過去の英雄。
アカシャ一体となったカムシンを切り刻んでこの騒ぎを収めようとしたカトレアが、青き閃光となって突っ込んで行くと剣を振り上げた。
「死ね、カムシン! 私の記憶と共に!」
「ひ! ひぃ!!」
個人的な恨みも交えて剣を振り下ろそうとするカトレアに、すっかり怯えたカムシンが両手を交差して切られる覚悟で目を閉じた。
だが、それは金属同士がぶつかり合う音が響き渡った事で阻止されてしまった。
「なっ! 私と同じ様な剣を持つアンデットですって!?」
『ああああああああ~~……』
カムシンを守った存在、それは豪華な鎧と剣を持った異様な雰囲気を放つアンデットだった。
「そ、そうだった。 僕にはお前がいたんだったなバルトス。 よ、良く攻撃を防いでくれた!」
『うああああああ』
「何なの? このアンデットは普通の強さじゃ……。 きゃあ!」
「カトレア!」
「だ、大丈夫です。 でも共也さん、気を付けて。 こいつちょっと普通じゃないです!」
勇者であるカトレアの1激を防ぎ、弾き飛ばしたこのアンデットは一体……。
「あ、あはははは! さすが昔世界を救った【勇者バルトス】だ! カトレアを圧倒するとはこの戦い、僕の勝ちが確定したかな?」
「バルトス……。 勇者バルトスですって!?」
『勇者バルトス』その名を知っているのか、カトレアやシリウス伯爵。 そして、クロードまでもが手に持つ剣が小刻みに震えている。
「魅影。 勇者バルトスの名を知っているか?」
「え、ええ。 書物の中に出て来る、昔世界を救った勇者の名前だったかと……。 でも書物によると数百年前の話しで、何処で死んだかも明記されて無かったので過去の創作だと言われてた存在です……」
「でも、現にこうしてアンデットとして存在しているって事は……」
「現実の話しだったと言う事ですね……」
「それでその物語を知っている人達は、バルトスと言う名を聞いた事で驚いているのか……」
今も一定の距離を取ってカムシンを守ろうとしているバルトスたった1体の為に、ここに居る皆が釘付けにされてしまっていた。
「良いぞ、良いぞ! バルトス、しばらくそうしてこいつ等を釘付けにしておくんだ! 俺は今から港町中にアカシャを大量召喚する!」
その言葉を聞いたクロードが激高して、カムシンに怒鳴った。
「止めろカムシン! 曲がりなりにも子供の頃に過ごした街だぞ!? お前は子供の頃に良くして貰った人達を殺す気か!?」
クロードが怒鳴って止めに入るが、カムシンはこの絶対的に有利な状況に気付いた様で、見下したような表情を向ける。
「はっ! 私を追放した都市を壊滅させた所で、今更心が痛むはずが無いじゃないですか。 確かに国民達には良くして貰った記憶が有りますが。 結局私が追放された時も庇ってくれなかったのですから、あいつ等も敵ですよ、て・き。 分かりましたか? あ・に・う・え?」
「カムシンーーーー!!」
「ざ~~んねん! 一足遅かったですね!」
クロードを小馬鹿にしていたカムシンだったが、右手から発生させた赤い魔法陣を地面に叩き付けると、港町の至る所から赤い光の柱が立ち昇った。
すると、数多くのアカシャの咆哮がケントニスの城下町中に響き渡った。
「さあ、召喚されたアカシャ達を放置していて良いのですか!? カトレア、早く奴等を処理しないと、次々に愛する国民が殺されてしまいますよ!?」
「私の名を気安く呼ぶな! このバルトスさえ居なければお前なんか!!」
「アハハハ! 僕の護衛として預かっているのですからバルトスの力も僕の力ですよ!?」
先程とは違い、バルトスに弾かれずに互角に打ち合っているカトレアだが、実力が拮抗していて突破してカムシンを仕留めるまでは出来ない様だ。
「クロード。 私がカトレア姫のサポートをするから、チャンスがあれば儂諸共バルトスを仕留めろ」
「父上!?」
「これはカムシンを親心で生かして放逐してしまった私の落ち度だ……。 クロード、今回の事でランス家は貴族籍から排除されるかもしれんが、許してくれ」
「気にしないで下さい。 カムシンを生かして放逐する事を私も賛成したのですから、一緒に責任を取らせて下さい……」
「済まぬ……。 だが、私も身一つでここまで上り詰めた男だ。 むざむざ殺される程私は弱いつもりは無いぞカムシン!!」
シリウスは嫌らしい顔で笑うカムシンを1度睨みつけると、バルトスと戦っているカトレアに加勢する為に剣を抜いて突っ込んで行った。
「シリウス伯!?」
「私も攻撃に加わります! 隙が出来たらあなたの剣技を叩き込んで下さい!」
『ウヴァァァァァァ!!』
『邪魔だ!』と言わんばかりにシリウス伯に剣を叩き付けるバルトスだったが、歴戦の猛者の彼に綺麗に剣を流されてしまい、大きく隙を晒してしまう。
「今です姫様!!」
「再び眠れ! バルトス!」
バルトスの首に向けて神速の一撃を振り下ろしたカトレアは、勝利を確信した。
『カカ!』
「なっ! 馬鹿な!」
カトレアが驚くのは無理が無い。
何故ならバルトスは背中から新しく2本の腕を生やすと、カトレアの剣撃を受け止めたからだ。
そして、バルトスは眼窩で揺らめく赤い炎を強めると、ユックリとカトレアの方に振り向いた。
「カトレアちゃん!」
バルトスは信じられ無い起動で剣を動かしカトレアを切ろうとしたが、彼女が切られるギリギリの所で魅影が間に入り槍で受け止めた。
だが、別の剣を地面から作り出すと、今度は魅影に向けて振り下ろそうとしていたので、俺がカリバーンでその剣を受け止めた。
「と、共也君!?」
「魅影、カトレア、シリウス伯、一度引いてくれ! このままだとこいつに押し切られる!」
「す、すまん!」
俺達がバルトスから距離を取ると追撃はして来なかったが、空を見ながら顎をカタカタと鳴らし始めた。
「魅影、あいつ何をしていると思う?」
「笑っている。 と言う訳では無さそうですね……。 カトレアちゃん達は何か知っていますか?」
「…………」
「カトレアちゃん?」
返事の無いカトレアとシリウス伯とクロードを見ると、3人共その顔は真っ青になっていた。
「まさか……。 あの文献が本当にあった事なのだとしたら……」
『バルトスの詠唱を止めろーーーー!!』
シリウス伯から説明を聞く前に、3人は無防備のバルトスに向かって突撃して行ったが、カムシンに召喚されたアカシャによって行く手を阻まれた。
「さあ、やれバルトス!」
骨だけとなり言葉が喋れないはずのバルトスから、詠唱完了と同時に確かに声が聞こえた。
【英雄魔法・万兵召喚】と……。
そして、都市の至る所に敷かれた石畳がガタガタと揺れ始めると、その下から大量の豪華な鎧を着込んだスケルトンの兵士が現れた。
「カトレア。 あいつは一体何をしたんだ!?」
「過去の文献にはバルトスのおとぎ話の様な活躍の話が記載されているのですが、こう書かれていました。
【もう駄目だと思った時、颯爽と現れたバルトスは1人で10万の兵に立ち向かった。
奴は英雄魔法と言う固有スキルを使い、土で出来たスケルトン兵を1度に万単位で召喚すると、敵軍を撃退せしめた】と書かれていました……」
「まさか……」
「そのまさかだろうな……。 港町を見て見ろ。 アカシャとスケルトンが合流した大兵力が、こちらを目指してやって来ているぞ……」
「こんな……。 こんな数の敵を防ぐなんて俺達の少人数じゃ無理だ……。 今日、ケントニス帝国は終わる……」
「クロード……」
そんな事は無いと言いたかったシリウス伯だったが、実際自身もあまりの大兵団を見て心が折れてしまったのか、クロードを叱責する気力すら沸かなかった様だ。
ハーディ陛下……。 どうやらシリウスの命はここで果てる様です、お許し下さい……。
俺達があの大兵団がこちらに来る前に何とかカムシンとバルトスを倒そうと突撃の構えを取ると、運の悪い事に1隻の船が湾に入って来てしまった。
すると案の定、大量のアカシャに襲われてしまった姿が目に入った。
「あれは……、ディーネ?」
だが、その船に襲い掛かったアカシャ達は、ディーネが一瞬で葬ってしまった様で、その姿が遠目にも見えた。
ん? ディーネが何やら船に留まって何か話して……。
すると、その船の大砲が何門も、こちらに向かって火を噴いた。
「はぁ!?」
その船から放たれた大砲の玉が、空気を切り裂く音と共にこちらに迫って……。
「………………ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!! と、共也さん! あなたの胸で私を受け止めて♪」
大砲の玉だと思った黒い点は、俺が良く知る三毛猫の着ぐるみだった。 それが何時もの調子でこちら目掛けて飛んで来たものだから……。
「グベ! ガ! グエ!」
俺はついその着ぐるみを回避してしまった。
そうすると当然だがエストはその勢いのまま地面に叩き付けられると、カエルが潰れる様な声を出して城壁に突っ込んで行った。
その光景を見た俺達は、先程までの絶望的な雰囲気が霧散してしまい両陣営から弛緩した空気が場を支配してしまった。
「エストったら……。 自分で着地出来る実力があるのに、わざわざ共也に抱き付こうとするから……」
「リリス!」
声がした方に顔を向けると、そこには漂流した時に別れたリリスが立っていた。
「共也。 無事に合流出来て良かったわ……。 また新しい人が加わっている事が気になるけど、それはまた後でくわし~~く聞かせて貰うね?(青筋)」
「…………」
額に青筋を浮かべて微笑むリリスの迫力に、俺は何も言う事が出来なかった。
「で?」
「え?」
「あの4本腕のアンデットと、黒い獣を倒せばこの騒動は収まるのかな?」
「そうだけどあの4本腕のアンデットが強くて俺達も困っているんだ」
「共也から見ても手強いの?」
「ああ、あいつは勇者バルトスのアンデットらしいぞ?」
「え? 勇者バルトスって、あの過去の文献に出て来る勇者バルトス?」
「そうです。 その為、倒す事が出来ずにこうして万の兵を召喚された所なんです。 早くあいつを倒さないと大軍勢がここに攻めて来てしまいます……」
カトレアが憎々しくカムシンを睨んでいるが、リリスがそれは大丈夫だと告げる。
「あなたの心配は無用よ」
「え?」
「菊流達が、ディーネちゃんから今この都市で起きている事の説明を受けたから、都市に現れたあいつ等を殲滅して回っている所だから、あの兵達がここに到達する事は絶対に無いわ」
「菊流達も?」
「ええ。 ほら、耳を澄まてみなさい共也。 あなたの為に歌っている木茶華の声が聞こえて来るでしょ?」
~~♪ ~~~~♪♪
本当だ、リリスの言う通り木茶華ちゃんの澄んだ歌声がここまで聞こえて来る。
彼女の歌を久しぶりに聞いた気がするな……。
木茶華ちゃんのスキルによって強化された俺達は再びバルトスに向き直ったが、リリスが一歩前に歩み出た。
「ねぇ共也、昔の勇者と現魔王の戦いって見て見たくない?」
勇者と魔王の戦い……。
見たい! とても見たい! だけど今は……。
「リ、リリス。 その対戦はすっっっごく見たいけど、今はあいつを倒す事を優先……、しよう」
「むう。 あなたにそんな血の涙を流しそうな顔をされたら、諦めるしか無いじゃない……。
じゃあ、共也、あなたも一緒にあいつと戦いましょう? それで手を打って上げるわ」
「リ、リリスと一緒? 俺も勇者バルトスと戦うのか!?」
「そうよ。 あなたはあの光輝と近い内に戦う事になるんでしょう? それなのに今鍛えなくて何時鍛えるつもりなの?」
「……………」
そうだ。 光輝は勇者のスキルを捨てたと言う事は、それ以上に有用なスキルを手に入れた可能性が高いのに、こいつに勝てなくてあいつに勝てる訳が無いじゃないか。
俺はカリバーンの柄を強く握ると、リリスに頷いた。
「分かった。 リリス、一緒に戦おう」
「うん。 頑張ろう共也!」
皆が心配そうに見つめる中、俺とリリスは勇者バルトスの前に立つのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回の投稿は設定ミスの為、少し遅れてしまいました。
次回は気を付けて見ます。




