腐敗のノーチェ。
ドワーフの長老であるドワッチさんに『集落への滞在は認めるが歓迎しない。』そう言い切られてしまっては、命を助けた俺達を歓迎しようとしていた他のドワーフ達も俺達に近寄る事は出来無い。
そんな申し訳なさそうな顔をする彼等が選んだ選択は、結局長老の意見を聞き入れ遠巻きに眺めて干渉しない事だった。
倒れそうになるくらスキルの力を使ったエリアに対して、これがあんた達ドワーフ族の感謝の表し肩かよ……。 こんな事なら……。 いや、彼等を助けた事を後悔したら駄目だ。 良かったに決まってる……。
スキルの影響で未だに辛そうに俺にもたれ掛かるエリアの横顔を見た事で、彼等に対して黒い感情が頭を支配しそうになるが、そんな事を考えてしまうのは今日あった事で疲れているからだと自分を納得させた俺達は、集落の一角を間借りしてテントを張る事にしたのだった。
―――カンカンカン。
テントを張る為の楔を打ち込んでいる間中、ずっと膝を抱えながらジッと見て来る年少組のノイン、イリス、マリ。
そして、幼い訳では無いがエリアの好意を無下にされたと怒っている天弧と空弧が、文句を言いた気に頬を膨らませながら、ずっと俺を睨んでいる……。 はぁ……。
「なぁ君達。 何か言いたい事があるならハッキリ言ってくれないか? ずっと睨まれるのは流石に落ち着かないんだけど?」
「…………ならハッキリ言わせてもらうけど、共兄。 何でドワーフ達に文句を言わなかったの? エリア姉様は倒れる寸前まで魔力を使ってあいつ等を助けたのにこの扱いだよ? 腹が立たないの?」
「ノイン姉の言う通りだよ!? エリアママはドワーフ達を助けた謝礼として、金銭も物資も要求してないのに自分達に危害を加えた『腐敗のノーチェ』が人間って言うだけで、私達を一括りにして邪険に扱うのは酷いと思うの!」
「マリの言う事は正しい。 それに共兄さんの故郷には『恩を仇で返す』って事があるって聞いたよ?
そこまで私達を邪険に扱ってるくせに、奴らが何て言ったか忘れた訳じゃ無いよね?」
「イリスの言う通りだぞ共也! 奴らは再度ノーチェが来るかもしれないから助けてくれ、そう発言したのじゃぞ? 厚顔無恥とはまさにこの事じゃ!?」
「落ち着いて天弧」
「だがな空弧、奴らは!」
「天弧、あなたの言いたい事は分かってるから、少し黙ってて!」
ドワーフ達の文句を続けて言おうとしていた天弧を手を翳し制止すると、普段おっとりしている空弧が厳しい顔つきで俺を見ていた。
「共也ちゃん、あなたが最終決戦の為にドワーフ達との仲を取り持とうとしているのは分かっているわ。
でもね、さすがに私もあいつ等の戯言に対して頭に来てるって分かってる?」
足元に落ちていた手の平サイズの石を拾った空弧だったが、ユックリと砕き圧縮して行き最終的に砂の様に細かくしてしまうのだった。
「そりゃ分かってるさ。 俺だって出来る事ならこんな場所に1泊せずに、さっさとノグライナ王国を目指して鈴達を助けに行きたいさ」
「なら、向かえば良かったじゃない!!」
最初は勢いよく文句を言って来たノイン達も、空弧の怒り顔に毒気が抜かれたのか、今はすっかり大人しくなっていた。
こんな事なら、ハッキリ言ってくれって言うんじゃ無かった……。
そんな後悔の念を抱きつつも、何故このドワーフ達の集落に滞在する事を選んだのかを説明すると、空弧も徐々に落ち着きを取り戻して行った。
「なるほどね。 ノグライナ王国に向かう前に、後方の安全を確保する為にノーチェを倒す事にしたと……」
「あぁ、奴は集落中のドワーフ達を殺す事も出来たはずなのに、ギリギリ生き残る程度で止めていた。 奴はきっとドワーフ達が苦しむ姿を楽しんでいるんだろうよ」
「自分の成果を確認する為に、奴はここに再び来るって確信があるのね?」
「ああやって他人を苦しめる事に快楽を見出す奴の思考なんて単純なんだから、奴はきっとここに再び来るさ」
光輝もそうだが、下平の親父も似たような思考をしていたから何となく分かるんだよな……。 あまり分かりたくはなかったが。
「流石共也兄さんだね、私達が最後まで理解出来無かった【海里】の思考を理解するだなんてね。 それとも実体験による物なのかな?」
『「!?」』
唐突に背後から声を掛けられた事で俺と空弧が驚いて飛び退くと、そこには先程まで斎藤さんとイチャ付いていたはずの茜が腰を曲げた状態で微笑んでいた。
「あ、茜か、驚かすなよ……。 斎藤さんは?」
「あそこ」
「あそこ?」
茜が指挿す方向を見ると、そこには斎藤さんと茜の為に用意したテントがすでに張られていて……。
『ぐごおおおぉぉぉぉ~~』
あのイビキって……。
「今日はずっと山道を歩いて疲れたからって言って、酒を飲んで寝ちゃった」
「そうか……。 それはそうと茜、君がさっき口にした日本人っぽい名はもしかして……」
「うん、共兄の想像通りよ。 腐敗のノーチェ、日本名は腐森 海里、私達と同じく10年前に召喚された転移者の1人よ」
「やはりそうか……」
ワイバーンが住む岩山全域を毒霧で覆うなんて普通なら出来るはずが無い。
そんな強力過ぎる能力を何故ノーチェが持っているのか不思議に思っていたけど、やっとその理由が分かった……。
「共兄のその表情。 何となく想像してたみたいだね」
「強力過ぎるスキルだとは思っていたから、もしかしてとは思っていたけどな。 海里と言う名前からして女だとは思うが、茜は彼女と顔見知りって事なのか?」
「そうよ。 彼女から化粧のやり方とか女性に関する事を教わったから、仲が良かった……んだと思う」
「疑問形で言ってるのは何でだ?」
「う~~ん、何て言えば良いのかな。 そう、彼女って時々残虐な一面を覗かせるのよ。 普段はとても大人しくて黒髪の似合う可愛らしい女の娘だったんだけど、共兄達が親善大使で旅に出た頃だったかな。
良く庭に出て、そこで虫を無意味に殺して微笑む姿が何度も目撃されてたわ」
「それは……」
「うん。 皆、今の共兄と同じ様な反応で、次第に彼女から距離を取って行ったわ。 だけど、私はそれでも海里とは友達のつもりだった。 あの日、王都が占拠されて彼女が行方不明になるまでは……ね」
海里との関係を、茜は過去形で表現したと言う事は……。
「そうよ共兄。 あの日から数年後、私は海里と唐突に再会したの。 そして、海里の口からアポカリプス教団に来ないかと誘われたの」
「断ったんだよな?」
「もちろんよ。 だけどその瞬間、彼女はまるで私が長年追い求めていた仇かの様な顔をしたわ。 あの時見た海里の顔は心底恐ろしくて、今も忘れる事が出来そうに無いわ……」
「茜………」
―――パチン!
「あ、あの……。 共也さん、茜さん」
焚火にくべていた薪が弾けた音に顔を上げると、そこには皆の晩飯を作っていたヒナゲシが深刻そうな顔をして立っていた。
「あら、ヒナゲシちゃんじゃない、どうしたの?」
「皆の晩御飯を作っていたのですが、ノーチェ、海里さんの話題が聞こえて来たものですから、つい……」
「そう言えばヒナゲシはヴォーパリアにいたんだったな。 君は海里と面識があったのか?」
「はい。 私が不死者なのを知った彼女は『もう死ぬ事が無いんだから私の能力の実験台になりなさい!』と言われて、良く彼女にスキルの実験体にされましたから……」
『じ、実験体!?』
「はい、私の左頬の肉が無くなったのも……」
「彼女にスキルの事件台にされた影響で、って事なのね?」
「…………はい」
「そう…………」
そのヒナゲシからの告白を聞いた茜はしばらく顎に手を当てて考え事をしていたが、すぐに視線を鋭くして俺にある提案を持ちかけて来た。
「共兄。 あなたがノーチェを倒す為にこの集落に残ったのは知ってるけど、奴の相手は私達がするから、あなた達は朝になったらすぐにでもノグライナに向かって」
「茜、お前1人でやるつもりか!?」
「ふふ。 さすがに戦略兵器の化け物と化したノーチェを、私1人で相手出来るとは思っていないわ。 剣さんは当然として、他にも何人か残って貰うけど良いよね?」
「本人達が希望するなら、俺は構わないが……。 勝てるんだよな?」
「勝つわ。 勝って過去の因縁をここで終わらせるわ」
凛とした茜の発言に、ヒナゲシは何も出来ない自信を恨めしく思い視線を下に落としてポツリと呟いた。
「あ、茜さん。 私、あなたがノーチェに勝てるように応援していますから、頑張って下さい!」
「ん? ヒナゲシちゃん、何を言ってるの?」
「え? 何をって茜さんの応援を……」
「あなたもノーチェを倒す為のメンバーとして、ここに残るのよ?」
茜の思いがけない台詞に、俺達もだが一番驚いているのはヒナゲシ本人だろう。 彼女は目を見開いて口をパクパクして、茜の提案の意味を理解出来なかった。
「…………え? は? 私がノーチェを倒す為のメンバーとして、ここに残るんですか!?」
「そう言ってるじゃない。 嫌?」
「い、嫌とかどうとかの問題じゃなくて! 私自身スキルも何も持っていないですから、戦う術を何も持って無いんですよ!?」
「さすがにずっと一緒に旅をしてるんだから知ってるわよ」
「じゃあ!」
「ノーチェに良いように実験台にされたのに、何もやり返さない内に私が倒して良いの?」
何もやり返さない内に……。
思い起こされるのはヴォーパリアでの辛い日々。
必死に光輝の興味を引こうとした私だったが、結局菊流お姉様では無いと理解した彼の態度が周知された事によって、どれだけ虐められたり貶されたりしている場面を目撃しても興味無さげに去るだけだった。
そして、私はノーチェの実験台として扱われて……。
昔あった出来事を思い出した事で、私の口からスルリと言葉が出て来た。
「残ります!」
「うん、その一言を待ってたわ。 一緒に過去の清算をしましょうヒナゲシちゃん」
「よろしくお願いします……」
「ふふ、そんなに気負わなくても大丈夫よ。 ノーチェとは私達が戦うから、あなたは私が奴を倒す所を見届けて頂戴」
「はい!」
こうしてノーチェを撃破する組と、ノグライナ王国に向かう組に分かれて行動する事を夕食の時に皆へ説明すると、残ると進言してくれた人数が多くて意外だった。
【ノーチェ撃破組】
茜をリーダーとして、他は斎藤さん・ヒナゲシ・菊流・シャルロット・ヒノメの6人が、このドワーフの集落を再び襲って来るノーチェを撃破する為に残る事になるのだった。
「菊流も残る事にしたのか?」
「えぇ、共也と離れるは心配だけど、ヒナゲシを置いてなんて行けないわ」
「菊流お姉様……。 ありがとう……」
「ヒナゲシ、いざとなったらヒノメを囮にしてでも逃げるのよ?」
「菊流お母さん!?」
「そうやって驚いたふりをしてるけど、ヒナゲシが心配でしょうがないんでしょ?」
「な、何の事やら……」
「ヒノメお姉さんも残ってくれてありがと」
「お、お姉……。 ヒナゲシの事は必ず守ってみせるから、私に任せなさい!」
「はい、頼りにさせて頂きますね!」
菊流達と別れの挨拶をしている後ろでは、イリスとシャルロットも離れた場所で今回の事で話をしていた。
「シャル姉、どうして残る事にしたのですか?」
「ねぇ、イリスちゃん。 岩の窪みに残っていた毒霧の成分を調べてみたんだけど、どうやら私が知らない構成構造だったの。 もし、エリアさんが居なくなったこの集落に、また毒が蒔かれたらどうなると思う?」
「あ……」
「そう。 今度こそドワーフ達は全滅するわ。 だから急いで毒の成分を解析して解毒剤を作る必要があるの」
「でも……」
「そう悲しい顔をしないでイリスちゃん。 必ず後で追いついてみせるから、ね?」
「はい……」
「ダグラスさん、イリスちゃんの事を頼みます」
「分かった」
後ろ髪を引かれる想いだったが、ノグライナ王国に居る鈴達を救う為に急いで向かう事にするのだった。
それから2日程ノーチェの襲来は無く、ヒナゲシの食事を振舞ったお陰で徐々にドワーフ達とも打ち解け始めていた頃だった。
ドワーフ達の集落の入り口から不穏な空気が流れて来たのを、いち早く斎藤さんが察知した。
「茜殿、来たぞ」
「ありがとう斎藤さん」
2人で鯉口を軽く切った所で、何年も前に聞いた懐かしい女性の不気味な声が辺りに響くのだった。
「うふ、うふふふふふふ。 ドワーフさん達、あ~~そび~~ましょ~~~!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回はノーチェ戦を書いて行こうと思います。
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