暗黒教団アポカリプスの胎動
バリルート山脈に氷の魔石を求めて来ていた俺達だったが、雪豹のフェリスと縁を結んだ事で大量に目的としていた魔石を譲って貰う事が出来た。
そして、目標としていた数以上の魔石を入手した俺達は、陽が山肌を照らし始めたと同時に下山する準備を進めていた。
だが、俺達が知らない間に、シンドリア王都では深刻な問題が発生していた。
=◇===
【シンドリア王城・城門前】
時は少し前に遡り、昼下がりのシンドリア城の城門前には、漆黒に染められたローブを纏った3人が、いつの間にか無言で立っているのを門番の兵士が見つけた事で、持っていた槍を構えてここに来た目的を問いただした。
無言で立っているそいつ等3人に槍を突き付け再度登城した目的を問うと、ようやく話し始めると今日グランク王と面会の予定があるから来たのだと言う。
3人があまりにも怪しい風貌の為、槍を突き付けたままの状態で門番の1人に今日の面会リストを確認させに急いで城に向かわせた。
門番の兵士が確認しに行っている間も漆黒のローブを着ている者達は、一切喋ろうとしなかった。
それが余計に異様さを醸し出してしまい、槍を突き付けている門番達も背中から冷や汗が流れ出るのが止められないでいた。
(こいつら、何で一言も喋ろうとしない……)
極度の緊張感で張りつめている城門前は刻々と時間だけが流れて行く中、ようやく戻って来た門番が言うには、確かに今日面会予定が入っている組織が1つあるのだと言う。
「一応面会予定の確認は取れたが、念の為に面会を希望した代表者の名前を聞かせて頂きたい」
城に確認しに行った門番が代表者の名前を聞くと、少しの間が空いた後に真ん中に立っていた人物が声を上げた。
「………………グノーシス。 それで面会予定を取っているはずだ」
「合っているのか?」
「あぁ、リストにもその名が記載されていた」
「分かった。 だが、念の為に謁見の間まで付いて行かせて貰うがよろしいか?」
「好きにするが良い」
謁見予定の人物だと確認した門番は城門を通す事になったのだが、風貌が怪しすぎるため数人の兵士が3人に監視として謁見の間まで付いていく事となった。
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面会の者が来て今謁見の間に向かっている。
その話しを自室で聞いたグランク王は、今日の面会予定は無かったはずだが……。 と頭を捻っていたが、実際今日の面会者のリストに載っていたのだから、会わない訳にはいかない。
「予定が入っていたのなら会わない訳にはいかんか……。 しょうがない謁見の間に向かう事にしよう」
「私も今日の予定は空いていたと思ったのですが……」
「だよな……」
宰相であるギードを引き連れて謁見の間に入ると、すでに跪いている3人が目に入ったが気にせずに玉座に座り、今回登城した要件をグランク王が尋ねると真ん中で膝まづいている代表者らしき人物が口を開いた。
「本日、面会の時間を取っていただきありがとうございます。 まず我々が何者かと思われている事でしょうから、まずは我々の所属と名前を明らかにしましょうか」
「うむ、それは私も気になっていた事だ。 それで、そなた達は何者だ?」
「はい、我々の組織は【アポカリプス教団】と申します。 そして私は教団の代表者を務めております名を【グノーシス】、と申しますお見知りおきを……」
丁寧に名を名乗ったグノーシスだが、未だに顔を見せない様に深く被ったローブが不気味さを助長していた。
(宗教団体か、その宗教団体がわざわざ1国の王である俺に何の用なのか……)
「ふむ…、アポカリプス教団のグノーシスと言ったか? 聞いた事が無い団体だが……」
「暫く地下で活動していた小さな団体ですので、知らなくて当然かと」
「ふむ、そう言う事か。 それでグノーシスとやら、私に面会を求めたと言う事は何か陳情したい事があって来たと思うのだが何用か?」
グノーシスが膝まづいた格好から立ち上がると、グランク王を正面に見据えた。
「はい、では単刀直入に言わせていただきます。 王よ、今回異世界から召喚された者達全員を私達に引き渡していただきたい、そう思い今回参上させていただきました」
〖引き渡す〗まるで転移者達を物の様に語るこいつらの言葉を聞いたグランク王は、激昂しそうになる心をギリギリの所で抑え込み、グノーシスと名乗った人物に『何故お前達に引き渡さないといけない』そう問いかけると、謁見の間にいる誰しもが思わなかった返答が返って来た。
「転移者共を求める理由ですか。 それは我々の主たる暗黒神に連中の魂を贄として捧げる為です」
「は?」
謁見の間に居る全員が今グノーシスの語った事を理解出来ずに、呆然と立ち尽くすしか無かった。
「闇討ちでもして転移者共の魂を刈り取っても良いのですが、一応召喚主の取り纏めをしているあなたに交渉しようと思い至り、こうして面会を取り付けて登城させて頂いたのです」
(暗黒神と言う言葉にも驚いたが、転移者達を贄として捧げるだと? 私達は彼等の都合を無視して、勝手に召喚した上に、この世界の人達の命運を背負わせたのだぞ?
それでも転移者達は人類のために戦ってくれている……。 それをこいつらは、そんな居るかどうかも分からない暗黒神への貢物として捧げるから引き渡せと言ったのか?)
それを頭の中で理解した私は、玉座の横に立てかけてあった剣を鞘から抜き放っていた。
「おや、どうされました? そのような怒った顔で剣を抜かれて、何か癇に障りましたかな?」
「分からぬか? 転移者達は我々、いや、この世界の人類のために命を懸けて動いてくれているのだぞ? それを暗黒神とか聞いた事も無い奴の為に贄にするから引き渡せ……、だと?
そんな貴様の言葉を許せるほど、私は耄碌してはおらんわ!!」
グランク王が剣を構えグノーシスに向かって歩き始めると、周りの兵士達も怒りを露にして3人を取り囲んだが、奴が驚きの台詞を口にした。
「ほう、暗黒神に奴らの魂を贄として捧げれば、人類全てを守護してくれると言ってもですか?」
その台詞を聞いた、グランク王の歩みが止まる。
「何だと? 暗黒神が人類を……守護?」
足を止めたグランク王の反応を見たグノーシスは、彼がこの話に興味を持ったと判断して、ローブの隙間から見える口を嫌らしく歪めると、上機嫌で語り始めた。
「そうです! 我々の主たる暗黒神様は異世界人達の魂を贄として捧げれば、魔族共からの脅威から未来永劫守ってくれると約束されたのです!
2~30人程度の異世界人を暗黒神様に贄として捧げるだけで、人類はこれから永遠に魔族共に怯える事無く平和に暮らしていけるのですよ? 良い提案ではないですか!?
そこのあなた! そこのあなたも! 魔族によって殺された同僚や知人が居ないのですか? いるはずですよ? それを子供達の世代では無くす事が出来るのです良いじゃありませんか、どうせスキル1つで呼び出した者達なのです、失っても惜しくは無いじゃないですか!」
〖ざわ、ざわ……〗
グノーシスの言葉を聞いて明らかに動揺している兵士達を見て、グランク王も考えさせられる。
(確かに魔族と戦争をしている今この瞬間にも、2~30人くらいの人間が殺されているかもしれないだろう……。 だがな!)
私は玉座の横で立っている宰相のギードや、周りで待機している貴族の連中を見回すが、誰もその提案を飲もうとしている者は居ない。
むしろ前日会議室で共闘した共也達を差し出せと言っているこいつらの事を許せないと言う気持ちの方が強く出ていて、皆の腰に下げている剣を抜こうと柄に手をかけていた。
それを見た私は、グノーシスの甘言に誰も惑わされない貴族達を心強く思うのだった。
「確かに暗黒神と名乗る者が本当に我々人類を未来永劫の時を守護し、平和に暮らして行けると言うならばその選択肢を考える余地が少し位あるだろう……」
「おぉ! それなら……『だがな!』」
「我々の都合で呼び出したのに、今も人類のために戦ってくれている彼等を贄として捧げてまで生き残りたいとは……、ここに居る全員が思っておらんのだ! そのような事までして生き残るくらいなら、潔く人としての歴史に幕を降ろす事を選ぶわ!!」
そうグランク王がグノーシスに剣先を突き付けて言い放つと、他の貴族たちもグランク王の言葉に頷くと剣を抜き構えた。
「交渉決裂……ですか。 残念ですよ、あなた達が私達の計画に賛同してくれるなら、話が早かったのですけどね。
まあ私達は私達で、人類を救うために勝手に動かせていただきますよ、暗黒教団アポカリプス。 この名を忘れませぬように……」
こうしてアポカリプス教団との濃密な会談は終わりを向かえ、彼等は意味あり気な笑みを浮かべたまま城を後にするのだった。
「あの笑みの意味は……、まさかあいつ等……」
その後、グノーシスが笑ったのを見たグランク王は、会談初期に奴が『暗殺』と言っていたのを思い出し、今以上に身辺警護の指示を出したのだった。
「この城にいる転移者達の警護を倍にしろ、怪しい者が近づいたら誰であろうと構わん捕縛しろ!!」
「はっ!!」
こうして城は転移者達を守る為に慌ただしく動き出すと同時に、グランク王達はアポカリプス教団の脅威度を他国に伝える為に、親書と共に書く事を決意した。
「この事をハーディとリリー殿にも伝えなければ……」
自室に戻ったグランク王は、すぐにペンを走らせるのだった。
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【バリルート山脈】
そんな会談が行われているとは知らない俺達は、現在絶叫を上げながら山を下っていた。
「フェ、フェリス! 少し速度を落としてくれ!! 死ぬ!」
『はっはっは、何だって? まだ速度を上げてくれとは言うじゃないか共也。 じゃあさらに速度を上げようじゃないか♪』
「ち、ちが! 速度をおと……ぎゃ~~!!」
今俺達は鈴の結界術で大きなソリを形成してもらい、それをフェリスに引っ張ってもらい下山しているのだが……。
フェリスのソリを引っ張る速度が速すぎて俺達が絶叫を上げる姿を見た彼女は、それに気を良くしてどんどん速度を上げ続けるものだから、このソリを結界で作った鈴はすでに気絶している上に、他のメンバーもあまりの速度に体が硬直してしまっていた。
「キャ~♪ バリスちゃんこ~わ~い~♪」
「ぎゃ~! 助けてくれ!!」
オリビアさんがどさくさに紛れてバリスさんに強く抱き着くものだから、彼が別の意味を持った悲鳴を上げる。
(ねぇねぇ、共也。)
「なっ何だいスノウ、今は答えてる余裕が……!!」
(私は剣の石の中に入っておくね! 頑張って!)
「あっ! スノウずるいぞ!」
(あ、ディーネ姉さんだ、よろしく~!)
(スノウちゃん…、よろしく~ね?)
(剣の石の中がどうなってるのか知らないけれど、ここよりは安定してるんだろうな……。 うげ! フェリスの奴さらに速度を上げやがった!?)
その命の危険を感じる程のスピードに俺達は叫んだ。
「「「「「 少しはスピードを落としてくれ~!!! 」」」」」
あれだけ時間をかけて登ったのに、昼前には馬車が置いてある場所まで下山していた。
『いや~、走った走った! 風が気持ち良かったね~!』
何とか無事に下山出来た俺達は、良い笑顔で笑うフェリスを非難する元気も無いくらいに憔悴し切って地面に倒れ込んでいた。
『あんた達、あれくらいの速度でだらしないよ! 私としてはもう1度あんた達の悲鳴付きの疾走をしたいくらいなんだから。
……ねぇ、本当にもう一度だけ巣まで引っ張って行くから山を往復してみないかい?』
「さすがに止めてくれ……。 トラウマになりそうな体験だったんだから……」
魅影や柚葉達も流石に堪えたのか、力無く地面に座り込んでいた。
「うぅ、魅影ちゃん、後の事は頼んだ……」
「鈴ちゃんしっかり! もう下山してるから大丈夫よ、気をしっかり持って!」
憔悴し切っている俺達を見て満足したフェリスは、あっさりと前言を撤回した。
『アッハッハ!冗談だよ。 それに、早く下りる事が出来たんだから文句言うんじゃない! お前達を待っている人達がいるんだろう? 早く帰っておやり』
「それはそうだが、やり方って物があるだろう……」
「クックック、大事な娘を預けるんだ。 少し位試したって罰は当たらないだろうよ」
「フェリス……」
何とか立ち上がった俺達はオリビアさんの馬車に乗り込むと、シンドリア王都に向けて出発する準備を始めていたのだが、その様子を見ていたフェリスが優しく語り掛けて来た。
『また何かあれば私に会いに来ると良い、あんた達みたいに気の良い人間なら歓迎するよ』
「フェリス?」
その言葉を聞いた俺達が顔を上げた時には、すでにフェリスの姿は無く木の葉だけが舞っていた。
そして、馬車の中は先程の強行軍の影響で、何人もグッタリとへたり込んでいた。
「室生ごめん少し膝を貸して……。 乗り物酔いが酷くて気持ち悪いの……」
「愛璃、分かった、膝を貸すからそう睨むなって!」
(なるほど、そうすれば良いのねぇ!)
「バリスちゃ~ん! 私も気分が「共也、俺は少し歩きたい気分だから警護目的で馬車の外に出てるぜ!」ああん……、バリスちゃんのいけず~!」
こうして俺達は大量の氷の魔石を手に入れる事が出来たので、急いで王都へ戻る事にしたのだった。
=◇◇===
そして王都の入り口である、街壁が遠くに見え始めた時にそれは起こった。
((共也、周りを誰かに囲まれてる!))
スノウとディーネの忠告を聞いた皆に緊張が走り、武器を構えて警戒を強めた。
だがそれも遅かったらしく、俺達はいつの間にか黒いローブを纏った人物達に囲まれていた。
室生が魔法銃を何時でも撃てるように構えながら、俺達を取り囲んでいる理由を連中に尋ねた。
「あんた達は何者だ、俺達に何か用があるのか?」
「お前達は、シンドリア王国で大規模召喚された者達で合っているか?」
室生の質問には答えずに、逆に質問してくる黒ずくめの男……。 それに、民間ではまだあまり知られていない俺達が転移者だと言う事を知っている……。
こいつ等は一体……。
「何で俺達がお前の質問に答えないといけないんだ? こんな場所で馬車の周りを囲む、そして名前すら名乗らない。
なあ逆に聞かせてくれよ、お前達がこの状況になった場合は素直に答えようと思えるのか?」
ダグラスがその男に対して相当イラついた口調で言い返すと、周りにいたローブを纏った奴等は短剣を抜き構えた。
「その反応で十分だ。 お前等やるぞ」
「へぇ……、そっちが先に抜いたんだ、死んでも文句は無いよな?」
最初に喋っていた男がさらに口を開く。
「悪いが人類の平和のために死んでくれ!《ファイアーボール!》」
(こいつ! 本気で仕掛けてきやがった、しかも平和の為に死ねとか意味がわからん!!)
与一が弓にチャ―ジしてある《ウォータアロー》で《ファイアーボール》を撃ち消したのを合図に、周りに居た奴らも動き始めた。
「もう! 本格的な対人戦闘が魔族じゃなくて人間とだなんて最悪だわ! 《ファイアーライン!》」
柚葉が馬車の周りに炎の細い線を展開し近づけないようにする。
「そう言うな。 こいつらの行為はギルド的に見ても正当防衛として成り立つから、殺しても罪には問われんから遠慮する必要は無い!」
そう語気を強めたバリスさんは、襲い掛かって来た2人のローブを斧で弾き飛ばしていた。
「私達が言ってるのそう言う事じゃなくてですね……。 今はそんな愚痴を言ってもしょうがないですか……。
まずはこの襲撃を切り抜けた後に考える事にしましょう」
魅影もこの状況を打開すべく、覚悟を決めて薙刀を強く握った。
「店長、私達も援護しますよね?」
「当たり前じゃない! 蹴散らすわよテトラちゃん!」
「はい!」
まずは後衛である室生が真っ先に襲われるが、近くにいた愛璃によってその襲撃者の攻撃は2本の剣で受け止められる。
そして受け止められた相手は、室生に魔法銃から放たれた魔弾で打ち抜かれ、体に何か所も穴を開けられるとそのまま倒れ込んで動かなくなった。
「おお! 凄い連携……、さすが夫婦愛!」
「「まだ夫婦じゃねえし! いちいち与一も茶化すな!!」」
その言葉にさらに追い打ちをかける与一。
「ふふ……。 2人ともまだって同時に言ってる♪」
「「えっ………」」
顔を真っ赤にしながらも迎撃を止めない2人もさすがだが、空気を読まずに茶化す与一も与一だった。
そしてダグラスは。
「バッチコーイ!!」
襲い掛かって来た連中を両手剣でぶん殴って、王都の外壁がある方角に吹っ飛ばしていた。
「お~! 良く飛んで行くな!! 次に玉扱いされたい奴はどいつだ~?」
ダグラスは黒いローブを纏った連中に両手剣を突き付けてた事で、流石に奴らの勢いが止まっていた。
そんなダグラスが足止めをしてくれている中、俺を取り囲んでいた連中の数人が急に倒れ込むと、足を痛そうに押さえていたので、周りを良く見るとジェーンが気配遮断を使い背後から、ローブ達のアキレス腱を切断して回っていた。
忍者かな?
そしてエリアにはスノウを護衛として付けていたのだが……、現在エリアの周りには人型の氷柱が何個も出来上がっていた。
(共也、エリアの事は私に任せて大丈夫だからね!)
「あ、あぁ、心強いよ……」
(何この娘、想像以上に強いんだけど!?)
俺がスノウの強さに驚愕していると、菊流は身体強化魔法を使い全身から炎を吹き上がらせると、次々と襲撃者を殴り倒していた。
だがローブを着ている奴の中に、菊流の攻撃を受け止める襲撃者も居たのだが、奴等が使っていた短剣はことごとく砕け散っていた。
菊流が動く度に舞い上がる火の粉が綺麗で見とれていたのだが、その一部が俺のポシェットの中にある遺跡から持ち帰った卵に吸収されていた事を、その時の俺は知る訳も無かった。
暗黒教団アポカリプスとの初邂逅でした。
次回はグランク王への報告で書いて行こうかと思っています。