第13話 なんだラブコメか
茜色に染まる空と細く長い黒髪がぼやぼやとした視界に入ってくる、辺りに人影はない。今の今まで渚に引っ張られるばかりだったがどうやら先程までいたエリアからだいぶ離れたらしく、よくある自販機の前で止まっていた。ラインナップは某黒色の炭酸ジュースに緑茶、麦茶……割と多い。そして相変わらず物価が高い。そういえばお土産を買い忘れていたな、まぁ別にいらないか。妹だとかがいるわけでもないし。
「……聞いてる?」
「え?あ、うん?あ、え?」
そんなことを考えていた僕の耳に突如入ったのは、弱々しい渚の声だった。先程の出来事が怖かったのか、体はすこし震えただでさえ小さい背中がより一層小さみを帯び、母性を刺激する。
「ごめん、聞いてなかった」
「……なんで助けてくれたの」
なんで、そう聞かれると返答に困ってしまう。もちろん好きだからというのが大前提としての話なのだが、実際の所気がついたときには庇っていたから明確に説明できる理由が無い。ただ、強いて言うのであれば
「幼馴染だから、かな……?」
というかそれしか渚には言えない。
「はぁ……」
ため息をつかれた。え?何か悪いこと言っちゃったか。今の発言はわりかしギャルゲーとかにも出てきそうなやつだったけどそれでも駄目なのか?
目に見えて動揺したであろう僕を見て渚は軽く吹き出して笑う。そしてそのままへにゃりとした柔らかな笑顔をこちらに向けた。
「な、何だよ……」
「んーん、別にぃ〜」
「何かあるんだったら言えよ!」
「あはは、言いませーん」
何かが吹っ切れたのか清々しい顔をしている。昔からからかわれたり、からかったり、バカやったりしてともに過ごしてきた。そんな思い出が一瞬にして蘇る。意外と今告白するのがいいのかもしれないと感じた。
というか下手したら今しかチャンスがないかもしれない。
「ねぇ、春馬」
「……何」
ワンテンポ遅れて返事をする。この流れからの名前呼びはもしかしたらもしかすると……という淡い期待を抱いているのだ。
「お茶ほしい」
結局は違ったのだが。どうやら一番上にある緑茶がほしいようだが身長が足りず届かないらしい。ぴょこぴょこ跳ねてみるもボタンを押せない。というかいつお金を入れたんだ。
「へいへい」
「ありがと!」
軽くボタンを押すとガコンという音とビカビカという光とともに7777の文字列が見えた。
「当たった……!」
「だいぶ珍しいね、渚どれにするの?また緑茶?」
「いや、春馬が選んでいいよ。なんというか……」
少しの間と共にそよ風が僕達を撫でる。僕の目をじっと見たまま止まった彼女の口角が上がっていく。
「さっきのお礼!」
綺麗だった。夕焼け空からの光が顔を照らし、笑顔がより映えている。思わず本音を言ってしまいそうだ。
もし僕が主人公だったらその言葉も伝えられたのか。いやなんなら今告白すれば付き合えるかもしれない。ただその『付き合ってください』の一言を僕は言えない。言おうとしても蒼井の姿とそれの隣に並ぶ渚が見えてしまう。
諦めたくない、けど諦めるしかなかった。もう彼女の腹は決まっているんだ。せめて告白で振られたら……いや、学年一の美少女に告白されて付き合わない男なんていないか。
というか僕、自意識過剰すぎやしないか?いくら淡い期待をしているとは言っても流石に僕が想像した世界の話は夢物語がすぎる。
「ありがとう」
そんななかで僕が選んだ対応は普通の態度で接することだった。ただ僕は彼女を見れなかった。
一番上の緑茶を押す、ガタンの音で出てきた緑茶。無駄に高いこと以外は本当に普通のお茶だ。
「ねぇ、聞いて良い?」
「何?」
「言いたくなかったら言わなくても良いんだけど……もしかして春馬、白崎さんに振られた?」
思わず飲みかけていた緑茶を吹き出しかけた。流石に好きな人の隣でマーライオンのようになるのだけは勘弁してほしい。ゆっくりと緑茶を飲み込んだ僕は数回咳き込むと、震え声で返答する。
「え?、な、何が?どういうこと?」
「だってさ!昨日告白されてたじゃん!しかも体育館の裏で!もー昨日からそれがずっと頭の中にあって……」
「いやいやいやいや……明が彼女はない!」
「ッ!あ、明って呼んでるー!!」
なんだろうこの馬鹿っぽい感じ、安心するのがなんとも言えない。今更だけど明との関係性はなんて言えば良いんだ。
「え?え?何なの?どういう関係性なのー?!」
「分かった分かった言うから、一回落ち着いて!」
「落ち着いていられないよ!!あの女子とまともに目をあわせらないあの春馬が!あの女性店員にすら緊張してカタコトの敬語になるあの春馬が!!」
「うっさいうっさい!落ち着け!」
渚は手に持った残り僅かの緑茶を飲み切ると、興奮気味に喋りだす。目は血走り、髪はボサボサになった。ちょっとまってくれ渚は僕を一体なんだと思ってんだ。別に僕感情なしのロボットでもなんでも無いんですが。というか今買ったばっかのやつがなんでもう無いんだ。
「明……さん!とはその、」
頭を回転させろ。なんて言えば変な意味に取られない、今の渚は何を言っても絶対勘違いする。
「ぶ……」
「ぶ?」
「部活仲間……!」
春馬壮亮は帰宅部である。というかそもそも明が部活入っていなかったらこれ終わるな。
「ぶ、部活って……春馬文芸部だったの?」
は?と言いそうになる衝動を抑え、これまたゆっくりと頷いた。というか明文芸部だったのか、それにしては言葉遣いとかが結構荒目なのはなんだ。最初ヤンキーだと思ってたのに、意外と文学少女らしい。
「そ、そうだよ……小説、?とか書いたり……」
「えー!!なにそれ!見てみたい!!……じゃなかった、ちょっとまってよ!じゃあなんで体育館裏でわざわざ話してたの?」
痛いところをつくなぁ。緊張で乾いた口の中を潤すように緑茶を注ぐ、意外とすぐなくなりそうだ。
「それにはね……えー……四季……くん?って知ってる?」
「もちろん!あの身長高い人だよね?」
からのペットボトルをブンブンとふりながら激しく同意してくる。捨てたらどうかと思うが今はとにかくどうにかしてこの場を収めないと。
「その人のことが明は好きらしくて……」
「へぇー」
興味なさそうにソッポを向いた。……一応まだ話の途中なんですが。ホントこう、子どもって感じが可愛い。それでいて美形で胸もあって……さっきのやつがナンパするのも分かる。それが良いことか悪いことかは別として。
「そういえば、四季くんて文芸部だね……あ!だからか!」
そうなんだ。勝手に解釈して勝手に理解した彼女を僕は遠い目で見る。その際も何故かペットボトルを振っている。なぜか気に入ったらしい。見れば見るほど子どもだ。うちの高校は別に頭が良いわけではないけどそこそこの学力は必要なのに、よく通ったな。
「そう、そうなんだよ。誰にも見られたくなくて体育館裏でその話をしてたって理由」
「なるほどねぇーまた一つ賢くなってしまった」
「いや、別になってないから」
「ぶー!そんな事言わないでよー!」
「豆知識でもなんでもない幼馴染の話を聞いただけで賢くはならないから」
「もーイジワル!」
くだらない会話の中に時折見える渚の笑顔に安堵する。先程までの震えからは完全に開放されたらしい。本当によかった。
「そうだ!とりあえず明達と合流しよっか」
「そうだねー!あ!でも……まだ、怖い……」
先程の出来事を思い出したのか眉間にシワを寄せ俯いた。少し見えた表情からは恐怖がありありと伝わってくる。こういう時気の利いた言葉を返せたらいいのにと思うがそれは僕には難しい。
「……そっか」
どこか渚は特別な存在で女性としての認識は薄かったのではないか、改めてそう感じた。いや異性として認識してはいるもののいつも元気でいつも明るくて、いつも頑張る人だったからなにか別の人種、異質な存在だと思っていたのかもしれない。
「……だからさ」
「守ってね、私を」
弱々しく笑う彼女の表情、仕草、強がり方、そのすべてが愛おしい。徐々に暗くなっていく夕焼けと共にまた僕は間違いを犯すのだろう。
「え?」
彼女を抱きしめていた。優しく、まるで小動物に触れるように。
煌々と光る自販機の前、茜色の空も蒼に染まり、渚のスマホから通知の音が聞こえ始める。その間も彼女を抱きしめ続けていた。