神樹ユグドラシルの精霊。
黒い穴を抜けた先で、天にも届きそうな神樹ユグドラシルに見惚れている俺達の横で、必死に神事に付いて説明しようとしているリリーの涙声に気が付いた。
「みなさ~ん! もしも~し! 皆さんが私達の崇める神樹ユグドラシルに見入ってくれるのは嬉しいですけども~! これから神事に付いて大切な話しがあるんですから、私の話しを聞いて下さいよ~!! ……もしかして私を虐めるためにわざと無視してます!?」
ユグドラシルを見て呆けていた俺達だったが、リリーの必死な声を聞いた事で我に返って彼女に謝罪をするが、口を尖らせていじけてしまい地面に【の】の字を書きながら、今度は彼女が俺達の事を無視し始めた。
皆が思った『こいつ面倒臭え……』と……。
「リリー様、神樹ユグドラシルに皆が見入っていただけであって、あなたを無視すると言う事は決してありません。
皆がそうなってしまう程、この樹木の様相は素晴らしいのです、なぁ皆!」
「そ、そうですよ!」
〖ピク!〗
「こんな立派な樹を信仰するだなんて、さすがエルフの人達は見る目がありますよね!」
〖ピクピク!〗
この中で一番の年長者であるシグルド隊長が、ユグドラシルを褒める事でリリーの機嫌を取ろうとしている姿に皆が思った……、失敗したか? と。
だが、このまま放置も出来ないので、俺達もシグルドさんの話しに合わせると、機嫌良さそうにピクピクと長い両耳を動かすリリーを見てチョロいと思った。
「で、ですよね? 私達のご先祖様達がこの地に移住して来た時から信仰している神樹ユグドラシル様はとても立派なんですよ!!
皆にこの神々しさが伝わってとっても嬉しいです!!」
(シグルドさんの説得が成功した!?)
リリーの機嫌が直った顔を見て、シグルド隊長は得意気に俺達に向き直った。
(どうだ? リリー様の機嫌を直してやったから感謝するように!)と言う幻聴が聞こえて来そうなほどのドヤった顔に皆が少しイラっとしたが、リリーの機嫌を直す事に成功したのは事実なので感謝の意味を込めて皆が頭を少し下げるのだった。
「さあ皆さん! もう少し進むと神樹ユグドラシルの根元に着きますから行きましょう~!」
「リリー。 あなた……」
「何ですか? ジュリアお姉様?」
「……何でも無いわ、行きましょう……」
「??? おかしなお姉様ですね」
ジュリアさん。 せっかくノグライナ王国に何年振りかに里帰り出来たのに、むしろ疲れてないか?
まあそのほとんどがリリーが原因なんだろうけどな……。
神樹ユグドラシルを皆に褒められた事で上機嫌となったリリーが先頭を進む。
「しかし、本当に大きな樹だな、上に生えてる枝ですら凄く太く見えるな……」
俺達の頭上に生える枝や葉を見ながら歩いているといつの間にかユグドラシルの根本に付いた様で、そこには小さな祠が祭られていた。
「これが私達が神樹ユグドラシル様を祭った祭壇になります!」
「良い祠ですね。 リリー様、一つ聞きたい事があるのですが」
「魅影さん、何でしょう?」
「どうして動物達は、この祠の周りに集まっているのでしょう?」
そう、その祠の周りにはこの森に棲んでいる沢山の動物達が、祠の周りに広がる草原の上で寝転んだりして思い思いに過ごしている不思議な光景がそこに広がっていた。
「もう! 君達またここで過ごしていたの? 来ちゃ駄目とは言わないけど、程々にしてくれないと困っちゃうじゃない」
草原に寝転ぶ沢山の動物達は、リリーの言葉に不満を表すかの様に鳴き声を発している感じだった。
「ごめんね皆、いつもこんな感じで祠の周りにはこの森で暮らしている動物達が集まって来るのよ……。
ねぇ君達、今からこの人達を祠に案内して神事を行うから、あなた達がまだ森に帰るつもりが無いなら少し横に避けてもらっても良いかな?」
祠を取り囲んでいた動物達はリリーの言葉を理解した様で、俺達が祠の元まで通れるくらいの道を作る為に移動し始めた。
そして動物達が退いてくれた事で、そこには祠までの道が出来上がっていた。
「さあ皆、行きましょう!」
「あ、あぁ…」
今出来上がった道を進みながら、俺達は両脇で寝転がっている動物達を見渡していた。
熊、鹿、リス、狼、まだまだ他にもいるが全く争う気配を見せ無い上に、寝転んだりして無防備な姿を晒していた。
「これは凄い光景だな。 草食、肉食、関係無く動物達が一緒の空間で穏やかに過ごしているとは……」
シグルド隊長の言葉に皆が同じ気持ちで、この穏やかな空気の流れる不思議な光景に見惚れていた。
「リリー、肉食動物が他の動物を襲う気配も無い上に、一緒に寝ている奴らも居る……。 何故こんな光景が起こりえるんだ?」
俺はこの素晴らしい光景が起きている原因を知っているであろう、2人に尋ねると、得意気な顔を隠そうともしないリリーからすぐに返答があった。
「ふふん! 何故この様な光景が生まれるのか。 それはですね、神樹ユグドラシルから放出されている波動が動物達に安らぎを与えてるみたいなの。 だけど……」
最初は上機嫌で動物達の事を説明していたリリーだったが、ドンドン尻すぼみに声が小さくなって行く。
「こうやって動物達が種族関係無しに集まって一緒に過ごすのはとても素晴らしい光景なんだけど……、私達が神事を行おうとして祠に近づこうとしても毎回道を塞がれちゃってるから困ってるのよ……」
動物達が開けてくれたくれた道を進みながら、リリーからの説明を受けている間に祠に到着した。
そこで改めてのんびりしている動物達を見渡すと、何故か動物達は祠の遥か上の1点を見ている事に気付いた俺は動物達の視線を辿って行った。
するとそこには前日クリスタルフォートレス城で知り合ったばかりのシルが太い枝に座っていた。
そして彼女は俺に気付いた様で、小さく手を振りながらこちらに微笑んでいた。
「は? えっ? あれはシル……か?」
「ん? シルって共也がお城で会った緑髪の女の人だよね? どこにいるの?」
俺の呟きに反応した菊流が上を見上げたが見つけられない様なので、枝に座っているシルの事を指差すが菊流は小さく首を傾けてそんな人はいないと言ってくる。
「え? 太い枝に座っている緑髪の女性が菊流には見えないのか? ホラ! 今俺達に手を振ってる!!」
「共也君、急に大声出してどうしたんですか?」
「ジュリアさん、ユグドラシルの枝に座っている女性、シルがいるのですが見えますよね?」
「シルと言うのは共也ちゃんが昨日探していた女性ですよね? …………いいえ、見えませんが……」
ジュリアさんに樹上の枝に座っている女性が城で会ったシルだと伝えるが、ジュリアさんやリリーにも見えていないらしく、皆が不審者を見る目で俺を見て来る。
「お姉様、共也さんは穴を通る時に何か状態異常でも受けたんですかね? 見えない人が見えるとかホラーでしかないんですけど……。 ちなみに他の片は見えてます?」
『「見えない……」』
俺を除く全員が首を横に振り、シルが見えていない事を告げられた事で、何かの幻覚を見ているのかと疑われたが実際今もシルはこちらに笑顔を向けて手を振っている……。
「共也さん、回復魔法かけましょうか?」
やべぇ、エリアまで俺を心配し始めた! この状態を何とかしないと状態異常を受けたと勘違いされなけないぞ……。
シルが降りて来てくれれば一番早いんだが……。 降りて来てくれるか?
俺はシルに下に降りて来れるか? とジェスチャーをすると少し悩む素振りを見せたがすぐに小さく頷いてくれた。
良かった、これで誤解が解け……ってシル!?
彼女は何を思ったのか、かなりの高さがある枝から躊躇いも無く飛び降りてしまった。
「シル、死ぬ気か!?」
シルの突飛な行動に驚いた俺は少しの間固まって動けなくなっていたが、すぐ我に返ると慌てて落下地点まで走り込み真下で受け止めようと両腕を広げて構えた。
「大丈夫だよ共也君。 あ、でも丁度良いからそのまま構えてて~」
「何を呑気な事を! 死ぬかもしれないんだぞ!」
あれだけの高さを落下する人を受け止めるんだ、両腕の骨折で済めば良いなと呑気に考えていると、後地上数メートルで激突と言う所でシルの体は重力に逆らうようにユックリと落下し始め、呆けた顔をして腕を広げていた俺の中に納まった。 要するにお姫様抱っこだ。
「やあ、共也君、昨日ぶりだね。 言ったろう? すぐ会う事になるってね」
未だに皆にはシルの姿が見えていないらしく、可哀そうな人を見る目で見られている事に気づいた俺は腕の中に昨日話したシルがいる、と伝えたのだがやはり皆には見えない様で自作自演の疑いを掛けられ始めていた。
「共也君、普通の人に私は見えないはずだから、熱心に私の事を伝えようとしても変人扱いされるだけだよ?」
「え……。 シルの事が皆には見えないってどう言う事だ? 現に俺には見えてるしこうやって抱き抱える事も出来てるじゃないか」
「それはね……。 私がこの神樹ユグドラシルの精神。 いや、どちらかと言うと精霊と言った方が良いのかな?
だから君が庭園で私を見つけた事に驚いたし、どうして私の事が見えたりこうして抱っこ出来るのか私が知りたいくらいだよ」
シルは神樹ユグドラシルの精霊。
確か数千年前にエルフのご先祖様がここに移住して来た時にはすでに有ったって話しだから、それで過去に起きた様々な事を知っているんだな……。
「共也、お前、まだ若いのに痴呆を発症してしまったのか……」
俺がシルと話をしていると、ダグラスが失礼な事を言い出したので後で殴る事を心に誓った俺だったが、エリア達も俺の事を心配そうに見つめて来るので心が痛む。
「共也君、皆に私の正体を言っても平気だよ?」
「良いのか?」
「うん。 ずっと意思疎通を取る事を諦めていたけど、君が私の言葉を代弁してくれるなら全員に伝えたい事があるから、むしろありがたいと感じているくらいだよ」
「伝えたい事?」
「うん。 まぁそれも皆を説得出来たら話す事にするよ」
シルが許可をくれたが、皆はこの事を信じてくれるのだろうか……。
だけどこのまま何も言わないでいたら俺は本当に可哀そうな人になってしまうので、皆に俺の腕の中に昨日話したシルが居て、俺に話し掛けくれていると伝えるとやはり信じて貰えなかった。
「共也さん。 何故腕の中にいるかは今は置いておきます。
それで本当に昨日説明してくれたシルって方がいるんですか?
私にはさっぱり見えないのですが、皆さんには見えてます?」
皆一様に首を横に振る。 まあシル本人が他の人には見えないって言ってるんだから当然だよね!?
どうしたら信じて貰えるのかを考えていると、シルが俺の耳に口を近づけて信じて貰えるある事を俺に伝えて来た。
「え? リリーが小さい頃に良くノグライナ王国の地図を表したおねしょをしてしまって、国王である両親にこっぴどく怒られ『わーーーーーーー!!! 共也さん、それ以上言わないで!ってどこでそんな事を知ったんですか!?』・・シルが言ったんだけど本当の事なのか?」
「しまった!!」
「リリーあんた・・」
「私の事を責めますが、お姉様だって昔大陸地図の様なおねしょを………」
「何が言いたいのかしら、リリー?」
「・・・私がしましたよーーー!! わぁーーーーん!!」
盛大に自爆してしまったリリーは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「共也君、そのシルって娘が本当に存在してたとして、リリーの過去にあった恥ずかしい話しをこんなに大人数がいる所で言うのはあまり関心しないわよ?」
ジュリアさん……。 さらった自分のおねしょの話しは無かった事にしてません?
「それで。 そのシルって娘さんは私の事について何か言ってるかしら?
もし何か知ってるなら言ってみて欲しいけど、私はリリーみたいにそんな恥ずかしい過去なんて無いから無理でしょうね」
自分にそんな恥ずかしい過去は無い! と自信満々に言い切るジュリアさんに、シルは何かを思いだした様で、また俺に顔を近づると耳元で囁いた。
「え……。 ジュリアさんって子供の頃、クリスタルフォートレス城を覆う池で溺れてキーリスさんに助けられた事があるの!?
しかも助けられたジュリアさんは口から噴水の様に水を『わーーーー!! 信じる! 信じます! 信じますから共也ちゃん、お願いだから少し黙って!!』……ジュリアさん、これも本当の事なんですね?」
「うぅ……」
リリーとジュリアさんの2人は子供の頃にあった話しを暴露されてしまった事で、2人揃って耳の先まで真っ赤になった顔を両手で隠して座り込む姿は本当にそっくりだった。
その姿を見た俺達は思った、ああ、この2人はやっぱり本当に姉妹なんだなと。
暫くするとリリーとジュリアさんの2人はようやく落ち着きを取り戻したが、過去を暴露された事で涙目となり、膨れっ面で俺を睨んで来た。
「共也ちゃん、そこに本当に神樹ユグドラシルの精霊であるシルって娘がいる様だけれど、他に何か言ってる? ちょっとお話がしたい気分なんだけど?」
「私の恥ずかしい過去をこんなに大勢の居る前で暴露された事は許しませんからね!!」
明らかに不機嫌な2人は他に何が言っているのかと聞いて来たが、シルは俺に重要な情報を伝えて来た。
「共也君、私の正体も知られたしこれから言う事は正確に皆に伝えてもらって良いかな?」
「分かった、皆に正確に伝えるよ」
俺はシルの願いを了承して頷いた。
「ふぅ~、君達の魂を狙っている暗黒神だけどね。 実はすでにどこかで顕現しているみたいなんだ…」
「は? え?」
「共也さん、一体シルって人は何て言ってるんです?」
「暗黒神がすでにこの世界に顕現してるって……」
『「「はぁぁぁぁ!?」」』
俺達がその爆弾の内容に驚きながらも、シルの話しは続く。
「顕現しているのは確かだけど、それが何処かは分から無い。
だから気を付けて欲しいのは、君達が殺されて魂を奴に食われると力が増してしまう上に、この世界がどうなるかわから無いと言う事だ」
唐突なシルの暗黒神がすでに地上に顕現している、と言う話を聞いた俺達は動揺を隠せなかった。
本当に俺達はこの世界を平和にする事が出来るんだろうか……。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
すでに暗黒神が地上に顕現している事をシルから知らされる回でした。
次回は“火急の報せ”で書いて行こうかと思っています。




