王都の動乱①。
『ぎゃぎゃあああぁぁぁぁぁーーー!!』
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。 ブチブチブチ……。
「ぎゃ…………」
『ウオォォォォーーーーーー!!』
シンドリア王都から大きく南に下った森の奥地では、魔物同士の生存競争が起きていた。
そして、ゴブリンとの戦いに勝利して勝鬨を上げたのは、犬の頭を持つコボルトだった。
「ガウガウガウ! ガルルルル!」
「ぎゃ、ぎゃぎゃ……。 ぎゃあああああああああぁぁl!!
そして、勝者のコボルトは敗者のゴブリンを奴隷として従えると、次に魔物達が狙う地は……。
=◇===
【シンドリア王城・謁見の間】
ここ謁見の間では、先日起きた3人の子供達行方不明事件の報告をグランク王が受けていたが、捜索中に魔物に遭遇した事を聞き驚かずにはいられ無かった。
「ゴブリンだけでなく上位種のホブゴブリンまでもが、南門すぐ近くの森に現れただと!?」
「はい! ですが、転移者の1人、結界師の鈴殿によって討伐されたので、被害が大きくなる事はありませんでした」
兵士の報告を聞き、宰相であるギードに顔を向けるグランク王。
「ギード、今までゴブリン共が王都のすぐ近くまで来ていると言う報告はあったのか?」
「はい……。 今までは徒歩で1日以上の距離で発見と言う報告だったので、防衛担当者も問題無いと言う事で握り潰していたようですが……。 今回の様に南門近くの森で複数のゴブリン、しかも上位種のホブゴブリンまで混ざっていたとなると、その情報を握りつぶしていた防衛担当者の責任は重いかもしれませぬな……」
「ふぅ……。 確かにギードの言う通りだな……。 デリック、悪いが情報を握りつぶしていた防衛担当の者を今日付で解雇、新しい防衛担当の者はお前が選任してくれ。 出来るか?」
「ああ、大丈夫だ。 行って来る」
近衛隊長のデリック隊長は、複数の兵士を連れて謁見の間を出ると防衛担当者の元に向かうのだった。
「ふぅ……。 南門の近く、しかも複数の個体と上位種の発見か……。 もしかすると、魔物達の間で何か起きているのかもしれぬな……。 今は転移者達の訓練が始まったばかりで大事な時期だ。 ギードよ、しばらくの間、警戒を強めるように兵達に指示を出してくれ」
「はい! グランク王よ」
宰相のギードが指示をする為に謁見の間を出て行った後も、グランク王はゴブリンが目撃された場所を✕印で書き込まれた地図を、ずっと眺め続けてある可能性を見出していた。
(まさか……。 ゴブリン以外の魔物が、シンドリア王国の敷地内に現れたのか? いや、だが……。 そうで無ければ、上位種のホブゴブリンが縄張りを離れて人が暮らす領域に来る理由が無い……。 駄目だ……。 ある程度の仮説を立てる事は出来たが、これ以上は冒険者ギルドに調査依頼を出して情報を集めないと何とも言えんな……。 よし!)
「誰か! 冒険者ギルドに、南門の森の周辺による魔物の分布調査の依頼を出しに行ってくれ!」
「はっ!」
思い過ごしで合って欲しいが……。
シンドリア城に所属する者達は、もしもの可能性を考慮して慌ただしく動き出すのだった。
=◇◇====
【冒険者ギルド・ロビー】
受付嬢であるジュリアさんが1枚の羊皮紙を手に取りロビー中に聞こえるように声を張り上げると、冒険者達は一斉に彼女に注目した。
「みなさ~~ん。 先日、王都南門のすぐ近くの森で、ゴブリンとその上位種であるホブゴブリンを発見、そして討伐されました事は皆さんご存じですよね? 普段いないはずの魔物が王都近辺に出没した事態を重く見たグランク王が、我々冒険者ギルドに王都周辺の魔物の分布調査、探索の緊急依頼が発令されました。 どんな些細な情報でも報酬が出ますので、今ホール内にいる人は積極的に南の森で魔物の調査をしてみましょうね。 皆さん、分かりましたか?」
『「「はい!」」』
こうして冒険者ギルドに無事に魔物の分布状況を調査する緊急依頼が依頼される事となったが、ギルマスのバリスさんと、受領受付を担当する事となったジュリアさんは嫌な予感が拭えないでいた。
「ジュリアさん、今まで人間の生活圏に近づいて来なかったゴブリンが、上位種を連れて近寄って来た。 もしかしてだが、今までゴブリン達が住んで居た場所で何かが起きたと考えるのが妥当だと思うんだが、ジュリアさんは今回の事態をどう見てる?」
「私もバリスちゃんと同じ考えよ。 そうでなければ普段臆病なゴブリンが人間の生活圏、しかも見つかれば必ず討伐されると分かっている、王都の近くで活動するなんてあり得ないもの……。 しかもホブゴブリンまで王都近辺に来ていた事を考えると、それ以上の力を持った存在が近くに存在していると考えるのが普通よね……」
「考えたくもねえ……。 だが、万が一に備えておく事は悪い事じゃねえ……。 はぁ……しょうがねぇ昔の装備を引っ張り出してくるから、ジュリアさん後の事は任せても大丈夫か?」
「えぇ良いわよ。 行ってらっしゃいバリスちゃん」
ホブゴブリン以上の力を持つ存在……か。
最低でもリーダー。 最悪ジェネラルの可能性もあるわね、油断しなければ外壁で食い止める事が出来るだろうけど、もし抜かれた場合は一体どれ程の犠牲が出る事か……。
魔物達の勢力図の変化。 この緊急事態に兵士達が油断しない事を祈るジュリアさんだったが、彼女の願いは脆くも打ち砕かれる事となるのだった。
=◇◇◇===
【シンドリア王都・南の森の奥地】
ドドドドドド!!
森の中を魔物の大群が地響きを立てながら移動するさまを、樹上で魔物の分布状況を調べていた冒険者達が遠眼鏡を通して眺めていた。
『ガウガウ、ウオオオーーーーン!』
「おい! ジュリアさんとバリスさんに緊急報告だ! このままだと王都がやばいぞ、急げ!!」
「ああ! って樹の回りを取り囲まれてる!」
だが行動するのが一足遅かったらしく、樹の下では冒険者達に気付いた大群によって、足の踏み場も無い程にギッシリと埋め尽くされてしまい、降りる事が出来なくなっていた。
『グルルルルル!! ガァ!!』
「なっ! あいつはまさか!?」
そこに咆哮を放ちながら現れたのは、犬の頭を持つ巨大な魔物だった。 そいつが手に持つ巨大な武器を振り上げると樹木を一刀両断した事で、ユックリと倒れ始めた樹上と共に冒険者達は下に……。
メキメキメキメキ!
『う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』
―――ドオオオ~~~~ン!
==
【シンドリア王国・南門】
夕陽が外壁を赤く染める中、そろそろ門を閉じて今日の業務を終えようとしていた兵士の1人が背伸びをしながら、この後の予定を同僚の兵士に吐露していた。
「ん~~~~! 今日も何事も無く仕事を終える事が出来たな。 帰って晩酌して、明日に向けて英気を養いますかね!」
「お前は相変わらず酒好きだね~。 俺はさっき交代したばかりだから、このまま深夜までぶっ続けで勤務する事になるって言うのによ!」
「キッチリ門番の仕事はこなしたんだから、仕事が終わった後の1杯くらい見逃してくれよ!」
「はいはい、俺が悪うございました! クソ、次に逆の立場になったら、絶対に同じ様に言ってやるからな!?」
「そこまで気にする事かぁ!?」
「あはは、悪かったって!」
「全く……。 なぁ、今日はいつもより夕陽が真っ赤で不気味じゃねえか?」
「お前も気になったのか……」
「……そろそろ門を閉めておくか?」
「そうしておくか……」
門番が南門を閉めに行こうとすると、森の方から人の呻く声が微かに聞こえて来る事に気付いた2人は、軍から支給されている剣を抜いて臨戦態勢に入った。
「なぁ、俺の気のせいじゃ無ければ、人が苦しんでる声に聞こえたんだが?」
「お前にも聞こえたと言う事は、聞き間違いじゃ無いって事か……。 注意しろ、来るぞ……」
ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ……。
土を踏み鳴らす音が徐々に大きくなって来る。
そして兵士達の緊張感が大きくなって行く中、木の陰から全身が血塗れとなった冒険者が1人現れた。
「冒険者か! おい、一体何があった!」
「呼び笛を鳴らせ! 緊急を告げて救護班を呼ぶんだ!!」
「あ、あぁ! ピィーーーーーー! ピィーーーーー!!」
甲高い笛の音が門の周辺に響き渡った事で、すぐに救援が来るだろう。
「大丈夫か!? 応援を呼んだから、すぐに助けが来るぞ!」
定時上がりの予定だった兵士が冒険者に近づいて行くと、彼の口が何かを伝えようとして動いている事に気付いた。
「…………るな……。 ……げろ……」
「何を言ってるのか分からんが、今助けに行くから待ってろ!」
「く、来るなと言ってるんだ! 逃げろ! 俺の背後には⦅グシャ⦆」
あと少しで冒険者に振れるかどうかと言う所で、木陰から現れた何かが冒険者を叩き潰して肉塊に変えてしまった。
そして、肉塊となった冒険者から溢れ出た大量の血が池を作り出し、駆け付けた兵士の足を濡らす。
「は、は、は、は……」
あまりの事態に理解が追いつかない兵士は過呼吸となり、冒険者を叩き潰した武器の先を目線で辿って行き目を剥いた。
「グルルルルル……」
そして、森の中で赤く光る大量の目を見て、兵士は絶叫を上げた。
「うわあああぁぁぁぁぁ!! コ、コボルトの大群だ! 何でこんな所に⦅グシャ!⦆」
『ウオォォォォーーーーーー!!』
「ガウガウガウ!」
「ぎゃ……、ぎゃぎゃぎゃぎゃ……!」
一瞬で門を守っていた相方が殺された事で呆然としていた門番だったが、いつも訓練を受けていたお陰で、再び緊急事態を知らせる笛を鳴らす事が出来たが、その笛の音は平和だったシンドリアの都市にとって、魔物の襲撃と言う出来事の幕開けとなるのだった。
『ピーーーーーーー!! ピッピーーーーーー!!』
==
【シンドリア城・王権の間】
「そうか、冒険者ギルドに魔物の分布調査の依頼を出した以上、数日で結果が出るだろう」
「ですな、これで後は結果次第で討伐隊を編成すれば……」
グランク王と宰相のギードは冒険者ギルドが出す結果次第で、討伐隊を編成して派遣するかどうかと言う話しをしていた。
―――バアン!
そこに近衛兵の1人が血相を変えて、部屋へと入って来た。
「何事だ! ここは王の個室だと知っての事か!」
宰相であるギードが入って来た兵士を叱責するが、グランク王が右手で制するとそれ以上言う事は無かった。 そしてグランク王が報告するように促すと、兵士は敬礼を1度すると報告を始めた。
「唐突にすみません、緊急事態が発生いたしました!」
「緊急事態だと!」
「はい! コボルトとゴブリンの混合部隊が南門を突破。 現在都市の南部で防衛戦が始まっています!」
「な! 門番はどうした、何故南門の突破を許した!」
ギードは不思議でしょうがなかった。 しっかりと門を閉じて対応していれば、どれだけ上位種であろうと、そう易々と突破される様な事態にはならないはず。 報告に来たその兵士が話す内容に、2人は絶句した。
「瀕死の冒険者を使い門番を呼び寄せただと……。 それは本当の事か!?」
「はい、救助に向かった者はその場で……。 ですがもう1人の門番が、咄嗟に緊急を告げる笛を吹き鳴らしてくれたお陰で、完全に後手に回る事はありませんでした……」
「その者は?」
「残念ながら、我々に情報を伝えきると満足した顔で……」
「そうか…………。 ギード、ここの指揮は任せる」
「陛下、行かれるのですか?」
「あぁ、兵士、近衛問わず全戦力をもって魔物共を駆逐しろ。 これ以上、私を頼って来てくれた無辜の民を殺させる訳にはいかん……」
「御意に! ミーリスやデリックにも出るように伝えます」
「頼む、私は一足先に戦場へと向かう!」
「ご武運をグランク様」
愛剣を腰に差し扉を強引に開いたグランク王は、王都南部の防衛戦をする為に駆けだすのだった。
=◇◇◇◇=
【シンドリア王都・南部】
『ウオオオーーーーン!!』『ぎゃぎゃぎゃぎゃーー!』
『た、助けてくれ、死にたく……ぐぇ』
『キャーーーー!!』
コボルト混成軍に進入された時間が丁度晩飯の準備をしている時間帯だった事も災いし、あれだけ華々しかった王都も、今や火の海と化していた。
「だ、誰か助けてくれ! 家の中に妻が取り残されてるんだ!!」
「わあぁぁぁぁ~~ん! お母さん何処~~~!?」
「お爺さん、もう走れないよ。 私をここに置いて、あなただけでも生き延びて」
「婆さん馬鹿な事を言うんじゃない! きっと助けが来てくれる! 頑張るんだ!」
兵士達も必死に奮闘しているが、敵の数が多すぎる。 その為、市民を安全な場所に誘導する事も出来ないでいた。
==
「う。 これは酷い……。 至る所に遺体が……」
ジュリアさんに用事が有って偶々冒険者ギルドに向かっていた俺は、南門付近から火の手が上がっている事にいち早く気付き駆け付ける事が出来たのだが、そこには地獄が広がっていた。
ゴブリンは戦う力を持たない人を狙っている様で、次々に襲い掛かっていたが、それを見た兵士達が市民を守ろうとすると、コボルトが間に入って邪魔をして来る構図となっていた。
目に見える範囲だけでも、多くの市民が助けを求めている。
駄目だ、今のままじゃ人手が圧倒的に足りていないし、このままじゃ、数の暴力で押し切られてしまうぞ!?
1匹でも良いから敵の数を減らすべきだと判断した俺は、剣を抜き走り出そうとした所で、1人の少女が号泣しながら歩いている姿が見えた。 その声を聞きつけた1匹のコボルトと、不味いと思った俺が走り出したのは同時だった。
「わあぁぁぁぁ~~ん! お母さ~~ん!」
「君! 逃げろ、逃げるんだ!!」
「わああ……。 ひっ!」
その少女は慌てて来た道を戻り始めたが、当然ながら子供の足でコボルトから逃げ切れるなんて芸当が出来る訳が無い。
コボルトは逃げる彼女に襲い掛かろうとして、飛び上がった。
「嫌ーーーー! 来ないで!」
―――ザシュ!
少女に襲い掛かろうとしていたコボルトの体が斜めに線が入ると、ユックリと別れて行き絶命して紫の煙へとなるのだった。
「はぁ、はぁ、危なかった。 あそこで飛んでくれたから間に合ったけど、走って襲い掛かられていたら間に合わなかった……」
少女を助けられた事に安堵して膝を付いていると、その少女が目から涙を沢山流しながら抱き着いて来ると大声で泣き始めた。
「ごわがった! ごわがったよ~~~!!」
「無事で良かった……。 良く頑張ったね、偉いぞ」
「わあぁぁぁぁ~~ん!」
しばらくその娘を抱き締めながら頭を撫でていると落ち着いて来た様で、ここまで来た経緯を話してくれた。
「私ここに来る前に緑の小人に追いかけられて殺されかけたんだけど、知らないお姉ちゃんが助けてくれたの。 お兄ちゃんお願い、お姉ちゃんを助けて上げて!」
涙を溢れさせながら見上げるこの娘の期待に、俺は答える事が出来るのだろうか……。 いや、出来る出来ないじゃない、やるんだ! そうだよね千世ちゃん……。
強く握り拳を作った俺は少女に優しく微笑むと、小さく力こぶを作った。
「分かった、君を助けてくれたお姉さんをきっと助け出して見せるよ」
「本当!? ありがとう!!」
応えてくれた事が余程嬉しかったのだろう、少女は俺に抱き付くと嬉しそうに微笑んだ。 そして俺は彼女に冒険者ギルドへ避難する事を提案した。
「冒険者ギルドに?」
「そうだよ。 この先の通路を真っすぐ進んで行くと冒険者ギルドが有るから、君はそこで保護して貰ってくれ。 怖い小人は居ないと思うけど1人で行けるかい?」
「うん! 私を助けてくれたお姉ちゃんを助けるんだって思ったら、1人でも大丈夫!」
「そうか……。 君は強いな……」
「えへへ。 それとお兄ちゃん、私の名はケイト、ただのケイトだからそう呼んでね」
「分かったケイト。 俺の名は共也だ。 じゃあ、行ってくる」
「うん、共也お兄ちゃん、お姉ちゃんを助けて上げてね……」
分かれる前に無事を祈ってケイトの頭を1度撫でると、この少女を助けたお姉さんを救助する為に、ケイトが歩いて来た道を全力で遡るのだった。
次回は『王都の動乱②』で書いて行こうと思って居ます。
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