第10話 失恋者に慰めは厳禁である
「あ、あれ見て……マンボウの人形……」
「あ、うん!……そうだね……」
電車を降りてから大体五分程度歩いたところにある水族館、僕らはそこに来ていた。割と昔からある大きめな水族館、中々飼育数も多くペンギンやアザラシその他諸々の海の生物がたくさんいるらしい。
……なんというかコレと言って他の水族館と特色ないような気がする。まぁいい。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「う、ウミガメだ。二人共ウミガメだよ……」
「そうだね、美味しそうだね〜?」
あの明さん、通常それは魚を見て言うやつなんですが、そんなガチな目で見ないであげてください。
四季とチケットを買いに行ってから一向にギクシャクしたままの二人。もはや僕が会話に参加しても変なことしか言わなくなってしまった。僕は僕で別のところで買ったから何があったかわからない。ただ絶対に何かあった、それだけはわかる。
「あの、単刀直入に聞くんですが何かありました?さっきから何かこう……」
……これといってなにかいい言葉が思いつかない。言わんとすることはわかるだろう、でもソレを説明する単語、言葉が全く出てこない。
「いーや、別に何も……」
先陣を切ったのは四季だった……がすぐに顔が赤くなり湯気が出た。君の頭は薬缶か?というかこんなに暗い場所なのに良く赤く見えるな。それに比べて明は黙りこくったまま四季と目を合わせない。そして明も明でどこか頬が紅潮しているように見える。
あ、これはもう絶対それしかない。二人の様子、距離感、何故か恥ずかしそうにする感じ、疑問が確信へと変わっていく。
カップルと勘違いされたとかだろう。道中ラブラブカップルと呼称したはいいもののこんな早くなるとは思ってもみなかった。なんというか雛の巣立ちを見送る親鳥の気分というのがわかりそうな気がする。
こういう雰囲気は得意じゃない。そもそも僕はこういう雰囲気と関わることがもうないだろうし今更得意になってもとは思うのだが。なんとか言い訳を考えて二人から離れてみよう。絶対何か起こすはず……もちろんその様子は覗き見るつもりだ。
……最近犯罪者のような顔をすると言われるのはこういうことの積み重なりなのかもしれない。
「そうですか、あっえっと……お腹痛いのでちょっとトイレ行ってきますね」
なるべく自然な感じを目指してゆったりとした足取りでトイレに一度入りすぐ出てクラゲの円柱型水槽に重なる形で隠れた。そしてその後は意識がお互いに移ったタイミングで――――
「あれ?うちの高校の生徒じゃん、どしたの?」
真後ろで低めの声が聞こえた。声質からして女性……ぽい?
というか良く実質空気の僕を見つけられたな。こちらもゆったりとした動きで振りかえる、一度ゆっくり動くと決めたらすぐに元には戻れないのだ。
「あれ?どっかで見たこと有るようなー……名前なんだっけ」
ど、どっちだ……?明と同じような短髪に黒のマスク、四季と並ぶような大きな身長とスラリとした体型、全体的にスタイリッシュな感じである。正直モデルと言われても信じてしまいそうだ。ま、まぁ人はマスクの下を自分好みの顔で思い浮かべるって言うし……
「あぁ!そうだそうだ、カラオケか何かで女子高生に告白してた子だ!名前知らないや」
その瞬間唐突にフラッシュバックしたのはカラオケでの出来事だ。明に渚との関係をガン詰めされ、渚のことが好きだと言ったタイミングで店員が入ってきてしまったあの事件、いや悪意はないだろうから事故か。
そしてなぜソレがフラッシュバックしたのか、それはもう分かっている。
ただ、ただ、
どう考えてもあの店員ではない。
あの店員は少なくとも肩までは髪がかかっていた。身長は……覚えていないがそこまで高くなかったような気がする。唯一合ってるのはカラオケで告白?したという点。
「ええと……ど、どちらさまでなさられますでしょうか?」
とっさに硬くヘンテコな文章が口をついて出た。こういうときにすぐ対応ができないのはやっぱりコミュ弱者の性質だ。どうしようもない。
彼女は軽く笑ったように口元を押さえると三日月になった目でこちらを見つめた。なんだか大きな猫を相手にしている気分だ。そして猫のように足音を立てずにゆっくりと僕の横に並ぶ。
「覚えてない?私、カラオケの店員だよ?」
「いや、覚えていないといったら嘘になるというか、覚えているんですけど何か姿がちがうというか……」
「ああ、まぁ髪切ったからね。そりゃ違うよ」
水槽のクラゲを見ながら話しかける彼女。嘲笑のようなものが含まれているような気がするがまぁいい。そんなことより明達は……
「ん?何々そっちになにか……ってあちゃー彼女浮気しちゃってんじゃん」
相変わらずお互いの顔が見れずそっぽを向いたままである。ただし手を繋いでいる。二人共遠くから見ても真っ赤になっていてこれはこれで面白い。告白でもしたんだろうか。
「彼女じゃないです」
「お?何?振られたのー?私もだよー仲間だね?」
あくまで知り合い程度の仲であり彼女に抜擢されるほどの人物ではない。というか今さらっととんでもないこと言ったな、この人。明から聞いた話だと今日僕と同じ班の岡西と付き合ってたはず、それが振られたとなれば岡西もなにか目的があって振ったのかもしれない。
そうなったときに考えられる要員は……おそらく渚だろう。その考えに瞬時に行き着いた。そして導き出された答えはただ一つ、渚が狙われてる、というものだ。
「……ご愁傷さまです」
「良いよ良いよ別にー。もうなんかどうでも良くてさー誰でも良いから男引っ掛けられないかって思ってて」
動機に納得できるのにそれに対しての行動が不純だ。最後の一言がなければわりかし美化される話にでもなっていただろう。あっけらかんと答える彼女の目には涙も光もない。すくなくともそれがどうでも良くなった人間の瞳だとは思わない。
「っで、ちょうど彼女浮気してるみたいだしどう?私と付き合わない?」
「いえ、そんな目的の人とは何が会っても付き合いません。あと彼女じゃないです」
「なーんだよー別にいいじゃんかー」
ふくれっ面で文句を垂れながらも少し鼻声になっているのが分かった。涙などは見えない。ただやっぱり失恋というのは等しく悲しいものらしい、浮気という話題になってから少し眉尻が下がっている
「お?なんだかあっちは佳境らしいね」
そうなのだ。今なにかを明が言ってそれを四季が聞き返し、お互いがお互いを見つめ合っているところなのだ。これはもう告白したのか?というか一体いつ戻れば良いんだ。意外とこういうタイミングは難しい。今更になって良い所で毎回来る友人キャラの気持ちが分かった気がする。
これは非常に難しい仕事だ。すべての恋愛マンガの友人役に敬意を表する。
「おやおやぁ〜?これはこれは、するか?するか?」
「黙っててください、今絶対良いところなので」
「お?君中々言えなそうなのにそうなのに辛辣ぅ、お姉さん怒っちゃうぞ?」
「僕と貴方は同年代です、黙っててください。今二人ともキスする直前なんですから」
ついに四季と明の顔が徐々に近づいていき、お互いが目をつぶった。これはもうそういうことだろう。
……あとでこのことをバレないようにどう立ち回ろうか。このあとあの空気感のままのあの人達といるのが辛いのだが。
「キャハ、しちゃったねぇ。何か素敵だなぁ〜……」
「ああ、ハイ、そうですね」
ついに二人とも完全に重なった。意外と明が小さくて背伸びしているところがまた面白い、それに対してバレないように少し屈んでいる四季も四季で。ついに結ばれたのだろう。それに少しのモヤモヤがある僕。
その気持ちに違和感を覚えながらもあまり喋らなくなった店員の方を見てみると、二人を凝視したまま無言で泣いていた。しかも今度は目に光が灯っている。
「……え、あ?……え?あの?…………どうしたん、ですか?」
「いや、なんだかさぁ私もコウタとああなってたのかなぁって思ったらね何か」
「泣いてた」
目に大粒の涙をためながらもこちらを向いてにっこり笑って見せる。ああ彼女もあちらの世界に行きたかった側の人間か、そう認識した途端に僕の目にもなにか熱いものが来ていた。それはひとえに彼女の強がり方と悲しみの混じった雰囲気がどこか僕と似ていることにあるのだろう。
世の中は決して平等なんかではない。だからこそこういう境遇の人もいるのだ。初めてそう感じることができた。ただ僕はもう泣きつかれた、少なくとも今日は泣けない。
「あの、ハンカチ上げるので顔……拭いてください」
「ああ、うん、ありがとね。じゃあちょっと借りさせてもらおうかな」
昨日徹夜で用意したバッグから一枚のハンカチを渡す。どこぞの店で買った無地のヤツである。彼女はそれを受け取ると静かに目元を拭う。女性は化粧だとか諸々気にするのだろう、まぁ最近は男も化粧をするらしいが。ただそれだけで足りるほどであればティッシュを渡している。
「あの、別に返してもらわなくても良いので、たくさん使ってもらって」
「……ごめんね、本当にごめんね」
彼女のすすり泣きは徐々に静まっていく。ただそれが嵐の前の静けさへと変わっていくことに僕は気づいていなかった。
気づいたところで対策の仕様がないのだが。