遭難。
『ピシャーーーン!』『ドーーーン!』
「何だこの嵐は! 今まで体験した事が無い暴風雨だぞ!」
「親父! 帆は畳めたんだが支柱が軋んでやがる! このままで良いのか!?」
「ああ、後は俺が舵で対応するしかない!」
ザーーーン!
「うわあああぁぁぁぁぁ!!」
船員の1人が大波に跳ね上げられた船から投げ出されそうになった所で、天弧が念動力で受け止めて甲板上に引き戻した。
「た、助かったよ。 ありがとう」
「一緒に窯の飯を食った仲だしな、気にしないでくれ。 それに手伝いに来たのは儂だけじゃない」
「何だって?」
「アーダン船長、俺達も手伝います!」
「共也、皆……。 すまん……。 この嵐で何人かの船員が動けなくなって何処かに座ってるはずなんだ、見つけ出して救助してやってくれ!」
「はい!」
俺達が船員達を救助しようと動き始めると、船内で作業をしていた船員が慌てて船長に報告を入れる。
「船長! 船底が損傷して浸水が止まらねえ! どうすれば良い!?」
「何だと!」
「スノウ、与一、2人の氷魔法とスキルで水を凍らせて浸水を防ぐ事は出来るかい?」
『「やる!」』
「与一、私の背に乗って! 飛ばすよ」
「了解。 共也行ってくる」
「任せた!」
「ジェーンは、ルフに頼んでこの風を少しでも良いから和らげて貰う事って出来そうか?」
「ルフちゃん出来そう?」
「あい!」
ジェーンが両手を上げてルフに魔力を送るとほんのわずかだが、船に当たる風が和らいだ。
だが、ジェーンが船に風が当たる威力を弱めているのが分かっているかのように落雷が彼女を襲うが、当たる直前で薄く透明な壁が防いでくれた。
「儂が魔力障壁を張る。 だから、落雷の事は気にするな!」
「ミーリス、頼む!」
「木茶華ちゃん、君は一度船室に戻ってそこで歌スキルを使って皆の強化を!」
「分かった!」
木茶華ちゃんが船室に戻り、少しすると澄んだ歌声が聞こえて来た。
すると皆の能力が強化されたのを感じる。
これで、少しくらい強い風でも吹き飛ばされる事は無い。
だが、木茶華ちゃんの歌声に惹かれて来たのか、海から何匹もの魔物が甲板上に上がって来た。
⦅ベチャ、ベチャ、ベチャ!⦆
甲板上に上がって来たのは緑と青の2種類の鱗を持つ魚人だった。
「こいつらはマーマン! こんな忙しい時に!」
「共也、私達がこいつらの相手をするから他に来ないか警戒してて!」
「せっかくの航海が台無しじゃねえか! グラトニー出番だぞ!」
(あんまり美味しそうな奴らじゃなさそうだが、まあ腹の足しにはなりそうだな!)
「菊流、ダグラス、2人で大丈夫か!?」
「数が多いから、誰か手伝ってくれると助かるが……」
「共也兄さん、私達も行くわ」
「私も行きます」
(僕も出るよ、共也、良いかな?)
「イリス、ノイン、タケ、足場が相当悪いから気を付けるんだぞ!?」
(任せてー! あ、勿論雷魔法は使わないから安心して!)
「使われると俺達が全滅する可能性があるんだから、絶対に使うなよ!!)
タケに念押しをするとイリス、ノインの2人はタケに跨りマーマン撃退の為に突っ込んで行った。
「共也ちゃん、私も魔物討伐組の方に行くわ」
「空弧、戦うのは良いが、体の方は大丈夫なのか?」
「えぇ、地球に居た頃よりは平気よ、心配してくれてありがと♪」
マーマン達と戦闘を始めた菊流達だったが、魔物の数が多い上にこの嵐の影響で海が荒れ、船が木の葉の様に流されてしまうので、足場が不安定になってしまい、思う様に戦えずになかなか魔物の数を減らす事が出来ないでいた。
俺も参加するべきだと判断して、カリバーンを抜いた時だった。
「共也さん、海の下から巨大な何かが来ます!!」
ディーネが剣から出て来て警告してくれたと同時に、荒れ狂う海から巨大な触腕が2本飛び出して来た。
「こ、この触腕はクラーケンだ! この船に抱き付くつもりだ、総員衝撃に備えろ!!」
⦅バガーーーン!!⦆
2本の触腕が船に巻き付いた影響で船体が砕けるんじゃないかと言う衝撃が、俺達を襲って来た。
「ぐうぅぅ!!」
「きゃああ!」
女性の悲鳴がした方を慌てて見ると、そこにはエリアが船の外に放りだされて、俺に向かって手を差し出している場面が目に入った。
「共也ちゃん!」
「エリア!」
⦅ドボン!⦆
俺は気が付いた時にはエリアを追いかけて、荒れる海に飛び込んでいた。
「共也!!」
「菊流! 共也の事も心配だが今はこのクラーケンやマーマンを倒す方が先だ! ディーネちゃんが付いて行ったんだ、きっと生きてる!」
「うぅぅ、分かったわよ!!」
(共也、エリア、絶対に死ぬんじゃ無いわよ。 きっと迎えに行くからね!)
俺は荒れ狂う海から何とかエリアを見つけ出すと、離れ離れにならない様に力強く抱き寄せた。
「共也ちゃん……。 ごめんなさい、私が海に落ちたせいであなたまで巻き込んじゃった……」
「馬鹿な事を言わないでくれ! もう2度と千世ちゃんを失うなんてごめんだ!」
「……そうだったね、無神経な事を言っちゃった……。 でも、もう船があんなに遠くへ……」
「こんなに荒れてる海じゃ船に戻る事は無理だね……。 どうしようか……」
「2人共、私が水を遮断する結界を張ります。 取り合えずそれで嵐が止むのを待ちましょう」
「ディーネ、来てくれたのか」
「えぇ、後はマリちゃんも一緒ですよ」
「パパ、エリアママ、私の海龍魔法でディーネ姉の結界を強化してるから破られる事は無いし、きっと向こうも魔物達を撃退して、無事にケントニス帝国に行く事が出来るよ。
だから私達が出来る事は、この嵐が収まるまでこのまま流れに身を任せる事だよ」
8畳くらいの部屋位まで広げられた結界の中で、俺達は嵐の大波の影響を受けた船が、どんどんと遠ざかって行くのを眺める事しか出来なかった。
「共也ちゃん、私達また遭難しちゃったね……。 前回は砂漠で今回は海だ……」
「そう言えばそうだね。 でも、今回は最初からディーネとマリも居る、きっと何とかなるさ」
すでに視認する事が難しいくらいに離れてしまったアーダン船長の船を見送り、俺達は海に浮かぶ結界の中で嵐が過ぎ去るのを待つのだった。
=◇====
【アーダン船内・食堂】
⦅ガシャーン! パリン、パリン!⦆
「きゃあ!」
「ヒナゲシ、何かに摑まってるんだよ! 下手に動こうとすると怪我するよ!」
「はい、おばさま!」
ここは食堂、そして木茶華ちゃんが必死に皆の為に歌を歌ってバフを掛けている場所。
⦅ガシャーーン!!⦆
そこに木茶華ちゃんを捕まえようとしたのか、巨大な触腕が食堂の壁を突き破って入って来た。
「木茶華ちゃん!」
私が叫ぶと木茶華ちゃんの前に立つ者が現れた。
「やらせるか!!」
⦅グシャ!⦆
「!!」
リリスが身体強化を使い触腕を殴りつけると、クラーケンの触腕が中程から千切れて食堂の床に落下すると、その衝撃に慌てたのか残ったクラーケンの触腕は、木茶華ちゃんを捕まえるのを諦めたのか食堂から出て行った。
「~~~~♪」
「木茶華、あなたの護衛は私がするから、遠慮なく歌って皆を助けて上げてね」
木茶華ちゃんは歌いながら1度頷くと、そのまま皆にバフが掛かる様に歌い続けていた。
良いな、私もみんなの手助けがしたい……。 でも私にはスキルも何も無いから……。
そこに、先程リリスが殴って切断した、クラーケンの巨大な触腕が目に入った。
「ねぇ、おばさま、あれって食べられると思います?」
「あぁ? あれって……、まさかあの千切れたクラーケンの触腕の事かい!?」
「はい。 私は戦う力を持っていません……、だからせめて皆さんが、魔物を撃退した後、美味しく食べれる物を作ろうと思ったのですが……」
「美味しくって……。 食べれない事は無いだろうが、私は美味しく食べる事の出来るレシピなんて知らないよ?
ヒナゲシ、あんたはクラーケンを美味しく調理出来るレシピを知ってるのかい?」
ヒナゲシは揺れる厨房から様々な調理道具、調味料などを確認すると様々なレシピが頭の中に浮き上がって来た。
この頭に浮かんで来た料理のレシピって、もしかして地球で菊流姉が料理してた品?
【ヒナゲシは髪を菊流に切って貰ってから、いつからか彼女の事を姉と呼ぶようになっていた】
「大丈夫、美味しく調理出来そうです!」
「本当かい!? なら、私も手伝ってやるから挑戦してみな!」
「はい!」
「リリス様、その床に落ちているクラーケンの触腕を、こちらに持って来て貰っても構いませんか?」
ヒナゲシに指差されたクラーケンの触腕を見て、リリスは思いっきり驚いた顔を見せた。
「こ、これって、もしかしてこの触腕を食べるつもり!?」
「はい! 美味しく調理出来そうなので今から仕込みをしておこうかと!」
「これを……ねぇ……」
彼女の身長ほどの太さのある触腕を見て、リリスは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
「きっと美味しくしてみます。 ですからお願いします!」
「いや、あなたの所へ持って行くのは良いんだけど……」
リリスが触腕に触るとネチョネチョしてる上に、独特な匂いが彼女の鼻を刺激して来た。
「うへぇ~~。 ネチョネチョする~、イカ臭い~~~」
文句を言いながらもヒナゲシの元に触腕を持って来る辺り、リリスもこの触腕をどう料理するのか興味があるみたいだ。
「さあ、まずはブロック状に切り出しますね!」
「了解、ブロック状に切り出すんだね!」
こうしてヒナゲシとおばちゃんは、嵐の中で揺れる船内でも楽しそうに調理を始めるのだった。
=◇◇===
【甲板上】
≪ピシャーーーン≫
⦅パシーン!⦆
「クソ! 一体この嵐は何なんじゃ! 何故この船を狙っているかのように集中して雷が落ちて来る!!」
ミーリスは、何故か船を狙っているかの様に落ちて来る雷を防ぐ為に、魔力障壁を解く事が出来ずにいた。
何度も落ちて来る雷にミーリスもホトホト嫌気がさしている中、タケがミーリスのサポートをしようとして、落ちて来る雷を同じ雷撃魔法で迎撃すると言う信じられない芸当を披露し始めた。
「タケ、お主凄い事をしておるな!」
(うん、僕も精霊となって成長してるんだから、これくらいはしてみせるよ!)
「なら出来る範囲で良いから迎撃を続けてくれ、この嵐はどうもおかしい」
(分かった!)
タケが落雷を迎撃してくれるようになったお陰で、魔力障壁にばかり魔力を回す事が無くなったから、少しは余裕を持ってこの嵐を分析する事が出来そうだが、未だに船の甲板上でマーマンとクラーケンが猛威を振るっていた。
「ノインちゃんごめん、1匹抜けた!」
「数匹程度なら何とかなりますから、イリス姉も無理しないで!」
「とか言ってる間に触腕の1本がこっちに来たわね! ノインちゃん回避して!」
「いえ、この程度の厚さの触腕なら! むう!」
ノインは力を籠めると、自身の持つ両手斧を触腕に叩きつけた。
⦅ガイン! ブチブチブチ、バツン!⦆
ノインが襲って来た触腕に両手斧で迎え撃つと、見事に切断する事に成功した。 すると、切断された触腕はそのままの勢いを保ったまま船の外縁部を破壊しながら海へと落下して行った。
「ノインちゃん、やる~~!!」
「イリス姉、後ろ!」
ノインがイリスの後ろに居たマーマンが、三又の矛を持って攻撃しようとしている事に警戒を促したが、その事にすでに気付いていたイリスは、自身の持つランスでマーマンを刺し貫いて消滅させた。
「イリス姉、怖いから真面目にやって!」
「アハハ、ごめんごめん!」
「ノインちゃんが1本触腕をぶった切ってくれたから残りは9,いや8本か。 きついな……、これはいよいよ姉の1人を呼び出すしか無くなるかな?」
イリスの呟きは猛烈な嵐の風によって、誰にも聞かれる事無く掻き消えたが、その準備だけはしようと心に決めるのだった。
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「菊流! そっちに行ったぞ!」
「また!? もう、強さはそうでもないのに無駄に数が多くて嫌になるわね!!」
「そう言うなって、油断してると攻撃食らうぞ!?」
「そう言ってあんたが食らわない様にってダグラス後ろ!」
「何!? うお、こいついつの間に!!」
『クギャーーーー!!』
≪ザン!≫
『く、クゲ!』
「ダグラスさん、危なかったですね。 いくら強くなったからって油断しすぎですよ?」
ダグラスを死角から襲ったマーマンの1匹を切り裂いて消滅させたのは、忍び装束に身を包んで片手刀を握り締めているジェーンだった。
「ジェーンちゃん助かった、済まねえ!」
「お礼は受け取りますけど、あの触腕を早くどうにかしないと、この船自体が破壊されかねませんよ?」
「そうなんだけどよ、ディーネが共也と一緒に居るから、水の結界を張ってもらって海に飛び込む荒業は使えねえし、どうやって倒すかな……」
良く見ると触腕が2本ほど無くなっているから誰かが切断する事に成功したんだろう。
さて、どうやったらこいつらを撃退出来るのか……。
こうしてマーマンとクラーケン相手に必死に戦っていた俺達だったが、その姿を、雷雲の隙間からジッと眺めて居る存在がいる事を、この時の俺達が知る由も無かった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回の話しでケントニス帝国に着く手前で、共也達は別行動となってしまう話しでした。
次回は『クラーケンの撃破』で書いて行こうと思って居ます




