辺境伯邸での夕食会。
カバレイル辺境伯の屋敷に滞在する事となった俺とエリアは、久しぶりの風呂に入れた事で心身共にサッパリする事が出来た。
そして、今は辺境伯に誘われた晩餐に参加するために、屋敷の中をエリアと2人一緒に移動していた。
「エリア、辺境伯に旅の話をする時に、どの程度なら話しても大丈夫か相談しておきたいんだが。
この話題を振るのは止めておいた方が良い、ってのはあるかな?」
「そうですね……。 ディーネちゃんと出会う前に洞窟内であった事は、言わない方が良いでしょうね。 ダリアが共也さんにした事も、カバレイル辺境伯に話した事で情報が洩れてしまい、逃げられても困るので秘密にしておきましょうか。
あとは、そうですね。 砂漠にあった遺跡の話を振るのが良いかもしれませんね。
正直あの遺跡自体が人類の遺産として認定されてもおかしく程の代物ですから、私達が体験してきた話を聞きたいと言うなら、辺境伯も聞きたがると思いますよ?」
「なら、俺達がどの様な旅をして来たか聞きたいと言われたら、砂漠にあった遺跡の話をする感じで良さそうか?」
「その方が良さそうですね、私が死にかけた話しがお父様の耳に入る様な事があれば、どの様な行動を起こすか予想が出来ませんし……」
「そ、それは確かに困るから黙っておこうか……。 あと、現在の王都がどの様な状態になっているのか、情報を貰わないとだな」
通路を歩きながら辺境伯に話す内容をエリアと相談して決めたあとは、侍女さんに夕食会が開かれる部屋まで案内してもらうと、扉を開いた。
そこにはすでにドニクレシ辺境伯、そして奥さんと小さな女の子の2人と一緒に、入って来たエリアに対して膝を付いてお辞儀をしていた。
「エリア様、本日は我が家の夕食会に参加して下さりありがとうございます。 ささやかではありますが、我が家の料理長の振舞う料理をお楽しみください」
「辺境伯ありがとうございます。 ですが、私達が急に辺境伯のお屋敷に滞在する事となったのですから、今だけはただの客人として扱って頂ければ幸いです」
「それは……いえ、わかりました。 では上座には私と妻が座りますので、エリア様と共也殿の席は隣同士でよろしいですかな?」
ドニクレシ辺境伯の言葉に、エリアは目をキラキラさせながら嬉しそうに答えた。
「辺境伯様の素晴らしい配慮に感謝いたします!」
俺達や辺境伯の家族がテーブルに着いたのを確認した執事さんが、外に待機していた料理長や侍女達に食事を始める合図を送る。
「では食事を始めましょう、料理の配膳を頼む」
それを聞いた侍女達が部屋に入って来ると、まずは皆の目の前に真っ白なら皿を並べると、様々な料理を並べ始めた。
並べられた料理は宮廷料理の様な豪華さは無いまでも、普段食べている食事よりはよほど豪華な料理が、次々と俺達の前に配膳されていた。
「エリア様、今は戦争の準備をしているため、豪華な料理をお出しする事が出来ないのです。 申し訳ない……」
「この料理達も十分豪華だと思いますが、今辺境伯様が言われた戦争の準備とは、魔国が攻めて来る情報でも入手したのですか?」
「魔国が攻めて来ると言う訳では無いのですが……。 その……、私の入手した情報が間違いであれば問題は無いのですが、王都でクーデターが起きるかもしれないとの情報が流れているのです」
「なっ……、それは本当の事ですか!?」
声を荒げて席を立ったエリアを俺は宥めると、座るように促した。
「エリア座るんだ。 辺境伯が起きるかもしれないと曖昧な表現をしているんだから、確定情報じゃ無いんだろう」
「あ、確かに…。 すいません辺境伯様、それで何故そのような曖昧な情報が王都で流れているのか分かっているのですか?」
「それが……。 我が家の諜報員によると、クーデターが起きるかもしれないと言う情報が城下町などから沢山聞こえて来るのですが、では、誰がクーデターを起こすのか? 参加する人数、首謀者は誰?と言う情報だけが一切集まって来ないのです」
「ガセ情報……、と言うには集まり過ぎてますね」
「そうなのです。 ですからその様な情報を得た以上何もしないと言う訳にもいかず、用心のために戦争の準備だけはしておき、本当にクーデターが起きた場合はいつでも王都へ駆け付けられるようしている状況なのです」
クーデターを起こす情報が都市全体で聞ける程なのに、首謀者の名前どころか、規模すら分からないのは流石に怪しく無いか?
俺がそう思っていたのだが、エリアもそう思っていたらしく、辺境伯に疑問をぶつけていた。
「確かにそれはおかしな話ですね……。 クーデターが起きるかもしれないと言うあやふやな情報は手に入るのに、その他の情報は一切集まって来ないなんて……。
ガセ情報と言う線は無いのですか?」
「無くは無いと思いますが、さすがに都市全体でこの噂が聞こえる状態ですと、むしろこの噂の信憑性を持たせるためにワザと流しているとしか……」
その話しを聞いていた俺は、ある可能性が頭をよぎったので尋ねてみる事にしたのだが……、あり得るのか?
「カバレイル辺境伯様、先程の話を聞いて思いついた事があるのですが、発言してよろしいでしょうか?」
「レイルと呼んでくれて良いぞ。 長いし今は食事の場だ、気楽にしてくれ」
「ではレイルさんと」
「分かった。 それで?」
「今回クーデターの情報が入った為に軍需物資を集めていたとおっしゃいましたが、王都側から見るとどう思うでしょう?」
「共也君、王都側とはどう言う事だ?」
俺は思い付いた考えを、レイルさんに伝えて良いのかどうか正直迷っていた。
この考えを口に出した以上はただ言ってみましたでは済まないと思ったからだ。 それに、俺の考えが間違っていた場合、レイルさんをただ引っ掻き回してしまうだけだからだ。
だけど王都にはダリアがいる。 あいつならこんな人が嫌がる事を平気でやりかねないと思い、覚悟を決めて口に出して進言する事にした。
「…………王国側から見ると、急に軍需物資を集め始めたレイルさんの方が、クーデターを起こそうとしている人物に見えませんか?」
「なっ! この私の方がクーデターの首謀者にされると言うのか!?」
「王都側でクーデターが起こるかもしれない、という情報を流し。 その偽情報に反応し軍需物資を集め始めた貴族の誰かをクーデターの首謀者と仕立て上げて、その人物を討伐……。
という流れもあるのかなと……、この考えが間違っていた場合はレイルさんの迷惑になると思って、言うかどうか迷ったのですが……」
レイル夫婦は顔を真っ青にしていて、俺の考えがあり得るという可能性に気付いてしまい、食事の手が止まってしまっている。
だが俺のこの考えが合っていた場合、相手は予想外の事が起きている事を知らない。
そう俺とエリアが生きて王都に向かっているという事に。
「レイルさんきっと大丈夫ですよ、もし罠を仕掛けた相手が本当にいたとしても上手く行くわけありませんよ」
「何故だ? 私は君の理論は有り得る可能性だと思い始めていた所だったのだが」
「それは、相手に取って全くの予想外の事が今起きていますからね」
「それは一体……?」
レイルさんは本当に分っていないらしく、俺の言葉を待っていた。
「俺とエリアが生きてここにいるじゃないですか、王位継承権1位のエリアがここにいるのにクーデターを起こす意味がありませんからね。
レイルさん忘れてるかもしれませんが、これはあくまで俺の予想なんですから、今気にしてもしょうがないと思いますよ?」
俺があくまで可能性の話している事を思いだしたレイルさん夫婦は笑い出した。
「フ、ワハハ! 確かに共也君の予想でしかないと事前に言われていたな! 君の説明が的を得ていると感じたから、つい聞き入ってしまっていたよ!」
「ホホホ、確かにいつの間にか現在進行している事のように聞き入ってましたね。
共也さん意地が悪いですわ。
でも、確かにそんなやり方もあるのだなと納得させられる部分もありましたので、少しその方面から諜報部に探りを入れさせてみます。
レイル、良いですわね」
「あぁ、【ミリア】頼む」
レイルさんの奥さん名はミリアさんと言い、青目で青髪をロングヘアにして柔らかく笑う人だったが、家臣に指示を出す姿は凛としていた。
「パパ、ママ、怖い事は起きない?」
今発言したのは、レイルさんとミリアさんのお子さんで、名前は【ミルル】と言い、青い髪をミドルヘアにして茶色の目持つ可愛い女の子だった。
「ああ大丈夫だ、何があってもお前の事は必ずパパ達が守ってみせる、だから安心しなさいミルル」
「うん、パパ信じてる……」
ミルルちゃんの頭に手を置き優しく撫でるレイルさんを見ていると、歳を重ねた親護父さんもこんな感じだったのかな……、とちょっと感傷的になってしまった。
そして、せっかくの料理が冷めてしまわない内に、ミリアさんの宣言で食事を始める事にした。
「この話はここまでにして、食事を楽しみながらエリア様達がどのような旅をして来たのかお聞きしても大丈夫ですか?」
「えぇ大丈夫ですよ。 それで、私達がダンジョン内で強制転移させられて行方不明になった事は聞かれてます?」
「我が国の一大事件でしたから、グランク様がシンドリア王国全土にあなた達2人を捜索するようにと指令を出たくらいです」
「お父様……」
「それで、エリア様達はどこに飛ばされてたのです?」
「私達が飛ばされて、まず目に入って来たのが辺り一面砂の景色でした。 そう、あのクラニス砂漠です」
「ク、クラニス砂漠ですって!?」
クラニス砂漠と言う場所がどんな所なのか聞いた事はあるのか、辺境伯とミリアさんは目を剥いて驚いていた。
「あの砂しかない死の砂漠に飛ばされていたのですか……。 どうりで全国を探している部隊から、報告が上がらない訳だ……。
しかし、お二方が罠によって砂漠に飛ばされたと言う事は、1か月以上掛けてここまで戻って来た事になりますが、良く生きて砂漠から脱出できましたね。
食料もそうですが、水の確保が大変だったのではないですか?」
「えぇ、食料の方は収納袋があったので何とかなったのですが、2週間程で水が無くなってしまって死を覚悟しました」
『死を覚悟した』と言う言葉にレイルさんも驚いている。
「え……、2週間と言ったら今日まで3週間以上もあるじゃないですか……。 それなのにどうやって砂漠で、水の確保をする事が出来たのです?」
エリアは俺に視線を向けて来て、ディーネの事をどうするか目線で問いかけられたので、この人達なら大丈夫と思い俺は頷いた。
「レイル様、今から紹介する者に攻撃しないと誓ってもらえませんか?」
「攻撃とは、そのままだと私達が攻撃しかねない存在を紹介する予定なのですね? まぁ、お二人がそう言うなら攻撃させないようにしましょう。 お前達も敵対的な行動は慎む様に、良いな?」
「は!」
部屋の隅で待機している兵士達にも念押ししてくれたので、俺は剣の中で寝ているディーネに声を掛けて出てきてもらう事にした。
「ディーネ、寝ている所悪いけど、ちょっと出て来てレイルさん達に自己紹介をして貰って良いか?」
(ん~!! おはよう。 自己紹介? いいよ~?)
心良く応じてくれたので、料理が乗って居ないテーブルの隙間にディーネを召喚すると、柔らかい体をふるふると揺れさせていた。
(こんばん~は? ディ~ネです)
「なんと! 念話で喋る事が出来るスライムとは珍しい……。 ディーネとか言ったか、私はドニクレシ=カバレイルだよろしく頼む。
そしてこちらが妻のミリアと、我が娘のミルルだ仲良くしてやってほしい」
(よろしく~ね? ディーネだ……よ?)
「わぁ~可愛い……。 ディーネちゃん、撫でてもい~い?」
(い~いよ?)
ミルルちゃんは、ディーネの事をいたくを気に入ったようで、膝に乗せたり優しく撫でたりしてとても楽しそうに触れ合っていた。
「ディーネちゃんが水魔法を使う事が出来たので、私達は命を繋ぐことが出来たのです。 今では私達に取って無くてはならない仲間の1人ですよ」
「そういう縁でしたか。 ディーネ殿、2人を助けて下さりありがとうございます」
(私も……砂漠をぬけれたから、とても助かっ……たよ?)
ディーネの言葉に和む俺達は、次の話題に進む事にした。
「レイル様、クラニス砂漠を旅している時に遺跡を発見する事になったのですが、何か聞いた事とかありませんか?」
「クラニス砂漠に遺跡……ですか? いいえ…、私の家もかなり長くこの土地を収めているので様々な資料がありますが、砂漠に遺跡があるとは噂話としてでも聞いた事が無いですな……。
誰か、噂話でも良いが聞いた事がある者はいるか?」
部屋の中で作業していた人達全員にも聞くが、皆一様に首を捻っているので、やはり遺跡の事を知ってる者はいないようだ。
「その遺跡では本やベッドの残骸らしき物があったのですが、触れるだけで崩れ去ってしまったので相当長い年月が経っている事が考察出来るのです。
恐らくですが……、1000年、2000年ではきかないほどの、長い年月が経過しているとしか思えない遺跡でした」
文献で残らない程、長い年月をあの遺跡は誰にも発見されず、あそこに存在し続けたのだろうと思うと、もう少し詳しく調べるべきだったと少し後悔する俺だった。
「そのような遺跡があの広大な砂漠にあるとは……。 エリア様達がその遺跡の中に入ったと言う事は、何か重要な物があったのでしょうか?」
「さすがですレイル様、その遺跡の中ではこのような物が壁の建材として使われていました」
エリアは収納袋から例の光る石材を取り出して、レイルさんに手渡して見せた。
「こ、これは……まさか……。 ダンジョンの石壁と同じ光る壁?」
「気付かれましたか。 そうですダンジョンでは無いのに、この光る石材のお陰で遺跡の中は昼間の様に明るく照らされていました。
そしてその時私達は思ったのです。
過去の人類がこの施設を作り上げたという事は、我々もその石材を再現する事が出来るのではないか、と言う事に」
「確かに、昔の人達が出来たのに、私達が出来ない訳が無いですな……その遺跡、魔国との戦争が終わった後には調査隊を編成して一度赴かないといけませんな。
人類の宝となる可能性を大いに秘めた遺跡になるでしょうからな!」
「やはりそう言う結論に至りましたか。 この石材を紹介したかいがあります!」
俺達はその後も、この石材をどうやれば再現出来るのか。 などを、白熱しながら話し合って楽しく食事をしていると、気付いた時にはかなりの時間が過ぎていた。
「いや~、こんなに楽しい食事は久しぶりですよ! お二人もこの後は当館でユックリと休んで明日、王都に向かわれるのが良いでしょう。
しかし…エリア様。
王都やグランク王様にあなた達の発見と、生存確認の報を伝える使者を出さなくて本当によろしかったのですか?」
「少し思う事があるので、むしろ使者を出されるのは困るのです。 報告自体は、私がお父様に直接しようと思いますから気にしないで下さい」
「分かりました、ではまた明日の朝食の時にでもお話いたしましょう」
未だにミミルちゃんに、撫でられていたディーネだったが、俺達が泊る部屋に向かうと言うと剣の中に戻った。
ミルルちゃんがちょっと残念そうな顔をしていたが、そこは貴族の娘。 グッと我慢してディーネを手を振って見送ってくれた事で、俺達は夕食会場を後にした。
「ディーネちゃんまた遊びましょうね」
(おやす……み)
こうして俺とエリアは1か月以上ぶりにベッドの上で横になる事が出来た影響か、いつの間にか寝入ってしまい、朝まで熟睡する事になるのだった。
=◇===
そして、朝になると再び侍女さんに、昨日夕食を取った場所に案内されて中に入ると、レイルさんが手紙を広げて固まっていた。
「共也君……、君の予想が当たってしまったようだ、これを読んで欲しい……」
俺は手紙を受け取り、中身を読み進めると驚きの内容だった。
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貴殿の軍需物資を集めている理由を王都まで説明しに来るべし、お供の人数も10人以下にする事。
この条件を厳守せずに、大人数で王都に来た場合は謀反の意思有りと見なし、実力行使も考えている事をここに宣言しておく。
シンドリア王国国王、グランク=シンドリア=サーシス
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昨日の俺の下手な推理が当たってしまい、冷たい汗が頬を伝って流れるのだった。
敵対勢力が動き始めましたね、どのような理由で辺境伯をクーデターの首謀者にしたのでしょうかね。
次回は王都に。を書いて行こうかと思います。




