クリスタルフォートレス城、広間での戦闘。
全身粘液に包まれた全裸の女性が、割れた繭に手を付きユックリと立ち上がった。
「はぁ~~。 やはり新しい体を得ると、清々しい気持ちになれるな」
その時、繭から現れた存在は自身の体の違和感に気付いて視線を下に向けた。
「ん? 何故か妙に胸が重い……。 そ、それに股に何も無い……。 確かに私は男の体を触媒にしたはずだが、何故か女性になってしまった様だな……。 まぁ、大した差がある訳でも無い問題は無いか」
(いや、大ありだろ!) と広間にいる全員が思ったが、そこは空気を読んで声に出す事はしなかった。
「さて、まず私がしないといけない事は……」
ガルーダとの戦闘で動けない愛璃と室生に代わり、エリアの前に立つジェーンが2本の片手刀に闘気を流して刃を形作る。
「服だな! 虫達よ、糸で私の服を作れ!」
「キチキチキチキチキチ!」
虫達が器用にブラジャー、パンティー、などを作り、それを恥じらいも無く公衆の面前で装着して行く女性に、私達はあっけに取られていた。
そして、真っ白な毛糸で編まれたセーターの様な服を着ると満足したのか、こちらに向き直った。
「さて、待たせて悪かったね。 突然現れた私が何者か君達も早く知りたいだろうから、まずは私が名乗ろうじゃないか。 ベルゼ、私の名はべルゼブブ、悪魔7人衆の1人だ」
『ベルゼブブ』その名を聞いた瞬間、エリアの脳裏にアリシアが体験した、過去の映像が脳裏に映し出された。
「ベルゼブブ、何故あなたが女性の姿に……。 あなたは元々マッドサイエンティスト風の「男」だったはずです」
「んん? 君は私が男だった頃の事を知っている様だが、何時の時代の事を言ってるのかね?」
「何時のってどう言う意味で……」
「ふむ、少し私の過去に付いて話そうじゃないか。 私は遥か昔に1度だけ瀕死に追いやられた事があるが、その時得た新たな能力によって核さえ無事なら何度も何度も生まれ変わる事が可能となったのだよ。 その何度目かの転生で女になっていたとしても不思議ではあるまい?」
「なっ!? 自力で転生など、そんな事が出来るはず……」
「何を言っている、実際この世は様々なスキルで満ち溢れているでは無いか。 人を癒す力、壊す力、そして、呪いを頻繁に使う我々悪魔に取って邪魔でしかない『解呪』と言うスキル……とかな?」
そう言い切ったベルゼブブの体がブレた。
「エリア姉!」
「!? 魔力障壁!」
青白い魔力障壁を私とジェーンを包む様に展開した途端、ベルゼブブが魔力を纏った拳で殴り付けて来たが、私の魔力障壁はヒビすら入らず彼女の攻撃を受け止めた。
「ほう、女となった事で幾ばくか筋力の落ちた私の攻撃とは言え、こうも見事に受け止めるとは……やるねぇ。 元シンドリア王女のエリア様?」
「やはり聖女の称号を受け継いだ私の事を知っていましたか……」
「そりゃあね。 長年所有者の現れなかった聖女の称号やスキルを得た者が現れれば、すぐに我々悪魔が知れる様に、分け身である虫共を世界中に放っていたのさ。 まさか我々が唯一警戒していたスキルを手に入れたのが、長年行方不明だったエリア王女。 お前とは夢にも思わなかったよ」
「では、あなたがわざわざここ、クリスタルフォートレス城で転生した理由とは……」
「そう、お前を殺す為だよ、エリア王女!!」
「無駄よ、先程の攻撃でエリア姉の魔力障壁をあなたが突破出来無いのは証明済み!」
「はは、悪魔を舐めるなよ小娘。 私は先程虫達の事を何と言ったか思い出して見ろ」
「!!?」
その言葉で、未だに繭の辺りで蠢く白い虫を駆除しようとしたジェーン達だったが、一足遅かった。
「さあ、分け身よ、我の体に戻れ……」
分け身である虫を手に取ったベルゼブブは、それを持ち上げ口の中に放り込んだ。
―――バキィ! グチャ、ボリ! ゴクン……。
「はぁ、ハハハハ! さあ、その魔力障壁は私の攻撃に何処まで耐えられるかな!?」
足元にいた虫を1匹食べただけなのに、ベルゼブブの魔力が跳ね上がり、それを両手に纏わせた。
「エリア姉、私が前衛に出ます。 後方支援はお任せします!!」
「分かったわ!」
だが、ジェーンが闘気刀でなんとかベルゼブブの攻撃を捌くが、隙を付いて1匹、また1匹とおやつ感覚で食べ進めるベルゼブブの魔力が徐々に上がり攻撃も激しくなって行く。
「はは、やるじゃないか小娘!」
「小娘じゃない、私の名はジェーンだ!」
「ではジェーン、転生した私の獲物第1号と言う名誉をくれてやる。 安心して死ね!」
「死ぬもんか! 私は共兄のお嫁さんになるんだ!!」
エリアの補助魔法も有り少しは渡り合えているが、これ以上ベルゼブブの能力が上がった場合対処が困難になりかねない。
「くぅ!」
「ほらほら、どうしたジェーン。 このままだと、その共也とか言う者の嫁になる事が出来んぞ!?」
ジェーン達の死闘が繰り広げられている中、リリーが張った魔力障壁の中で木茶華は小刻みに震える手を胸に抱き、自身が戦うと決めた本当の敵の強さを知り今まさに心が折れそうになっていた。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。 私、何でこんな命が軽い世界に来たんだっけ……。 分からない、分からないよぉ……。
「……さん、……らさん、木茶華さん! 聞いてますか!?」
そんな震える木茶華の肩を揺さぶって現実に引き戻したのは、魔力障壁を張って木茶華を守っていたリリーだった。
「え、あ、リリー……様?」
「様は要りません。 木茶華さん、立てますか?」
「た、立てます……」
「でしたら、今なら後ろの階段からならこの場所から安全に離脱出来ます。 木茶華さん、行って下さい……」
「え、でも……」
リリーの張る魔職掌壁内を見渡すと多くの怪我人や、戦場と化したこの広間でも必死に治療を続ける人達がいる中、私だけがこの場を逃げ出すの?
「それを言うのなら、この国の女王であるリリー様が離脱するべき……むぐ」
それ以上言わせない様に、リリーは人差し指を木茶華の口に押し当てた。
「私はこの国の王女、怪我をした民を見捨てて逃げる真似は出来ないの……。 贖罪と言う訳じゃないけれど、あなたを害そうとした私の我が儘を聞き入れてくれませんか?」
その事はもう気にしていない!
そう伝えようとするが、リリーは悲しそうに首を横に振った。
「私の軽率な行動のせいで、あなたやハンネちゃんどころか、やっと故郷の森に帰って来れたダークエルフ達にも迷惑が掛ける所だった……。 だから木茶華、逃げて。 そして、もし私達が今日ここであの悪魔に殺される様な事になったのなら、あなたがこの事をルナサス様達に伝えて世界を救って……」
「そんな! 私、世界を救うなんて出来ない! 精々歌って皆を強化する位し……か……」
ギリギリの戦いを続けるジェーンとエリアを見て、もし自分がスキル歌唱を使って2人を強化する事が出来たら状況が変わるかもしれない……。
でも、確実にあの悪魔のターゲットは私になるだろう……。 そうなると、戦う力を一切保たない私がどうなるかは、火を見るより明らかだ……。
ギュッと胸の服を握った木茶華は、大量の汗を額に掻きながら立ち上がった。
共也君、私に勇気を……。
「木茶華、あなたまさか……」
「リリー、私、歌うわ……。 でも、もしかしたらあの悪魔が私を殺しに来たら、私を置いて逃げて……」
「この国を救ってくれるかもしれないあなたを見捨てて逃げる何て出来る訳無いでしょ! 良いわ、あなたの事は私が命に掛けても守ってみせるから、想い切り歌いなさい、木茶華!」
「ありがとう、リリー……」
そう決意した木茶華は胸に手を当てて鼓動を落ち着かせると、大きく息を吸い込んだ。
すぅ~~~。
「ら~~~~、らららら~~ら~~~♪」
戦場となった広間に、木茶華の澄んだ歌が響き渡る。
「これは……、木茶華さんの?」
体が身体能力強化の効果を受けた事を示す黄色に光り始めたジェーンは、明らかに先程より力、速度が上昇した事で押され始めていたベルゼブブと互角以上に切り結び始めた。
「ぬ? 貴様に強化バフを施しているのはこの歌か? いや、貴様だけでなくこの広間にいる全員か。 厄介な……」
「彼女の邪魔はさせないわ! ルフちゃん!【忍術:風遁】」
「あい!」
「ちぃ、風の精霊か、邪魔くさい……。 キーリス、来ているのであろう? その強化バフをばらまく女を殺せ!」
べルゼがそう言うと、1人の治療師の影が揺らぎキーリスが飛び出して来た。
「キーリス!? 木茶華はやらせないわ!」
「退け、べルゼ様の命令によりその女を殺す。 貴様の相手はその後だ」
全力で魔力障壁を張ったリリーに対し、キーリスは呪いの影響を受けているのか黒く染まった自身の右腕で青く輝く魔力障壁に触れた。
すると彼が触れた部分が徐々に黒く変色し、そして……、硬質な音を出し魔力障壁が砕けた。
「そんな!? でも、木茶華さんは私が守る!!」
猛然と突っ込んで来るキーリスと、歌い続けている木茶華の間に立ったリリーは、攻撃魔法を展開して後は撃てば彼を止められる、そう思った時だった。
「リリー様、良くぞここまで成長しなさったな。 このキーリス、嬉しく思います……」
その柔らかく微笑むキーリスの笑顔に、過去の近衛隊長時代の姿がフラッシュバックしてしまったリリーは一瞬手を止めてしまった。
「え? き、キーリス、あなた正気にもどっ……しまった!」
「所詮貴様はその程度の存在だ。 誰も守れない、そして、今この瞬間も……」
横をすり抜けてたキーリスの服を掴もうとするリリーだったが、それも叶わず短刀を構えた彼が木茶華目掛けて突っ込んで行く姿だけが妙にハッキリ見えるのだった。
「木茶華!」
そんなリリーの叫びも虚しく、キーリスは短刀を木茶華目掛けて突き出した。
あ、私はここで死ぬんだ……。 共也君ごめんね、先に逝きます……。
最後まで全員を強化する為に歌いながら、死を受け入れた木茶華は目を閉じた。
「そんな、全てを諦めた様な面で歌ってんじゃないわよ!!」
そんな、何処か聞いた事のある声と共に、金属同士がぶつかる音が木茶華の前から聞こえて来た。
(え、私、生きてる?)
そっと目を開けた木茶華は、予想だにしなかった人物が私を守っている事に驚いた。
目の前には、地下牢に幽閉されていたはずの銀髪のダークエルフであるハンネが、何故かキーリスの短刀を受け止めていたからである。
「ダークエルフ、そこを退け。 貴様を殺すのはその後だ」
「うっさいよキーリス兄! あんたこそ、さっさと呪いなんか打ち破って正気に戻りなさいよ!!」
キーリスを弾き飛ばして距離を取ったハンネに、木茶華は驚愕の眼差しを向けた。
どうして私を仇だと言って殺そうとしたあなたが、私を守るの?
未だに必死に歌い続ける木茶華の考えが伝わったのか、キーリスに向き合いながらもハンネが口を開いた。
「私だってお前が仇じゃないと、頭の中では分かっていたのよ……。 でも、お前が光輝の妹だと知った時、あのキーリス兄の優しく微笑む顔がチラついて、お前を憎むしかなかったんだ……。 私を許せとは言わない……、だけど今だけはお前を守らせてくれ。 だから……お前も私に感謝する必要は無い……」
晩餐会で、この人が目の前に居るキーリスさんを愛していたと、ジュリアさんから聞いている。
私だって共也君の仇が目の前に現れたら、彼女と同じ事をするかもしれない……。
その場面に立つ私を想像したら、ハンネさんを憎む事など出来る訳がなかった。
「これは……」
現れた当初、歌の効果に含まれていなかったハンネさんだったが、私が心の中で許した事で歌の効果の対象となったらしく彼女の体も黄色く発光し始めた。
ニッコリと微笑む私の顔を見たハンネさんは、一瞬だけ泣きそうな顔を見せたが、直ぐにキーリスさんに向き直った。
そして、ボソリと小声で呟いた彼女の恥ずかしそうな台詞が、私の印象に強く残ったのだった。
「ありがとう……」 と。
「ハンネさん、せっかく地下牢から出して上げたのに、今まで何処に行ってたんですか!?」
「五月蠅いよジェーン! 丸腰で戦闘に参加出来る訳無いだろ!? これでも急いで駆け付けたんだから文句言うな!!」
どうやらハンネさんがここにいるのは、ジェーンが戦力が必要だと判断して独断で彼女を地下牢から出した様だが、戦闘しながら言い争う2人の姿に先程まで感動していた想いが冷めて行くのを感じていた……。
私の感動を返して……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
相変わらずの遅い投稿ですが、もう少し時間を作り投稿頻度を上げたいと思っています。
モチベーション維持の為、評価などしてくれると嬉しく思います。




