芽生えた疑念そして外に。
与一と鉄志じゃれ合いも終わった事だし、ドワンゴ親方に依頼していた2人の装備品を試着させて貰う事にした。
「ジェーン、お前は斥候型と聞いていたから、革素材を多く。 そして、金属部分は極力少なくしておいた」
「おぉ、まるで忍者が着る服のよう……。 格好良いです……」
「そして、武器なんだが……」
「ぬ?」
悔しそうに鉄志を指差すドワンゴ親方。
「お前は短剣では戦い難いという話だったから、俺にはアイデアが浮かばなくてなぁ……。 悔しいがお前の武器は鉄志に作らせてみたんだ……。 おい鉄志、ジェーンの為に作った武器の説明をしてやってくれ……」
「ふっふっふ。 ジェーンちゃん、この忍者刀を持った感想を聞かせてくれるかい?」
「これは……、忍者が使う直刀ですか!?」
「そうそう。 どんな物か想像は付くだろうけど、一応確認してみてくれるかい?」
「は、はい!」
直刀を受け取ったジェーンは、恐る恐る刀を鞘から抜いて刀身を眺めた。
「綺麗……」
鞘から抜いた刀身には彼女の顔が綺麗に映るほど磨き抜かれていた。
「まるで鏡みたい……。 鉄志さん、ちょっと振ってみても?」
「ああ、刀の重心なのど希望があれば今の内に教えてくれ。 今なら調整出来るからな」
直刀を突いたり振ったりしてみるが、違和感どころか自分の手の延長の様に感じるほど、その刀は私の手に馴染んでいた。
「軽すぎず、重すぎず。 そして、重心も丁度良いと思います」
「なら調整は必要無さそうだね。 でも、今は良いかもしれないけど、もう少し君の体が大きくなったら必ず武器の重心など様々な問題が出て来るはずだ。 武器が扱いにくいと感じ始めたら、俺に遠慮なく言うんだよ?」
「はい、鉄志さん、その時が来たらお願いします」
「じゃあジェーンは次にする事は、防具のサイズ調整だね。 私と一緒に店の奥で採寸するよ」
「はい、サラシナさん!」
鉄志から受け取った忍者刀を大事そうに抱き締めたジェーンちゃんは、サラシナさんと共に店の奥で防具のサイズ調整をする事となった。
そして、ジェーンが店の奥でサイズ調整している間に、一緒に装備品を受け取りに来ていた与一が、ドワンゴ親方が自ら作ってくれた自分専用の武器の使い方の説明を受ける所だった。
「与一、お前の武器の説明をする前に、この弓の弦をちょっと引いてみてくれ」
「これ?」
「そうだ」
ドワンゴ親方から手渡された弓の弦を、与一が引いたり戻したりして感触を確かめる。
「もう少し弦の張りが強くても大丈夫。 あと考えてる事があるから、弓本体に魔石を嵌めれる個所を作って欲しいかも」
「ほう……。 魔石を弓本体にか……。 与一、良ければお前のアイデアを聞かせて貰う事は出来るか?」
「うん、大丈夫。 えっとこうして弓に嵌めてね」
「ほうほう!」
年甲斐も無く目を輝かせて、与一の話に聞き入っているドワンゴ親方……。
「それで弓に嵌め込んだ魔石の魔力を使って、属性の矢を作り出そうと思ってたけど……。 親方、改造出来そう?」
「ふむ。 その発想は面白いんだが……でもな~」
「ぬ。 何か問題があるの?」
「問題があると言うか。 与一、使い切った魔石を交換する時はどうするんだ? まさか毎回儂の所に持って来る訳じゃないだろ?」
「あ、それは面倒……」
今思い至ったらしく、与一はガックリと肩を落とす。
「だよな……。 ん~、与一ちょっとその弓を預からせて貰って良いか? ちょっと面白い事を思い付いたわい」
「ん? うん、任せる」
与一から弓を受け取ったドワンゴ親方は、背中越しからでも分かる程楽しそうに工房の奥へと消えて行った。
自分が考えたアイデアを実践する事が出来るのは、製作者の特権か……。
暫く鉄を叩く音が店内に響き渡っていたが、直ぐにその音が止むと色取り取りの魔石が嵌められた弓を持って、ドワンゴ親方が戻って来た。
余程上手く改造する事に成功したのか、親方は明らかに興奮冷めやらぬ雰囲気だった。
「与一、魔石を何個か持ってないか!?」
「あるけど……。 どうかしたの?」
「良いから! この弓に嵌めてある魔石に、近づけてみてくれ」
「こ、こう?」
合同訓練で入手していたゴブリンの魔石を近づけると、与一の持つ魔石の魔力を吸収しているのか徐々に薄くなって行き、遂には透明な魔石となっていた。 逆に、弓に嵌め込まれていた魔石は、綺麗な水色に染まっていた。
「おぉ……。 これは私が持ってた魔石の魔力を、透明な魔石が吸収したの?」
「そうだ。 本来、魔力を使い果たした魔石は捨てるしかないが、こうして他の魔石から魔力を補充した事で再び使う事が出来るようにしたんだ。 与一、矢をつがえない状態のまま弦を引いて≪アイスアロー≫と唱えてみろ」
与一は親方の言葉を信じて、弦を引いた後に恐る恐る氷の矢を生成する呪文を唱えた。
「≪アイスアロー≫……おぉ……、氷の矢が生成された……」
「おし、成功だな!」
「親方、これは一体?」
「矢って消耗品だろ? だから、まだ駆け出しのお前には矢を揃えるのは酷だと思ってな。 こうして各属性の矢を生成しながら戦えば金も掛からない上に、倒した魔物から魔石を回収して魔力を吸収させれば再び矢を生成する事が出来る。 お得だろ?」
「お得……。 お得だけど……」
弓を引き絞ったままの状態で何かに必死に耐えている与一の姿に、親方も首を傾げる。
「与一、どうしたんだ? 『ご、ごめん。 もう、無理……』はっ? お前何を言ってん〖ドゴン!!〗 だああああああぁぁ!!」
弓を引き絞って氷の矢を生成する事に成功したまでは良かったが、解除の仕方が分からない与一は試しに弦をゆっくりと戻したのだが無駄だった。 弦が中央まで戻った瞬間、生成した氷の矢は彼女の意思を無視して猛スピードで飛んで行きドワンゴ鍛冶屋の壁に大穴を空けてしまった。
あまりの出来事に呆然とするドワンゴ親方と、鉄志。
「ご、ごめんなさい……。 矢の解除の仕方が分からなかったの……」
「い、いや、これは儂の責任だ。 属性の矢を生成する以上、戦闘の流れ次第で解除しないといけない場面も必ず訪れる事を失念していた……」
己の失態に凹む親方だったが、すぐに元に……いや、むしろ興奮が止まらない状態だった。
「だが、ゴブリンの魔石の魔力でこの威力とは……。 久しぶりに儂、良い仕事したわい! ガッハッハ!!」
壁に大穴を作っても大声で笑い続けるドワンゴ親方に、ジェーンのサイズ調整をしていたはずのサラシナさんが、ドワンゴ親方の後ろに立った。
それに真っ先に気付いたのは、同じ店内で装備品の調整をしていた鉄志だった。
「親方! 親方、後ろ!」
「あん? 後ろが何だって……」
ポン……。
鉄志の忠告も虚しく、サラシナさんが親方の肩に手を置いた。 その彼女の額には青筋がクッキリと浮かんで、今にも殴り掛かりそうだった。
「あ、母ちゃん……」
「へぇ~……。 そんなに実験が成功して嬉しいなら、勿論あの壁の修理費はあんたの小遣いから出して貰えるんだろうね?」
「母ちゃん、それは!『あんたのミスなんだろ?』……はい、後で儂の小遣いを使って修繕させて頂きます……」
「よろしくねぇ♪」
それだけ言い残すとサラシナさんはまたジェーンの防具のサイズを調整する為に、店の奥へと戻って行った。
ガックリと肩を落とす親方には申し訳ないが、サラシナさんの笑顔が怖くてとてもじゃないが庇う事なんて出来るはずが無い……。
「はぁ……。 でもこの技術を使った新武器を売り出せば、すぐに元を取り戻す事が出来るだろう。 こうなったらもうついでだ……。 ジェーン、お前の武器にも与一と同じ機構を組み込んでやるから貸してくれ」
「え……? あ、はい、どうぞ」
「また少し奥に行ってくる……。 はぁ……」
ジェーンの片手刀を受け取った親方は再び店の奥へと消えて行った。 その手には与一の弓も握られていた(今度は暴発しない様に再調整)。
そして、先程と同じくらいの時間で、ドワンゴ親方が店舗の方に戻って来た。
「ほら、鍔と柄の所に緑色の石を嵌めて、何時でも風魔法を使用する事が出来るようにしたから、後で魔石を吸収させておいてくれ。 それと……さっきの与一の様に解除出来無い状態を防ぐ為に、キャンセル機能も追加しておいた」
それは普通に助かる!
「はい、ありがとうございます!」
「うん、助かる」
ジェーンと与一が嬉しそうに自分の為に作られた武器を受け取ると、親方が私に向き直り白地に赤のラインが描かれた手甲を差し出して来た。
「ドワンゴさん、これは?」
「これは菊流の為に作っていた手甲だ」
「私の……」
「そうだ、本当なら共也から魔剣の情報を得た上で完成させたかった所だが、与一のアイデアを組み込んだ事で完成した手甲だ」
「凄く綺麗……。 まるで花を模した様な手甲ですね……。 それに嵌めてある魔石も赤色だから、手甲の白色に似合ってますね」
「前に、菊流が炎属性の適正を持っていると聞いた覚えがあったからな。 だから、その手甲に嵌めてある魔石も炎属性だ」
「嬉しいドワンゴさん! ありがとう!」
「共也が早く帰って来る事を祈っているぞ」
「はい! それまでこの手甲を装備して頑張ります!」
私専用の手甲……。
感激した私は大事そうに抱き抱き締めていると、肩に手を置いて来る人物が現れた。
「何よ与一……」
何故か半目になってドヤ顔を与一に、私は何とも言えないイラつきを感じていた。
「菊流。 私への感謝の言葉は無いの?」
「はぁ? 何で与一に感謝の言葉を言わないといけないの???」
「何故ってわ・た・し・のアイデアで、その手甲が完成したって親方も言ってたじゃない?」
「そうね言ってたわ……。 それとあんたに感謝の言葉を言うって脈絡が無さすぎない?」
「有る。 菊流、知的財産権って言う言葉は勿論知ってるわよね? 金を寄こせと言ってる訳じゃ無くて感謝の言葉が欲しいって言ってるだけなんだけど~~?」
「えぇぇ……。 それを今持ち出すの?」
唐突に始まった与一のマウントに、私はほとほと呆れ果てていた。
「与一姉、アイデアを使わせて頂きありがとうございます!」
「あ、ジェーンちゃんは可愛いから気にしなくて良いんだよ?」
「何、そのあからさまな贔屓は!?」
「可愛いは正義!」
「その言い方だと、私が可愛くないって言われてるみたいで腹が立つんだけど?」
「え!? あんたその歳で自分の事を可愛いって思ってたの!?」
「カッチーーーーン!!」
お互いの頬を引っ張り合う喧嘩が始まったが、『埃が舞うから喧嘩するな!』と親方の拳骨を頭に受けた事で終結したのだった。
その後……。
「「「装備品、ありがとうございました!!」」」
「おう! 何か不具合を感じたら、すぐ儂の所へ持って来るんだぞ?」
「分かりました!」
こうして戦力を大幅に強化する事に成功した私達3人はドワンゴ武具店を後にすると、その足で冒険者ギルドに向かい、1週間程外で活動する事が出来そうな都合の良いクエストがあるか確認しに向かうのだった。
だが、自分専用装備を手に入れてテンションが上がっていた私達の気分に水を差す人物が、冒険者ギルドの入り口に居座って、中に入る人物を1人1人確認していた。
「うわぁ……。 あいつ、ミランダちゃんを振り切った後、私達が冒険者ギルドに来る事を予想してずっと入り口で張り込んで居たって事!?」
「いくら私でもここまで粘着されると、さすがに生理的に受け付けないです……」
「会話するのも嫌。 出来るだけ目を合わさない様にギルドの中に入ろう……」
「そうね……。 それが良いわ……」
与一の提案に頷いた私達はなるべく視線を合わせないようにして入り口を目指したが、まぁ流石に入り口を張られている以上見つからない訳が無かった。
私達、いや私を視界に捉えた光輝は嬉しそうに手を振って来るが、ここまで粘着された以上最早こいうを相手にする事自体が不快だ。
そんな光輝を無視して冒険者ギルドの中に入ろうとすると、慌てて私の肩を掴んで来た彼の顔は真っ赤に染まっていた。
「待ってよ菊流ちゃん! 何で僕の事を無視するのさ!」
「放しなさいよ……」
「え……?」
「その汚い手を放せって言ってるのよ!」
未だに私の肩を掴んで放さない光輝の手を強引に払い除けると、奴は少しの間呆けた顔をしていたが何事も無かったかの様に、再び菊流に話しかけた。
「菊流ちゃんが僕の何に対して腹を立てているのか分からないけどさ、いい加減僕らのパーティーに入る事を、真剣に考えた方が良くない? 共也を待ちたいって気持ちも分からなくは無いけどさぁ……、彼奴が行方不明になってから1か月だよ、1か月。
それだけの時が経ったのに帰って来るどころか、連日各地に散った兵士達がいくら共也達を捜索しても目撃情報が1件も無いこの状況が、どんな意味を持ってるかなど流石に菊流ちゃんは分かってるよね?」
こいつ、前回あれほど皆に叱責されたのにまだ言うのか……。
「……光輝。 前にも言ったけど私は共也を何時までも待つと決めているの。 そう決めている以上、他のパーティーに加入するつもりも無いわ。 だから、あなたが何度パーティーに誘って来たとしても、無駄よ、諦めて」
「相変わらず菊流ちゃんは頑固だなぁ……。 あんな弱っちい男に義理立てする必要なんて無くない? そんな奴と比べて、菊流ちゃんは下手をすると英雄になれる人材なのに勿体ないと思わないのかい?」
「人を物の様に言うな光輝。 いい加減に口を閉じないと、あんたとの関係を本当に終わらせても良いのよ? さあ、どうするのかあなたの選択を聞かせてくれない? 勇者光輝様?」
菊流の完全なる拒絶の台詞を聞いた光輝は急に頭を押さえると、ブツブツと呟き始めたが声が小さすぎて聞き取る事が出来ない。
そこに、私達が会いたく無い人物が、光輝との間に入って来た。
「その強がりも、後2週間ですのよ?」
最悪……。
そこに、与一とジェーンが今最も会いたくない人物が現れた。
「ダリア……」
瞬間、与一とジェーンが警戒態勢を取るが、ダリアは2人に一瞥をくれるだけで興味無さそうに視線を外すと再び光輝に話し掛けた。
「光輝様聞いて下さいまし! 今日開かれた王国会議で、2週間以内に最上とエリアの両名の帰還、または目撃情報が無い場合は、死亡したと判断して国民に告知してくれる事が決まりました!」
「そうか! 死んだと判断されてしまえば、菊流ちゃんが共也を待つ理由は無くなるって事か?」
「そう言う事ですわ。 死亡したと判断が下されれば諦めも付きますわよね。 そうですよね、菊流さん?」
菊流にそう笑いながら尋ねるダリアの目は濁り切っていた。
「それにぃ……菊流さんも待ち続けると言っていますけどぉ、死者が帰って来るのを待つつもりですか?」
「共也は死んでいないわ! 私は共也を信じて待ち続けるのよ!!」
「へぇ。 確かに光輝様の言う通り、菊流様は強情みたいですね……。 でも後2週間経ってもその強がりも……。 ふふふ、その時が来るのが楽しみですね」
「共也……」
耳を塞ぐ菊流の姿に、あと少しで心が折れると確信したダリアは追い打ちを掛けようとするが、それを遮る幼い声が響き渡る。
「いい加減にして下さい! さっきから菊流姉を追い込む言葉を並べ立てていますが、私と与一姉がそんな提案を認めるとでも思っているのですか?」
「ジェーンちゃんの言う通り、私も認める気は無い!」
森の奥で会ったこの2人には自分の本性がバレている為、内心舌打ちするダリアだが必死に取り繕う。
「あら、勇者である光輝様に協力しない。 それはあなた達がこの世界に呼ばれた理由を放棄するに等しい事だと、分かってその台詞を言ってるのかしら?」
「どうしてそうなる……。 私達はあんた達には従わないって言ってるだけで」
「ですが、勇者である光輝様が魔王を討つ可能性が一番高いのは、ご理解なさってらっしゃるのですよね?」
「それは……」
「私は別に構いませんのよ? ですが、魔王を討伐して世界を平和にする。 その責務を放棄しておいて、この世界でどの様に生きて行く事が出来るか見物ではあります。
そんなにお嫌なら私達も無理に誘うつもりはありませんから、どうぞご自由に光輝様とは違う仲間達と共に魔王を倒す旅を続けなさって下さいまし」
嫌味をつらつらと語るダリアに、与一、そして菊流も流石に『世界の人々を見殺しにするのですね?』と言われては黙る他なかった。
だが、小さいジェーンは折れなかった。
「まだ2週間もあります。 共兄ならきっと、きっとこの状況を何とかしてくれるはずです!」
「ぷ、アハハハハハ! 1ヵ月経っても帰って来ない2人が、たった2週間で何が起きるって言うのか、私に説明してほしいわぁ~?」
「お断りさせて頂きます。 きっとあなたには私が何を言った所で、到底分かって貰えるとは思えないので」
「小娘……」
「そうそう、ジェーンちゃん良い事言った。 それと……そろそろ冒険者ギルドに入る邪魔をするのを止めてくれない? 本当に邪魔」
確かにこれ以上こいつ等が冒険者ギルドに入るのを邪魔するのは得策では無い。 実際先程から遠巻きに野次馬が私の名を出し始めている。
(ちっ! あと2週間程度で、クラニス砂漠に飛ばされたあいつ等が帰って来れる訳が無いのに……。 でも、これは口に出してしまえば、即座にお父様の耳に入って私の命が危うくなってしまう……。 ここは退くのが吉……か)
「……まあ良いでしょう」
「ダリア、退くのか?」
「えぇ、光輝様、周りの目も集まり始めていますので今日の所は退きましょう。 それに……。 後2週間で一体何が起こるのかを楽しみにして待つのも手かと思いましてね」
「確かにそうだな! じゃあ菊流ちゃん、共也が死んだと判定される2週間後にまた誘いに来るから、今度こそ良い返事が聞かせてくれる事を願ってるよ」
そう言い残すと、ダリアと光輝の2人はやっと冒険者ギルドの前から去って行った。
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「何だぁ? ギルドの前で騒いでる奴らがいるってんで外に出て来てみれば、誰かと思ったら菊流じゃねぇか」
「バリスさん、ジュリアさん……」
どうやら揉め事が起きた時点で、誰かがバリスさん達に報告してくれていたみたいだ。
そして、初めてバリスさんを見た与一が驚愕する。
「なっ! 野菜の人!?」
やっぱり初めてバリスさんを見たら、日本人はそんな反応をするよね……。
ラノベだけじゃなくアニメも大好物の与一が、ギルドマスターであるバリスさんを見た途端失礼な事を口走るので、今は彼女の事は無視をする。
そして、ジュリアさんが怪訝な顔でギルドを去る2人の背中を凝視する。
「何だか今回召喚された勇者は少し変ですね。 まるで誰かに操られている様な反応でしたけど……」
「ジュリアさんもそう感じたか……。 こりゃあ、ちょいと情報部の連中に本気で情報を集めさせてみる必要がありそうだな……」
知り合いが冒険者ギルドから出て来てくれた事に安堵した私は、2人に力無く近づいて行った。
「あ、あの……。 バリスさん……、ジュリアさん……」
「菊流、すぐに来てやれなくて済まなかったな……」
「バリスさぁん……」
私が泣きそうになっている姿を目の当たりにしたバリスさんは、何も思ったのか彼の大きな手を私の頭に乗せて来た為、光輝の事で色々と貯め込んでいたせいも有り、不覚にも泣きそうになってしまった。
「全然悪く無いバリスさんに謝っても、今の光輝はきっと謝罪も反省もしないと思うので、今回の事も謝らないで下さい……。 でも、心配してくれてありがとうございます……」
「顔見知りが困ってたら助けるのは当たり前よ、ねぇバリスちゃん」
「そうだな、まだヒヨッ子のお前等を守るのはギルマスである俺の役目だしな!」
「ふふ、2人共ありがとうございます。 それでいきなりで申し訳ないのですが……」
「どうした、急に改まって」
「私達3人で活動出来そうなクエストとか残ってませんか? 出来れば1週間程外で活動するのが良いんですが」
そんな都合の良いクエストなんて無いだろうな……と思って尋ねたのだが、2人からの返答はあっさりしたものだった。
「あるぞ」
「へ? あるんですか?」
「あぁ、片道1週間程の所にある港町への護衛として、女性の冒険者を3人程募集しているクエストが1件入ってる。 3人と言う人数制限もあるが『女性限定』と言うのがネックで、受けて貰えるか分からないクエストだったから、お前達3人が受けて貰えるならこちらとしても助かる」
「ふふ。 しかも依頼主が依頼主ですから、むしろ只の散歩になってしまう可能性が高くてやりがいは無いかもね?」
「不穏な台詞が聞こえた気がしますが、今は聞かない事にしておきます……。 それに今の私達にこれ都合の良いクエストは無いわ。 2人共、このクエストを受けようと思うけど良いかな?」
「勿論です! 菊流姉、そのクエスト受けましょう!」
「あなたがそれが良いと思ったなら私に文句は無いよ、そのクエスト受けましょう?」
3人の意見が纏まった所で、そのクエストを受ける事をバリスさんに伝えると、その狂暴そうな顔からは信じられ無い程穏やかな笑顔を向けて来た。
「いや~~助かったぜ! ジュリアさん、早速中でクエスト受注の処理を頼む。 あとジェーンと与一と言ったか? まだギルドに登録してないだろ? ついでに更新して貰うからスキルカードをジュリアさんに渡してくれ」
私達が持つカードを手渡すと、ジュリアさんに優しく微笑まれた。
「はい、3枚のカードを確かに預かりましたから受注処理をしてきますね、それと菊流ちゃん」
「あ、はい」
「辛い時は無理に笑わなくて良いのよ? いつでも相談に乗るから、お姉さんの所にいらっしゃいね?」
まさか不意に優しい言葉を掛けらるとは思っていなかった私は、ついに我慢の限界が来てしまい1筋の涙が零れ落ちた。
「あり…がとう…ございますジュリア…さん」
1滴涙が零れ落ちてしまったら、それを止める事はもう不可能だった。
静かに鳴き続ける私が落ち着くまで頭を撫で続けてくれたジュリアさんには、感謝の言葉しか出て来なかった。
その後、ようやく落ち着きを取り戻した私を見届けたジュリアさんは、2人のギルドカードの更新とクエストの受注の処理をする為にギルドの中へと戻って行った。
ジュリアさん、ありがとう……。
「いや~、正直このクエストを受ける奴なんているのか? って思ってたから、お前達3人がこのクエスト受けてくれて本当に助かったんだわ。 菊流が依頼主と顔見知り合いだから、逃げる心配も無いだろうからな! 初見相手だと、雇い主を見るとみんな逃げちまうんだわ……。 ガハハハ!」
「菊流、あんたそんな危険人物と分かった上でこのクエスト受けたの?」
「し、知らないよ! 依頼主の名前だって知らないのに……。 ちょっと、バリスさん! ジュリアさんがクエスト受注の処理に向かった後で、そんな事を言うのは卑怯じゃないですか!?」
「ガハハ、そう言うな。 お前等も十分なメリットがあるクエストのはずだからな!」
「そこまで言うならよほど良い雇い主なんですよね?」
「ああ、オリビア雑貨店の護衛依頼だ! もちろんオリビア店長もいる!」
依頼人の名前を聞いた瞬間、私はある疑問が浮かんだ。
「それって護衛いるんですか?」
「やっぱりそう思うよな? ガハハ!」
その後、様々な処理を終えたジュリアさんが戻って来ると、バリスさんを叱責するのだった。
「いくらオリビアちゃんが強いと言っても、やっぱりあの娘も女の娘なのよ。 だから参加条件として女性限定って条件を加えたんですよ?」
「わ、分かった。 分かったからそう睨まないでくれ!」
「本当に分かってるんでしょうね……。 まあ良いわ。 はい、受注、更新の処理が終わったから3人のカードを返しておくわ。 明日から頑張って来てね?」
「「「はい! 行ってきます!」」」
こうして思いがけずオリビア店長からのクエストを受ける事に成功した私達は、港町までの護衛として明日から王都を出る事になったのだった。
この世界に来てから初めての港町か……。 海産物は美味しいのかな?
光輝の言動とおかしくなっていってますね大丈夫なのでしょうか?
次回はオリビア店長達との馬車移動を書いて行こうかと思います。




