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【共生魔法】の絆紡ぎ。  作者: 山本 ヤマドリ
1章・異世界に、そして出会い。
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過去の記憶 後編

 千世ちゃんと僕が結婚……。


 京谷さん達にするお願い。 それは千世ちゃんと僕の結婚を認めて欲しいと言う、あまりにも予想外過ぎるものだった。


 そして、父である京谷さんは、そのお願いに一切返答しない上に全く動く様子すら無かった。


「京ちゃま? 京ちゃま~~~!?」


 どうやらあまりにの衝撃に思考が停止してしまっている様だ。


 だが京谷さんと違い、砂沙美さんはとても嬉しそうに両手を合わせると、俺と千世ちゃんを交互に笑顔を向けていた。


「あらあら、それはとても素晴らしいお話しね! だけど、千世ちゃん」

「何? 砂~ちゃま」

「あなたは結婚の意味が分かって言ってるの? 【結婚】その言葉はとても重いものよ?」


 本気なのか問いかけた砂沙美さんに対して、千世ちゃんは真っすぐ見据えると力強く頷いた。


「うん、分かってる。 私、共也ちゃんと一緒にいると安心するし、心がポカポカするの。 だからずっと一緒に居たいって思ったから結婚したいって思ったの!」

「どうやら本気の様ね。 こんなに早く将来の伴侶を決めちゃって後悔はしない?」

「しない! だからお願い京ちゃま、砂~ちゃま! 共也ちゃんとの結婚を認めて下さい!」


 その小さな体を折りたたんで頭を下げる千世ちゃんの姿に、砂沙美さんは嬉しそうに微笑んでいた。


「あらあら、子供の思い付きかと思ったけど意外と本気みたいね。 私は千世ちゃんがそれで幸せになれるなら、応援するけど……」


 チラリと砂沙美さんが視線を横に流すと、未だに硬直して身動き一つしない京谷さんがいた。


「京谷さん、そろそろ結婚の許可を出すかどうか答えて上げたら?」


 未だに声を掛けても動く気配が無い京谷さんに、砂沙美さんは一際大きな溜息を吐いた。


「はぁ~~……、この人ったら。 京谷さん、いい加減に戻って来て、千世ちゃんに何か良いなさい!!」


―――パシーーン!


 京谷さんの頭を砂沙美さんが叩く音が辺りに響くと、少しづつ動き始めた。


「い、痛いじゃないか砂沙美!」

「あなたが反応しないのが悪いのよ。 それで? どうするの?」

「…………け」


 け?


「結婚の許可なんて出す訳無いでしょ!?」


 まぁ、普通そう言う反応になるよね……。


「砂沙美、千世ちゃんはまだ4歳だぞ!? 今から結婚の約束をするとか、普通に考えておかしいと思わないのか!? 例え千世ちゃんが将来結婚相手を私の前に連れて来るとしても、それは大人になってからでも遅くは無いと思うんだが!?」

「京谷さん、それを決めるのは千世ちゃんだし、結婚相手を決めるのが遅いか早いかの違いって言うだけよ?」

「その結婚相手を決める決断が、早すぎるとさっきから言ってるんだが!?」

「うぅ……。 京ちゃまは、私が共也ちゃんと結婚する事は反対なの?」


 目に大粒の涙を溜めて上目使いをする千世ちゃんに、京谷さんは何も言えなくなり苦虫を噛み潰した様な顔でワナワナ震えていた。


「そ、そう言う訳では……。 ぬ……ぐぐぐ……。 共也君! 君は千世ちゃんと人生を一緒に歩いて行く覚悟はあるのかね!?」


 あ、千世ちゃんに何も言えなくなったものだから、怒りの矛先が僕に向かって来た。


「京谷さん……。 千世ちゃんに言い返せないからって、共也君に怒りをぶつけるのはみっともないから止めなさいよ……」

「だけどさぁ!!」


 千世ちゃんとの結婚の話が決まりかけているが、ここは僕も思っている事を言っておいた方が良いと判断して、右手を小さく手を上げた。


「あの……。 そもそも僕もさっき初めて千世ちゃんとの結婚の話を聞いたんですけど……」

「ん? 千世ちゃん、共也君も初めて結婚の話を聞いたって言ってるけど、どう言う事だい?」


 京谷さんが事の真意を確かめるべく千世ちゃんに視線を向けると、彼女は潤んだ目を今度は僕に向けて来た。


「共也ちゃんは私と結婚するの嫌……なの?」

「う……」


 好意を持つ千世ちゃんに目を潤ませて結婚を迫られたら、僕が嫌と言える訳が……。


「い、嫌じゃないよ? むしろ将来千世ちゃんと結婚出来るなら僕は嬉しいし……」


 正直にそう答えると、千世ちゃんはパっと花の咲いた様な笑顔になりいきなり抱き着い来た。


「良かった! じゃあ共也ちゃんはこれから私の旦那様だね! 共也ちゃんのお父様、不束者ですが今後ともよろしくお願いね!」


 どこで覚えて来たのか分からないけど、千世ちゃんは親護父さんに頭を下げた。


 どうしよう……。

 千世ちゃんが僕のお嫁さんになってくれるのはとても嬉しいんだけど、さっきから京谷さんの僕に向ける視線がとても怖いんだけど?


「共也、今の内に聞いておくが、それは千世ちゃんの言葉に流されて言ってるんじゃないな?」

「う、うん」

「ふむ。 ならお前は将来の事を考えた上で、彼女の結婚の申し出を受ける。 そう考えて良いんだな?」


 その言葉に躊躇い無く頷くと、僕の真意を探る様に父さんが真剣な目をこちらに向けて来た。


「うん。 僕も千世ちゃんの事が好きだし、一緒に居たいと思えるから……。 今は無理だとしても、僕は将来千世ちゃんと結婚したい!」

「共也ちゃん!」


『千世ちゃんと結婚したい!』そうハッキリと言い切った僕を、親護父さんは嬉しそうに微笑んだ。


「そうか……。

 京谷さん、砂沙美さん、両人がこう言ってる事ですし、まずは婚約と言う形で様子を見てみませんか?」

「こ、婚約ですか……?」

「ええ、将来この子達が成人しても今の気持ちを持ち続けているのであれば。 と言う条件の元で今は婚約と言う形を取るのがお互いの為だと思うのですが……。 どうでしょう?」

「う、う~~ん……。 婚約か……」


 親護父さんの『婚約』と言う提案に京谷さんは少し悩んでいたが、最終的に僕と千世ちゃんの婚約を認める形で落ち着く事となった。


 だが、千世ちゃんを愛してやまない京谷さんは婚約を承諾した後も少々ゴネていたが、砂沙美さんが優しく微笑むと大人しくなった。 大人って良くわからないね…。


「親護さん、千世ちゃんの婚約を認めようと思います」

「京ちゃま!」

「だけどさっきも言った通り、2人が成人しても気持ちが変わっていなければ結婚を許可する……。 ぐぐぐぐ……、と言う条件は譲れ無いよ!? 良いね!?」

「うん! ありがとう京ちゃま! 砂~ちゃま! 共也ちゃんと結婚したら絶対に幸せな家庭を作ってみせるから見ててね!!」


 千世ちゃんの笑顔を見た京谷さんは、喜んで良いのか、悲しんで良いのか分から無い複雑な表情をしながらも、ぎこちなく笑ってみせた。

 その表情を見た砂沙美さんが、京谷さんの背中を擦って慰めるのだった。


「京谷さん、なんて顔をしているのよ……」

「だって、千世ちゃんが将来お嫁に行ってしまう姿を想像したら、とても悲しくなってさ……。 私の心はその時が来たら、耐える事が出来るのだろうかな……。 あ、今から涙が溢れて来る……」

「千世ちゃんが自分で見つけた伴侶なんですから、素直に認めて上げれば良いじゃない。

 きっと2人で幸せな家庭を作って行ってくれますよ。 それに将来本当に結婚する事になったとしても、後何年あると思っているのよ。

 その時が来るまで、今からでもいっぱい愛して上げれば良いじゃない」


 京谷さんはそう言う考えは思いつかなかったのか、小さく笑うのだった。


「そうか……、そうだな。 千世ちゃんが結婚するとしても、それはまだまだ先の話なんだから、嫁に行くその日までいっぱい愛してあげよう!!」

「あなた、それで良いのよ。

 親護さん、両人が成人した時に気持ちが変わって居なければ結婚を認める。 この事に異論はありません。 将来本当の家族になれるかもしれないあなた達とも親交を深めていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いしたします」

「こちらこそ、京谷さん、砂沙美さん」


 婚約を認められた千世ちゃんは僕の手を取ると、とても喜んでいた。


「やった! 共也ちゃん、砂~ちゃま達も認めてくれたし、将来私と必ず結婚してね。 約束だよ!」

「おっとっと……」


 婚約出来た事がよほど嬉しかったのか、千世ちゃんが俺に勢いよく抱き着いて来たけど勢いに押されて後ろに倒れそうになってしまった。


 菊流の言う通り、せめて千世ちゃんを受け止められるくらいには強くならないとかな……。


 そう僕は心に誓ったのだった。


「では皆さんがこちらを心配して待ってくれてますし、戻りましょうか」

「そうですね。 千世ちゃん、婚約出来て嬉しいのは分かるけど、外でイチャイチャするのは控える様にしなさいね?」


 僕の腕を掴んで放さない千世ちゃんに、砂沙美さんがしっかり釘を刺すのだった。


「は~~~い……」


 皆が要る場所に戻って来ると、僕と千世ちゃんの前に菊流が立ちはだかり鋭い視線を投げかけて来た。


「な、何だよ……。 何か言いたい事があるのか?」

「…………ねえ共也。 さっき千世ちゃんのお父さんの絶叫がここまで聞こえたんだけど、千世ちゃんと結婚するの?」

『「「「「えええええ~~~!?」」」」』


 どうやら幼馴染達には京谷さんの絶叫だけが聞こえていた様で、その内容までは聞こえていなかったみたいだけど、菊流には聞こえてた様だ……。


 それにしても、あの時の京谷さんの絶叫ってここまで聞こえて来てたんだね……。


「う、うん、成人してからって条件が付くから、今は婚約に……。 菊流どうしたんだ?」

「千世ちゃん良いな~~って思って……。 あ、そうか! 私も共也と結婚すれば良いんだぁ!! 私って天才かも!」

『「「「はあああああ~~!?」」」」』

「ちょっと菊流ちゃん、共也ちゃんは私の旦那様になるんだから駄目~~!!」

「私とも結婚すれば良いじゃん! 千世ちゃんのケチ!」

「ケチって、共也ちゃんは物じゃないもん!!」

「「何よ~~~!!」」


 菊流まで僕と結婚すると言い出してしまった事が千世ちゃんには認められなかったのか、保育園の時と同じく睨み合いを初めてしまった。


 そんな空気が流れている中、全く空気を読めない男が2人の会話に割り込んだ。 


「そ、そんな事はこの僕が許さないぞ! く、菊流ちゃんと結婚するのはこの僕だ! 共也、お前じゃない、引っ込んでろ!!」


 そう、2人の会話に横から入って来たのは、菊流が大好きな光輝だった。


 その光輝様はいきなり菊流の前に膝まづくと、にいきなり求婚をし始めるのだった。


「菊流ちゃん、君の事は僕が必ず幸せにする。 だからどうかこの手を取って、僕と結婚すると言ってくれ!」

「「「「「おおおおおおお~~~~!!」」」」」」


 幼馴染達が、その光輝の勇気ある行動を称賛するが、当の菊流ちゃんはつまらない者を見る様な目線を向けて先程の答えを口にした。


「何で私が光輝と結婚しないといけないの? 結婚って私まだ良く分からないけど、ずっと一緒に暮らすって事だよね?」

「え? いや、合ってるけど、ちょっと意味合いが違うと言うか……」

「なら、私は千世ちゃんとも一緒に居る事が出来る共也と結婚したい!」


 どうやら菊流の言う結婚とは、遊びの延長線上にあるようで安心した。


「……菊流ちゃんの結婚って、そう言う意味で言ってたんだね……」

「千世ちゃん、結婚って他に何か意味があるの?」

「……また今度教えて上げるね?」

「うん?」


 菊流に無残に振られてしまった光輝はガックリと膝から崩れ落ちると、憎悪の籠った眼差しを僕に向けて来た。


 だけどさぁ……光輝。  ……僕自身は何もして無いんだから、睨まれても困るんだけど?


 その後も振られて落ち込む光輝を他の幼馴染達が慰めながら、保護者達と一緒に土手の上を談笑しながら楽しく帰路に就くのだった。


 この時までは……。


 ==


 楽しかった時間もアッと言う間に終わりを迎え、皆が帰宅するために土手を降りたその時だった。


 僕達が居る位置より、さらに後ろから大声が発せられた。


『菊流ちゃん、道路に飛び出しちゃ駄目だ!! 危ない、戻って!!』


 光輝の悲鳴にも似た大声に反応した皆が後ろを振り向くと、そこには菊流ちゃんが道路に落ちた何かを慌てて拾おうとして、車の往来の激しい道路に飛び出した光景が広がっていた。


『菊流!?』


 菊流のお母さんが、その危険な行為に悲鳴を上げる。


〖ブオオオォォォぉぉぉぉぉーーーーー!!〗


 そこにタイミング悪く、奥から猛スピードでこちらに向かって走って来る暴走車が見えたけど、フロントガラスにマジックシートが張られていて運転手の顔が見えない。


 しかも、どうやら道路に飛び出した菊流の事が見えていないのか、一切速度を緩める気配が無い。


『菊流ちゃん、逃げて!!』

「え、共也? あ……」


 目的の物を拾ったのは良いが、自身に向かって猛スピードで迫って来る暴走車を目撃した事で、体が恐怖で硬直してしまって一歩も動けなくなっていた。


「・・・・・・」

『菊流ちゃん!!』


 危ないと思った瞬間、僕は彼女を道路の外に突き飛ばしていた。


「あう……」


 突き飛ばされた事で暴走車から逃れる事が出来た菊流は、道路端に生えていた草むらに転がって行き身の安全を確保する事に成功した。


―――ガサガサガサ


 菊流が助かったのを見届けて安心した僕だったけど、問題の暴走車はすぐそこまで迫っていた。


(もう無理だ!!)


 死を覚悟した僕は、力強く目を閉じた……。


―――トン。


(え?)


 空中で背中を押される感覚に驚いて振り返ると、そこには僕を突き飛ばして柔らかく微笑む千世ちゃんの姿があった……。


(千世……ちゃん!!)


〖グオオオオオオォォォーーーン!!〗


 暴走車が大音量を響かせて、僕の横を通り過ぎたのはそのすぐ後だった。


「いやぁぁぁぁぁぁ~!! 千世!! 千世!!」

「逃がすな!! 追え、追うんだ!!」


『共也、しっかりしろ! 共也!』


 親護父さんが僕を心配して駆けつけてくれたけど、どうやら頭を地面に強く打ち付けた様で、意識が徐々に遠のいて行くので返事をする事が出来ない。

 薄れて行く意識の中ではあったけど、京谷さんや皆の怒声や悲鳴が聞こえてはいた……。



 千世……ちゃん……。


『共也!?』


 必死に僕を抱き抱えながら呼びかける親護父さんの腕の中で、僕の意識は途切れてしまうのだった。



 =◇===



 次に目を覚ました僕が最初に見たのは、見た事が無い白い天井だった。


「白い天井……。 ここって何処なんだろ?」


 ベッドから痛む体を起こして辺りを見渡すと、僕以外誰も居ないが空のベッドが周りに5つ置かれているのを見ると、どうやらここは病院の6人部屋の様だった。


「いたたたた……」


 頭や腕に包帯が巻かれているが、どうやら動かす分には問題無い様なので、どうやら骨が折れている訳では無さそうで安心していると、僕の母さん最上 綾香(もがみ あやか)が丁度病室に入って来た所だった。


「良かった、目を覚ましたのね共也。 心配したのよ……?」


 母さんは僕が目を覚ましている姿に、心の底から安堵している様だった。


 そして、気絶する直前の事を思い出した僕は不安が心を支配する中、母さんに気絶した後の事を尋ねた。


「母さん、千世ちゃんと菊流ちゃんは無事だった?」

()()()()()()無事よ。 すり傷はあったけど草むらの中に入ったお陰だったんでしょうね、共也より怪我の度合いは軽かったからもう退院してお家に帰ってる頃よ」

「菊流ちゃん……は? じゃあ千世ちゃんは?」

「・・・・・・・・」

「ねぇ母さん、何で何も言ってくれないのさ!?」


 千世ちゃんも無事だと母さんは言ってくれない……。


 嫌な考えが頭の中を駆け巡り、さらに動悸も激しくなり始めると冷たい汗が額から溢れ出した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 様子がおかしくなったのをすぐに察した母さんは、タオルを取り出すと僕の額に噴き出していた汗を優しく拭ってくれた。


 呼吸を整えた僕は、もう一度母さんに尋ねた。


「母さんお願いだから教えてよ……。 千世ちゃんも無事なんでしょ?」


 何度問いかけても、母さんは黙ったまま何も言ってくれない……。


 そんな沈黙が支配する中、僕の流す大粒の涙を見た母さんが意を決して口を開いた。


「共也、これからあなたに伝える事はとても辛いわよ? それでも良い?」

「うん……。 千世ちゃんの事を聞かせて……」

「分かったわ。 親護さんが言うには、あの後……」


 母さんから聞かされた話の内容をあまりにも信じたく無くて、僕は呆然とベッドの上に座ったまま『これは夢だ』と信じようとしていた……。


 だが、母さんは嘘を言っている様な目では無かった。 話しを纏めると要点は3つ。


・千世ちゃんは、あの暴走車に当て逃げされて亡くなってしまった事。

・事故を起こした人物は捕まっていない事。

・千世ちゃんは、今この病院の地下にある霊安室にいる事。


 母さんから話を聞いた僕はしばらく何も喋る気が起きずに、力無くベッドに座ったまま天井をボ~~っと眺めていた。


「共也、今回あなたが菊流ちゃんを身を呈して助けた事を、私と親護さんはとても誇りに思っています」

「母さん?」

「私達は、共也の命を助けてくれた千世ちゃんに感謝する事しか出来ないけれど……。 共也、あなたは千世ちゃんに助けられたその命で、何をしたい?」

「この命で何をするってどう言う事?」

「その答えを私達に求めるのではなく、自分で考えなさい。 そしていつか、千世ちゃんがあなたの命を助けた事が正しかったんだと証明しなさい。

 決して無意味な生き方をする事を、私と親護さんは許さないわ。 まだ子供のあなたには理解しずらいかもしれない。 でも、千世ちゃんの為にも、人に後ろ指を指される生き方だけはしないで。 約束出来る?」


 千世ちゃんに助けられたこの命に価値があったんだと証明する為に一生懸命に生きる……。


 僕は母さんのこの台詞がスッと胸の中に入って来たのを感じたので静かに頷くと、目から大粒の涙が溢れ出して来た。


 そして、1つの現実が僕の心を締め付けた。


 千世ちゃんは、僕を守って亡くなったんだ……。


 ついさっきまで僕の隣にあった大好きな笑顔を思い出すと、胸が張り裂けそうだった…。


「千世ちゃん、千世ちゃんに会いたいよ……」


 綾香母さんは、僕を優しく抱き締めるとある情報を僕に伝えて来た。


「共也、今日を逃したら千世ちゃんに会う事は出来なくなるわ。

 もし、もしもよ? 共也が千世ちゃんと最後のお別れをしたいと言うのなら、連れて行ってあげるけど……、どうしたい?」


 そんなの……、決まってる。


「行く………。 千世ちゃんに会いだい……」


 何とか絞り出した涙声で答えたが、結局この涙が止まる事は無かった。


「そんな怪我をしてるのに歩いて大丈夫?」

「うん。 体中が痛いけど歩いて千世ちゃんに会いに行きたい気分なんだ……」


 負傷した子供の体ではとても長く感じた病院の通路を何とか歩き切った僕の前には、霊安室の巨大な扉が立ちはだかっていた。

 扉に手を掛けた時点で、僕の口の中は緊張感でカラカラに乾いていた。


「共也、私が開けようか?」

「ううん、僕に開けさせて。 自分の力で千世ちゃんに会いに行きたいんだ……」

「分かったわ」


 4歳にとっては重い扉を開けて何とか中に入ると、そこには1つのベッドの上に白い布を顔に被せられて寝かされている千世ちゃんの小さな体があった。


「千世……ちゃん?」

「ん? あぁ、共也君か。 怪我は……、立って動けるなら大丈夫だね……」

「京谷さん、砂沙美さん……」

「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。 君の無事を知ったのなら、千世ちゃんも喜んでいるんだろうからね」


 薄暗い室内で気付かなかったが、部屋の隅には京谷さんと砂沙美さんが霊安室に設置されている椅子に座り憔悴していた。


「共也君、明日には葬儀などで忙しくなるから、最後のお別れを言いに来たのかな?」

「はい……」

「そうか……。 共也君、来たまえ」


 椅子から静かに立ち上がった京谷さんは、千世ちゃんの前に立つと顔に被せてある白い布を持ち上げた。


 母に抱き上げられてベッドの上に横たわる千世ちゃんの顔を見たが、全く怪我などしていなくて寝ているんじゃないかと思える位とても綺麗な状態だった。


「亡くなったとは思えないくらい綺麗な顔だろう? 今にも起きて何時もの笑顔を私達に見せてくれそうな程に……。 う、ぅ……」


 泣き崩れてしまった京谷さんに代わり、砂沙美さんが千世ちゃんの事を説明してくれた。


「お医者様が言うには、怪我自体は大したことはなかったみたいなの。 でも車に接触された時の衝撃によるショック死だと言われたわ……」


 砂沙美さんは、千世ちゃんの黒い前髪をかき揚げると愛おしそうに撫でていた。


 そして、京谷さんが再び椅子に力無く座ると、今日の出来事を話し始めた。


「実はね、千世ちゃんが君と結婚したいと言って来た時、本当は嬉しかったんだ。

 娘を持つ世の父親がいつか体験する事になる、結婚相手を紹介され不機嫌になる。 だけどその相手と酒を酌み交わし何時か和解し娘の幸せを祈りながら、その相手に娘を託す。

 そんなありふれた父親の醍醐味を将来味合う事が出来る、そう思っていたんだけど……。

 まさか、千世ちゃんが僕達より早くあの世に旅立っちゃうなんて夢にも思わなかったよ……」


 その言葉に何も言えず立ち尽くしていると、砂沙美さんが再び千世ちゃんの横に立った。


「共也君、千世ちゃんをそろそろ休ませて上げたいから、もう良いかしら?」


 砂沙美さんは白い布を京谷さんから受け取ると、千世ちゃんの顔に布を被そうとしたので、慌てて止めて貰った。


「砂沙美さん、千世ちゃんに、最後のお別れの言葉を言わせて……」

「ええ、良いわよ……」


 母さんに横になっている千世ちゃんの手が届く位置に持って行ってもらい、僕は彼女のその小さな手を手に取った。


 千世ちゃんの手が氷のように冷たい……。 千世ちゃん、本当に亡くなったんだね……。


「千世ちゃん、君に助けられたこの命で何が出来るかまだ分からないけど、きっと千世ちゃんの様に人を助けられる人間になろうと思う……。

 だから、もし僕がいつか死んであの世で再会する事が出来たら、その時こそ君と一緒になりたい……。

 それまで、さよなら……。 大好きな千世ちゃん……」

「ありがとうね、共也君。 それを聞いた千世もきっと喜んで……るわ……」


 涙を流すのを我慢している砂沙美さんだったけど、とうとう我慢できずに泣き出してしまった。

 少しして落ち着きを取り戻した砂沙美さんが、千世ちゃんに白い布を顔に再び掛けたのを見届けた僕と母さんは、最後に2人に頭を下げると静かに霊安室を後にした……。


「共也、頑張ったわね……」

「ズズ………。 うん……」


 母さんと共に病室に戻ると看護師の人から僕の怪我は大したことが無いので、そのまま退院しても大丈夫だと伝えられた。


 その後は、父さんが車で病院まで迎えに来てくれたので家路に着く事になったのだが、すでに陽が落ちかけていたビル群は赤く染まり、僕の目を刺激してとても涙を止める事が出来そうもなかった……。


「千世ちゃん……」


 僕は千世ちゃんと婚約した時の嬉しそうな顔を夕陽を見ながら思い出していた。


「共也ちゃん! 私と必ず結婚しようね、約束だよ!」


 あの時、千世ちゃんと約束した言葉がいつまでも()の心に残り続け、1日中涙が止まる事は無かった……。


過去編は今回で終了で次回から本編が始まります、長々とお付き合いいただきありがとうございます。

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