女王リリー=ユグドラシル=ノグライナ
「パパ、凄く大きな木が沢山あるね!」
「ああ、信じられないくらい広大な森林だ……」
「ふふ、マリちゃん、私達が向かう所にはもっと良い物があるわよ、楽しみにしててね」
「ジュリアお姉ちゃん、本当!? 楽しみ!」
今俺達は竜騎士隊の操る飛竜の背に乗って、ノグライナ王国に広がる森林の上空を移動していた。
「ちょ、ちょっとダグラス。 抱き付かれて悪い気はしないが、他の者達の目がな?」
「メリムには悪いと思うが、た、高くて速いから怖くてしょうがないんだよ!」
「全くケントニス帝国ではあれだけ雄々しかった男がこんなに震えて。 しょうがないから目的地に着くまで私が抱きしめて上げる」
どうやら高所が苦手なダグラスがメリムに抱き付いて離れてくれなかった様だが、割と嬉しそうにしているので、2人が乗る飛竜を操る彼女が居ないアレンさんには気の毒だとは思うが放置しておこう。
「……室生、あなたも高所が怖いとか言ってた時が有ったわよね?」
「いや、俺は別に」
「有ったわよね!?」
「……あった気もする」
「じゃあ、私が手を繋いで居て上げる!」
「あ、ああ。 ありがとう?」
積極的に室生に絡む彼女の姿を見ていた菊流は、一緒の飛竜に乗っている鈴にケントニス帝国を出てから愛璃の変化について話を振ってみた。
「ねぇ、鈴。 ケントニス帝国を出てから妙に愛璃ちゃんって室生に対して積極的になってない?」
「それ僕も思った! 愛璃ちゃんの中で何か気持ちに変化でも起きたのかな?」
「どうだろう……。 でもあれだけ積極的にアプローチ出来るのはちょっと羨ましと思うわ……」
「本当だよ……」
「ん? 鈴も?」
「え、あ、いや。 僕は相手がいないから羨ましいって言ってるだけだからね?」
「本当? 怪しいな……」
「は、早く目的地に着くと良いね!」
「あ、こら、誤魔化そうとするな!」
こうして竜騎士隊が操る飛竜に乗っていても俺達は和気あいあいとしながら移動していると、太陽が真上に昇った所で急に木々が生えていない場所が現れた視線の先に木々が開けた場所が現れた。
「うわ~! パパ、とっても綺麗なお城! あれがさっきジュリアお姉ちゃんが言ってた良い物!?」
「そうだよマリちゃん。 あれが私の故郷ノグライナ王国の信仰的存在の【神樹ユグドラシル】と、青水晶で出来たお城【クリスタルフォートレス】よ。 到着したら案内して上げるね?」
「ジュリアお姉ちゃん本当!? 楽しみ!」
俺達の目線の先にはとても透き通った水が張られている湖と、その中央に有る陸地には青水晶によって出来ている巨大な城クリスタルフォートレスが、神樹ユグドラシルを守るかのように建てられていた。
俺達はゆっくりと近づいて来る青水晶で出来た城でまた新しい出会いがあるかもしれない、と言う期待感が高まって行った。
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【その頃、クリスタルフォートレスの1室にて】
「あら? この魔力の波長は、ジュリアお姉様? はぁ、やっとお帰りになってくれたのね……」
「あなたの姉君と言うとジュリア様の事でしょうか? リリー様」
「そうです、どうやらやっっっっっとお帰りになってくれた様なので、城の前まで出迎えに行きましょうか。 付いて来てくださいますよね?【近衛兵長キーリス】」
「それは勿論ですよ【女王リリー=ユグドラシル=ノグライナ様】。 我々はあなたを守る為に存在しているのですから」
女王に相応しい豪華な1室から2人が廊下に出ると、その後ろから何人ものメイドが付き従えて城の前で整列すると、もうすぐ帰って来るであろうジュリア王女を手ぐすね引いて待つのだった。
=====
【視点は再び共也達に戻り】
すでに肉眼で青水晶で出来た城の細かい部分が見える距離まで近づいて来た所で、竜騎士隊の皆が着陸の為に飛ぶ速度を落として始めた。
「ジェーンお姉ちゃん、城の入り口が見えて来たよ! キラキラと城自体が青く輝いて綺麗だね!」
「そうだねマリちゃん。 ん? 何だか城の前に沢山の人が整列していませんか? ジュリアさん、ノグライナ王国の人達に今日帰還するって連絡しました?」
「連絡して無いけど、私の妹が魔力の波長で人を識別出来る能力を持っているから、それで私が帰って来たのを知って、出迎える準備を整えたのでしょうね」
「何でジュリアお姉ちゃんが帰って来ると、出迎える必要があるの?」
「あ~。 えっとね……。 まぁ詳しい事は着いてから話すわ。 ね、マリちゃん」
「??? 分かった~~!」
「良い娘ね」
「えへへ。 マリ良い娘!」
マリの頭を優しく撫でるジュリアさんは優しい笑顔を作り、城の前で整列している人達に目線を向けていた。
「ジュリアさんの妹さんって、大勢の人に指示を出せるくらいの権力を持ってる人物なんですか?」
菊流の質問に、ジュリアさんは先程と違い何でも無いような口調で妹さんの名を答える。
「えぇ、菊流ちゃん、妹は一応この国の女王をやってて、名をリリー=ユグドラシル=ノグライナ、私の妹でありこの国に住む人々を纏めている女王です」
「え……、妹さんが女王って事は……。 ジュリアさんは王族の1人って事じゃないですか!?」
「そうよ。 でも妹に王位を譲って旅に出た、出来損ないの姉だけどね?」
この事はシグルド隊長も知らなかったのか、驚愕の眼差しでジュリアさんを見ていた。
「それでハーディはジュリアさんに対して、あれだけ譲歩しようとしていたのか……」
ジュリアさんは悲し気な顔をして青く光り輝く城を眺めていたが、整列している人達より1歩前に出ている人物を見て微笑んでいた。
「ただいま……。 リリー」
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竜騎士隊の飛竜達が城の前で整列している人達の居る場所より、やや離れた所にゆっくりと着陸した飛竜から降りたシグルド隊長は、整列している人達より前に出てティアラを頭に付けている人物に頭を下げた。
「リリー様お久しぶりです。 本来なら昨日来る予定でしたが本国でトラブルが起きてしまい、1日遅れての来訪となりました。 まことに申し訳ありません……」
「シグルド様、こちらに来る予定が遅れた事に関しては問題無いのですが、そのトラブルと言うものがどう言ったものだったのか、後ほど説明してもらえるのですよね?」
「ええ、それは勿論です。 この情報は貴国にも関係の有る事なので、後ほどハーディ皇帝の親書と共に報告させていただきます」
「分かりました、後ほど晩餐会を開きますのでその時にでも報告をお願いします」
「はい、後ほど必ず」
「では、あなた達を歓迎いたします。 そして異世界から来られた方々もごゆっくり滞在して行って下さい。 そして、ジュリア姉さん……」
「リリー……」
姉妹の感動の再会となるのかと思い皆と一緒に固唾を飲んで見守っていたのだが、俺達が思っていたものとは全く違う反応をリリー女王にされてしまった。
「はぁ……。 姉さんには後ほど父さん達にも会ってもらいますからね? 逃げないで下さいよ?」
「あっはは~…。 父さん達、やっぱり怒ってる?」
「怒ってはいないですけど呆れてますよ……。 父さんに会った時に、拳骨を頭に1発もらう覚悟はしておいて下さいね?」
「え~……。 父さんの拳骨って凄く痛いんだけど……。 今からケントニス帝国に帰っても良いかな?」
「駄目に決まってるじゃないですか! 絶っっっっっっっ対に逃がしませんからね!!」
「あんなに私の後を付いて来ていたリリーがこんなに酷い事を私に言うなんて……ヨヨヨ」
「一体何時の話しをしてるんですか!!
はぁ……。 ほら! ジュリア姉さん、せっかく帰って来たんですから、そんなギルドの制服じゃ無くてまずは王族に相応しい服に着替えに行きますよ!」
「え~~。 私、この冒険者ギルドの制服が結構気に入ってるのに~~」
「その制服が気に入っているのは分かりましたけど、姉さんはこの国の王族の1人なんですから、ちゃんと王族としての義務を果たしてください!!」
ジュリアさんの腕を取り引きずって行こうとしたリリー様だったが、男のエルフの人がリリー様に近づき何か耳打ちをした途端に、ようやく俺達が居る事を思い出してくれた様で慌ててこちらに向き直った。
「コホン。 皆さんは空の長旅でお疲れでしょうから、フォートレス城に個室を用意させて頂きましたので、夜まで体を休めて今夜開催される晩餐会に参加して頂き、その時にでも今回の旅の目的などを聞かせて頂けると嬉しいですわ♪ メイドさん達、皆様をお部屋にご案内して上げて」
「はい、リリー様!」
「お姉様はこっち!」
「ああん。 私も共也ちゃん達と一緒に行くーー!」
「駄目に決まってるじゃないですか!!」
リリー王女は俺達には柔らかい笑顔で語り掛けていたが、逃げようとしていたジュリアさんには手に血管が浮き出るくらい襟首を強く握って城へと連行して行った。
「皆~、また後でね~~」
ここに到着してから数分でジュリアさんに抱いていた清楚で可憐なイメージが、ガラスの様に崩れて行く音が俺達には聞こえていた。
「ジュリアさんって、結構天然なのかな?」
「どうだろう……。 でも妹さんのジュリアさんに対する反応を見ると、そんな感じだったよな……」
「それでは皆様、メイドが各自のお部屋へご案内しますので後に付いて来て下さい」
俺と菊流が会話していると、メイドさん達が俺達に割り当てられている部屋に案内してくれると言う事なので、各自晩餐会までの時間を部屋で休む事となった。
「それでは共也様、晩餐会のお時間に再度お迎えに上がりますので、それまでごゆるりとお寛ぎ下さい」
「あ、はい。 ご丁寧にどうも……」
日本人の悲しい性か、親切にされるとこちらも丁寧に帰してしまうのはしょうがない事だよね……。
そんな俺は今マリと一緒に部屋の中で寛いでいた。
「あはは! パパ! このベッドふかふかだよ!
(ふかふか~だね?)
(ふかふかだ!)
マリだけ外に出て遊んでいるのも何なので、ディーネとスノウも剣から出て来て貰いマリと一緒にベッドの上で遊んで貰っていた。
「こら、あまり無茶するんじゃないぞ? ベッドが壊れるかもしれないしな」
『「「は~い!」」』
俺は部屋の中に有る本棚に収められている本を物色している間にも、3人は若草模様が描かれているベッドの上でコロコロ転がったり跳ねたりして遊んでいたが、少しすると静かになっていた。
「ん? マリ?」
俺は不思議に思ってベッドの上を見てみると、マリはディーネを枕に、お腹の上にはスノウを乗せて寝息を立てて居た。
(し~、ずっと空の旅をしていたから……はしゃぎ疲れて寝ちゃったんだと思うの。 だから……暫く……こうしてるね?)
(私も眠たいからこのまま寝ちゃいますね、また夜に~~くぁ!)
スノウも大きく欠伸をすると、そのままマリの上で丸くなって眠ってしまった。
(私もこのまま……寝る~~)
「分かったよ。 おやすみ」
ディーネからの返事も無くなったので、手持ち無沙汰となった俺は少し城の中を散歩してみようと思い部屋を出た。
だがやはり適当に城の中を歩いていたのが不味かったのか道に迷ってしまったらしく、気が付くと綺麗な小川が流れている中庭らしき場所に出た。
「ここは、庭園……か? ん? あれは人……だよな。 ここに居ると言う事は城の関係者だろうし、ここが何処か聞いてみよう」
俺の目線の先には緑色の髪を腰辺りまで伸ばした1人の女性が両足を流れる小川の水に浸しながら腰を下ろして静かに流れていく小川の水をジッと静かに眺めていた。
俺は何故かその何とも言えない光景に目が離せずに眺めていると、青い羽を持つ3羽の小鳥がその人の両肩に静かに留まった。
「ん? 君達は……」
緑髪の女性が両肩に留まった小鳥を見るその目の色は緑色で、その顔は小鳥達に対してとても柔らかく微笑んでいた。
絵になる場面だな。 もしカメラとかが手元にあれば写したいくらいだ……。
〖パキ!〗
俺が女性に近づこうとして1歩踏み出すと、小枝を踏み折ってしまった音に驚いた小鳥達は上空へと逃げ去ってしまった。
小鳥達が逃げて行ってしまった事で、俺に笑顔を向けて来た女性は楽しそうに声を掛けて来た。
「あら、こんな所に人が来るなんて珍しい事も有るのですね。 ふふ……ようこそいらっしゃいました旅の人」
名も知らぬその女性は、小鳥達に向けていた笑顔を俺に向けていた。
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その後俺は何故かその緑の髪の女性の隣に座り、この国に訪れた理由を喋っていた。
「なるほど、なるほど。 この国に訪れた目的は、その危険な思想を持つ宗教団体に気を付ける様にと警告する目的と、シンドリア王国からの親書を渡す為にこの国へと来たのですね?」
「ああ、ケントニス帝国の諜報部が調べた情報によると、その教団によっていくつもの国が壊滅させられてるらしいんだ……。
そんな宗教団体が暗躍しているこの状況はかなり危ないから、他国にも対策を取って欲しくてね」
俺は何故ついさっき会ったばかりの女性に、重要な情報を警戒する事も無く喋っているのだろう……。
「困った連中ですね。 他人を暗黒神の生贄として捧げてまで、自分だけは生き残りたいと考えるとは見下げ果てた連中ですね。
暗黒神が人を助ける事は決して無い、もし助けてくれる事があるとすればそれは家畜を守る牧場主の立場だから……、私の言いたい事分かるかな?」
「言いたい事は分かるけど……。 え……。 どうしてあなたは暗黒神の事でそんなに言い切る事が出来るんです……?」
「それはね……」
俺がその話を詳しく聞こうと思い女性に声を掛けた所で、庭園の入り口から聞き慣れた声が聞こえて来た。
「共也、いたいた! そろそろ陽が落ちるから、部屋に戻って晩餐会に出る準備をして欲しいってメイドさんが言ってるわよ!」
「菊流か。 少しだけ彼女に聞きたい事があるから、もう少しだけ待ってくれ!!」
そして俺が先程の質問の答えを聞こうと思い、女性が居た場所を見るとすでに誰もおらず、小川の流れる小さな音がするだけだった。
「あれ……。 なあ菊流、俺の隣に緑髪の女性が一緒に居たよな?」
「へ? 誰も居なかったと思うけど……。 ちょっと! 怖い事言わないよ!」
俺は一瞬夢を見ていたのかと思ったが、彼女のその綺麗な顔も、声も、腰まで伸ばした緑の髪もハッキリと思い出せるし会話の内容も全て思いだせる。
「あ、しまった……。 名を聞いてなかった……」
そう、俺は彼女の名前を聞いていなかった事に、今気付いたのだった。
名前を聞いていないんじゃ、菊流に詳しい説明が出来る訳無いだろ……。
「共也、本当に大丈夫? どうしてもその人から話を聞きたい事があるなら、この後の晩餐会でリリー様にその人の特徴を伝えて、居場所と名を教えて貰えば良いじゃない?」
「それしか無いか……。 悪い菊流時間取らせてしまったな。 わざわざ呼びに来てくれてありがとうな」
「小さい頃から面倒を見て来た私にそれは今更だよ。 それに、マリちゃんも共也が部屋に居ない事で不安になってるかもしれないしね」
俺は最後にもう一度だけ先程まで女性が居たはずの場所を眺めると、晩餐会へ参加する為にその場を後にするのだった。
彼女は暗黒神の何を知っているんだろう……。
俺が部屋に戻ると丁度マリ達が起きた所だったらしく、ベッドの上で目を擦っていた。
「パパ……おはよう……」
マリがまだ眠そうに目をシパシパさせていたので、剣の中でもう少し寝るかい?と聞くと「うん……」と頷いたので3人とも剣の中で休んでもらう事にした。
マリ達が剣の中に入ったタイミングで部屋の扉がノックされたのでドアを開けると、そこにはメイドさんが立っていて『晩餐会の準備が整ったので会場まで御案内いたします』と言われたので、俺はグランク王の親書を忘れずに懐に入れると、念のために魔剣を腰に差した状態で晩餐会場へと向かうのだった。
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「おう、共也君も来たか。 この後リリー様達もこの会場に来られるから、挨拶をしておくと良い」
どうやら会場にある食事は立食形式の様で、すでにシグルド隊長達を含めた竜騎士隊の面々は食事を楽しんでいる様子だった。
「そうなんですね、ちょっと聞きたい事が出来た所だったので丁度良かったです」
俺の言葉にシグルド隊長の頭にはハテナマークが浮かんでいたが、個人的な質問なので今説明する訳にはいかなかった。
俺がシグルド隊長と楽しく会話していると、会場が一際大きくざわついた。
「ほら共也君、リリー女王とジュリア殿のお出ましだ」
シグルド隊長の視線を追って行くと、金髪を結い上げたジュリアさんが肩の出た白のドレスを纏い。
同じくリリー様も白のドレスを纏っているが、その頭には女王の証である王冠が輝いていた。
会場中がどよめく中ジュリアさんの前に歩み出たリリー様が、会場にいる俺や竜騎士隊の人達に対して自己紹介を始めた。
「皆様、私がノグライナ王国の女王である、リリー=ユグドラシル=ノグライナです。
私達の国も魔国の対応で特別豪華な料理を出す事が難しいですが、出来る限りの料理をお出ししましたので、晩餐会をどうぞごゆるりとお楽しみ下さい」
こうして女王であるリリー様の宣言で、ノグライナ王国へ来て初めての晩餐会の開始が告げられるのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ジュリアさんの立場が判明し、その妹であるリリーが国を纏める人物でした。
次回は『緑髪の女性の居場所は?』で書いて行こうかと思っています。




