部屋の中の出来事ー後編
入室するとさっそく部屋の中を見渡し始めたエリア王女に、ベッドの中に隠れている菊流が見つからないか心臓の鼓動が跳ね上がっていたが、どうやらまさかベッドに菊流が隠れているとは思わなかった彼女は不思議そうな顔でこちらへ振り向いた。
「共也さん、先程の話しでは荒れているからと言う話だったのに、別に荒れてないじゃないですか……」
「み、見える範囲はパパっと片付けたんですよ!」
「そんなにコロコロ言い分が変わるって事は、きっと見られては不味い事があるからです!」
「無いですから!」
「必死になる所が益々怪しい……」
疑いの眼差しで詰め寄って来るエリア王女にタジタジの俺は何故こんな夜中に訪問して来たのか、その理由を説いた出す事で、一気にこの話題を変える事を思いつくのだった。
「そ、そんな事よりエリア王女、こんな夜遅く訪問して来たと言う事は何か重要な話しをしようとしていたのではないですか?」
「そんな事って……。 共也さん、何か必死に話題を逸らそうとしてませんか? 凄くわざとらしいんですけど?」
「な、何も隠していませんよ?」」
「・・・・・」
声が裏返ってしまったが、何とかエリア王女の質問に無表情で答える事が出来たお陰か、彼女は諦めて何故この部屋に訪問して来たのか、その理由を話し始めた。
「どうやら私に言いたく無い理由が有るみたいなので、これ以上無理に問い質す事は致しません……」
ホッ……
「それで、何故私がこの部屋に来た理由ですが」
本題を忘れる所だったが、今度はエリア王女が真面目な顔を俺に向けて話し始めた。
「共也さん。 私の妹クレアから、明日にこの国の王である父と謁見する予定を聞かされましたよね?」
「あぁ、わざわざ強引に召喚した事を皆の前で頭を下げて謝罪していたな。 あの場に居た皆も流石に面食らってたぞ? あの歳でなかなか出来る事じゃ無いし、王族として立派だと思ったよ」
妹であるクレアが誉められた事が余程嬉しかったのか、エリア王女は柔らかく微笑んだ。
「そんな風にあの娘を誉めてくれるだなんて……。 嬉しいです、共也さん」
その裏表の無い笑顔を綺麗だと思った事で胸が跳ね上がった事実に、俺自身が驚くのだった。
「共也さん、事前に明日の事をあなたには話しておこうと思いますが大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「えっと、明日この国の王と面会を済ませた後に彼はこう告げる予定です。 『異世界召喚のスキルを行使した者は、召喚された者がこの世界で生活するための基盤を確立するまでの間ずっと付き添い、様々な物事を教える事を義務とする。』」
「え? そんな事を1国の王が発令したら、不満に思う人も出て来るんじゃないか?」
「話しには続きがあります。 『だが、召喚された者が自分で様々な事を調べて、惑星アルトリアを知りたいと言う者もいるだろう。 だから、同行して貰うかどうかは召喚された者に決めてもらう』そう告げる事になっています」
「そうなのか……。 ん?」
召喚主が……ってまさか、俺の場合は……。
「もしかして、今の話しの流れからして俺の同行者って……」
「えぇ、私です! 良かったですね、1国の王女が同行者だなんて皆凄く羨ましがりますよ!?」
「流石にそれは不味く無いか?」
「大丈夫ですよ、お父様もそれを承知した上で私に異世界召喚スキルを使わせたんですから!」
「それなら……良いのか?」
「良いんです! 明日、父王と謁見した後にいきなり王女である私が共也さんに同行する事を告げられても困るでしょう? ですから、あなたには事前にお知らせしておくべきだと判断した上で、訪問させて貰ったのです!」
『私って気が利くでしょ!?』と言いたそうに胸を張るエリア王女は、何故かとても楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「それに私が休憩しに下がった後、共也さんが取得したスキルが人の長い歴史を記録した書物にも明記されていない未知の魔法だと報告を受けてますが、本当ですか?」
「あ、ああ……」
「それならなおさらです。 そんなゴブリンにも負けかねないあなたを、何の準備もさせずに王都の外に外出させるだなんて絶対にあり得ないです」
「やっぱりゴブリンっているんだな……」
「ええ、1匹見かけたら10匹は居ると思え! と言うのがこの世界の常識です!」
「その言い方ってまるで『それ以上は言わないで良いんです!』え、でも『言わないで良いです!』だが……『言・わ・な・い・で!!』はい……」
どちらもGの頭文字を持つ者がこの世界には存在しているんだな……。
「それで話が戻りますが、一緒に行動すると言う事が決まっているのなら、俺とエリア王女がパーティを組む事が決まっていると思って良いのか?」
「ええ、それで合ってます。 王女としての公務もあるので、ずっと一緒に旅に出る事が出来るとは断言できませんが、利点は大きいと思っています」
「それはどのような事だい?」
「私の場合は召喚主として義務を果たす事で王位継承権の維持も出来ます。 そして共也さんの場合は、この世界での様々な常識を学び力とする事が出来ます。 ほら、お互いが得をする良い方法じゃないですか!」
確かに王女であるエリアの口添えがあれば、普段入れない場所にも入る事が出来るし、英雄級の人から戦闘を学ぶ事も出来るだろうけど……。
「エリア王女、あなたはさっき王女としての公務があるから、常に同行する事は出来ないかもしれないって自分で言ってませんでした?」
「確かに言いましたが、共也さん達と旅をする方が優先度が高いに決まってるじゃないですか!? お父様が生きて王位に在籍している以上、王女の私が公務を休むなんて些細な事なんですから!」
(この王女様、公務を休む事を些細って言い切っちゃったよ! でもエリア王女の言う事も一理あるな。 未知の魔法スキルだけしか持っていない俺が、何の訓練もしない内に王都の外に出るのは自殺行為に等しいんだよな……。)
パーティーを組む利点と言う一点に関して言えば、確かにこの国の王女であるエリアの言う事が正しいと感じけど……。
良し、決めた!
「分かった。 エリア、よろしく頼むよ」
「はい!」
握手をしようとお互いが手を伸ばした瞬間に、それを拒む存在がベッドから現れた。
「そんなの駄目! 共也とパーティーを組むのは私なんだから!」
そう、ベッドの中から飛び出して来たのは、エリアに見つからない様に隠れていたはずの菊流だった。
(この馬鹿!!)
急に菊流がベッドから現れた事で目を見開いて呆然としているエリア王女に対して、ドヤ顔をする菊流は人差し指を突き出すのだった。
(はぁぁ……。 対抗心を抱くのを悪いとは言わないけど、時と場所を選びましょうよ菊流さん……)
あまりの急な出来事に最初は固まっていたエリア王女だったが(自分が来る前から菊流さんと共也さんはこの部屋で2人きりだったの? 何をしていたの?)と現状を把握した途端、氷点下の眼差しで俺と菊流を睨むのだった……。
「共也さん、これはどういった状況なのかちゃんと説明してくれますよね? あなたがこちらの世界に来てから、まだ初日なのに菊流さんを寝所に連れ込むだなんて……」
いや、連れ込んで無いし!
そんな俺の想いは届かない上に、エリアの怒りは納まらない。
「菊流さんも菊流さんです! こんな夜中に男性の寝所に忍び込むとは何事ですか!!」
エリア王女? あなたも今現在、夜に男の寝所にいるのですが!?
「ち、違うんです! 私は今後の事が不安で……。 それで共也と話し合いをしたくて、ここに来たんです。 エリア王女が考えてるような邪な事は一切有りませんでしたよ! ねっ! 共也!」
今まで長い年月を菊流と一緒に過ごして来たが、これ程動揺している彼女を見るのは久しぶりだ。
まぁ、俺も肯定する訳にはいかないので必死に否定するのだが……。
「そ、そうですよ! 今後どのように動けば良いのか、その事で話し合っていただけなんですよ! 信じて下さいエリア王女!」
必死に『信じてくれ!』と言う想いをエリア王女に伝えたが、彼女からの返答は冷たい物だった。
「そんな可愛らしい寝間着を着てここに来てるのに、何も無かった? むしろ勝負服で訪れたと言われた方が、納得出来ますよ?」
駄目だった……。
「相談が終わったら、すぐに自分の部屋に戻るつもりだったんです! それに、この寝間着も王妃様達がくれた物ですからぁ!」
部屋の中に菊流の必死の弁明が響き渡った事で、エリア王女もこれ以上追及する事を止め、注意するだけにしてくれたようだ。
「……王城の風紀を乱されても困りますから、今後紛らわしい行動をしないでくださいね? 菊流さん」
「はい……」
「それで話を戻します。 菊流さんには悪いと思いますが、共也さんと私がパーティーを組むのは決定事項だと思って下さい」
「なっ!」
「私は召喚主としての責務とは別に、知り合う事となった共也さんに死んでほしく無い。 そう言う想いが私の中で芽生えたのです。 だから私のこの想いだけは、誰であっても譲る気はありません」
真っすぐに菊流を見据えるエリアに「何故そこまで?」と言う想いがあったが、今度は菊流に対してある提案を持ちかけた。
「私が共也さんのパーティーに入る事が決定事項だと言っても、2人だけで行動するなんてありえませんから。 もし、菊流さんが共也さんのパーティーに加入してくれるのなら、戦力強化になりますし賛成です。 共也さん、あなたはどう思います?」
「菊流がパーティーに入ってくれるのなら大歓迎だが、彼女の意思を聞かない事には……」
「確かにそうですね。 菊流さん、どうされます?」
2人分の視線を受けた菊流だったが、すぐに俺達への返答を口にした。
「さっきも言ったけど、私は共也とパーティーを組みたいの。 だから私もパーティーの1員として迎え入れて!」
真剣な眼差しで返答してきた菊流を、無下に断る事など俺達に出来る訳がなかった。
「わかりました、あなたを歓迎いたします」
「やった!」
「ですが、明日は菊流さんにも、召喚した人物と今後の事を話し合ってもらいます。 その時に生活の補助が必要かどうかを、あなた自身の口で召喚主に伝えて上げて下さい」
「うん。 分かったわ」
その後も明日、王に会う時にしてはいけない注意事項などを放し続けるエリア王女だったが、その間ずっと俺と菊流の2人は何故かベッドの上で正座をさせられていた。
「聞いているのですか、共也さん!」
「き、聞いているが、そろそろお開きに……」
「駄目です! 王女のパートナーになるのですから、最初が肝心なのですよ!?」
「クレア王女は礼儀作法などは気にしなくて良いと言ってた気が……」
「…………出来無くても気にしないと言うだけで、出来るのであればそれにこしたことはありませんじゃないですか!」
「「えええぇぇぇ……」」
その後も、俺と菊流の2人対しての、エリア王女式礼儀作法講義は続くのだった。
招来誰かに、異世界に召喚された初日に一番印象に残った事は? と尋ねられた場合、俺は迷いなく『エリア王女を怒らせるととても怖いから怒らせるな……』と言うだろう……。
結局やっと解放される事となった時には、すでに深夜近くになっていた……。
「そろそろ寝ないと明日に響くので、今日のところはここまでにしておきましょうか」
やっと開放される!
心の中で安堵していた俺と菊流だったが、扉を開けた彼女が突如振り返り部屋の中に戻って来た。
「菊流さんも一緒に帰るんですよ! なんで共也さんの部屋に残ろうとしているんですか!」
「あぁ、バレた! 引っ張らないでよエリア王女! 共也おやすみ。 また明日会おうね!」
菊流の後ろ襟を掴み部屋の外に引きずり出したエリア王女だった。
意外と力が強いんだな……。
寝るか!
惑星アルトリアに召喚されてから、1日目がやっと終わりを迎えた。
今後の事を考えると不安が襲って来るが、強くならないと命の軽いと言われているこの世界では生き残る事は出来ない。
この世界で生き残れる位に、そして皆を守れる位に強くなろう。
潜り込んだベッドの中で、俺はそう願うのだった。
異世界に転移してやっと初日が終わりました2000文字付近で続けて行こうと思いますが少し短いのですかね?