エスト魔道具店。
武具購入を終えてドワンゴ武具店を後にした俺達は、再びエスト魔道具店の前に訪れたが、早々に後悔していた。
『グオオオオオオオォォォォ!!』
『うっせえぞ! 少しは静かにしやがれ!!』
『そうだそうだ!!』
「修羅場だな……」
「修羅場ね……」
「修羅場ですね……」
店の前には獣の様な咆哮に我慢の限界が来た近隣住民が集まって、抗議活動が行われていた。
そこには俺達に魔道具店の事を教えてくれた女の娘もいた……。
「あ、お兄ちゃん、さっきぶりだね♪」
「えっと、さっきと違って何故こんなに人が集まってるけど、一体何があったか教えて貰っても良いかい?」
「ん~~。 お兄さん達、さっきの獣の様な咆哮が聞こえたと思うんだけど、それって1日1回くらいだったから皆我慢出来ていたんだけど……」
「けど?」
「今日はさっきからずっっっっっと聞こえて来てるから『グオオオオオオオォォォォ!』、皆我慢の限界がって、うっせえって言ってんだろうが!!」
少女がガチ切れする姿に恐怖を感じてしまうが、取り合えずこの場を治めないと何時暴動に発展してしまうか分からない。
エリアもそう危惧したのか、店の前に集まっている群衆の前に歩み出ると声を掛けた。
「皆さん、落ち着いて下さい!」
「ああん!? 一体誰がって、エリア王女様!?」
『え、エリア王女様!!』
流石1国の王女様。 声を掛けただけなのに、あれだけ殺気立っていた群衆が一気に大人しくなりエリアに頭を垂れていた。
「そんなに殺気だって……。 一体何があなた達をそこまで怒らせたのですか?」
群衆達は一度顔を見合わせると、1人の男が答え始めた。
「実は―――」
どうやら度々あの店から発せられる騒音に悩まされていた事。 その騒音も昼夜を問わず、しかもいきなり聞こえて来るものだから気が休まらない上に、今日も……となったから我慢の限界が来てしまい、衝動的に押し掛けてしまった、と言う事を聞かされた。
完全に魔道具店側に落ち度があるよな……。
群衆達の苦情をジックリ聞いたエリアは、魔道具店に顔を向けた。
「あなた達の実情は分かりました。 これからそのエスト魔道具店に入り、店主に事情を聞いてまいりますので、皆さん今日の所はお帰り頂いてよろしいですか?」
「エ、エリア王女様がそう言われるのでしたら……なぁ」「あぁ、静かに暮らせる様になるのなら、別にこの魔道具店があっても別に構わないんだ……」
「必ず皆さんの苦悩をお伝えして来ますね」
その台詞をエリアから聞いた事で安心したのか、集まった多くの人達は大人しく解散して家路に着いたのだった。
集まった人達を見送ると、エリアは振り返ると笑顔を見せた。
「あぁ緊張した。 でも、誰も怪我をするような事態にならなくてホッとしました……」
「エリア……」
「ふふ。 当初の目的と変わってしまいましたが、取り合えず魔道具店の中に入ってみましょうか」
一足先に歩いて行くエリアの後姿を見て、先程の群衆を躊躇いも無く姿を晒し宥める彼女に、俺と菊流は感動していた。
「やっぱり1国の王女って立場は特別なんだって思い知らされるわね……。 あれだけ殺気立ってた群衆がエリアを見た途端頭を下げるんだから」
「だな……。 俺もちょっと見直したよ」
「共也さん、菊流さん、どうしたんですか? 早く行きましょうよ~~!」
「分かった、すぐ行く!」
そして、俺達は店の前まで来たのだが、先程よりは小さくなったとは言え未だに獣の唸り声の様なものが扉越しに聞こえて来ていた。
「ぐぅぅぅぅぅぅ~~」
「菊流、エリア、開けるぞ?」
「「了解!」」
―――バン!
突入した魔道具店の中は、何に使うのか分からない道具が棚に無造作に置かれている為、足の踏み場も無い状態だった。
「こんなに散らかってるだなんて、店に泥棒でも入ったのかしら?」
警戒しながら奥へと進んで行く菊流だったが、ある一点を見た事でその歩みを止めると震える手で指差した。
「2人共気を付けて……。 獣の声がする方向に、巨大な三毛猫がいるわ……」
「巨大な三毛猫だって!?」
視線の先には確かに巨大な三毛猫が横たわって居るのを確認する事が出来るが……。 ここまで近寄ると分かるが、巨大な三毛猫と言うよりどちらかと言うと、むしろ……。
こちらをジッと見続ける巨大で光る眼に近づいた事で、その瞳孔が機能していない事が分かる。 要するに。
「菊流、エリア、こいつは良く出来ている着ぐるみの様だぞ?」
「えぇぇ? 着ぐるみって、本当なの? じゃあ誰かが中にいるんだろうし、早く助けないと!」
「そうだった! おい、大丈夫か!?」
「うっ……。 うぅ……。 は……」
「は?」
「腹減った……」
―――ぐうぅぅぅ~~~・・・
「「「・・・・・・」」」
どうやら獣の唸り声だと思った音は、この腹の音だった様だ……。
いや、どんだけデカい腹の音なんだよ!?
取り合えず関りを持った以上、放置する訳にもいかない。
「ほら、干し肉で良いか?」
腰にぶら下げていた干し肉が入った袋を三毛猫の着ぐるみの前に翳すと、急に体を起こし袋ごと奪った。
「干し肉だ! ……えっと。 干し肉を恵んでくれるのは嬉しいのですが、出来れば水分のある果物か何かを一緒にくれるとさらに嬉しいと言うかなんと言うか……」
「はぁ……。 これで良い?」
収納袋に収められていた1個のリンゴを取り出したエリアは、その三毛猫に手渡した。
「ありがとうございます! いや~~。 ここ最近飲まず食わずで数日過ごしていたので、干からびる寸前でしたよ! 久しぶりの食事です。 あ~~ん」
「久しぶりの食事って……。 と言うかそのまま着ぐるみを被ったまま食べるつもりなのか?」
「おお? 忘れてました、道理で食べる事が出来ないと思いました……。 ん~~。 よいしょ!」
「「「あっ!」」」
着ぐるみの頭を脱いでそこから流れ落ちた銀髪と、その髪の隙間から覗くエルフ特有の長い耳、そして褐色の肌の少女の顔を見て俺達は驚きで固まった。
「あなた、ダークエルフだったの!?」
「もぐもぐ。 ふえ? 何故その事を……。 あっ……」
―――スッ……。
正体を知られては不味かったのか、ダークエルフの少女は無言で着ぐるみの頭を被り直した。
「いやいや、今更被り直しても遅いだろ!?」
「そんな事を言わずに、先程の事は見なかった事にしてくださいよぉ! 私がここで活動してる事が仲間達にばれると、色々とまずいんですから!」
「どう不味いんだよ」
「……下手すると、この王都が崩壊します……」
その台詞に真っ先に反応したのは、勿論この国の王女であるエリアだった。
「何ですって!? あなたの正体がばれると、この王都に一体何が起こるって言うの!?」
「まぁ、冗談なんですけどね! どうです、ビックリしました?」
「「「・・・・・」」」
無言で冷めた目をする俺達に、このままでは不味いと気付いたダークエルフの少女は、あからさまに動揺し始めた。
「ほ、ほら。 私的にちょっとダークエルフ的冗談を言って、親睦を深めようとしただけでして……。 あの?」
「「「・・・・・・」」」
「すんませんでしたーーーー!!」
綺麗に土下座する着ぐるみを着た少女の姿を目にして、流石にエリアも怒る気を無くした様だ。
「はぁ……。 あなたがダークエルフである事を広める気は私達にはありません。 ですから、先程の様な冗談は、今後決して言わないで下さいね? 魔族と戦争をしている影響で、皆その様な話題には敏感なんですから」
「はい……」
着ぐるみを着ているせいで、反省しているのか気落ちしているか分からないが、取り合えずこの店の責任者を呼んで貰う事にした菊流だった。
「ねぇ、この店にある魔道具を見たいからさ、責任者を呼んでくれないかしら?」
「責任者ですか? 私が責任者ですよ?」
「あなたが責任者? でも、店員さんが見当たらないけど……」
「私の発明する魔道具は、どうやら他の人から見るとかなり微妙らしく、全く売れないんですよ……。 だから、他の人を雇う余裕なんて私にはありませ」
「え、本当にあなたがこの店の責任者と言う事は、まさかあなたの名は……」
「あ、まだ名乗っていませんでしたね。 申し遅れました、私はこの店舗のオーナー兼、魔道具発明責任者【魔道具士エスト】です。 もし、この様な魔道具が欲しい、と思われたら是非我が店舗をご利用ください。 あなた達に命を救われた以上、必要な魔道具を開発して貢献してみせます! にゃ~~!」
その後、俺達も自己紹介をすると、驚いたように元気よく右手を上げるエスト。 そして、彼女と今後長い付き合いになるとは、この時の俺達が知る由も無かったのだった。
「お互い自己紹介が終わった所で、こんな事を言うのは何なのですが……。 私を助けると思って何か魔道具を買って行って欲しいな~~と……。 出来れば、もう具無しスープでの生活は脱出したいんですよ……」
指を絡ませて恥ずかしそうにするエストを、可哀想と思ってしまった俺は相当甘いんだろうな……。
だが、財布を握っているのはエリアだ。 彼女に視線を向けると同じ思いだったのか、首を縦に振り、購入しても良いと言う意思表示をしてくれた。
「しょうがないから、エストがお勧めだと思う商品を紹介してくれよ。 それ次第で購入するか判断するから」
「は、はい! 私がお勧めする商品をすぐ持って来ますので、椅子に座ってお待ちください!」
椅子を3脚用意したエストは棚から魔道具を取り出し、俺達に紹介し始めるのだった。
確かにエストの作る魔道具は実用性に欠ける物が多かったが、何個かに1個は『おっ!』と思う物が有ったので、エリアに頼み購入するのだった。
「共也さん、エリアさん、菊流さん、またこのエスト魔道具店に寄って買い物をして下さいね♪」
「あぁ、また寄らせてもらうよ!」
エストの店で何点か魔道具を購入して俺達が帰路に着く頃には、すっかり陽が傾いて辺りを赤く染め始めていた。
「最初はどうなるかと思ったが、意外と楽しめたな」
「そうね。 後で皆に自慢しなきゃ♪」
こうしてこの日は旅をする準備に奔走した俺達は、充実した1日を過ごす事が出来たのだった。
魔道具士エストの登場回です。
一応主要人物の1人にするつもりなので覚えておいてくれると幸いかな?
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