夜。 そして2人の想い。
日も暮れて夜になるとダランさんの宿屋は食堂を宿に泊まらない人にも解放しているようだ。 今も食堂は満席で、ほとんどの人が彼の料理を目当てに集まっている事をオリビアさんが教えてくれた。
そして、私達の前に出された香草の香る魚料理をオリビアさんが豪快に被り付くと、唸りながら咀嚼していた。
「う~~ん、美味いわぁ……。 ダランまた腕を上げたんじゃない? この香草の魚蒸し料理って絶品じゃない!」
「やっぱり美味いよな? 実はさ、それサーシャのアイデアなんだよ」
「えっ? この魚料理って、あのサーシャが考えた料理なの?」
「やっぱりお前も驚くよな?」
「そりゃ驚くわよ……。 だって冒険者時代のサーシャって、全く料理が出来なかったじゃない……」
「そうなんだよなぁ……。 でも意外とあいつの考えた料理が、実は評判良いんだよ。 俺としてはちょっと悔しいが、冒険者時代に出された料理の味を考えると……『あらダラン、あなただけ冒険者に戻っても良いのよ?』さ、サーシャ、さっきのは冗談だから本気にするなって!」
どうやらこの栗毛を後ろで三つ編みにしている女性がダランさんの奥さんの【サーシャ】さんなのだろう。
「はいはい、そう言う事にして上げる……けど、次言ったら覚悟してね?」
「分かった……」
「ふん。 で、オリビア、今日は物資の搬入ありがとうね。 色々と必要な調味料が少なくなり始めてたから助かったわ!」
「ダランにも言ったけど、品物を運んでお金を貰う。 それが今の私の仕事なんだから気にしないで」
「もう。 相変わらずね……」
「それはそうと、明日には帰路に就こうと思うけど、無くなりそうな物資があるなら次の時に持って来るわよ?」
「ん~~。 今はこれが足りないって分からないから、あとでダランと帳簿を見て依頼しても良いかしら?」
「良いわよ。 じゃあ、後でお酒を酌み交わす時にリストを作って渡してちょうだい?」
「了解。 でも、久しぶりにお酒を酌み交わしながら冒険者時代の頃の話がしたいから、リストは明日の朝渡す事にするわね?」
「そう言う事なら、遠慮なく3人でお酒を飲めるわね!」
オリビアさん、ダランさん、サーシャさんの3人が冒険者時代の事を楽しそうに話している姿を見て、私は共也と笑い合う自分を重ねてしまい切なくなってしまった……。
ポタ、ポタ……。
目から零れ落ちた水滴が、テーブルの上に染みを作り出す。
「菊流、あんた……」
「あ、ごめん、ちょっと共也の事を思い出しちゃって……。 あ、あれ、おかしいな、涙が止まらないや……」
「菊流姉……」
「…………」
そうしてその後も和やかな雰囲気の中、晩飯を美味しく頂いた私達は部屋に戻りベッドに潜り込むと、シンドリア王都に戻る旅路に備えて眠りについた。
=◇==
―――ミシ、ミシ……。
夜、食堂での一件で共也の事を思い出してしまった私は眠る事が出来ず、散歩して気分転換をすれば眠気が来るかなと思い、2人を起こさない様にユックリと部屋を抜け出した。
閉店した食堂からは、楽しそうに話す3人の声が聞こえて来る。
「そうそう、ダランったら、ダンジョンで宝箱の解錠に失敗してトラップを発動させちゃってさぁ。 麻痺毒の付いた針を食らってピクピクしてたわよね!」
「有ったわね! 私が担いでダンジョンを脱出したやつ!」
「その事はもう良いだろ? 一体何年前の話しをしてるんだよ!」
食堂でオリビアさん達が話しに花を咲かせているお陰で、そのまま宿屋を抜け出す事に成功するのだった。
もう深夜近い事も有り、街灯も家灯りもまばらの中、私は暗い夜道を歩いてある場所を目指していた。
「ここなら誰も来ないだろうから良いかな?」
そして、目的地だった誰も居ない夜の海岸に来た私は、砂浜に座り込むと夜空に輝く満天の星空を見上げながら静かに涙を流していた。
「共也、寂しいよ……。 与一やジェーンちゃん、鈴達が私を心配して側に居てくれるのは分かってる。 けどそれでも、何時も隣に居たあなたが居ないって考えると、どうしようもなく切ないのよ……。
共也……。 もし、本当に帰って来ないのなら、私は……」
波の音だけが静かに鳴り響く中、悲しみのあまり胸がポッカリと開いてしまったと錯覚してしまった私は、膝を抱えてしばらく泣き続けた。
ジャリ……。
「誰!?」
背後から砂を踏みしめる音が聞こえた事で、涙を袖で拭い取った私は臨戦態勢の状態のまま後ろへ振り向くと、そこには寝間着姿の与一がこちらを心配そうに眺めながら砂浜に立っていた。
「菊流、やっぱりここに居たのね」
「与一じゃない、何でここに!?」
「そりゃ、こんな夜中に一人で宿の外に出て行ったら、誰でも心配して追いかけて来るわよ……。 全くもう……」
「う、心配かけさせて……、ごめん……」
私が素直に謝った事が余程以外だったのか、驚きの表情を見せた与一だったが、すぐ何時もの無表情に戻った彼女は何を思ったのか背中合わせで座って来た。
「ちょっと、与一……」
「ねぇ菊流。 わざわざ夜の砂浜まで来て泣いてた理由って、共也が関係してる?」
背中合わせの為、彼女がどの様な表情をしているのか分からないが、誤魔化すのは何か違うと思い素直に頷いた。
「う、うん……」
「ふ~ん。 あなたって本当に共也を心の底から愛してるのね……」
「う、うん……。 うん!?」
今、私は与一の問いに何て答えた!?
先程の質問と何と答えたか思い出した私は、自分でも分かる程顔が真っ赤になって熱を持っている事を感じていた。
「よ、与一、何で私が共也の事をそう思っていると???」
「知っているかですって? あなたねぇ……。 あれだけ分かり易い態度を取っていたのに気づいていないのって、光輝と共也本人くらいよ? 周囲の人間にはバレバレ」
「え、えぇぇぇ!? じゃ、じゃあ、魅影ちゃん達に……も?」
「勿論、彼女達も知ってるわ」
「うぅぅぅぅ……。 恥ずかしい……」
皆には私の想いが筒抜けだった……。 その事実を与一の口から聞かされた事で、私の顔の熱がさらに上昇したのをハッキリと感じていた。
「それで、どうするの?」
「え? どうって?」
「これからあなたはどうするのかって聞いてるの」
「・・・・・・・」
「言いにくいなら、私が代わりに答えて上げましょうか? 菊流、あなたはこう考えていたはずよ。 共也が、もしすでに死んでいるなら、後を追おうと……違う?」
「与一……。 どうしてその事を……」
「あのね、何年あなたと幼馴染やってると思ってるのよ。 あなたの表情で、考えてる事くらいお見通しよ。 ちなみに幼馴染の女性陣全員が、何時か本当に行動に移すんじゃないかと心配してたのよ?」
「そ、そうなの?」
「そうよ。 だから、皆が少しでも良いから菊流が気を紛らわせてくれたらと思ったから、冒険者ギルドで長期のクエストを受ける事を勧めてくれたのよ」
「……そう……。 なんだ……」
皆に心配を掛けさせてるな……。
「ちなみに」
「ん?」
「私は共也の死が確認されるまでは、何時までも待つつもりよ? 年老いてお祖母ちゃんになって、老衰で亡くなるその瞬間まで……」
「え……。 与一それって……」
もしかして与一も共也の事を……。
その考えに至った私は、慌てて背後に振り向くと、そこには何時もは無表情、尚且つ他人をおちょくって楽しんでる与一はそこに居なかった……。
そんな長い付き合いのある私ですら見た事が無い程、真面目な顔をした彼女が語り掛けて来た。
「菊流。 地球にいた時は幼馴染の関係が壊れる事が怖かったから、私はこの想いを心の奥深くに封じ込めて、墓の中まで持っていくつもりだった……。
でも、異世界に飛ばされて来て、地球の倫理観があまり意味が無いと気づいた時にある思いが私の中を駆け巡ったの」
「どんな?」
「2番目でも良いから、私も共也と一緒に歳を取って行きたいってね。 知ってる? この世界って比較的女性の方が多いから、一夫多妻制を推奨してるって」
「そうなの? でも与一はそれで良いの?」
「問題無い。 共也と将来を共に出来るのなら、私は2番目でも3番目でも全然構わない」
私は絶句した、与一の告白もそうだが、それ以上に彼女の共也に対する本気度に……。
「与一……」
「菊流、だから私はあなたに尋ねたの。 これからどうするの?って」
「私は……」
「すぐに答えを聞かせろとは言わないわ。 でもね、さっきも言ったけど私は待つわ。 例え共也が帰って来なくても老衰で死ぬ、その時まで……」
己の覚悟を語ってくれた与一を、1人の女性として尊敬出来た。 それに比べて、知り合った人達は私の表面上の強さを良く言って来るが、内面はそこまで強い人間じゃない……。
「私だって共也が生きてるって信じたい、信じたいよ! でも共也が近くにいない日常が、こんなに辛いだなんて思いもよらなかったんだからしょうがないじゃない!! うっうっう……」
「菊流……」
与一も、まさか私がここまで感情を剥き出しにして泣くとは予想出来ていなかったのか、彼女は私が泣き止むのをジッと静かに待ってくれていた。
そして、正面に周り込んだ与一は私の両肩を掴んである提案を持ちかけた。
「なら1年!」
「グス……。 1年?」
「そう、1年。 1年待っても共也が帰って来なかったら、あなたが共也の後を追いかても私達は止めないわ。 だから菊流、約束して頂戴。 1年の間は全力で生きるって」
「与一……。 分かった……。 でも今日は……今日だけは泣かせて……。 明日からは何時もの私に戻るから……」
「しょうがないわね。 じゃあ、今日だけは思いっきり泣きなさい。 あなたの気が晴れるまで、付き合って上げるから……ね?」
そう言うと、与一は私の顔を自分の胸に押し付けて来た。
「与一?」
「付き合ってあげると言ったでしょ? 心置きなく泣いちゃいなさい」
「・・・・・・」
意外と大きいその胸に包まれた私は、安心感からか涙が溢れ出て来るのを必死に止めようとするが、結局止める事は出来無かった。
「共也、共也~~~!! 会いたい。 会いたいよ~~~!!」
海岸には私の絶叫が響き渡るが、波の音が掻き消されてしまい民家に届く事は無かった。 そして、与一は満天の星空の下で菊流を優しく抱き締めながら、彼女の心が軽くなるのを待つのだった。
(馬鹿共也、皆あなたの帰りを待ってるんだから、早く帰って来なさいよ……。)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、与一による告白の話しを書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
面白いから続きが読みたいと思ってくれた方は、モチベーション維持ため評価などを押して頂けるとありがたいです。




