予定外の出費。
「さて共也、必要は物資は粗方手に入ったし、城に戻るんだろ?」
「ん~、そうだな。 後これと言って必要な物も無いし、帰るか」
ドワンゴ親方の経営している武具店を出た俺達は、明日冒険者ギルドでクエストを受ける迄する事の無くなった為、城へ帰還する街道を歩いていた。
『フシャーーーー!!』『フギャーーーーー!!』『アオーーーーーン!!』
「何だ? 猫達の喧嘩か?」
「猫!? ねぇねぇ共也、この世界の猫がどんなものか見に行こうよ!」
「菊流に賛成! 僕もこの世界の猫を見て見たいかも!」
菊流と鈴は、俺達が何か言う間も無く猫が喧嘩する声が響いて来る路地裏に向かって走って行った。
「あ、ちょっと! もう、しょうがないんだから」
「と言いつつ柚葉、愛璃、魅影、ジェーンまでもがワクワクしながら、猫の声がする路地裏に向かいましたとさ……」
「ダグラス、ナレーションはしなくて良い……。 はぁ……。 流石に女性達だけで路地裏に行かせる訳にはいかないし、俺達も付いて行くか……」
「共也さん、行きましょう」
「エリア……。 しょうが無いか……」
少しすると菊流達が路地裏を覗いている場所に追いついたのだが、どうも女性陣達の様子がおかしい。
「あ、共兄。 てっきり猫達が争ってるものだと思ってたんですけど、何だかゴミ箱を漁るでっかい猫を追い払おうとしてるみたいで……」
「でっかい……猫?」
要領を得ないジェーンの言葉を補足する様に、鈴が声を上げた。
「うん、人の背丈位ある大きな猫……だよね?」
「多分そうなんだと思いますけど……」
「それって獣人じゃなくてか?」
この世界には様々な模様を持つ獣人がいる。 俺はそれじゃないかと指摘したが、全員が違うと首を横に振る。
「違うと思う。 取り合えず共也達も見て見なって、僕達の言いたい事が分かるから!」
「ちょ、ちょっと押すなって、鈴!」
鈴に促されて見た薄暗い路地裏には、確かに彼女達の言う通りゴミ箱を漁っているデカイ三毛猫がいた。 それと、そんな化け猫を追い払おうと奮闘している普通サイズの3匹の猫が必死に威嚇している姿が見て取れた。
「確かにデカイ……。 ん? あれって……何処かで見た気が……」
そんな俺の呟きが聞こえたのか視線を感じ取ったのか分からないが、ゴミ箱を漁るデカイ三毛猫はユックリと顔を上げるとこちらに顔を向けた。
「あの三毛猫、死んだ様な目をしているじゃないか、可哀想に……」
室生のその天然な発言に、俺、菊流、エリアの3人は心の中で突っ込みを入れた。
(((そりゃ着ぐるみだからね! てか、何ゴミ箱漁り何てしてんのよ、エスト!!)))
そう、デカイ三毛猫の正体は、前に空腹で倒れていた為しょうがなく食料を提供した事で知り合った魔道具店の店主であるエストだった。
向こうも俺の事に気付いたのか、鳥の骨らしき物を咥えているエストが、こちらをジーーーーーっと見つめているのを感じる。
「さ、さあ皆、急いで城に戻りましょう。 明日はバリルート山に向かうのですから、今の内に体を休めておかないと!」
「そうだね、エリアの言う通り! さあ、猫は見れたんだから帰るわよ!」
「ど、どうしたのさ2人共……。 分かった、分かったから押さないでよ!」
急いでその場を離れたつもりだったのだが、どうやら遅かった様だ……。
街道を歩く俺の横を、三毛猫の着ぐるみを着たエストがあの場所からずっと、ジーーーーっとこちらに無言の圧を放ちながらずっと付いて来るからだ……。
そんな中、ダグラス達に助けを求めて視線を送るが……。
(こいつら、視線を合わせようとすらしやしねぇ!)
声を掛けたら今度はこちらに来ても困ると思っているのか、ダグラス達はエストを見えない者として扱い、誰も俺を助けようとしやしない!
スタスタスタスタスタスタスタスタ……。
ジーーーーーーーー……。
何も言わなければ城まで付いて来ようとするエストに対して、俺はついに白旗を上げた。
「…………はぁ、降参だエスト……。 で、何であんな所でゴミを漁っていたんだ?」
「おぉ、やっと反応してくれた! 共也さんが話し掛けてくれないので、私は何時の間にか透明人間にでもなってしまったのかと思いましたよ!?」
「悪かったって……。 で、何でなんだ?」
「……ご飯を買うお金が底を付いたからです……」
「は? お前、前回俺達が勝った魔道具の少なく無い代金を城から受け取らなかったのか?」
「受け取りましたよ? 受け取ったお金は、新しい魔道具を作る研究費としてアっという間に消えましたよ! アッハーーー……(泣)」
ぐぅ~~~~~~~~……。
はぁ……、またか……。
盛大に鳴り響いたエストの腹の音に顔をしかめた俺は、静かに干し肉を数切れ差し出しすとあっという間にかすめ取ると貪る様に食べ始めた。
「数日振りのまともな食事ですにゃ~~~~! もぐもぐ」
そんなエストを見て、ダグラス達はこの珍獣に対する説明を求めて来た。
「この三毛猫の着ぐるみを着ている珍獣の名は、エスト。 この近くにある魔道具店の店主だよ」
「へぇ、魔道具店を営んでるのに食費が無い位売れてないんだ?」
「エスト、また全然売れてないのか?」
モグモグ……。
「エスト、おい、エストーーーー!」
「え、あ、はい。 私は元気ですよ?」
「違う! また魔道具が売れてないのかって聞いてるんだよ!」
「そうですね……もぐもぐ。 誰も店に……もぐもぐ……。 来てくれないので、もぐもぐ。 売れる売れない以前の、もぐもぐ」
「あ~~! 聞き取りにくいから食べるか喋るかどっちかにしてくれ!」
「モグモグモグモグモグモグ」
「食べる方を選ぶのかよ! 話をする方を選べって!」
現状を把握する為にも、必死に食べ続けているエストから干し肉を取り上げたのが間違いだった。
『フシャーーーー!! 私の肉を返すニャーーー!!』
「いた! いたたたたた! 分かった、返す、返すから噛みつくのは止めてくれ!」
取り上げていた干し肉を着ぐるみの口の中に突っ込むと、またモグモグし始めたので一旦距離を取る事が出来た俺に、菊流とエリアが「どうする?」と目線で訴えかけて来たので「待とう……」と口パクで答えたのだった。
少しすると腹が少し満たされた事で満足したのか、エストが立ち上がった。
「ふぅ~~。 少し落ち着きました! 共也さん、干し肉ありがとうございました! あれ、顔に引っ掻き傷とかありますが、痴話喧嘩でもされたんですか?」
ビキ!
腹が減っていたから我を失っていたのは分かる……。 分かるが、許せる事と許せない事がある。
「いたっ! いたたたたっ! ごめんなさい、私が悪かったですから頭をグリグリするのは止めてぇ!」
青筋を額に浮かべた俺がエストのこめかみを両手で挟みグリグリしていると、話しが進まない事を懸念したエリアがストップを掛けるのだった。
「共也さん、話しが進まないのでそこまでで……」
「……分かったよ。 エスト、もう一度聞くが、お前が作った魔道具は売れてないのか?」
「いたたたた……。 は、はい。 近所の人達は私の店に入ってすらくれないですから……」
「そうか……。 エスト、今からお前の店に行ってみても良いか?」
「え……。 良いのですか?」
「あぁ、このまま餓死されても目覚めが悪いからな」
「あ、ありがとう、ありがとうございます……。 さあ皆さん、こちらです!」
嬉しそうに自分の店に案内するエストの背中を見ながら移動していると、菊流が柔らかい笑顔で話し掛けて来た。
「ふふ。 あなたって、1度でも話して仲良くなった人には本当に甘いよね」
「ぐ、しょうがないだろ? あのまま餓死されても目覚めが悪くなるし……」
「えへへ、恥ずかしそうに顔を背けても説得力無いぞぉ?」
「五月蠅い!」
そうして菊流の弄りに耐えながら歩いていると、前回来たエスト魔道具店の前に到着した。
「ここです! ここが私の城である『エスト魔道具店』です! どうです? 良い店でしょ!?」
自信満々に紹介された店を見て、全員が絶句するのだった……。
「エスト……」
「はい! 何でしょう共也さん!」
「確か前回来た時は窓ガラスもちゃんとあったはずだと記憶しているんだが、何故全て割れてるんだ?」
「……ある魔道具の実験で割れちゃいまして、直すお金も無いのでそのままに……」
まるで幽霊屋敷の様に今にも崩れ落ちそうな店舗を見た事で、全員が踵を返した。
「じゃあなエスト、元気でやれよ!」
そう言った途端、エストは凄い速度で俺の足にしがみ付いて来た。
「待って! 待って、お願いだから何か買って行って! もう野良猫達とゴミ漁りで喧嘩するのは嫌なんですよぉ!」
そのエストの必死な懇願に、全員が根負けした。
「共也、どんな魔道具が置いてあるか興味あるし、見る位なら構わないわよ?」
「うん。 僕もバリルート山脈で何か使える物があるかもだし、ちょっと見て見たいかも」
「確かに。 オリビアさんの所では防寒具や雑貨。 鉄志の所では武具防具を揃えたけど、魔道具は見た事無かったし、ちょっとだけでも見て行かない?」
「ほら、ほら! 皆さんもそう言ってくれてますし!」
「分かったよ。 エスト、勿論今回も魔道具の説明をしてくれるんだろうな?」
「任せて下さい! ささ、皆さん心行くまで、私が自作した魔道具達を見て行って下さい!!」
開かれた店舗の扉から中に入ると、そこは様々な魔道具が所狭しと並べられた場所だった。
「おぉ~~~! これは何をする魔道具なんだ!?」
子供の様に目を輝かせて近くに有った細長い魔道具を手に取った室生は、どんな機能を持つ魔道具なのかエストに尋ねた。
「それは筒の中に指を入れると、自動で爪を切ってくれる魔道具です!」
「ほうほう! 便利そうだけど、これは売れないのか?」
「そうなんですよぉ~~。 偶に間違って指を切断……深爪しちゃう事がありましてねぇ」
余りにも物騒なエストの言い直しに、指を筒の中に入れて実験しようとしていた室生はピタリと動きを止めると、ユックリとその魔道具を棚に戻すのだった。
「あれ? 買ってくれないのですか?」
「ま、まだ他にどんな魔道具があるか見て見たいから、また後でな?」
「そうですか?」
残念そうにするエストだったがダグラスに呼ばれた事で其方に向かい、手に取った魔道具の説明を嬉しそうにしている姿を見て、室生は小声で俺に話し掛けて来るのだった。
「なぁ共也。 もしかして、この店の品が売れないのって……」
「多分室生の考えが合ってると思う……。 ここに展示してある魔道具の性能が、微妙だからだろうな……」
だが、エストの説明を受けて驚いた表情で手に持った魔道具を見ているダグラスに、俺と室生は正直に凄いと思った。
女性陣達も微妙な性能の魔道具達を前に、どうした物かと立ち尽くしている。
「どうですか皆さん!? 何か欲しいと思える魔道具はありました!?」
その何か買ってくれる事を期待したエストの満面の笑みを見て、ダグラス以外の皆が正直に言って良い物かどうか悩んでいた。
「駄目……でしたか……」
「あ、あのねエストちゃん。 私達、明日にでもバリルート山脈に氷の魔石を採りに行く予定なんだけどさ、雪山で役に立つ魔道具とか無いのかな?」
あまりにもガッカリするエストを見て居られなくなった魅影が、明日の登山で何か必要な魔道具が無いか尋ねてみた。
「バリルート山脈……ですか。 例えば火を発生させる魔道具とかですか?」
「そうそう! 小さな火でも点けれる魔道具があれば必ず助かると思うのよ」
「ある事はありますが、敵を焼き払う魔道具じゃなくて良いのですか?」
「焼き払わなくて良いの! 火を点けるだけで助かるんだから!」
「それなら店のカウンターに……。 あった、こう言うので良いのですか?」
そんなエストの手には、ファイアスターターとチャッカマンを合わせた様な魔道具が手に握られていた。
「何処かで見た事のある形状だけど……、これはどう使うの?」
「これはですね……」
どうやら棒芯に付属されている金属を擦り、出た火花で棒先に取り付けられた火の魔石に火を点ける魔道具の様だ。
「これよエストちゃん! ね、共也君、これなら皆欲しがるわよね!?」
「ふえ? これがですか?」
「あぁ、これなら兵士達も欲しがるだろうし、城の方でも大量購入出来るんじゃないか?」
「えぇ、この性能ならグランクお父様に購入するように進言出来ます。 エストちゃん、これって作るの難しかったりする?」
「構造自体は難しく無いので、時間さえもらえればいくらでも……」
「じゃあ、取り合えず1000個ほど製作依頼して良いかしら?」
「せ、1000!?」
「難しい?」
「……や、やらせて下さい! 必ず数を揃えて納品してみせます!」
「良かった……。 じゃあ、材料費として、まずは金貨10枚を渡すわ。 これで足りるかしら?」
取り出した金貨10枚を、震えるエストの手の平に乗せたエリアは優しく微笑むと、彼女はエリアを崇める様に片膝を付いた。
「おぉ……! 神よ! これで数か月ぶりにまともな食事が取れます……」
「それは素材費ですからね!? 食費に使う事は構いませんが、別の魔道具の開発費用などに使わないで下さいよ!?」
その後、エストと火の魔道具の納品に関する契約書を交わしたエリアと俺達は、店にあった火を点ける魔道具を数点買い店を後にした。
ついでにオリビア雑貨店とドワンゴ親方の武具店への紹介状を、エストに手渡して。
だが、俺達は気付かなかった。 この時ダグラスが密かに購入した魔道具によって、全員が命の危機を迎える事となるとは夢にも思わなかった。
困窮していたエスト魔道具店の経済状況を改善する回となりましたが、どうでしたでしょうか?
今後、エストが仲間になるかどうかはまだ分かりませんが、なるべく登場回数を増やそうと思いますので応援の程、よろしくお願いいたします。




