レレイアーラの覚悟。
―――ギィン!
「やるなレレイアーラ。 私との力量差がありながら良く我が一撃を防ぐ事が出来るな!」
バルトスと別れてからずっとベリアルと戦い続けていたが、どうやら奴の方が実力的に1枚上の様で、防ぐ事に精一杯で攻撃を繰り出す事が出来ないでいた。
だが、その事を悟られる訳にはいかない為、奴に強気で答える私だった。
「当たり前よ、私はあなたに勝ってバルトスのお嫁さんになるんだから!」
「そう言う惚気は私に勝ってからにして貰おうか!」
タワーシールドに防がれていたベリアルの剣が薄く光り輝くと、強引に振り抜いて盾ごとレレイを後方に吹き飛ばした。
「きゃ!」
「やっと隙を晒したなレレイアーラ、覚悟!」
上段に構えた剣を振り下ろそうとしたベリアルだったが、レレイの背後から青く輝く槍が伸びて来た事で、慌てて構え直して攻撃を逸らすのだった。
「アンデット如きが私の邪魔をするな!」
「メイサごめん、助かったわ!」
メイサとの共同戦線で何とかこいつと戦えているが、何時押し切られるか分からない状態が続いていた。
何度目かの攻防で、何とか先手を取る事に成功したメイサの連続突きを必死に回避するベリアルに、私も挟撃する形で剣を振り下ろしたが、奴は腰に差していたもう1本の剣を抜き受け止めた。
「その様な見え透いた攻撃なぞ、私には通用せん!」
「そう。 なら数の暴力ならどうかしら?」
「何だと? まさか貴様!」
「ベリアルを押し潰して。 兵士達よ!」
『カカ!』
「ぬおおおおおおおお!!」
数多くのアンデット兵に覆い被さられたベリアルはその数に圧倒されて押し潰されてしまい、いつの間にかうず高く積み重なった兵士に埋もれてしまい、姿が見えなくなった。
横に来たメイサと腕を合わせて勝利を喜び合った。
「お疲れ様メイサ。 これでバルトスを追いかける事が出来るわね」
「かか!」
ベリアルが埋まった兵士の山を見上げていると、ふいにその山が微かに動いた様な気がした。
メイサもその事に気付いたらしく、私に警戒を促した。
「嘘でしょ? この数のアンデットを?」
まさかと思いたかったが、徐々にその揺れ幅が大きくなって行く。 そして、とうとう山の中心から怒声が響き渡って来た。
『ガアアアアアアアアアア!!』
その瞬間、全てのアンデットが吹き飛ばされると、その中央に天を向く2本の鋭く尖った角を頭に生やしたベリアルが、2本の剣を振り抜いた格好で立っていた。
そして私達の姿を確認した奴は、消えたと錯覚する程の速度でこちらに突っ込んで来た。
「メイサ!」
ベリアルはまずパーティーとしての攻撃力を削ぐ為に、メイサを屠ろうと攻撃して来たが、私がそれを黙って許すはずが無い。
私は先程ベリアルの1撃を防ぐ事に成功したタワーシールドを地面に接地して奴の攻撃に備えると、防いで動きを止めた奴にカウンターを入れる為に剣を構えるのだった。
来るなら来い! その時があんたの最後よ!
猛烈な速度で奴の剣が私の盾に触れる瞬間がスローモーションに見えた。
私は勝利を確信して剣を突き出す動作に入ろうとしたが、その考えは相当に甘かった様だ。
何故なら、奴の剣が火花を散らせながら盾を切り裂いて来たからだ。
嘘でしょ!?
その光景に驚いてしまった私は、剣を突き出す動作を中断してしまった。
そしてベリアルの剣が、盾ごと私の左腕を切断した。
「あああああああああああああ!!」
左腕を切断されたあまりの激痛に悲鳴を上げた私を庇おうとしてメイサが槍を突き出すが、先程と
違い楽々と受け流したベリアルは、すれ違い様に彼女を何度も切り付けて消滅させてしまった。
ごめんなさいバルトス……。 生きて会う事が出来ないみたい……。
あまりの激痛で立っていられない私は地面にうつ伏せになりながら、切断された左腕を右手で握って必死に止血している私の前に、ベリアルはユックリと立ち塞がった。
「ふうぅぅぅぅ……。 まさかこの姿を人如きに晒す事になろうとはな……。 で? レレイアーラよまだ戦うのか? それとも、約束通り私の妻になる覚悟を決めたか?」
そのベリアルの言葉に私は覚悟を決めると、ふらつきながらも立ち上がった。
「私はお前の妻に……」
「妻に?」
「ならない!!」
その言葉と同時に止血していた左腕の断面をベリアルに向けて右手を放すと、激しい出血が奴の顔にかかり目潰しの形となった。
「貴様! くっ、目が!」
ベリアルが目にかかった血を拭っている間に、私は落としていた剣を拾い奴の腹を横一文字に切り裂く事に成功した。
だが。
「ぐっ、ゲホ……」
唐突に喉の奥から昇って来た血を吐いた私は地面に倒れ伏した。
な、何が起きたの……?
「すまんな、レレイアーラよ」
血を拭い目を開けたベリアルは、地面に倒れ伏す私を悲しそうに見下ろしていた。
「ベ、ベリアル、あんた一体何を……」
「胸を触ってみるが良い」
「胸を?」
言われた通りに右手で胸を触ると、いつの間に袈裟懸けに切られたのか分からないが胸から大量に出血していた。
「い、何時の間に……。 それにあんたは、あの時私の血が目に入って見えなかったはず……」
「まさか切断された左腕を使い、血で目潰しされた時は私も驚いたが、直接攻撃した事がお前の間違いだったな。
攻撃の威力、角度、様々な要因から目を閉じていても相手の立ち位置を正確に把握出来てしまう私に取って、血で視界を潰されていたとしても、何の問題も無かったのだ……」
「そう言う事……。 だから私の攻撃の後に……、様は後の先……って訳ね……」
「ああ。 だが、お前の覚悟の一撃は見事だった。 この傷は癒えたとしても、私の命が尽きるその時まで残す事をここに誓おう……」
「ふふ……。 そんな事を言って良いの……かしら? 何時か未来で現れる強敵にその隙を付かれる……わよ?」
すでに意識が途切れかけていると言う事は、私の命は後僅かなのだろう……。
「その時はその時だ。 お前とこうして命を懸けて戦った事を忘れずに、今後の長い人生を過ごしたいのでな」
「私を一人の戦士として見てくれるのね。 ありがとう、ベリアル。 そして、さようなら……」
「悠久の時の中で再び会う事があったのなら、また剣を交えよう」
バルトス、あなたの子を産んで上げられ無くてごめん……なさい……。
そして無念の中、私の意識は途絶えたのだった。
「眠れ、私が惚れた唯一の女戦士よ。 せめてお前の骸だけは奴の手に渡らない様に、我が手で葬ろう……。 べルゼブブよ戦場を抜ける事、許せよ……」
レレイアーラの骸を抱き抱えたベリアルは、人知れず戦線から離脱するとそれ以降部隊に戻って来る事は無かった。
=◇===
【バルトス視点】
ベルゼブブの操る虫達を倒しながら、俺はアリシアとレレイアーラから預かっていた魔石のペンダントが青く輝いたのを、鎧の隙間から洩れた光りで察知した。
くっ! レレイ! アリシア! お前達まで……。
2人の死を悲しみながらも、相変わらず倒しても増えて行く虫に辟易しながら、俺はこの無限とも言える攻防の突破口を探し続けていた。
「ほらほら! ご自慢の4本の腕が3本になってるが、これ以上戦えるのか!? 勇者バルトス」
「う、五月蠅いんだよ蠅野郎……。 黙って見とけ、これから超必殺技でお前をぶちのめしてやるんだからな……」
「は、蠅やろ……。 ふふふ……。 まだそんな強気の台詞を吐けるとはやるじゃないか! だがそろそろ疲れ始めているらしいな。 最初の頃に比べるとかなり動きが鈍くなってきているぞ?」
「うるせえよ……」
クソ! あいつの言う通り、疲れで体が思う様に動かせなくなってきている。 早く何か突破口を見つけないと!
(バルトス……。 私達の力をあなたに……)
(アリシア!?)
アリシアからの念話に困惑していると、ベルゼブブに切断された腕が光り輝くとそこには女性の腕が生えて来た事に困惑していると、その腕が彼女が愛用していた杖を顕現させた。
「あ? 女の腕だと? バルトス、貴様何をするつもりだ?」
俺は念話で聞いた事を実行するべく、杖を光の魔力で包み槍に変化させると彼女の力を借りて魔法を行使した。
「アリシア。 お前の力を借りるぞ……【回復魔法:ハイヒール】」
バルトスの体が回復魔法の白い光に包まれると同時に、バルトスは光の槍で反対側に生える腕を1本切断した。
「はぁ? せっかく回復した体力をわざわざ……。 いや、回復魔法の光が収まっていないだと?」
「はぁ、はぁ。 メイサ! 力を貸してくれ!!」
自ら切断した腕の場所にメイサの腕が生えて来ると、彼女が愛用していた蒼く輝く槍を顕現した。
これをすると俺はもう人ではいられ無くなるが、レレイ達が居ないこの世に未練は無い……。 皆、後の事は任せた……。
そして、俺は人の姿を捨てる覚悟を決めると人を捨てるスキルを使用した。
―――メキメキメキ!
「ぐああああああああああああああ!!」
尋常で無い痛みが襲って来るが、その痛みが引いた時。 俺の背中にはもう一対の腕が生えていた。
そしてその一対の腕は、左手にはタワーシールド、右手には短剣に魔力を纏わせた魔力剣を発動させて……。
(バルトス、あなたの子共を産んで上げられ無くてごめんね……)
(レレイ……)
レレイの念話に心が抉られる想いだったが、俺の姿を見たベルゼブブは脂汗を掻き慌て始めた。
「ふざけるな! ふざけるなバルトス!! その姿はまさか貴様、本当の魔物になったのか!?」
「確かに魔物に完全になってしまったが、どうしたんだベルゼブブ。
先程と違い妙に慌てているが……。 そうか、どうやら何となく分かるらしいな、これから発動させるスキルの威力を……」
「止めろ! 止めてくれ!」
俺は爆裂魔法で虫達を排除していたマトーヤの召喚を解除すると、左腕を切断してマトーヤの腕を顕現した。
すると本格的にベルゼブブは、驚いた事に命乞いを始めたのだった。
「分かった! 俺達は今回の事から手を引く、そのスキルを発動させないでくれ!」
俺は奴の言葉を無視すると、ある魔法陣を形成する為に皆の腕をある位置に動かすと、その魔法陣に見覚えがある様で、奴の顔が一気に血の気が引いて行き真っ青になっていた。
「・・・・・その六芒星の魔法陣を何故お前が知っている!」
「俺の大切な仲間達を殺した、お前達の質問に答える義理があるとは思えんな……」
そして、発動していたハイヒールの光が六芒星の魔法陣に流れ込み、激しい光を放ち始めた。
「うわあああああああああ!!!」
途端にベルゼブブは俺に背を見せて逃げ出したが、俺は奴を見逃すつもりは毛の先程も無かった。
「消え去れ、悪魔ベルゼブブ!! 【六芒星魔法・極光】!!」
構えを取っていた六芒星の魔法陣から白い光が放たれた瞬間、奴は断末魔を発する間もなくその光の中に飲みこまれたが、極光はそれでも勢いが弱まらず遥か先で大爆発を起こして巨大なクレーターを作り出すのだった。
俺は六芒星魔法を発動した反動で、性も根も尽き果ててしまいうつ伏せに倒れ伏した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。 ぐ、レレイ……、みんな……。 勝ったぞ……。 だが、お前達が居ない勝利など……」
俺は虚しい勝利に涙を流しながら、巨大なクレーターに流れ込む海水を見続けてるのだった。
その巨大なクレーターは、遥か先の未来で【ケントニス湾】と呼ばれる事となる。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
バルトスはベルゼブブに勝利する事が出来ましたが、仲間は全員死んでしまう事となってしまいました。
次回で過去のバルトス編は終わらせるつもりなので、お付き合いの程よろしくお願いします。




