勇者バルトス③
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もう少しだけバルトス編を書こうと思いますが、なるべく早く現実に戻る様にしてみます。
「お前等、に、逃げ……。 ゲホ!」
―――グシャ!
『ドラン長老!』
長老ダランの心臓を握りつぶしたディアブロが腕を引き抜くと、事切れた長老は足元に出来た血溜まりの中にユックリと倒れて行った。
「全く。 相変わらずベルゼブブの制約の強制力は中途半端ですねぇ。
いくら家畜の家族を人質として情報漏洩を防いだとしても、1人身の者が命を捨てる覚悟で我々の情報を暴露すればその者が命を落とすだけで終わりなのですから……。 さて」
手に付いた血をハンカチで拭いながら、その男はこの惨状を作り上げた俺達に視線を向けた。
「英雄バルトス。 いえ、今は勇者バルトスでしたか? あなた達がここに居る理由は、私達の侵攻を食い止める為と考えてよろしいか?」
「そうだ。 俺達の故郷を蹂躙しようとしているお前達の侵攻を食い止める為に、俺達は今ここに居る!」
「ふむ。 その為に夥しい程の数の兵士を召喚した訳ですか。 本来、アンデットを呼び出す事が出来るのは死霊スキルを得ている者だけだと思っていましたが、あなたは持ってい無さそうですね……」
ディアブロは顎に手を当てていたが、少しすると手を叩き合わせた。
「いやぁ、全くもって興味深い! 勇者バルトス、私はあなたが只強いだけの猪武者だと思っていましたが、ここまで理を超える存在になるとは思いもよりませんでしたよ!」
「理を……。 超える?」
俺の疑問の台詞に、ディアブロはさらに笑みを深くした。
「私の言葉の意味が分からないのであれば、分からないままの方がよろしいでしょう。 勇者バルトス、これからあなたを捕縛して私の探求心を満たす為の実験体にしてあげま……しょう!」
「なっ!」
言葉の終わりと同時にバルトスの背後へと転移したディアブロは、手に持っていたメスで彼の腱を断とうとして振り抜いた。
―――ガギン!
「カカ!」
「レスター!」
「ち、アンデット如きが私の邪魔をしようと言うのですかぁ?」
奇襲を防がれたディアブロは現れた場所に再び転移すると、忌々しそうにレスターを睨みつけた。
「レスター、助かった!」
奇襲を防いで命を助けてくれた事を感謝するバルトスの背を、レスターは軽く押した。
「レスター?」
「こいつの事は私達に任せて先に行けって言っているのよ。 そうでしょ、レスター?」
「カカ!」
「アリシア、レスター。 だが……」
「バルトス。 私達の今回の目的は何だったか忘れたの?」
「それは……」
「そう、私達の故郷を守り抜く事よね? ならこの軍勢を率いている悪魔を倒す事が、最終目標だと分からないあなたじゃ無いわよね?」
白衣を着たこの悪魔の相手をアリシアとレスターの2人に任せて大丈夫なのか悩んでいたが、レレイに服を引っ張られた事で覚悟を決めたバルトスはこの場所を2人に任せる事にして、召喚した兵士達の間をすり抜けて、この軍勢を後方で操っている悪魔を目指す事にした。
そして、ある程度纏まった数の兵士の指揮権をアリシアに譲渡したバルトスは、2人に後方にいる悪魔を倒しに行く事を告げた。
「アリシア、レスター……。 この場は任せたぞ!」
「バルトス、レレイ。 また会いましょう……」
杖を掲げて別れを告げたアリシアだったが、それを見逃すディアブロでは無かった。
「お前は私の研究対象だと言っただろうがぁ!!」
再び転移してバルトスの筋や腱をメスで切断しようとしたディアブロだったが、アリシアが防御結界で閉じ込めた事で転移する事も攻撃する事も出来なくなってしまった為、自身の持つメスで結界を滅茶苦茶に切り付けたが結局破壊する事が出来なかった。
「おのれぇーーー!!! 出せ! 私を出せーーーー!!」
徐々にバルトスの背が遠のいて行く光景を見せられたディアブロは彼を捕縛する事を諦めて、まずはこの鬱陶しい障壁を張るアリシアを排除する事を優先した様で、鋭い目つきを彼女に向けていた。
「その目は何よ。 私だって怒っているんだから、後衛だからと言って簡単に殺せるとは思わないでね」
アリシアは、自身が愛用する杖をディアブロに向けて戦う意思を示すのだった。
=◇===
(おばあちゃん、話しが続くと言う事はまだ私に見せたい場面があるんだよね?)
(そうだ。 ディアブロもそうだが、この後に出て来る悪魔達の事をしっかりを覚えておいておくんだよ。 奴らは必ずあんた達の前に現れるからね)
(それって、これから出て来る悪魔達は私達の時代にも生き残っているって事!?)
(それは……、一旦話を終わろうか。 ほら、新しい悪魔が現れたよ)
(え?)
―――ガキン!
「ほう。 私の斬撃を防ぐか」
「バルトスはやらせない!」
「レレイ!」
部隊を分断している巨岩を乗り越えた俺達を、黒髪を後頭部で纏めた男が細長い剣で奇襲して来たが、いち早く気付いたレレイが防いでくれた事によって、現在睨み合いとなっていた。
「だが、甘い!」
男はレレイの盾に接触したままの剣を捨てると、腰に差していた別の剣を抜き放った。
レレイが切られると思った俺は慌てて駆けつけようとしたが、それより早く1本の槍が2人の間に差し込まれた。
「メイサ、ありがとう助かったわ!」
「カカ!」
必殺の間合いでの一撃を防がれた男は後方に跳躍して離脱すると、自身の攻撃を防いだレレイに鋭い視線を向けた。
「まさか奇襲した我の一撃を防ぐ者が、こんな辺境にいるとはな……」
「辺境は余計よ! これでも私は世界で1、2を争うタンクだと自負してるんだから!」
「なら、次はもう少し早く攻撃させてもらうが防げるかな?」
男は奇襲して来た時よりさらに速くこちらに接敵して来ると、腰に差している剣を抜刀して来たが、私が慌てずその斬撃をタワーシールドと剣をクロスして防ぎ切ると、奴はまた後方に跳躍して距離を取った。
「ふむ……。 女、貴様の名は?」
こいつは戦場のど真ん中で何を言い出すんだと思ったが、良い時間稼ぎになると思い私の名を答える前に、あいつの名を先に名乗らせる事にした。
「あんたねぇ、人に名を聞く前に自分の名を名乗る事が、相手に対する礼儀なんじゃないの?」
男の方眉が跳ね上がったがそれもすぐに戻り、男は申し訳なさそうな顔で自分の名を口にした。
「す、すまない。 人の世は久しぶりで常識が欠如していたのだ……。 我が名はベリアル。 この軍の司令官を務めているベルゼブブの護衛として来ている武将の1人だ。 それでお前の名は?」
「レ、レレイアーラ、だけど……」
何だか男の名を聞いただけなのに色んな情報がいきなり出て来た事に混乱する私を差し置いて、ベリアルは信じられ無い提案を私に投げかけて来た。
「ふむ。 レレイアーラか、良い名だ。 レレイアーラ、俺と戦え。 そして、俺が勝ったら妻になれ」
剣を突き付けて私に求婚して来たベリアルに、私は暫く何を言われたのか全く理解する事が出来無ずに、ようやく絞り出した声は呆けた声だった。
「……………は?」
「だ、だから俺がお前に勝利した場合、妻になれと言っているんだよ!」
「いや、2度言わなくても聞こえているわよ……。 でもあなたの妻になどなる訳無いじゃない」
「な、何故だ! 俺は妻になる者には優しくするつもりだぞ!? それに、どうせもう少しすれば人の世は終わりを迎えるのだから、家畜として扱われるより俺の妻として扱われる方が良いのではないか?」
人の世が終わる?
その情報も聞き逃せない情報ではあるが、それ以上に人を家畜扱いしようとしているこいつの妻になる事は何度殺され様ともあり得ないと判断した。
それに……。
「私はこの戦いで生き残ったら、バルトスと幸せな家庭を作る予定なんだから! 勝とうが負けようが、あんたの妻になる気はミジンコより無いわよ!」
私が求婚を断った瞬間、先程まで恥ずかしそうにしていたベリアルの顔が急変して、獲物を狙う目に変化した。
「そうか。 では、無力化して強引にでも連れ去るとしよう。 心をへし折って従順にさせる行為も、俺は嫌いでは無いからな」
「はっ! やっぱり大人しそうな顔をしていても、あんたも悪魔の1人の様ね。 さっきと比べて明らかに何人も人を殺している様な顔付きになってるわよ」
私がタワーシールドの陰に身を隠していると、ベリアルが攻撃を仕掛けて来ようとしたがメイサが槍で攻撃してくれたお陰で、慌てて首を横にずらした奴の頬に一本の赤い筋が浮き出ていた。
「メイサ、ナイス! ほら、バルトス行って! そして、この戦いを指揮している悪魔を倒して来て!」
「かか!」
「レレイ、メイサ……。 分かった、死ぬなよ」
「この戦いが終わったらあなたの妻になれるんですもの、死ぬものですか!」
俺はレレイとメイサの2人を置いて、後方にいる軍の司令官のベルゼブブの元に行く事を決めた。
「行くが良いバルトスとやら。 今俺が興味を持つ者はこのレレイアーラ只一人。 だが1つ忠告をしてやろう」
「何だ?」
「後方にいるベルゼブブは、俺でさえ一筋縄では行かぬ程強敵だと言う事は忘れるな」
「…………心に留めておく」
そして俺はアリシアの時と同じく纏まった数の兵士の指揮権を譲り、ベルゼブブと言う悪魔が居る後方へと掛けて行った。
「上司に敵を送り込んで良かったのかしら?」
「構わんさ。 所詮俺達は主の為になる事を個人で考えて動いているにすぎんからな。 ベルゼがもしバルトスに倒される様なら、所詮あいつはそこまでの存在だったと言うだけだ」
「へぇ、あんた達の主ねぇ……」
「喋り過ぎた様だな、お前を叩きのめして跪かせる作業に入ろうか。 俺の妻に迎えてくれと懇願するまでな」
「出来るものなら……、やってみなさいよ! 行くよメイサ!!」
「カカ!!」
「行くぞ!!」
こうして私レレイアーラとメイサの2人は、ベリアルと言う悪魔を相手に戦う事となるのだった。
=◇◇===
金属が激しくぶつかる音を背に感じならも俺はまた巨岩を乗り越えたが、頭に角を持つ数匹の羽虫が俺の目の前に現れた途端突っ込んで来た。
「やば!」
「カ!」
―――ドン!
「マ、マトーヤ、助かったよ」
咄嗟に魔法で羽虫を撃ち落としてくれたマトーヤのお陰で、俺は無事に兵士達に自身の座る椅子を運ばせている男の前に辿り着く事が出来た。
そして、奴は俺の存在に気付いた様で気だる気にこちらに視線を向けた。
「何だ手前? アンデットの魔導士と……。 ああ、なるほど。 お前が勇者バルトスか」
「そうだ。 お前の名はベルゼブブで合っているのか?」
「ちっ、ディアブロかベリアルのどちらかが俺の名を言いやがったか、つまらねえな……。 そうだよ、俺の名はベルゼブブ、あるお方に仕える将の1人だが……。
お前がここに何をしに来たかなんて決まってるよな、軍勢を止める為には俺の命を取りに来るしか無いもんな」
「分かっているなら話が早い。 俺達の故郷を守る為に……、死んでくれ!」
まずは手始めに数体の召喚した兵士をベルゼブブにけしかけてみた。
すると後数歩で奴に手が届くと言う所で、兵士達は砕かれて消滅してしまった。
「今のは、何だ?」
「どうした? 俺は何もしていないぞ勇者バルトス」
「くっ! もう一度行け!」
俺はもう一度同じ様に兵士をけしかけて見たが、やはり同じく後一歩と言う所で消滅してしまった。
「結界? いや、魔力の残滓は一切無かった……。 何が起きている?」
「・・・カア!」
―――ドン!
ベルゼブブが兵士をどう攻撃して消滅させたのか分からず躊躇している俺と違い、常に魔力を薄く張り続けていたマトーヤが何かを察知した様で、いきなり上空に向けて爆裂魔法を放った事に俺が驚いていると、その煙の中から何かが落ちて来た。
―――ボト、ボトリ
「羽虫? まさか!」
「バレちまったか。 そうだよ、俺の攻撃手段は「虫」だ。 さて、お前達がどれ程俺の操る昆虫達を相手に頑張れるか見せて貰おうじゃないか」
ベルゼブブが右手を上げた瞬間に、それらは現れた。
―――ブワアアアアアアアアアアアアアアン!
「さあ、勇者バルトス。 ペット達の餌になりたく無ければ、こいつ等を殲滅した後に俺を倒す事でしか生き残れると思わん事だな」
奴の周囲に角を持つ羽虫が数え切れない程の現れて威嚇する姿を見て、奴は心底楽しそうに兵士達が支える神輿の上に座りながらこちらを見下ろしていた。




