺つゆ一択だ、飽きない。

 流れる手つきで箸を用意する。


「今日の蟹座の運勢は〜――」


 どうせ、最下位だろう。まぁ気にもとめないけど聞いておくか。


「6位!平凡な一日だけど小さな幸せはたくさんあるかも!」


 一番反応に困る順位なのは止めてほしい。しかもこんな事件を起こしてからの初登校日なのに。


「ラッキーアイテムは――――」



 おそるおそる、教室の中を見回す。今日はまだ人はいないらしい。安堵とともに廊下も見回す。特に……人影はない。よし!

 流石にいつもの時間の十分前となると生徒は一人もいない。これで久しぶりに持ってきたよくわからない哲学の本でも読んでれば誰も不気味がって近寄らないだろう。

 完璧だ。これでまた背景の人生を……

 荷物を机の横に引っ掛けつつ、ふと廊下を見た僕を見つめる黒い影。


「ああ、いたぁ」


 ホラー映画のような登場シーンに思わず身震いをする。そいつは首を不刻みにゆらしながらゆったりと近づく。ゆっくりと後ずさりをするもすぐ後ろには窓。もはやここまでかという時、そのままもたれかかるように抱きつかれる。


「聞いてよぉぉぉ!」

「ちょ、え!?誰ですか!?」

「なかはらぁぁぁ!」


 涙と鼻水でグシャグシャになった顔は水族館で見たあのマスクをした顔ではない。どちらかというとギャグ漫画のキャラのような顔だ。抱きついたまま何かを泣きながら伝えようとするも何を言ってるか一つもわからない。


「――嫁にもらってよぉぉぉ!!」

「ちょっと待ってください!一回落ち着いて……」

「うわぁぁぁぁ」


 ああ、駄目だ話が通じてない。というか聞いてない。というか僕の制服で顔を拭かないで。ああもう嫌だ、そう思いながら遠い目をして廊下を眺めた。それしか今の僕にはできない。





「――――で、どうしたんですか?」


 しゃくり泣きをしながらも少し落ち着いた様子の中原を林の席へ座らせると話を促した。アイツ()しっかりしてるクセして意外と来るのがHRのギリギリだからまぁ大丈夫だろう。チラリと中原の制服を見ると涙の後がまるで雨のようにあるのが見えた。一体どういう泣き方をしたらこんな芸術作品が出来上がるのか知りたい。


「じ、実は、あの後振られっちゃって……私は、私はぁぁ!!」

「ま、待ってください、また同じ流れになるから……」

「私はぁぁぁ!!」


 ああもう、帰りたい。


「フ……中、原……?」


 見ると廊下にはその問題を起こした犯人が立っている。その姿はチャラチャラしておらず利発そうな印象を受けた。陽キャって皆あの金髪みたいな感じじゃないのかと衝撃を受ける。

 やっとコレから開放される。交代でお願いしますと目で訴えるも視線は相変わらず中原へ。


「なんで……ここに……あと、誰……?」

「え?あ、えっと……春馬、壮亮……です、ちょっと中原さんお願いできますか……?」

「あ、はい、ごめんなさいウチの中原が……」

「コウタぁ!付き合ってよぉぉ!」


 もはや半狂乱状態での告白だ、怖い。正直その状態で告白されても成功はしないだろう。うん、断言できる。そして前までのあの余裕のあるお姉さんはどこいった。

 というか、僕ってこんなに周りに知られてないんだ。


「ごめん、それは無理、諦めて」

「ほらぁ!見たかぁ!」


 絶叫からの号泣、やばい、この状況を他人に見られた時変な勘違いされる。しかもこういうときに限って……


「おっはよー!!」


 元気ハツラツとした声が廊下から聞こえる。おそらくだが先生にでもあったのだろうその声の主は、想像通りだ。渚、である。多分想定しうる中で一番嫌な相手だ。


「まぁ、まだ誰もきてないよね〜」


 そんな腑抜けたセリフをはいたまま教室に入ってきたのが見えると、そのまま僕達を見て立ち止まった。渚の目には窓から入ってくる暖かな陽光に照らされた僕達が見えていたことだろう。


「な、な?どういう状況、?」


 疑問、不気味、興奮、その他諸々の感情が入り乱れたその顔はいわゆる美少女という枠組みを飛び抜け、芸術作品のようなものを感じる。もはや目と目の間が離れてるのではないかとすら思う。

 さて、一体どうしたらいいんだろう。


「あー……朝霧さん、これには色々とあるんですが……聞きます?」

「いや、いいや」


 これまた嫌な空気が流れる。今日は快晴且つ清々しいほどの朝というのに、僕の朝だけおそらく別の世界線にいるのでしょう。もう、本当にどうしたらいいんだ、こんな人生。





「――――で、なにか私に言うことは?」

「いや、あの……ホントその節はすいません」

「ああ、別に謝らなくていいよ、あの後大変だったことは今朝で分かったでしょ?」

「まぁ、ハイ。朝から抱きつかれました」

「は?」

「いや、やっぱ何でもないです」


 昨日振った雨によりグチョグチョとした土と彼女の怒りの混じった声が響いた、なぜもっといい場所があるはずの学校でこんな不快感を煽られないといけないんだ。太陽がちょうど真上に来る頃、お昼の時間であった僕は今朝のことを思い出しながら林と弁当を食べるつもりだった。ただそれもこの悪女のせいで……

 思わずギロリと睨んだその視線の先にはヤンキー系文学少女とかいう意味のわからないキャラの白崎明がいる。


「なんだよ、中原(あのクソヤバ女)呼んでやろうか?」

「いえ、止めてください、ごめんなさい」


 今の僕にその脅しは効きすぎる。今朝はあれからクラスメイト複数来るまであの状態のままだった。もうあんなどうしたらいいと悩みながらもどうしようもできない感覚は感じたくない。


「ふう、それと……これな」


 唐突に手に持っていた何かを渡される。強引に握らされると形状からしてなんとなく察してしまった。


「……クラゲのキーホルダーですか?」

「そう、一応班の皆で買っていこうって彼氏(四季)が言っててさ」


 無事両思いとなることができた彼女からはどうにも陽の空気を感じる。元々陽だった者がさらに明るく激しく光り始めたような感じだ。というか普通言うか?男の前で彼氏って。いやまぁ別に言うか。でも付き合ってまだ3日だろ?


「彼氏……そういえば四季さんってどうなったんですか?」

「どうなったって?特には無いよ、まぁ強いて言うなら」

「私と付き合ったことかなぁ」


 ニヤニヤと幸せそうに笑う彼女はまさに幸せ街道を突っ走っているのだろう。お願いだからこのまま爆散してほしい。今まさに負の街道をひた走っている人間の前でやっていい表情ではない。

 というか正直、


「キモい」

「あ?」


 やべ、思わず本音が……まぁ良いか。


「あ、いや、気持ちが良さそうだなぁって」

「おお、おお、そうなんだよ」


 なんだろうこの気持ち、中原とはまた別ベクトルでめんどくさい女って感じだ。

 

相変わらずなんで僕の周りにはヤバい女しかいないんだろう。

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