過去の記憶 前編
(薄暗いけどここは……どこだ?)
水の中をユックリと沈んで行く様な感覚の中、周辺を良く見回して見るとく薄暗いく、そして、とても静かな空間だった。
この静かな空間に自分の意識が溶け込んで行く感覚を、俺は子供の頃から何度も体験していた。
ああ……、またこの夢か……。
今まで生きて来た中で一番幸せだった頃の夢であり……。
そして……。
徐々に意識が暗く染まって行き、遠くから懐かしい声が聞こえて来た。
「……ん、……ちゃん」
この声は……。 僕の一番大切な人の声だ……。
その声に導かれるよう意識を集中すると、俺の体が激しく体を揺さぶられている事に気付いた。
行こう、またあの娘が呼んでる……。
そして、俺はその娘に会う為に、意識を覚醒させた。
「共也ちゃん、そろそろ起きて!! 起きてくれないと、お昼寝の時間が終わっちゃうから先生が来ちゃうよ!?」
「う、う~~ん。 後5分……」
「もう! 起きてってばぁ!!」
黒髪の女の子が、そろそろ先生が来る時間だと教えてくれたが、まだ寝続けている俺を起こそうとして何度も両肩を左右に揺すり続けているが、起きないといけないと思っているのに眠気が凄くて起きれそうに無い……。
早く起きないとあの一撃が来るのに……!
「相変わらず共也は寝起きが悪いよねぇ。 【千世ちゃん】も千世ちゃんだよ。 そんな起こし方だと共也はなかなか起きないって知ってるじゃん」
「良いの! 私が、共也ちゃんを優しく起こして上げたいんだから!」
「両肩を掴んで揺さぶるのは優しいって言うの?」
「た、多分……」
「ん~~。 時間も無い事だし、ここはお母さん直伝のやり方でしで起こして上げる!」
「お母さんにならった起こし方? どうやるの?」
「え、へっへ~~」
楽しそうに笑う赤髪の少女は、何を思ったのか俺が寝ている布団を跨いで立つのだった。
「まさか、共也ちゃんを起こすやり方って……」
「共也、おっきろーーーーー!!」
「駄目! 【菊流ちゃん】!」
「え?」
黒髪の少女千世ちゃんが止める前に、菊流少女は俺が寝ている上で拳を作ると、それを振り下ろした。
―――ボスン!!
「うげ!!?」
掛け布団越しにだが打ち下ろしによって殴られた衝撃が僕の腹部を容赦なく襲って来た事で、すっかり目を覚ましてしまった。
「わ~~い、共也が起きた! ね、千世ちゃん、こうやるとお父さんが早く起きるって、お母さんが言ってたんだよ!!」
僕を起こす事に成功した事が余程嬉しかったのか、菊流と呼ばれた女の子は嬉しそうに笑っていた。
「菊流ちゃん……。 それってさ、起きたって言わなく無い?」
「そうなのかな?」
菊流の行動を非難してくれた千世ちゃんだったが、当の本人は何故非難されているのか分かっていないようで、首を傾けて不思議そうな顔をしていた。
そんな彼女は放置して、千世ちゃんと呼ばれた少女は俺が殴られた箇所を優しく撫でてくれていた。
「共也ちゃん、痛そうだったけど大丈夫?」
「う、うん。 ちょっと痛むけど大丈夫だよ、千世ちゃん。 心配してくれてありがとう」
「良かった……。 もう! 菊流ちゃん、やり過ぎだよ!!」
「ん~~。 でも起きる時間に間に合ったから良かったじゃん!」
「違う……。 そうじゃ無いのよ菊流ちゃん……」
「ん~~~~?」
(そうか、ここは保育園で今は昼寝の時間が終わった所か)
殴られた箇所を優しく撫でてくれているこの少女の名は神白 千世4歳。
この街に唯一存在する神社、【神白神社】の神主である神白 京谷を父に、そして神白 砂沙美を母に持つ少女だった。
そんな彼女は、その茶色の瞳で俺を心配そうにジッと眺めていた。
「共也、あれくらい耐えられるくらい鍛えないと、この先何かあったら私と千世ちゃんを守る事なんて出来無いぞ?」
「千世ちゃんは分かるけど、何でお前を守る必要があるんだよ……。 今でも十分強いじゃんか」
自分から打ち下ろしと言う名の強烈な一撃を僕の腹に撃ち込んでおいて、こんな理不尽な事を言う娘の名は花柳 菊流4歳。
空手道場を経営する花柳 凍矢を父に、そして花柳 冷華を母に持つ格闘一家の長女で燃える様な赤色の瞳と髪を持ち、そして、もみ上げを鎖骨まで垂らして後ろ髪をウナジの辺りで1本に纏めて腰辺りまで伸ばしていた。
そんな菊流と言う少女は、皆がみんな可愛らしいと言う部類に入るんだけど、力加減が苦手な点が大きなマイナスの残念な女の娘だった。
そんな彼女は俺の思考を読み取ったのか、頬を膨らませて睨んで来た。
「何か、とても失礼な事を共也が考えてる気がする……」
「き、気のせいだよ菊流ちゃん」
「本当~~? 怪しいな~」
「それより菊流ちゃん、共也ちゃんにちゃんと謝って上げて! 殴られた所が痛いって言ってるんだよ!?」
「何で私が謝らないといけないの!? 時間ギリギリまで起きない共也のせいじゃん!」
「謝って!」「い・や・だ!」
『「何よ!!」』
千世ちゃんと菊流の2人が俺を置いてキャアキャアと取っ組み合いを始めると、奥から1人の男の子が僕達の前に現れると大きな声で非難し始めた。
「菊流ちゃんがせっかく起こしてくれたんだから、お前がいちいち文句言える立場じゃないだろ!? それに、この時間までお昼寝してたのはお前だけだったんだから、菊流ちゃんの言う通りお前が悪い!」
「えぇ!? 僕、一言も文句なんて言って無いよね!?」
今も取っ組み合いをしている千世ちゃんと菊流にではなく、何故か僕に文句を言ってくるこの男の子【黄昏 光輝こちらも4歳】の行動の意味が分からなかった……。
光輝の容姿は将来はイケメンになって沢山の女性を泣かせそうだと思う程整っていた。 紺色の瞳、そして自慢の金髪を短めに切り揃えている。
そして、その光輝は【黄昏 龍治】を父に、【黄昏 政子】を母に持つ、僕の住むこの街を実質支配している【黄昏家】の御曹司なのだが、どうやら僕は光輝に嫌われているらしく、妙に喧嘩腰な態度で接される事が増えていた……。
この3人以外にも幼馴染が何人かいるが、後々紹介していく事になると思う。
未だに僕を射殺せそうな視線で睨んで来る光輝を無視していると、起床の時間が来たのか保育士の先生が扉を開けて入って来た。
「皆さ~ん。 ちゃんと起きてますか?」
「は~~い!」
「良い返事ですね! そろそろ皆さんのお父さん、お母さんがお迎えに来られますから、忘れ物をし無い様にちゃんと確認してから帰って下さいね?」
「は~い!!」
保育士の先生が全員が起きてるかを確認しに来た理由は、どうやらもう僕達の保護者が迎えに来る時間だと教える為だった様だ。
そこで先程の光輝が手を真上に上げると、保育士の先生に余計な事を報告する。
「はい! 1人を除いて、皆起きていたから両親が迎えに来ても大丈夫です!」
「・・・・・」
保育士の先生に、ギリギリまで僕が寝ていた事を嫌味ったらしく報告する光輝に腹が立つ……。
そんな黄昏家の御曹司である光輝を、保育士の先生は褒めちぎる。
「さすが黄昏家の御曹司の光輝君ですね。 皆の行動をちゃんと把握する能力、すでに4歳とは思えない能力を隠しているとは感服ですわ。 御立派です」
「当然ですよ! 何処かのぼんくらとは違いますから!」
勝ち誇ったように笑い視線を僕に向けて来るこいつの顔面に拳を叩き込んでやると誓い、今は光輝の事を無視する事に決めるのだった。
一体こいつは何なんだよ……。
「オホホ! 皆さ~~ん。 光輝君を見習って頑張りましょうね」
黄昏家の一族に誰も逆らえないのは分かってるけど、余りにも露骨すぎるんじゃない?
保育士の光輝のヨイショを眉を狭めて聞いていると、服の袖を引かれている事に気付きそちらに目線を移すと、そこには申し訳なさそうな顔をしている千世ちゃんがいた。
何か様かな?
「ねえ、共也ちゃん」
「ん? 何?」
「あのね、今日、京ちゃま達が迎えに来てくれたら一緒に帰ろ?」
「へ?」
千世ちゃんの言う【京ちゃま】とは、彼女の父親の京谷さんの事だ。
彼女の説明によると、京谷+おとーちゃん+おとーさまを順々に言ってどれがしっくりくるか試していたらしいのだが、何時の間にか全部が合わさった呼び方がクセになってしまい戻らなくなったらしい……。
(ちなみに母親の砂沙美さんは、砂~ちゃまと言うらしい)
京谷さん達もその言い方はあんまりだと言う事で直させようとしていたのだが、結局どれだけ注意しても修正出来なかったらしく、結局かなり独特な呼び方になってしまった様だが、僕達は気にしない様にしている。
そんな事より、この後の事だ!
一緒に帰ろうとお誘いを受けた僕は、嬉しさを顔に出さないようにするのが大変だった。
「う、うん。 僕は良いけど何かあるの?」
「うぇ!? えっと……。 その、ね。 ちょっと京ちゃま達にお願いしたい事があるから、一緒に居て欲しいなって思って……。 駄目かな?」
好きな女の子に上目使いでお願いされたら、断れる男っているのだろうか?
「僕は良いよ。 じゃあお父さん達が迎えに来てくれたら一緒に帰る?」
「ありがとう! うん! 京ちゃま達が迎えに来てくれたら、一緒に帰ろ!」
「うん。 それで千世ちゃん、お父さんにどんなお願いするの?」
そのお願いの内容が気になって、僕は千世ちゃんに話を聞こうとしたのだけれど。
「うふふ~♪ まだそれは内緒! 後でね!?」
そう言って千世ちゃんは人差し指を口に当てると、ニッコリ微笑んで僕の質問がはぐらかされるのだった。
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それから時間の許す限り保育園の敷地内で遊んでいた僕達が迎えを待っていると、数人の保護者がいつの間にか来園して友達を連れて帰って行った様子だった。
そして、待っていた人物が千世ちゃんを迎えに園に訪れた。
「先生、お世話になって居ます。 千世の父の京谷です、娘を迎えに来ました」
「あら、あら、お疲れ様です。 千世ちゃ~~ん。 お父さんが迎えに来てくれたわよ!」
「は~~~い!」
迎えに来てくれたお父さんの前まで千世ちゃんが歩いて行くと、京谷さんは彼女の脇に手を入れて抱き上げると愛しそうに微笑んでいた。
「千世、良い子にしてたかい? 外でお母さんも待ってるから早く帰ろうか」
「えっと京ちゃま。 実は共也ちゃんと一緒に帰る約束したから、彼のお迎えが来るのを少し待ってもらっても……。 良いかな?」
「それは大丈夫だよ。 だけど私も神社のお仕事があるからあまり長くは待てないよ?」
「うん、分かった! ありがとね京ちゃま♪」
笑顔でお礼を言われた京谷さんはだらしなく鼻の下を伸ばしているが、その姿を僕達は見なかった事にした。
そこにヒョッコリと菊流が、僕と千世ちゃんの前に後ろに手を組んで現れた。
「ねぇ、共也。 千世ちゃんと一緒に帰るなら私も一緒に帰りた~~い」
「なんだと!! 菊流ちゃんが行くなら僕も行くぞ!!」
「それなら私達も~!」
「えぇぇぇぇ? 多すぎだよぉ……」
菊流の一言がきっかけとなってしまい、一緒に帰ろうとする友達が1人、また1人と増えて行き最終的に保育園に残っていた子供とその保護者で、途中まで一緒に帰る事になってしまった。
「共也の父親護です……。 先生、残っている人達が俺をずっと見ているのですが、一体何があったんですか?」
「あ、あはは~~……。 親護さん、頑張ってくださいね?」
「頑張って???」
親護父さんが迎えに来てくれた事で、一緒に帰る事になった人が全員集まったので、僕達は近場にある川沿いの土手を散歩しなが帰る事になったのだった。
人が多くなった事で予定が狂ってしまったのか、彼女は膨れっ面のまま綺麗な川が流れる土手を歩いていた。
「千世ちゃん、人がいっぱい付いてきちゃったけど大丈夫なの?」
「う~ん……。 もう少し先に河辺に降りられる所があるから、そこで京ちゃま達にお願いしてみようと思うの。 だから共也ちゃんもお父さんと一緒に来てもらっても良いかな?」
「お父さんも?」
「うん、お願い!」
「分かった。 じゃあ、ちょっとお父さんに、少し時間を取ってもらえるように話してくるね?」
他の保護者達と世間話をしながら後ろの方を歩いていた僕の父親の最神 親護に、この後千世ちゃんの両親と一緒に付いて来て欲しいとお願いすると、大丈夫だと了承を貰えたので千世ちゃんにその事を伝えると両手を合わせて嬉しそうに笑っていた。
「やった! ありがとう共也ちゃん!」
「う、うん」
千世ちゃんのお父さんにお願いをするだけなのに大袈裟だな……。
そんな千世ちゃんの姿を横目に見ながら土手道を5分程進んだ所で、目的の河辺に降りれる場所が見えて来た。
「共也ちゃん、行こう」
「うん」
京谷さんと砂沙美さん、そして僕と父の親護を伴い河辺に降りた千世ちゃんは、何故かとても緊張している様で、何度も深呼吸をしていた。
「すぅ~~。 はぁ~~~」
深呼吸をして落ち着いたのか、千世ちゃんは僕の手を握って来て京谷さんと砂沙美さんに真剣な眼差しを向けると、僕に立ち会って欲しいとまで言っていたお願いを口にした。
「京ちゃま! 砂~ちゃま! お願いがあるの!」
「千世ちゃんがお願いだなんて珍しいね、どうしたんだい? それに、そこに居る子供は共也君……だよね?
彼がここに居る事と千世のお願いは何か関係があるのかい?」
「あります! 京ちゃま、砂~ちゃま、千世はこの共也ちゃんとずっと一緒にいたいので、結婚する許可を下さい!」
『「「……………はぁ!?」」』
お願いの内容を全く聞かされていなかった僕もかなりビックリしたが、一番ビックリしたのは京谷さんだろう。
あまりに予想外すぎるお願いに完全に笑顔のまま固まってしまい、微動だにしていないのだから。
後書きなどは慣れてきたら書いていこうと思うので気楽にお待ちください。