運命の出会い。
ダリアの罠によって砂漠に転移させられてから3週間が経った。
俺達はシンドリア王国に帰る事を目標にして夜の砂漠を歩いていたが、やはり砂漠の出口は遠いのか抜けれそうな雰囲気すら無かった。
そして、今日も地平線から太陽が昇り始めた為、もうすぐここは灼熱の大地になる……。
「エリア、今日はあの大きな岩の影で太陽の光をやり過ごそう」
「…………」
「エリア?」
返事が返って来ない……。 もしやと思い俺が後ろを振り返ると、やはりエリアは元気無く砂の上に座り込んでしまっていた。
どうやらとうとう疲れが表面に出て来てしまった様で、意識が朦朧として座り込んでしまったらしい。
あれから3週間だものな……。
「ご、ごめんなさい共也さん……。 今立ちますね……」
俺に心配を掛けまいとして気丈にも立ち上がろうとするエリアだが、またその場所に力無く座り込んでしまった。
「エリア、俺の背に乗るんだ、無理はするな……」
「はい……。 ごめんなさい、共也さんも連日夜の砂漠を歩いて同じ様に疲れているのに……」
「はは、男の俺の方が体力があるんだから気にしないでくれ。 それにエリアに頼られて悪い気はしないからな」
「共也さん……」
背負われたエリアは俺の首に腕を回すと、強めに抱き着いて来た。
ちょっとドキドキしながらエリアを背負い直すと、今日の休む場所と考えていた大き目の岩が立ち並ぶ場所へと移動を開始した。
「これは……」
そこは砂漠には珍しく、割と大きな岩が立ち並んでいる場所だった。 その中にある一際大きな岩には、2人くらいなら余裕で入れそうな大きさを持つ穴が穿たれているのを発見した。
岩穴の中に入ると、そこは砂漠にいるとは思えない程涼しく快適な場所だったので、今日はここで夜を待つ事をエリアに提案した。
「ここなら、今日は快適に過ごせそうだな。 エリア、ここで良いか?」
「はい、共也さんにお任せします」
エリアの同意も得られた事だし岩穴の中に毛布を敷き、背負っていたエリアをユックリと降ろして横に寝かせた。
「エリア……。 やっぱり水分が足りないのか?」
「はい……。 喉が渇き切ってしまって、食事が喉を通らないんです……」
「ふふ……俺もだ……。 まさか唾液が出なくなると、満足に食事が取れなくなるとは思いもよらなかったよ……」
「ごめんなさい……。 私がもう少し多めに水を収納袋の中に入れていればこんな事には……」
「こんな事態なんて、誰にも予想出来るはず無いじゃないか……。 だから謝らないでくれ……」
「ありがとう……。 共也さん」
力無く横になっているエリアを助けてやりたいと思うのに、魔法を使う事すら出来ない今の俺に出来る事は何も無い……。 命を懸けてまで一緒に転移してくれたエリアに、俺は彼女に何も返す事が出来ない……。
そんな俺が今出来る事は、精一杯の空元気を見せる事だけだ……。
「エリア……。 食べる事が出来ない以上、少しでも寝て体力を回復させよう。 なぁ~~に、もしかしたら明日には砂漠の出口か、雨が降るかもしれないんだからな!」
「ふふ、共也さんったら……」
「俺も夜に備えて寝るから、エリアも寝るんだ……」
「……ねぇ、共也さん。 もし……もしもですが、私がこのまま死ぬ様な事があったら、私の体は置いて行ってください」
「エリア、急に何を!」
「私の帰りを待つ人達に、酷い状態になった私を見られたく無いんです……」
「縁起でも無い事を言うなよ……。 2人共生きてシンドリア王国に帰るんだから……」
「そうですね、あの美しい街並みのシンドリア王都に、あなたと一緒に……。 ごめんなさい共也さん、私はそろそろ眠りますね。 また……夜に……沢山歩かないと……」
横になっているエリアが寝息を立て始めたのを見届けた事で、俺もゴツゴツとした洞窟の中に毛布を敷くとその上で横になった。
「俺も少しでも寝て、体力を回復させないと……。 ぐっ、ケホ!」
喉がカラカラに渇いてしまっている状況では、ちょっとした事で喉の奥が割けて出血してしまう。
(俺もエリアの事を言えないな……。 水が全く無いこの状態であと何日保つか……)
岩穴の中で横になっていた俺も、連日夜の移動で疲れが溜まっていたのか、気付かない内に深い眠りに落ちしまっていた。
太陽が真上に昇り砂漠を容赦なく照らし続けて外が灼熱地獄となっている中、寝ていたはずのエリアが目を覚ますと手元に有った収納袋の中からナイフを取り出した。
「はぁ……はぁ……。 共也さん……、このまま水が無いまま旅を続けても、きっと砂漠を超える事が出来ずに2人とも必ず死ぬ事になります。
どちらか片方だけでも生き残ってダリアの悪事を伝えないと……、沢山悲しむ人が出てしまう結果になってしまうんです……。
共也さんならきっと許してくれますよね……? 悲しいですけど……、これで……お別れです……」
エリアは俺の横に座ると、握り締めていたナイフを躊躇いなく振り下ろした。
プッ……。 パタタタ……。
洞窟の中には、液体が滴り落ちる音が響き渡る。
「共也さん……。 共也さん……、あなたと奇跡の様な出会い方をしたのに、こんな別れ方をしないといけないなんて……」
体の中から水分がほとんど無くなったはずなのに、エリアの目からは大量の涙が溢れ出ていた。
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(何だ? 俺の口の中に……水? いや、水にしては鉄の臭いが……鉄だって!?)
寝ている俺の口の中に注がれる液体の鉄の臭いに意識を覚醒させると、そこに広がる光景に驚きを隠せなかった。
俺に膝枕をしているエリアにも驚いたが、それ以上に驚いたのが、彼女は自分の手首を切りその傷口から流れ出る血液を俺の口に注いでいたのだ。
俺が目を覚ました事で安心したのか、エリアはその場で静かに後ろへと倒れてしまった。 かなりの血液量を俺の口に流し込んだのか、彼女の顔は真っ青になっていた。
「エリア! 何て事をしたんだ! 自分の手首を切って俺に血を飲ませるなんて!!」
「共也さん……ごめんなさい……。 水の無いこの状態では、私はきっと長くないと思ったんです。 だから2人共倒れになるくらいなら……、共也さんに私の分も生きて欲しくて……」
すでに限界が近いのか、意識が朦朧とする彼女の目から涙が一筋流れ落ちた。
「馬鹿野郎! そんな事言う前に止血するんだ回復魔法が使えるんだろ!」
その問いにエリアはユックリと首を横に振る。
「いいえ……。 回復魔法を使えるほどの体力は、すでにありません……。 ですから共也さんは生きて下さい…、私の……分も……」
その言葉を最後にエリアは意識を失ってしまった。
「エリア!!」
このまま何も行動しなければ、本当にエリアの命の火が消えると思った俺は、弾かれた様にエリアが持っていた収納袋の中にあるものを漁り始めた。 エリアの命を繋ぎとめる事が出来る何かを。
「食料、中身の無い水筒、本、筆記用具、テント、何か無いのか……何か……」
コン。
中身を粗方出し終えた俺の前に、緑色の液体が入った1本の小瓶が袋の中から零れ落ちた。
「これだ!!」
この小瓶を受け取った時、ジェーンは確かに言っていた。
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「でも瓶を持ち歩くのは壊しそうで怖いのでエリアさん、このポーション預かってもらって良いですか?」
「私は良いわよ、魔物討伐の実体験に参加するなら一緒だし収納袋に入れておくから欲しい時は言ってね?」
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「待ってろエリア!!」
俺は緑の液体の入った小瓶を掴み取り、急いでエリアに飲ませようとするが、すでに意識が無いエリアは飲む事が出来ない……。
この液体を飲んでくれさえすれば……。 違う、飲んでくれさえすればじゃない、飲ますんだ!!
そう思った俺は意を決してそのポーションを開けて口に含むと、口移しでエリアに流し込んだ。
小さくコクリと飲み込む音が聞こえた瞬間、エリアの手首が光りに包まれて納まる頃には傷口も塞がり出血が止まっていた。
だが少し傷跡が薄っすらと残っていたため、余ったポーションを傷口にかけると綺麗に傷跡も消す事が出来たので一安心だった。
そして、傷が塞がった事で少し元気を取り戻したのか、エリアが薄っすらと目を開けた。
「う、共也……さん? 私は……」
意識を取り戻してくれたエリアを俺は強く抱きしめた。
「と、共也さん!?」
何が起こったのか理解が追いつかず動揺するエリアに、出血多量で倒れた後の事を説明する事にした。
「ジェーンが君に預けていた、小姫ちゃんが作ったポーションを使ったんだ……。 偶々あの時ポーションを預かってたから命を繋げることが出来たけど、下手をしたらエリアはここで死んでたんだぞ!?」
「でも……。 このまま水が無い状況を解決出来無ければ、遅かれ早かれ私達は……」
「それでもだ……。 エリア、本当にどうしようもなくなったらエリアと一緒に死んでやる、だから最後まで生き足掻こう……」
「う、うぅ……」
俺が心の中にある本音をぶつけると、横になっている彼女の目から再び涙が溢れ出した。
「本当は怖かったんです……。 死ぬ事がじゃありません、共也さんと会えなくなる事が怖かった……。 もうあなたと話す事が出来なくなる事が……。 でも……、このまま2人とも死ぬよりはと思って……。 早まった真似をしてごめんなさい……」
涙を流しながら謝罪をしてくれたエリアの頭を抱き締めて『許す』と伝えると、彼女は安心した様だ。
「エリア、夜まで眠るんだ」
「でも……、いえ……分かりました……」
「今度は完全に眠るまで君を見張ってるから、さっきみたいな狸寝入りの様な真似は2度としないでくれよ?」
「しませんよ、約束します。 それに私と一緒に死んでくれるって言ってくれましたから、もう怖く無くなりました……」
「なら、また夜の砂漠を頑張って歩いてシンドリアに帰ろう」
「はい……。 ではお先に寝させて頂きます、おやすみなさい共也さん」
「あぁ、おやすみエリア」
余程体力の限界が近いのか、エリアは目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。 彼女にユックリと毛布を掛けたのだが、流石にあんなことが起きたばかりじゃ目が冴えて寝る事なんて出来ない……。
しょうがないので、俺は眠気が来るまで今後の事を考える事にした。
(今回はポーションがあったから何とかなったが、何とかして早く水を手に入れないと本当に2人して限界が来る時が近いだろうな……)
そうして頭の中で今後の事を色々と考えていたのだが、妙な違和感を感じた。
(……ず……るの……?)
(??? 何だ? 声?)
何だ? これは……声? なのか? 頭の中に直接?
(み……ず……。 いる…の?)
水? と言っているのか?
「お前はいったい誰だ、それにこの頭の中に直接聞こえてくる声はお前の仕業なのか?」
(う…ん、口…が無い…から、こうやって念話で…話してるの……)
「そうなのか……俺も頭の中で考えた方が良いか?」
(その……まま。 で……も聞こえる……から……、普通に話しても、いい…よ?)
何とも途切れ途切れの声だが、敵意は無さそうだ。
「そうか。 先程言った『水がいるのか』と言う問いに対してだが、欲しいというのが俺の答えだ。 水を貰えるのか?」
(うん……、水を上げても……良いけど……。 攻撃……しない?)
恩人を攻撃する程、俺って攻撃的に見えるのか? ちょっとショックだ……。
「水を譲ってくれるんだ、攻撃しないと誓うよ」
(じゃあ……。 今から出て…いくね……)
こんな砂漠にいる者が貴重な水を、タダで恵んでくれるのはとても思えない。
念の為エリアを庇う形で念話の主が入って来るのを待っていると、入り口に青く澄んだ1匹のスライムが現れた。
「声の主はスライムだったのか」
(怖い?)
「いや、意思疎通が出来るんだ、怖くは無いさ。 それに、お前に敵意があるのなら、こんな回りくどい事はしないだろ?」
(あり…がとう……。 どれくらい欲しい……の?)
どれくらい……。
「取り合えず沢山……かな。 この砂漠を超える為には、まだまだ水が必要になりそうだしな」
(砂漠を……抜けるの? それなら……ここからだと……順調に行っても……あと14日……くらい…かかる…よ?)
「マジでか……。 今持ってる入れ物に目一杯入れても全然足りないだろうし……、体力が落ちた俺達じゃなおさら足りないか……」
(取り合え……ず、今、水…を出すから飲ん…で?)
取り合えず、先に俺より今すぐにでも飲まないとまずい状態のエリアに飲ませないと。
「エリア、寝た所悪いが……起きてくれ」
「んん~…。 共也さん、どうしたんで……ス、スライム???」
寝起きなせいもあって慌てて攻撃しようとするエリアを、俺は慌てて制止した。
「待て待て、攻撃しようとするんじゃない! このスライムは俺達に水を譲ってくれるらしいぞ?」
「ふぇ?」
(エリアって……言うの? ……よろしく…ね?)
「うわ、スライムが喋った!」
「ぷっ!」
「共也さん、何で笑うんです!」
「いや、俺と全く同じ反応だったから可笑しくてつい……ククク」
「むう!!」
エリアの反応が可愛くてつい笑ってしまったが、その後彼女に仕返しとして思いっきりお尻を抓られるのだった。
==
「この空の水筒に取り合えず入れてくれるか?」
(いい…よ?)
すると伸ばした触手が水筒の中に入ると水が生成されて行き、すぐに一杯になるのだった。
「君は本当に水が出せるんだな」
(凄い?)
「あぁ、この灼熱の砂漠で何故スライムが生存して行けるのか不思議だったが、自分で体を維持出来ていたんだな」
(うん。 でも……やっぱりここは熱い……から嫌……)
「そりゃそうか。 エリア、先にこの水を飲んでくれ、もう体が限界だろう?」
「でも……」
「飲・む・ん・だ!」
「……は~~い。 ではお先に頂きますね」
水筒を手渡すとやっぱり限界だったのか、エリアは浴びる様に水を飲み始めたのを見届けると、俺はスライムに礼を言う。
「水をくれて助かったよ。 ええと…なんて呼べばいいかな?」
(私の名前? 好きに……呼んで良いよ?)
あなた? あ、そう言えばまだ自己紹介をしていなかった……。
「俺が名前を決める前に自己紹介をさせてくれ、俺の名は最上 共也。 そして、こっちの白髪の女性はエリアだ。 よろしくな」
(よろしくね? 共也、エリア)
「でだ、水をくれたお礼に、君に名を送らせて貰えないかな?」
(名前……。 うん……、お願い……)
「良い名を送らせてもらうよ。 う~ん、そうだなぁ……」
命の恩人であるこのスライムに少しでも良い名前を付けて上げたくて暫く悩んでいると、地球で有名な水の精霊の名前が思い浮かんだ。
「【ディーネ】。 ディーネって名はどうだろう?」
(ディーネ?)
「あぁ、俺が居た世界に伝わる伝承に、水を司る有名な精霊がいるんだ。 君が水を生成する姿を見て思い付いたんだけど……。 どうかな?」
(ディーネ。 うん……この名前……好き……。 今から私はディーネ!!)
ディーネと名付けられた事が余程嬉しかったのか、スライムは上下に伸び縮みして喜びを表現している様だった。
(共也、お願いが……あるんだけど……良い?)
「何だ?」
(共也と…エリア……に付いて行きたい……。 これからも、水が必要なん……だよ…ね?)
この申し出は俺達に取っては願ったり叶ったりだが……。
「俺とエリアは助かるが、ディーネは良いのか?」
(うん……。 ここには……、熱いだけで……何も……無い。 だからついて……行きたい)
「わかった……。 よろしく頼むよ、これからはずっと一緒だな!」
(うん。 これからはずっと一緒……)
俺の右手の指と、ディーネが伸ばした触手が触れた瞬間、俺の左手の甲に刺すような痛みが走った。
「痛っ!」
「共也さん!?」
慌てて左手の甲を見ると、そこには菱形の青いアザが刻まれていた。
何だこれ……。 あ、まさか!
俺は慌てて自分のスキルカードを確認すると、驚く事にスキルが増えていた。 しかも……。
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【名前】
:最神 共也
【性別】
:男
【スキル】
:【共生魔法】
・(水魔法:近くにディーネがいる事が条件)
:【剣術】
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あれだけ使用方法が謎だった共生魔法の項目の中に、ディーネが近くにいる事が条件の様だが、水魔法が追加されているのを見つけた。
「共也さん、急にスキルカードを取り出してどうしたんです?」
この世界に来てから、皆に使い方も分からないスキルだと言われて来た事を思い出し、俺はエリアに話し掛けられた事で感極まって涙声で返事を返していた。
「あ、あぁ……。 ディ、ディーネを触った時に左手に熱が走ったから、もしやと思ってスキルカードを確認したら……」
「まさか?」
「そのまさかだ……。 ディーネが近くにいる事が条件だけど、共生魔法として水魔法が追加されていたんだ……」
「共也さん、おめでとうございます……」
優しく微笑むエリアに『ありがとう』と返すのだが、今思うと何故急に共生魔法が発動したのか謎だった……。
「う~~ん。 こうして謎だった共生魔法のスキルが発動してくれたのは嬉しいんだが……。 未だに発動する条件が分からないのはなぁ……」
「ふふふ。 使え無いと言われてたスキルが、ちゃんと発動すると分かっただけでも収穫じゃないですか! それに、条件付きとは言え水魔法が使える様になったって事は、共也さんのスキルは発動すれば新しい魔法を使えるようになるって事じゃないですか?」
「そうか……。 そう言う可能性もあるのか……。 これはディーネの時の様に、新しい出会いの時に期待しないとだな!」
「……共也さんのその言い方って、何だか女性を口説こうとしてるチャラ男みたいで何か嫌な感じですから、訂正を求めます……」
「プッ! 何だそれ、アハハハハ」
「うふふ」
(あは……は?)
俺達は水の心配をしなくて良くなった事で、久しぶりに大きな声で笑いあった。
一緒に来てくれる事となったディーネのひんやりとしたプニプニボディーを触りながら話している内に、俺達は何時の間にか深い眠りに落ちていた。
ついに共生魔法のスキル開放ですね。
次回は『魔剣の秘密』を書いてみようかと思います。
 




