兵士達との合同訓練①
【兵士達との合同訓練当日】
兵士達との野外合同訓練の日を迎えた俺は起床すると、まずは合同訓練に向かう前に腹に少しでも入れておこうと思い、食堂に向かう為に部屋の扉を開いた。
「あ、共也さん、おはようございます!」
その台詞が、扉を開けた俺が聞いた第一声だった。
「えっと……。 もしかしてだが、ミランダか?」
そう。 何時から扉の前に待機していたのか分からないが、先日俺をテトラとアーヤを攫った誘拐犯だと決めつけたミランダが、城のメイド服を着て部屋の前に尻尾を左右に何度も振りながら立っていたのだった。
「はい! 私、タークスお爺様の命令で、共也さんの専属メイドとして派遣されたのです。 まだメイドさんの仕事に不慣れですが、頑張りますのでよろしくお願いしますね!」
「身の回りの事は自分で出来るから要らないって選択をするのは可能?」
そう言うと、ミランダは体を小刻みに震えさせると、いきなり足にしがみ付いて懇願し始めた。
「共也さん、お願いですから、私をここで働く事を認めて下さい!」
「何でそこまで必死に、俺の所で働こうとしてんだよ! 俺はもう気にして無いって言っただろ!?」
「共也さんは気にして無くても、あの場にいた獣人族の代表者達が気にしてるんですよぉ! 特にお爺ちゃんなんて、もし共也君に働く事を断られた場合、恥をかかせた罰として知り合いのお爺ちゃんの元に嫁入りさせるなんて言ってるんですよ!?」
「えぇぇ……」
涙目で必死に懇願するこの娘が政略結婚の道具にされる姿は見たく無いが、俺専属のメイドとして働く……か。
正直に言って子供の頃から一通り家事などが出来る俺に取って、身の回りを世話をしてくれるメイドは要らない。 だが、断るとこの娘が望まない結婚をさせられてしまう……。
しかも相手は知り合いのお爺さんと来た……。
「う~~ん……」
「お願いです共也さん!!」
何故朝っぱらからこんなに考える事になるのか分からないでいると、こんな騒ぎを起こせば色々な人が興味を持って集まって来るのは仕方ないが。
ダグラス。 俺が困っている姿を見て、楽しそうに笑ってんじゃねぇよ!!
「おい、あんな少女の弱みを握って、専属メイドにするとかあの優男、見た目と違って鬼畜だな……」
「全くだぜ。 むしろ、あの娘は俺の専属にしたい……ゲフンゲフン!」
「お前なぁ……。 だけど、この城には沢山のメイドさんがいるが、あんな美少女ってこの城にいたか?」
など憶測が飛び交い、途中からミランダを雇わない俺に白い眼を向ける始末だ……。
「どもやざ~~ん!」
「分かった。 分かったから!!」
「本当!?」
「あぁ……。 でも、俺はこれから兵士達と、野外に魔物達との戦闘訓練に出かけるから、そこから帰ってからと族長達には説明してくれ!」
「はい! 精一杯ご奉仕させて頂きますね!!」
今まで死にそうだった顔は何だったのかと言うくらい、彼女は良い笑顔で笑うとゴールデンレトリーバー特有の金毛が生えた尻尾を大きく振りながら帰って行った。
まだ朝が始まったばかりなのに人の一生に関わる選択に関わったせいで、何だかドッと疲れた……。
未だに楽しそうに笑うダグラスの腹にパンチ一発入れた俺は、取り合えず合同訓練が始まる前の朝食を取りに2人で向かうのだった。
ミランダが俺専属のメイドに……ねぇ……。
=◇====
「いや~~。 朝から面白いものが見れたよ、ごっそさん!」
「後で覚えておけよ、ダグラス……」
食事を終えた俺達は、合同訓練の参加者が集まる場所に指定されている東門に向かって移動していた。
「しかし、お前は本当に地球に居る時から女性関係でトラブルを引き起こす奴だったが、こっちに来てからさらに酷くなってないか?」
「言うな……。 俺もそれは気にしてるんだから……」
「まぁ、これ以上女性関係で問題を起こさない様にするこったな! でないと菊流に刺されるぞ?」
「肝に命じておくよ……」
集合時間の少し前に東門に着くと、そこにはすでに多くの兵士達が、出発の準備に取り掛かっている所だった。 何人かの転移者もすでに来ているが、大半の人がまだ自分の装備を持っていない為、物資担当の兵士に話し掛け装備を貸り受ける手続きをしている所だった。
「っと。 俺も装備借りる手続きをするのを忘れてた。 共也、また後でな」
「あぁ、ダグラス、合同訓練頑張ろうな!」
エリアの提案を聞いて、パーティーに必要な装備品や雑貨などを揃えていて良かった……。 そう言えばあの魔道具屋エストで、どんな物が置いてあるか詳しく見ておけばよかったな。
無事帰還出来たら覗いて見よう、そう決意した俺は集まった人達を眺めていた。
そして、借りた装備を装着する指導を受けている転移者の中に、ジェーンがいるのを見つけた俺は、足音をさせない様に背後から近づくと、彼女の頭の上に手を置いた。
「ぬぬ?」
すると急に手を頭に置かれた事で驚いたジェーンが変な声を出して顔を上に向けると、そこに俺が居たものだから嬉しそうに笑うのだった。
「えへへ、また共兄に会えた。 嬉しい……」
目を細めて笑う彼女の頭を何度か撫でると、気持ち良さそうに身を委ねる彼女の姿が、近所で俺に懐いていた野良の子犬に見えてしまうのだった。
「俺もジェーンに会えて嬉しいが、やっぱりジェーン以外の年少組は不参加なのか?」
この質問をしたのが不味かったのか、ジェーンは自分の頭に乗せられている俺の手に自分の手を重ねると、悲しそうに俯いた。
「はい。 危ない場面に遭遇したら兵士さん達が助けに入ってくれるとは言っても、下手をすると命に関わる事なので強制はしたくないです……」
「そりゃそうか……。 魔物とは言え、命のやり取りをする訳だからな……。 ジェーンは平気なのか?」
「先日の小姫ちゃん達を救助する時に魔物を見ていると言うのもありますし、多少の免疫は出来てるはずなので大丈夫です。 ですから年少組に対する心象が悪くならない様に、私だけでも参加しようと決めたんです」
「ジェーン、俺も先日ゴブリンを何度か殺してるから、もう奴等と対峙しても平気だが、君はまだ子供だ。 何故そこまで頑張ろうとするんだい?」
暫く無言になった彼女が何を思い出したのか分からないが、俺の手を握る力が少し強くなったのを感じていた。
「共兄。 ……実は私、転移される前に起きた戦争で、両親と兄を亡くして天涯孤独の身なのです……」
「戦争でって、まさか……。 あの大国の侵攻の時に?」
「はい……。 そんな私が戦災孤児として偶々日本の孤児院にいた所で、この世界に召喚されたました。 ですので、身寄りが無い私が死んでも誰も悲しむ人はいないんです……」
普段あれだけ素敵な笑顔を振りまくこの娘が、あの理不尽な理由で始まった戦争で両親と兄を無くしているなんて想像だに出来なかった……。
そして、彼女の言葉は続く。
「『魔族側には、送還魔法が伝承されて残っているかもしれない』このグランク様の発言が真実なら、年少組の皆には両親がいる地球に帰れる、その時が来るまで無理はして欲しくないんです……。 私と違って悲しんでくれる肉親がいるのですから……」
悲しそうに語るジェーンを慰める意味も含めて、彼女の頭に置いていた手で再度優しく撫でるのだった。
「共兄?」
「ジェーン、自分が死んでも悲しむ人がいないと言うのは止めるんだ……。 君が死んだら小姫ちゃん達は、絶対に悲しむぞ?」
「あ……。 そう……ですね。 ねぇ共兄。 共兄も私が死んだら悲しんでくれますか?」
「当たり前じゃないか、死んでも良いと思ってる奴の頭を、こうやって撫でる訳ないだろ?」
「えへへ。 じゃあ、共兄に再び撫でて貰う為にも、頑張って生き残らないとですね」
「ああ、俺より先に死んだら許さないからな?」
「それは私の台詞ですよ、共兄!」
「あはは、確かにそうだな!」
俺とジェーンはお互い笑い合っていると、出発準備をしている兵士達の間をすり抜けて近づいて来る子供がいた。 どうやら先程話に出て来た、小姫、風、冷の3人が、合同訓練に出発するジェーンの為に見送りに来たらしく、目の前まで来ると3人共頭を下げて来た。
「共也さん、先日は本当にありがとうございました! 本当なら私達も、この訓練に参加出来れば良かったのですが……」
「「まだ満足に戦えないこの成長していない体が恨めしい……」」
「小姫ちゃん、風ちゃん、冷ちゃん……。 今は戦闘スキルが揃ってる私が頑張る。 だから、いつか一緒に戦えるように今3人は訓練で力を付けて」
「「「ジェーンちゃん……」」」
「3人共、ジェーンの言う通り、君達が今するべき事は何時か一緒に戦えるように力を付ける時だよ。 それに小姫ちゃん、君は錬金術で作った薬で皆を助けてくれるんだろ?」
「はい、もちろんです! いつか皆さんを助けれるように、これからも沢山精進して行きます! ですから、共也さんも私が自信を持って提供出来る薬が出来たら、何時か使ってみて下さいね!」
「あぁ、その時を楽しみに待っているよ」
小姫ちゃんは、俺の言葉に満足したのか小さく頷くと、懐からアイテムを取り出すとジェーンに差し出した。
「ジェーンちゃん、はい! これ」
手渡された小さなポーチの中を見たジェーンは目を剥いて驚いた。 何故なら、その中には見ただけで上質だと分かる緑色ポーションの小瓶が6本収められていたからだ。
「これは……。 この短期間で、これだけの量を錬成するのは大変だったでしょうに……。 でも、まさかまた自分で素材を取りに行ったんじゃないでしょうね?」
ジェーンのジト目に慌てて否定する小姫ちゃん。
「ち、違うよ!? 今回は兵士さん達にお願いして、新鮮な薬草を取ってきてもらったから前回の様な事はしてないよ!」
「それなら良いですが……」
「おっほん! ジェーンちゃん、合同演習を怪我無く乗り越えるのは当たり前として、頑張って来てね応援してる!」
「強引に話を変えようとしてるみたいですが……まあ良いです。 合同訓練を頑張って来ますから、帰って来たらまたお話ししましょうね?」
「「「待ってる!!」」」
3人のその言葉に涙を浮かべたジェーンは袖で拭うと、小姫ちゃん達に笑顔で頷くのだった。
「風ちゃん、冷ちゃんから何も言わなくて良いの?」
「「死なない程度に頑張れ?」」
「もう、2人共……」
「共也さん、パーティーは違うから別行動になるかもしれませんが、ジェーンちゃんの事を気に掛けて上げて下さい……」
そう言うと小姫ちゃんは、日本人らしく深々と頭を下げるのだった。
「ああ、今回は演習と言っても兵士さん達もいるんだから事故なんて起こる訳無いし、安心して城で帰りを待っていると良いよ」
「はい! ジェーンちゃん、帰って来たら合同訓練のお話を聞かせてね!」
「ええ、必ず。 3人とも、行って来ます」
「行ってらっしゃい!」
そう言うと、小姫ちゃん達3人は手を振りながら城へと戻って行った。
ふむ……、ジェーンと違うパーティー……か。
小姫ちゃん達3人が見えなくなるまで手を振っていたジェーンに、俺はある提案を持ちかけた。
「なぁジェーン」
「はい? 何でしょう、共兄」
「エリアと菊流に相談した後になるけれど、俺達のパーティーに入る気はないか?」
俺からのパーティーの勧誘が来ると思って居なかったジェーンは、目を丸くして驚いていた。




