嵐。
パペックからヒナゲシへと改名した【ヒナ】と一緒に、アーダン船長が指示を出しているはずの甲板上に出ると、そこには1人の見慣れた男が船長と話し込んでいる所だった。
「ダグラス!」
「ん? お、共也、メリム達の許可を貰ったから、お前達と一緒にヴォーパリアの連中を倒す旅に行ける事になったぜ!」
「俺達は嬉しいが……。 メリムのお腹の中に居る子供の事は良いのか?」
「……気にならないと言ったら嘘になっちまうが、アポカリプス教団やヴォーパリアの連中をこれ以上放置していたら、シェリ―の身が危ないからな。
だから今の内にあいつ等を叩き潰しておかないと、シェリ―だけじゃなくお腹の子供まで命の危険に晒されちまう……」
そうか……。 最近のあいつ等の、魂を集めようとする行為の見境の無さはちょっと異常の一言だ……。
「と、言う訳で俺はお前達に付いてくことにしたんだが……。 お前達の後ろに菊流に似た奴がもう1人居るように見えるんだが気のせいか?」
その言葉を聞いたヒナは肩を跳ね上げさせて、俺の後ろに隠れてしまう。
「ヒナ……。 もし何かあっても必ず私達が守って上げるから、自分の口でちゃんと言いなさい」
「菊流……、でも、私……」
「ん? 菊流、お前の声にもそっくりじゃないか?」
アーダン船長も訝し始めた為、しょうがなく俺はヒナのフードを捲り、顔を露にすると、甲板上に居た全員が息を飲むのが分かった。
「…………共也、エリア、菊流、ジェーン、お前等がどうしてそいつを連れているのか、納得の行く説明をしてくれるのだろうな?」
「はい、それも含めてヒナから説明をさせるつもりです」
「ヒナ? そいつの名か?」
「それも含めて、今から説明させますので」
「そうか、なら聞こうじゃないか」
アーダン船長は眉間に皺を作りながら腕を組み、ヒナからの説明を待っていた。
「ほら、ヒナ。 君の説明を待ってくれているんだから、しっかりと説明するんだ」
「うぅぅ、共也。 分かった……」
ヒナは意を決してアーダン船長の前に出て来ると、今までに起きた事を説明し始めた。
そして、菊流に拾われて今ここに居る事を説明し終えると、アーダン船長とダグラスは一度溜息を吐くと菊流を手招きするとしゃがませた。
「え~~っと、この体制はもしかして……」
「お前の予想道りだ、この! アホンダラーーーー!!
『ゴツン!』
「いった~~~~い!!」
アーダン船長の拳骨を頭に食らった菊流は、精霊と化していると言うのに、殴られた部位を押さえて本気で痛がっている様子だった。
「もしそいつが光輝に捨てられたと言う設定で演技をしてこの船に乗り込んでいた場合、海の上で戦闘になっていた可能性もあるんだぞ!!」
「そうかもしれないけれど、見捨てられなかったのよ……」
「…………理由は分からなくも無いが、俺も船員達の命を預かる身なんだ、今後は黙ってそんな事をする事だけは止めてくれ。 良いな、菊流」
「はい……」
菊流は頭を押さえながら了承したのだが、アーダン船長の後ろで菊流を指挿しながら腹を押さえて声を出さずに笑い続けているダグラスを、涙目でキッ!と睨むのだった。
「しかし……。 菊流とヒナが並ぶと後姿からだと判断出来んな……。 何とかならんのか?」
「なら私が髪型を変えるよ、ジェーンちゃん、苦無を1本借りて良いかな?」
「…………」
「今更あなた達を攻撃するような事は、絶対に無いから安心して?」
「分かりました、ちょっと疑ってしまいました、申し訳ないです」
「ううん、私がして来た事を思えば当然の反応なんだから、気にしないで」
「では、これを」
「はい、お借りします」
苦無を借りたヒナは後ろで纏めていた髪を持ち上げると、バッサリと切り落としてしまった。
「これで見分ける事が簡単になったかな?」
「ヒナ、髪のバランスが滅茶苦茶になってるから少し座って、私ハサミを持ってるから整えて上げるわ」
「ありがとう菊流、お任せします」
菊流がヒナゲシの髪型を整えていると、ダグラスが近寄って来て耳元で小さく囁いた。
「良いのか? 体は菊流かもしれないが、元は敵だったんだろ?」
「一応は警戒しておくけど、港町アーサリーでヒステリー気味だった性格も、すっかり落ち着いてる様に見えるし大丈夫じゃないかな?」
「お前がそう言うなら俺からは何も言うつもりは無いが、一応警戒だけはしておけよ? すでに光輝は俺達の知ってる奴じゃ無いし、何かをヒナゲシに仕込んでる可能性もあるんだからな」
「分かってる。 もし、そうなったら俺が責任をもってヒナゲシを破壊するよ……」
「あまり気負うなよ共也……」
そっくりな姉妹にしか見えない2人。
そしてヒナゲシの髪を切って上げている菊流を見て、ずっとこの光景が続けば良いと思う俺達だった。
=◇====
ルナサスとダグラスに会う事も出来たし、この国に滞在する理由も無くなった俺達は、次の目的地であるケントニス帝国に向かう為に、今日1日は港に停泊して朝早くに出航する事になった事を、港を巡回していた兵士さんにルナサスに伝えて欲しいと伝言しておいたから、明日には見送りに来てくれるだろう。
そして夜になり、船内にある食堂は新たに加わった人達が何人も居る事で混雑していた。
「おおぉぉぉ! 何日ぶりかの固形物の入ったスープ!! こっちは何ヵ月ぶりに見るお肉!! ほ、本当にこれって食べて良いんですよね? お金取りませんよね!?」
「混雑してるんだから、さっさと持って行って食べな!! じゃないと取り上げるよ!!」
「は、はいーーー!!」
エストが猫の着ぐるみを着たまま食堂にいる光景も異様の一言だが、そのまま口の部分が開閉して食事をしているのも異様だった……。
どうやらあの着ぐるみ事態が魔道具らしく、能力として汚れを防ぐ能力が付与されているらしい。
何その高性能の着ぐるみ。 マリがちょっと欲しそうにしているから、後でエストに相談してみよう。
「近藤様、はい、あ~~~ん」
「茜さん! 俺は、俺は~~~!!」
「そこのバカップルもさっさと食って部屋に戻れ! 船員達の目に毒だよ!!」
配膳される順番を待っている俺とジェーンは、あまりの気まずさから2人に視線を合わせる事が出来ないでいると、赤い髪を菊流にボブカットに切って貰ったヒナゲシが配膳していたおばちゃんの元に近づいて行った。
……今気付いたが、ヒナゲシの頭から一房ほどアホ毛として跳ねているのは菊流の趣味か?
チラリと菊流に視線を送ると、その意味が分かっているのか親指を立ててサムズアップしていた、可愛いけど、それってどうなの?
そんなやり取りをしていると、ヒナゲシがおばちゃんに声を掛ける。
「あの、おばさん」
「ん? あんたは今日入った娘だね、どうしたんだい? 見て分かると思うが私は今忙しいんだけど」
「あの……。 おばちゃんが忙しそうにしてたから、私もお手伝いしても良いかな?」
「…………あんた料理の経験はあるのかい?」
「たまに自分で作ったりしてました。 駄目でしょうか?」
料理の手伝いをすると言い出したヒナゲシにも驚いたが、おばちゃんも普段は絶対に誰にも料理を作る作業を手伝わせないのだが、何故か料理をする手を一旦止めて、俺に目を向けて来た。
「共也君、この娘がこう言ってるけど、手伝ってもらっても良いのかい?」
『手伝ってもらう』その言葉がおばちゃんから出て来た事に、船員達は騒めいた。
「ヒナゲシが初めて自分からやりたいと言ってるんです、手伝わせて貰っても良いですか? 駄目そうだったらすぐに止めさせてくれても大丈夫なので」
「…………分かったよ、ヒナゲシと言ったね。 私はバシバシ駄目出しするから、しっかりと付いて来るんだよ?」
「はい! あ、でもどうしよう。 汚れても大丈夫な服が……」
「ん? ヒナゲシさん、予備の服が無いなら防汚の効果が有るエプロンで良ければどうぞ」
「わぁ、ありがとうございま……す? エストさん、エプロンは分かるのですが、一緒に下さったこのメイド服は一体……」
「給仕をしてくれる若い娘が現れたなら、メイド服を着てする事が鉄板なのです! ホラ、船員達も期待した目になってますよ!?」
エストの言葉を聞いたヒナゲシが食堂に来ている船員達を見渡すと、彼等はどこか落ち着かない様子で、メイド服を持つヒナゲシを見つめていた。
「えっと、皆さんは、私にこのメイド服を着て給仕をする事を望んでいるのですか?」
「そ、そりゃあ、おばちゃんに給仕されるよりは若い娘が……なぁ」
「あ、あぁ……」
「分かりました! 今から着て来ますので少々お待ちくださいね!」
嬉しそうにメイド服を抱きしめて食堂を出て行ったヒナゲシは、本当に着替えに行ったのだろうか……。
そこへ、おばちゃんから怒りの声が響く。
「さっき私が配膳するのが気に入らないと言った奴、今日はお前達の飯は無いからとっとと持ち場に戻りな!!」
「そんな事言って無いって!! 俺はただ見た目が若い娘に配膳される方がって!」
「同じ事だろうが!! 良い大人が情けなく鼻の下を伸ばしやがって!!」
こりゃ収集が付きそうに無いな、と思って居ると先程出て行ったヒナゲシがメイド服とエプロンを装着して戻って来ると、食堂内が静まり返った。
「か、可愛い……」
「へぇ、似合うじゃないか。 野郎共のリクエストだし今回は許してやるよ、ヒナゲシここで私が作った料理を手渡してやりな」
「は、はい! 皆さまよろしくお願いします!」
厨房に入って行ったヒナゲシは嬉しそうに微笑みながら、おばちゃんが作りあげた品を次々に手渡して行くと、船員達も嬉しそうに微笑んでいた。
「ヒナゲシがメイド服が似合うって言われてるけど、菊流何かご感想……」
「ああん!?」
「何切れてんの……」
「だって、だって! 前回私達が配膳した時には、何も言われなかった気がするんですけど!? 何であの娘の時は手放しで誉めてるのよ!!」
「アッハッハ!! そりゃお前、怖そうな奴と物腰柔らかそうな女の娘だと、やっぱり物腰柔らかそうな娘に男共は行っちゃうわな!!」
ダグラスがまた菊流に指を指して大笑いするものだから、どんどん彼女の目が鋭く細められて行く。
怖えぇぇぇぇ! ダグラス、菊流の煽るのをもう止めて!!
「ダグラス、ここだと被害が出そうだから、ちょ~~~っと都市の外でお話ししようか」
「あの程度で怒るとは菊流も変わってねぇなぁ。 それに今の俺は昔と比べて明らかに強くなったから、そうそう負ける男じゃ無くなったが良いのか?
お前はまだ精霊化した影響で力が上手く使えなくて困ってるって、俺の家で言ってたじゃねぇか。
それでもやるって言うなら戦おうぜ、今こそ積年の恨みを晴らす時!」
「じゃあ、ちょっと晩御飯が遅くなるかもだけど行きましょうか……」
俺は何かダグラスに言い忘れてるような……。
そんな事を考えていた俺だったが、食堂の出口でヒノメが小鳥の状態で菊流の肩に乗った事で、ダグラスに行って無い事を思い出した。
「ダグラス、言い忘れてたけど、ヒノメが一緒だと菊流の精霊の能力を制御出来るから、全力で戦う事が出来るから気を付けろよーー!!」
俺の声が聞こえたダグラスは、慌ててこちらに振り向くと大量の冷や汗を掻いていて、先程までの強気の表情は鳴りを潜めていた。
「共也、何で肝心な情報を言い忘れるんだよーーー!!!」
「さあ、ダグラス行くわよ!!」
「共也の馬鹿たれーーーーー!!」
菊流に襟首を掴まれて引きずれて行ったダグラスの冥福を祈りつつ、楽しそうに給仕をするヒナゲシを他のメンバーで眺めるのだった。
その後、深夜に都市の外で巨大な火柱が上がったらしく、都市の方ではヴォーパリアの連中が攻めて来たのではと騒動になりかけたとかどうとか……。
その事でルナサスから何か知らないかと問われたが、全員が知らないと言う事を貫くのだった。
=◇◇===
朝になり出航の時間が近づくと、何故か所々黒く焦げたダグラスと一緒に、見送りに来てくれたルナサス達に甲板上から手を振っていると、アーダン船長から出航の合図が掛けられた。
「野郎共、次の目的地はケントニス帝国だ! 少々長い航海になるが油断するんじゃねぇぞ!」
『「おう!」』
船が陸から離れ始めると、ルナサスから念話が届く。
(共也、次に会えるのはヴォーパリアの連中と決戦の場になるだろうけど、全てが終わったら私を迎えに来る事を忘れないでね?)
(俺もルナサスを娶ると言った以上、約束は必ず守るよ。 だからルナサスも、シンドリアの住民を救助する時は気を付けて)
(心配してくれてありがとう、また会いましょうね共也……)
ルナサスからの念話が切れると何とも切なくなってしまったが、今はヴォーパリアの連中との係わりを全て終わらせる事を心の中で誓った。
そんな中≪ルナサスとの契約が成立した為、スキルカードに記載されます≫ すでに何度も聞いて来た女性の声が俺の頭に響くのだった。
==
そして、クロノス国を出航して2日にそれは起きた。
ゴゴゴゴゴ ピシャーーーン!
「さっきまで晴れていたのに、何なんだこの唐突な嵐は!! 野郎共、命綱を腰に結ぶのを忘れるんじゃないぞ!」
先程まで青空と青い海の元、順調に航海していたのだが、遠くに黒い雲が発生したと思ったら一気に大嵐に成長し、俺達の乗る船を襲うのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回でクロノス国編は終わり、次回から新章へと移ります。
次回は『遭難』で書いて行こうと思って居ます。
 




