菊流達より一足早くケントニス帝国に到着。
「パパ、もう何日も空の上だけど、後どれくらいでケントニス帝国に着くの~~?」
俺達はここ数日ずっと空を飛ぶ黒龍王のバハさんの背の上で生活していたが、代り映えのしない風景にそろそろマリも飽きてきた様だ。
正直俺もこの代り映えのしない生活には嫌気がさしてるのは事実だ……。
昼夜問わずケントニス帝国を目指してずっと飛んでくれているバハさんには申し訳ないと思うが、後どれくらいで着くのか尋ねてみる事にした。
「バハさん、後どれくらいでケントニス帝国に着きそうか分かるかい?」
「……。 あと1時間もすれば港が見えて来ると思うが。 共也」
「バハさん、何だ?」
「婚約した以上は我はお前の身内なのだから、そろそろ名称呼びのバハさんと言うのは止めないか?」
「バハムートは名前じゃないのか?」
「その名はあくまで龍族の頂点に立つ者を指す名称にすぎんよ。 そうだな、今から我の名は【エレノア】と呼んでくれ」
「エレノアか……」
「ああ、我が名は【エレノア=リ=バハムート】だからな。 それともその名に何か思う所があるのか?」
「いや、随分と可愛い呼び名になるなと思っただけだよ」
「か、かわ!?」
エレノアは俺が可愛いと言った事に衝撃を受けたのか空を飛ぶ制御が乱れてしまい、右に左にフラフラ蛇行し始めてしまった。
「ひぃやああああぁぁぁぁぁーーーーー!! エレノアさん、落ち着いて~~~!! お、落ちる~~~!?」
空の旅に大分慣れた俺達だったが、流石に振り落とされそうな状況に絶叫を上げたのは高所恐怖症のディーネだった。
「す、すまぬ。 でも共也が私を辱めるのが悪いんだ!!」
「普通に可愛いって言っただけだよね!?」
何故か俺の隣に座るエリアが恨めし気に俺の腕を抓って来た。
「ふ~~ん。 共也ちゃん、私にはそんな事言ってくれた事無いのに、エレノアさんには言えちゃうんだ~~?」
「エ、エリア!?」
俺がエレノアの名を誉めた事が余程気に食わなかったのか、エリアは笑顔を向けて来ているが目が笑っていない。
あ、これエリアが本気で嫉妬している時に見せる顔だ……。
「……で? 共也ちゃん、私に何か言う事は無いの?」
ここで言い方を間違えると必ずエリアは暫く口を聞いてくれない事を理解している俺は、彼女の耳元で誉めるのではなく『愛している』と囁いた。
「ふえ!?」
その台詞の効果は絶大で、俺が何か誉める言葉を囁くと思っていたエリアはその予想外の言葉に顔を真っ赤にして俯くのだった。
「エリアママ顔が真っ赤だけど、パパに何て囁かれたの?」
「マ、マリちゃん、えっと、あのね!?」
エリアが何と言って誤魔化そうか思案していると、エレノアが前方に見えて来たケントニス帝国の緊急事態を知らせて来た。
「共也、ケントニス帝国が見えて来たがどうも様子がおかしいぞ!? 至る所で火災が起きているらしく、黒煙が立ち昇っている!」
「本当だ……。 エレノア、速度を上げる事は出来るか!?」
「任せろ! しっかりと摑まっておくんだぞ!」
先程より風を切る音を大きく響かせながら、エレノアは今まで以上の速度でケントニス帝国の上空に到達すると、そこには黒い獣達が港を埋め尽くしていた。
「何だあの黒い獣達は……。 あの様な異形の獣など、長く生きて来た私でも見た事が無いぞ」
エレノアすら見た事無い獣が暴れ回っている影響で満足に避難誘導が追いついていないのか、人々が都市の中を逃げ回っている上に至る所で火災が起きていた。
「エレノアさん、このままだと被害が増えるばかりだわ。 私を海のある所で降ろして下さい。 海水を操作して鎮火だけでもしてみせます」
「分かったディーネ。 ここなら良いかい!?」
「はい、共也さん、あなた達は獣の処理をお願いします!」
「分かった。 だけどディーネも気を付けろよ、海中にどんな奴がいるか分からないんだからな」
ディーネは俺達に振り向きニッコリと微笑むと、エレノアの背から飛び降りて海の上にユックリと降り立った。
「我が眷属水の精霊達よ。 私の言葉に耳を傾けて街を焼く炎を鎮める為の力を貸して!」
海の水面に立ち三又の槍を構えるディーネの周りに沢山の水玉が浮き上がると、1つの巨大な水の塊となった。
「行くよ、みんな!」
水玉を空高くに打ち上げたディーネは、その空に浮かんだ水の塊に手の平を向けるとユックリと握り込んだ。
「降り注ぎなさい……。【散】」
ディーネの合図で破裂した水玉はケントスニスの都市全てに雨として降り注ぎ、至る所で発生していた火災も徐々に鎮火して行った様で黒煙も収まって行った。
「これで少しは共也さん達も戦いやすくなるでしょうね」
雨の様に降り注ぐ海水を見ながらディーネは港を埋め尽くす黒い獣達を眺めていると、足元の海面が泡立ち始め、そこから何匹もの鱗が黒く染まったマーマンが飛び出して来た。
『ギャギャギャギャギャ!!』
「鱗の色が緑では無く、黒のマーマンですか……。 何をどうされたのか分からないけど、私を簡単に倒せると思わないで!」
ディーネはトライデントをマーマン達に向けると、海水を利用して水槍を作り出すと容赦なく撃ち放つのだった。
=◇===
「エレノア。 港の倉庫街に降りてくれ、少しでも黒い獣達を減らさないと都市に住む人達が殺されてしまう」
「分かった。 だが、地上に降りる前に!」
エレノアは大きく息を吸うと、港に集まっていた黒い獣達に向けてドラゴンブレスを放ち一瞬にして焼き殺した。
「良し。 これで安全に降りる事が出来る!」
エレノアが地上に降り立つと同時に、俺達も彼女の背から離れて何日ぶりかの地面を踏みしめた。
「うう……。 久しぶりの地面を踏みしめる感覚に感動します……」
「うん……。 今も地面がフワフワしてる感覚がするもんね。 エリアママ……」
「だが我が背中の乗り心地は良かったであろう?」
「良かったですけどぉ……」
エリアとマリが地上に降り立った事に感動していると、すでに人化の魔術を使用して人へと変化したエレノアが、不満そうに腕を組みながら立っていた。
だが、そんな仲間内の会話すら黒い獣達は許してくれない様だ。
「来るぞ……」
「マリちゃん、私の後ろに」
「うん」
倉庫の陰から次々と歯を剥き出しにて現れた黒い獣達は、唸り声を上げながら俺達の周囲を取り込んで行く。
『グルルルル……』
「やはり見た事のある魔物達の恰好をしているが、全身が黒い魔物など見た事が無い上に潜在的な能力も全くの別物と思って良さそうだな……」
「エレノア、そこまでなのか?」
「ああ。 共也達も気を付けろ、恐らく全ての獣がAランクの強さを秘めているぞ」
「マジか……。 マリは無理をせずにエリアの後ろに隠れて身を守るんだ!」
俺がマリの身を案じて提案したのだけどそれが気に入らなかった様で、ムッとした顔をした彼女がエリアの前に歩み出た。
「いや! 私も戦うの! その為にみんなから属性魔法を習ったんだから!」
「マ、マリ?」
「見ててパパ。 海がこれだけ近ければ私だって戦えるって証明してみせる!【ウォータバインド】」
マリが杖に魔力を集め始めると、海の水を縄の様に形成して包囲しようとしていた黒い獣達に向けて放ち、次々と拘束する事に成功した。
「まだだよ! 【アイシクルバインド】」
『グ、ガァアアアアアア!!』
拘束した黒い獣から咆哮が上がる。
マリは黒い獣を拘束した水の縄を凍り付かせると、ついでとばかりに氷柱を伸ばして獣の体を貫いた。
「これで止め!! 【サンダーストーム!】」
『ガガガガガガアアアアアア!!』
先程の氷柱に貫かれた黒い獣達は、氷柱を伝って来た雷魔法によって体内が焼かれてしまい黒焦げとなった姿を俺達の前に晒していた。
「「「…………………」」」
俺、エリア、エレノアの3人はマリの戦闘力の高さを目の当たりにした事で絶句してしまい、何も言う事が出来ずにその場に立ち尽くしていた。
ディーネやタケ達は一体マリに何を教えたんだ? どうやったらこの短期間でここまで属性魔法を自在に扱う事が出来る様になるんだよ……。
俺達もマリに負けじと黒い獣達を次々に葬り数を減らしているが、どうやらこいつ等は仲間が殺されても気にしていないのかジワリジワリとその包囲網を狭めていた。
「エレノア、こんな死地にいきなり誘って悪かったな……」
「何を言うか。 我が望んでここまでお前達に付いて来たのだ。 例えここで死ぬ事になったとしても共也を恨むはずが無いだろ?」
お互いの死角を無くす為に背中を合わせる俺達を、黒い獣達は獲物と見ているのか涎をダラダラと垂らしながら近づいて来る。
使えるスキルを総動員してもさすがにこの数は厳しいな……。 せめてもう少し数が少なければ対処のしようもあるんだが……。
俺がそう思ったのが原因では無いのだろうが、黒い獣達が多く集まっていた2カ所が爆発した様に弾け飛んだ。
「何だ!?」
「共也ちゃん、上!」
「上? あれは……。 薙刀を持った和服の女性と、黒髪の竜騎士……か?」
俺達の視界に入って来た2人の女性。
薙刀を持ち、和服を目のやり場に困る位に着崩した女性と、青い鎧と白の袴を風になびかせる黒髪の女性が上空から急降下して槍で貫く事で、次々と黒の獣達を葬り去って行った。
誰だあの竜騎士……。
前にこの国に来た時はあんな人達を見た記憶は無い。
だけど、顔が見えにくい青い兜を被っているから素顔は見えないけど、青い鎧を着ている女性の方は何処かで見た気がするんだよな……。
俺が首を捻っていると、周りにいた獣達を一掃したその2人は俺達の顔を見ると硬直した。
「え? 嘘……」
青い鎧を着た女性が口を押えて絶句していると、その隙を付いて倉庫の陰から現れた1匹の黒いキマイラの爪による不意打ちを受けてしまい、兜が弾き飛ばされてしまった。
「魅影! この腐れ外道が!!」
薙刀を持った女性が横薙ぎした事で、あっという間に両断してしまいその黒い獣は動かなくなった。
え? でも、今和服の女性が青の鎧を着ている方を魅影って……。 魅影って俺達の幼馴染の、あの魅影なのか!?
「他に魅影がこの世界に居るのなら見て見たいものだな。 共也」
俺が思っていた事を見透かしたのか、和服の女性は俺の名を言い当てた。
「え? あなたは俺の名を知っているのか?」
「知ってるとも。 魅影と良く一緒に私の道場に遊びに来ていた子供だったから良く知ってるよ」
「あなたは一体……」
「私の事より、今お前が知りたい事は魅影なんじゃないのか?」
「そうだった! 魅影無事か!?」
慌てて黒髪の女性を抱き起すと、10年前と全く姿が変わらない姿の魅影が大粒の涙を流しながら、その茶色の目で俺の事をジッと見つめて来た。
「本当に魅影だ……。 でも10年経っても変わらないその姿は一体……」
全く年を取っている様に見えない魅影の姿に、俺達は今日何度目か分からない驚きに動きを止めてしまった。
「共也君。 本当に会えた……。 この10年、鈴ちゃんとの約束を守って頑張って生きて来て良かったよ~~! ううぅぅぅ~~~」
何故そこで鈴? とも思ったが、今はこうして幼馴染の1人の魅影に再び会えた事を喜ぶ事にしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
菊流達より先にケントニス帝国に到着した共也達の話しでした。
次回も魅影達の話を少し書いて行きます。




