テトラとアーヤの黒い獣に関する報告。
何とか黒い獣達の包囲から転移を使って離脱する事が出来たテトラ達だったが、転移先ではルナサス達によって助け出された沢山の人達が集まっていた。
「テ、テトラちゃん、アーヤちゃん、無事だったのね!? ローレリヒさんからの報告を今受けた所だったから急いで救助に向かおうと思っていた所だったのよ」
「いえ。 全員が無事と言う訳では……。 緑竜達が何名か犠牲になってしまいました……」
「…………ローレリヒさんからはテトラちゃん達が緑竜の1人を助けに現場に残ったって聞いたけど、何があったのか話してくれるかな?」
「はい。 実は……」
私はルナサス様に緑竜の1人が翼をもぎ取られて落下し始めた所から詳しく話して行くと、最初は話の内容が信じられ無かった彼女だが、横に立つクレア達が目に入った事で私達の話を信じるしか無かった様だ。
「そう、黒い獣に変化する人ね……」
「はい。 私達を追って来た村人全員は例外無く、黒く染まった体と翼を持つ獣へと変化しました」
「あと属性はバラバラでしたがある程度の魔法耐性も持っている感じでした、ドラゴンブレスを耐えていた個体も何体かいましたし……」
「なるほど……。 2人の報告は後で隊全体で共有しておこう。
それにしてもこちらの村人達はそんな現象を引き起こす奴は1人もいなかったのだが、そうか、緑竜達が……。 東の村の救出を任せた彼等には悪い事をしたな……」
シュドルムが腕を組んで悲しそうに呟くと、ずっと塞ぎ込んでいたアグロップが顔を上げて怒りの声を上げた。
『そうだ! お前等は何であんな危険な村に俺達を派遣した! そのせいで俺の舎弟達が何人も死んだんだぞ!?』
「そんな変化する事の出来る黒い化け物が東の村に居るなんて情報が無かったんだからしょうがないだろ!?」
「う、だけど……」
「だけどじゃない! もしかしたら俺やルナサス様が向かった西か南の村にその化け物達が住んで居た可能性だってあったんだぞ!?
それを『自分達だけが犠牲者です』みたいな言い方をするな!!」
「俺は……、俺は……」
「この!」
「シュドルム殿、ストップ。 今はここに集まった人達を魔国に避難させる方が先よ……」
「くっ! アグロップ、もし今日の事が忘れられないなら、強くなれ。 誰にも負けない位に強く……」
そう言い残したシュドルムは救助した人達から黒い獣や、赤い肉に関して何か知っていないか尋ねて回るのだった。
「俺は……、何でこんなに弱いんだ……」
「アグロップ様……」
人の姿で大粒の涙を流すアグロップは地面を何度も叩いて、自分の弱さを悔いていた。
「テト姉、あいつに何か言った方が良いのかな?」
「止めておきなさいアーヤ。 下手な同情はお互いを傷付けるだけで終わるわよ?」
「わ、分かった……」
そして私達はアグロップに声を掛けないまま、ルナサス様とクレアちゃんを交えて今後の事を話し合う為に、仮設テントの中に入る事にするのだった。
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テントの中に入った私達は、まずルナサス様と初対面のクレアちゃん達を紹介する事となった。
「ルナサス様、こちら元シンドリア王国の第二王女クレア=シンドリア=サーシス様です。 黒髪の女性は小姫ちゃん。 緑色の髪は風ちゃん。 水色の髪は冷ちゃんです」
「お初にお目にかかりますルナサス様。 どうぞお見知りおきを」
「小姫です。 主に錬金術師として働いていますのでポーションが必要な時は遠慮なくおっしゃって下さい」
「風です」「冷です」
「ご丁寧にどうも。 私は魔王クロノスを収めている魔王ルナサス=サラ=クロノスよ。 ヴォーパリア打倒の為に仲良くしましょうね?」
「「「「はい!」」」」
元気な返事と共にルナサスとクレアがガッシリと握手をしたのだけれど、どうも2人の様子がおかしい……。
そんな不穏の空気が流れる中、最初に口を開いたのはクレアだった。
「ところでルナサス様」
「ん? 何かな、クレアちゃん?」
「共也と婚約されたと噂で聞いたのですが、本当の事ですか?」
周りで成り行きを見守っていた者達は、クレアの唐突な質問に目を剥いて驚いた。
あんた何を言い出してんの!? と皆が思ったがルナサスは何て事無さそうに、笑顔でクレアの質問に答え始めた。
「そうよ? 元々共也の事は嫌いじゃ無かったんだけど、喪女の私を優しく受け入れてくれるって言ってくれたその瞬間に恋に落ちちゃってね。
だからもうこの人しかいないと思って婚約を申し込んだのよ♪」
「へ、へぇ……。 共也も大変ですね。 こうして無遠慮に婚約を申し込む人がいて」
「ク、クレアちゃん!?」
サラっと毒を吐いたクレアにテトラが慌てて制止するが、すでに口に出された以上今更制止しようが遅い。 だが、私はすでに彼女より何年も長く生きている大人だ。
こんな小娘の言う事にいちいち反応していたら魔国を治める事など出来るはずが無い。
だけど……。
結局この娘は何が言いたいのかな?
「クレアちゃん、君は何が言いたいのかな~~?」
「何も無いですよ? ただ、どれだけ歳を取ってもあまり姿が変わらない魔族とは言っても、歳を取った女性と婚約するって共也が可哀想だな~って思っただけですよ?」
カッチ~~~ン!
「あ、あのクレアちゃん。 もうそこまでにして?」
「「クレアちゃん、一体どうしたの……」」
小姫ちゃん、風、冷、と暴走気味のクレアを諫めようとするが、当の本人はルナサスと握手をしたまま手を放そうとしない……。
「いや~~。 私が歳を取ってるから婚約する共也が可哀想って、流石に君が若いだけあるね。 あまりにも世間知らずだからビックリしちゃったよ」
「なっ!」
「それにホラ。 共也と結婚したら私の豊満な体で彼を癒して上げれるんだよ? 彼が嫌がる訳無いじゃ~~ん♪」
「んな!?」
ルナサスは引きつる笑顔で握手している右手とは逆の左手を使い自身の大きな胸を持ち上げてみせると、クレアは苦虫を嚙み潰したような顔でルナサスを睨みつけた。
「共也とは私の方が先に知り合ってたんだから!」
「ん? 君の言い方だと、ただ共也と知り合う時期が早かったってだけだよね?」
「うぐ!」
「まさかクレア君……。 君はもしかして私が共也と婚約した事に対して嫉妬しているのかい? だから私に対して喧嘩腰で突っかかって来ていると?」
「…………………」
図星を付かれた事でクレアの顔が真っ赤に染まり逃げ出そうとするが、魔王からは逃げられない。
今度はルナサスが握手している手を放さない。
「は、放してルナサス様! もうレイル領に帰るーーー!!」
「ふふ。 君と初めて会ったのに妙に喧嘩腰だった理由がやっと分かったよ。 可愛い所もあるじゃないか」
「うううううう~~~~!!」
「しょうがない。 お姉さんが力を貸して上げようじゃないか」
ルナサスは涙目で逃げようとしているクレアを引き寄せると、耳元で何かを囁いた途端に彼女の反応が劇的に変わった。
「ルナサスお姉様、それ本当!?」
「お姉様って……、君、変わり身早すぎない?」
「そんな事はどうでも良いんです! で? 本当にお願いしてくれるんですか?」
「凄い食い気味だね……。 うん、私から共也にお願いしてあげる。 これで良いかい?」
「やった!」
クレアは小さく飛び跳ねて嬉しさを表現しているが、周りで見ている者達は話しに付いて行けて無かった。
「小姫ちゃん、クレアちゃんはルナサス様に何を約束させたんだと思う?」
「何となく予想は出来るけど……。 何を約束して貰ったかは、クレアちゃんの方から言って来るのを待った方が良いと思うよ?」
「う~~ん。 気になるけどしょうがないか……」
ルナサスとクレアはその後も笑い合いながら固く握手しているが、やっぱり何処か牽制し合っている様に見える。
「「ふふふふふ」」
クレアもかなりの実力者なんだから、お願いだから喧嘩だけはしないでくれよ……。
場違い感が半端じゃないロベルトとササナは冷や汗を掻きながら、額に青筋を浮かべているが握手をしている手を放そうとしない2人を遠巻きに眺めていた。
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ルナサスやシュドルム達の部下達とも無事合流出来たので、救助する事が出来た村人達を魔国へ移動を開始する事となったのだが、村人達はこれからどの様な扱いをされるのか。 向こうでちゃんと生活出来るのか。 と言う不安から心配そうな顔をしている人が大半を占めていた。
そして人と魔国を繋ぐ大橋に差し掛かった所で、彼等はとうとう足を止めてしまった。
「皆さん、どうされました?」
アーヤが足を止めた人達に声を掛けると、先頭に立っていたお年寄りが答えてくれた。
「…………いや。 この橋を越えて魔国へ入ってしまったら、もう2度とこちらに帰って来れないかもしれ無い、そう思うと怖くなって足が止まってしまったんだ……」
「なるほど……」
アーヤはお爺さんの手を握ると、優しく語り掛けた。
「確かに私達も魔国に落ちのびる時はとても不安でしたけど、向こうに住む人達と話して見ると分かりますが、良い人がいっぱいいる事に驚いちゃいますよ?」
「お嬢ちゃん……」
「私のような若造が暮らして行けたのですから、きっと何とかなりますよ! それに再びこの大陸に戻って来れない訳じゃ無いですから、今は魔国へ避難すると考えれば良いんですよ」
「でも私も老い先が短いから不安でな……」
お爺さん達の不安は私も分かる、でもあのまま村に残ってもアポカリプス教団に良いように利用される未来しかなかったはず……。
かと言ってその事を言う訳にもいかないから、私がどうこの人達に説明しようかと悩んでいる時だった。
「お爺さん、必ず私達があなた達が帰って来れる場所を取り戻して見せます。 だから今は私を信じて魔国に避難してくれませんか?」
「ク、クレア様!?」
そう、どうしても魔国へ行く事に抵抗を感じていた人達の前に現れたのは、村の人達全員が知っている元王女のクレアちゃんだった。
「クレア様、どうしてここに……」
村人達に何故私がここに居るのか詳しく説明すると、彼等は何とか納得してくれた。
「ではここに居る魔族の方達を含むあなた方は、ヴォーパリア打倒の為に動いていると言うのですね?」
「ええ、あなた達も奴らの行いに憤りを感じていたのでは無いのですか?」
「…………クレア様の言う通りです。 沢山の仲間達が奴らによって連れ去られたり、遊び感覚で私達の目の前で何人も殺されました……。
その奴らを打倒してくれると言うのなら、私は喜んで魔国へ行かせて頂きます。 私は決断したが皆はどうする?」
お爺さんが尋ねると、他の村人達もすぐに全員が頷いた。
「俺も奴らに友人や知り合いを何人も殺されたんだ。 あいつ等をクレア様達が打倒してくれると言うのなら喜んで協力いたします。
だから、だから仇を……、皆の仇を取って下さい……。 お願いします……」
「私の全てを掛けて必ず奴らに報いを受けさせる事を約束します」
「何も出来ない俺達だけど、勝利を魔国の地で祈っています……。 皆、行こう」
その村人の言葉を皮切りに皆が橋を渡り始めた事に皆で安堵していると、人の姿になったローレリヒ殿がキョロキョロしながら歩いている姿が目に入った。
「ローレリヒ殿、どうされたのですか?」
「テトラ殿か、アグロップやその舎弟達を見かけませんでしたか? 帰って来た時は確かに居たのですが、何処を探しても見当たらないのです……」
「何処にもいないのですか? 小姫ちゃん達は知らない?」
「知りません……」「「うん、知らない……」」
「そうですか……。 アグロップ達は一体何処に……」
ローレリヒは姿が見当たらなくなったアグロップや舎弟達を心配して空を見たが居るはずも無く、今は諦めて魔国へ移住する事となった村人達の護衛に徹する事にするのだった。
アグロップ、早まった真似はするなよ……。
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【東の村・村長宅】
空間魔法に巻き込まれた事によって両腕を失った村長だったが、別の生物の腕を移植した事で今は不自由なく普通に生活出来ていた。
そこに、質素な作りの家の扉が開き何人もの人が入って来た。
「おや? これはこれは、1度我々から逃走したのに一体どう言う風の吹き回しなのですかな? アグロップ殿」
「………………」
家の外では雷雨が鳴り響き、彼等を不穏な雰囲気で包み込んでいた。
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こうしてルナサス達は村人達を救出する事には成功したが、多くの緑竜達が行方不明になると言う予想外の出来事に頭を悩ませる事になるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回でルナサス側の話しを終わり、次回から共也側に戻りますので気長にお待ちください。
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