【過去編】戦争が終わり。②
イタチの魔物からの攻撃から私を庇ったマーサお母様は右脇腹を大きく抉られてしまい、膝を付いてしまった。
そして抉られた脇腹から大量に出血して、地面に大きく赤い染みを作っていた。
私が早く扉の中に隠れていればこんな事には……。
「お母様!!」
『アッハッハ! その大怪我ではまず万が一にも助かるまい!!」
「離してケイレス! お母様が、お母様が!!」
「駄目だ! 俺はマーサ様に君の事を託された以上、危険な場所に行く事は許容出来無い!」
「お母様に私の事を託された? あなたは何を言ってるの?」
訳の分からない事を言うケイレスを見ると、彼は口の端を思い切り噛んで飛び出したいのを我慢しているのか、噛んでいる場所から血が流れていた。
「ケイレス、あなた……」
そうしている間に、イタチの魔物は嫌らしい目つきでお母様に近づいて行った。
「クックック、娘の前で無様だな~? お前がくたばった後は娘を嬲り殺しにして、お前の死体の横に首を添えてやるよ、親子共々私の手に掛かれるんだ良い事じゃないか!』
イタチの魔物はお母様をひとしきり嘲り笑うと、殺気を私に向けて来た。
「さて、そろそろお前の命を頂こうか」
私の恐怖を煽るためなのか、わざとユックリと歩いて来るその姿に体が震えて動かなくなってしまう。
ケイレス達が私を背中に隠して守ろうとしてくれる。
「そう言えばお前も暗黒神様に怪我を負わせた1人だったな……。 丁度良い、お前も殺してやるよ」
「ウルザ様、絶対に俺の前に出ないで下さい!」
「う、うん」
イタチの足音が近づいて来るのに、私にはお母様の無事を祈る事しか出来ないでいた。
「お母様……」
イタチが動けないでいるお母様の横を悠々と通り過ぎようとした時だった。
急に後ろに飛び退いたので、どうしたのかと思っているとイタチの魔物は左前足で左目を押さえていた。
「え……。 一体何があったの?」
イタチが押さえていた左前足を退けると、左瞼に1本の剣筋が付いている。
どうやらイタチは左目を切り裂かれているらしく血が滴り落ちていた。
でも誰がイタチの魔物の目を切り裂いたの?
『女!! あの重傷で何故それだけの動きが出来る!! 普通ならもう動けないはずだ!!』
え? お母様が??? 重傷で動けないはずじゃ……。
「うふふ。 残念ね、一思いに首を落とそうと思ったのに。 もしあなたのご主人様に会う事があったら、私が礼を言っていたと伝えておいて?」
そこには重傷で動けないはずのお母様がバルムンクを片手で構えている姿だった。
お母様、まさか怪我が治ったの?
だが抉られた右脇腹からの出血は続いていて、とても片手で両手剣のバルムンクを振れる状態では無いはずだ。
『女……。 貴様、暗黒神様の呪いを受けて変異したな……? 姿は変わらないのに異常な怪力……、変異先はアンデットと言った所か?』
「そうよ良く分かったじゃない、さすがは暗黒神のペットって所かしら?」
『ペ、ペットだと!? 取り消せ!! 私は暗黒神様の眷属の1人だ!!』
「どう見てもペットじゃない……。 ギャンギャン躾のなってないあなたを見るだけで、主人の度量も分かるってものね」
『貴様、私だけで無く暗黒神様まで侮辱をするか……。 ん? ああ、なるほど。 そうやって私を怒らせて後ろの扉が閉まる時間を稼ごうとしているのか。
残念だったなお前が扉の中に入る時間はくれてやらんぞ? クックック』
イタチの目と口角が三日月を描き、口からは笑いがこぼれていた。
「私の事は御心配無く。 元々地下神殿に行く気は無かったんだから」
『何だと……?』
「お母様!?」
私は『一緒に地下神殿に行く気は無い』と言ったお母様に右手を伸ばすが扉が閉まり始めたのかケイレス達に止められた。
そして、イタチを見据えたままお母様は私に謝罪するのだった。
「ごめんなさいウルザ。 アンデットとなった私が皆と地下神殿に行くわけには行かないのよ。
変異したのを黙ったまま一緒に生活しても、いつかきっと私は理性を無くし皆を襲ってしまう……。
そうならない為にも私の意識が残っている内に、誰にも知らない場所で自分を消滅させるしかない……。 そう考えていたんだけどね……」
お母様は緑色のオーラを纏うバルムンクをイタチに突き付ける。
「お前を倒さない事にはウルザと皆の未来が危ぶまれるのなら、私は喜んでお前と刺し違えるわ。
だから……。 ウルザ達の未来の為に死んで頂戴?」
『き、貴様~~!!』
イタチはお母様に突進していくが、アンデットと化したお母様は脳のリミットが外れているらしく、片手で両手剣のバルムンクを操り高速で動くイタチ攻撃をいなしたり弾いたりしている。
「お母様と別れるなんて嫌! 私が皆を説得するから一緒に地下神殿へ行きましょうよ!」
私の叫びが聞こえているはずなのにお母様は答えてくれない……。 そしてあと少しで門が閉まろうとしている所で、イタチと命懸けの攻防をしているお母様が私に最後の言葉を掛けて来た。
「ウルザ! 幸せになりなさい! 私とギルバートは何時までもあなたの事を空の上から見守り続けていますよ……」
「お母様! お別れみたいな言葉は止めて!! お母様も一緒に地下神殿へ!!」
『お前等、私を無視して喋るな~~!!!』
「無視なんてしてないわ、動きが雑になるのを待ってただけよ」
『何だと!?』
イタチの両腕を弾き上げたお母様は、左脇腹から右肩に抜ける切り払いを放つ事によって、イタチに深手を負わせることに成功した。
『ぐぅ、忌々しいが、ここは一旦撤退だ。 だが覚えておけ……、私が生きている限り必ず貴様の娘は殺してやる……』
「あら、愛しのウルザを殺すと言われて、私があなたを黙って見逃がすとでも?」
『はっ! 私の背後には入って来た扉があるのだ、貴様の距離では追いつけまいよ』
イタチは背後にある扉に手を掛けるが全く開く様子が無いため、焦りが生まれ始める。
「な、何故だ! 入って来る時は開いていたのに!?」
「残念ね、その扉も王家の者の魔力でしか開け閉めする事が出来無いのよ。 諦めなさい」
お母様がバルムンクに魔力を溜め始めると、剣が再び緑色に輝き始めた。
「イタチの魔物よ一緒に逝きましょう……」
『貴様! まさか!』
「えぇ……。 ウルザ達の居る扉が閉まればこの部屋は完全な密室となるわ。
そして私が剣閃で城を破壊した場合ここに集中して崩れて来る様になっているわ」
『は? ま、待て……と言う事はここは瓦礫に埋もれると言う事か……』
「そうよ。 そして、崩れ落ちて来る石材などの重さに、あなたは耐えられるのかしらね?」
『や、止めろ~~~!!!』
イタチの魔物は剣閃を放とうとしているお母様を止めようと突っ込んで来るが、それよりも早くバルムンクを抜き放ち緑色に輝く剣閃を崩れかけていた城に向かって放った。
ガガガガガガガガ!!!!
斬撃が城の至る所を切り裂いた事で軋む音がそこら中から聞こえ始めた。
そして、小さな破片が地面に落ちると、地鳴りの様な音と同時に城の上部が崩れ始めると、大量の瓦礫がこの部屋を目指し落ちて来た。
カラン…カラン…ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………ドドドドドドドドド!!!!!!!
『うわぁぁぁぁ~~!! わ、私がこんな所で滅びるなど!! 暗黒神様申しわけ……ぴ……』
瓦礫に飲まれたイタチは奇妙な声を残して消滅したようで、気配を感じ無くなった。
「お母様!! 早く来て!!」
もう僅かにしか開いていない扉の隙間からお母様を呼ぶと、何時も見ていた優しい笑顔を向けて微笑んでくれた。
「あなたを産めて私は幸せだったわ。 ウルザ、いつまでもあなたを愛してるわ!」
〖ギイ……、ガゴーーン。 ドドドドドドドドドド……〗
お母様のその言葉を最後に扉が完全に閉まってしまった……。
「お母様……。 そんなのって……」
扉の外では今も大量の瓦礫が次々に積み上がって激しい音が鳴り響かせていたが、それも暫くすると静かになり、私は両膝を付いて扉の前で今起きた事が信じられ無くて呆然としていた。
「ウルザ様……。 大変無礼な事をいたしました、どんな罰でも受け入れるつもりです……」
ケイレスの謝罪を、私はユックリと頭を横に振って断った。
「あなたが謝る必要はありません……。 お母様にそうするようにお願いされていたのですね?」
「……はい」
ああ、やっぱり……。 地下神殿への移動中にお母様がケイレスに話し掛けていたのは、こういう事だったのね……。
「お母様は昨日の時点で、こうする事を決めていたのですね……。 うぅぅぅぅ」
「ウルザ様……」
ケイレスとそのパーティーメンバーも心配そうに私を見ていたが、私はお母様の言葉を思い出して自身を奮い立たせると、彼等に告げる。
「……このまま地下神殿へ向かいます……。 ぐず……」
「もう少し待ちましょうか?」
「いいえ……。 お母様たちの期待を裏切りたく無いので……、今すぐ地下神殿へ向かいます」
「分かりました。 行きましょうウルザ様」
「えぇ…」
こうして私は後ろ髪を引かれる思いを残しつつ階段を下り始めた。
(お母様、今まで育ててくれてありがとうございました……)
そして、私は長い階段を下りて地下神殿を目指すのだった。
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「ここが地下神殿……」
地下神殿に到着すると、そこは地下とは思えない程に明るく、松明などの光源も必要無いほどに明るかった。
その光景を目にしたケイレスやそのパーティーメンバーは、驚愕の表情で眺めていた。
「ウ、ウルザ様……。 まさか、この光る壁はダンジョンと同じ石材で?」
「そうです。 私が研究していた時に、偶々ダンジョンと同じ様に光る建材を作り出す事に成功したので、この施設を作っていたのですが。
まさか避難場所として使う日が来るとは思いもよりませんでした………」
「光る建材も凄いですが広さも凄いですね。 これだけ広い施設なら場所取りで揉める事も無いでしょうね」
光る壁で作られた地下神殿を進んで行くと、小さな卵が置かれている祭壇前には沢山の人達が集まっていた。
「ウルザ様、良かった。 遅かったので皆で心配していた所だったのです」
「皆さん心配させてすいませんでした」
私達が入って来たのを見付けた人達が周りに集まって来たのだが、マーサお母様が居ない事を不思議に思った人達が質問して来るのだった……。
「ウルザ様、マーサ様は何処におられるのですか?」
「……お母様は」
私は皆が地下神殿へ降りた事を確認した後、イタチの魔物が現れてお母様と戦った事。
そして、暗黒神の呪いによりアンデットへと変異させられたお母様は、イタチ諸共自信を葬り去る為に城を崩して入り口を完全に塞いだ事を伝えるとお母様の死を悲しむ者、入り口が塞がれたなら外にもう出れないのかと心配する者など様々だった。
「皆さん、出口は別の場所に通じる様に作ってありますから安心してください」
「そ、そうなのか? ウルザ様、声を荒げて申し訳ない……」
「命に係わる事ですから気にしないで。
それよりもこの中に体調の悪い方はいませんか? お母様が呪いで魔物に変異してしまった以上、私達もどうなるか分からないので今の内に対策を練ろうと思ってますので、怖がらずに申し出て下さい」
私の言葉にざわつく人々だったが、結局手を上げる者が現れる事は無かった。
当然だ魔物に変異してしまうと疑われれば殺されるかもしれないのだから、申告する者が現れる事は無いだろう……。
だけど、それでも私はお父様達が命を懸けて守った人達を出来るだけ守る様にしたいが、魔物と化した人が現れた時は心を鬼にしようと誓うのだった。
「……例え皆さんが魔物に変異したとしても、私はあなた達を出来る限り見捨てる様な事はしないとここに誓います。
もし、体調に異変を感じて私に聞いて欲しいと思うのであれば、お待ちしてますので遠慮なく申し出て下さい」
私は1度お辞儀をして頭を上げると、この地下神殿での生活場所を決める事から始めた。
「では今日はこのまま解散して、自分が暮らす場所を決めてしまいましょう。
当分ここで生活する事になるのですから自分が気に入った場所に荷物を置いて来て下さい」
「何処が良いかな……、広すぎてちょっと迷いそうだ」
「私は狭い所が好きだから他の人には譲らないわよ!」
「猫じゃ無いんだから、そんな場所取らないって!!」
私が解散を宣言すると皆が気に入った場所に寝具などを置き始めていた。
ある者はカーテンなどで仕切りを作ったり、薄い板で小さな部屋を作ったりと様々な工夫を凝らしながら自分だけの空間を作り出していた。
「もしかして皆ちょっと楽しそうにしてる?」
「かもしれませんね。 まぁ、最初だけでしょうが暗い表情をされるよりはずっとマシですね」
私はケイレス達と一緒に揉め事が起きないか心配で周囲を見て回っていたが、結局場所取りで揉める事は無く、皆思い思いの場所で寛いでいる様子だった。
良かった。 皆慣れない場所でも適応出来そうだね。
自分が確保した場所であの戦争を生き残った事に感謝している中、果物屋を経営していたフェリスさんと、その後両親がシルの事を聞いて来た。
「ウルザ様……。 シルちゃんは、その……」
フェリスさんの問いに、私は首を横に振った。
「あの時すでにお父様との契約も切れていたらしいから、きっと……」
「そう……。 物見塔の上空でシルちゃんが魔力障壁を張ってくれていたのに、消えた様に見えたのは気のせいじゃ無かったのね……」
「フェリスさん……。 シルが最後の力を振り絞って生かしてくれた命です。 必死に生きて行きましょう……」
「そうね。 私も協力しますから、遠慮なくどんどん用事を言い付けてくださいね!」
「娘だけじゃ無く、私達夫婦も協力しますから遠慮なく言ってください!」
「ありがとう。 前よりもずっとずっと美しい都市に再建して、死んで行った人達が見たら驚く位の都市を作り上げましょう……」
「えぇ、必ず成し遂げましょうウルザ様!」
「う、うん……、ふぐうぅぅぅぅ……。 お母様、お父様、シル~、寂しいよ~、会いたいよ~~、…あぁぁぁぁぁぁ!!」
3人の笑顔を思い出してしまった私は等々我慢の限界が来てしまい、両目から涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。
「ウルザ様……。 そうだよね、あなたはまだ8歳なんですもの、今は無理せず泣いて良いんだよ……。
今日は私達がずっと一緒に居て上げる……」
泣き出してしまった私をフェリスさんが抱きしめてくれた事で安心感を覚えた私は、さらに声を大きくして泣き続けるのだった。
「お父様、お母様ぁ~~~~!!! シル~~~~!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最後までお読みいただきありがとうございます。
イタチの魔物を道連れに消滅してしたマーサでしたが今後どうなるのかもう少しお時間を頂きたく思います。
次回も過去編です、よろしくお願いいたします。




